68

月神香耶side



翌朝。自室の布団の中で目を覚ます。
なんだか髪を撫でられているような感触が、心地いい。意識がゆるやかに、明るいところへと浮上していく。

「……くぁっ、ふあぁ」

いつものように遅い持間。掛布を抱き込んで寝返りを打ち、うっすら目を開けた。
働き者の千鶴ちゃんは、もう朝餉の支度を手伝いに行っただろう。隣の布団はすでに綺麗に上げられている。二度寝でもしようと思って再び瞳を閉じると……。

「おはよう香耶さん」

「どぅわ!?」

枕元に座る総司君に、至近距離で覗き込まれて一瞬で目が覚めた。寝乱れている寝巻きの衿をとっさに掻き合わせる。
私の髪を撫でていたのは総司君だったようだ。

「なんでここに……朝稽古の時間じゃないのかな」

新選組隊士たちの屯所の生活は、八木邸にいた頃とあまり変わりはない。
朝、起床と共に一斉に床を上げて清掃が行われ、その後は道場や野外などで早朝稽古が始まる。そして朝食はその後で。

「自主的に休憩をとってるんだよ」

それって……さぼってるんだよね。
私は布団から身を起こし、彼に背を向けて開いた衿を整える。総司君は私の肩に羽織をかけてくれた。

「で、自主的な休憩の間にわざわざ私に何の用かな?」

「うん、まぁ馬鹿な話なんだけどさ。昨日の晩、境内で幽霊を見たって隊士がいて」

「うん?」

「しかも二匹」

「ほう…」

「抱き合ってたんだって」

「へ、へぇー…」

「そのうちの一人が、長くて白い髪の幽霊で」

「………」

「背がこのくらいで……そうそう、屋根にいたのを見たってやつもいたかな」

…………。

「……ごめんなさい」

「だよね」

総司君……笑顔が黒い。

「抱き合ってたって?」

「いや、あれに深い意味は無くて、ただ暖を取ってたというか、友情を交わし合ってたというか」

「そう。誰と?」

「……敬助君」

「山南さん……」

総司君は難しい顔をして黙り込む。私は眉尻を下げて上目遣いで彼の顔をうかがった。
すると。

「わ、ぇ?」

強引に布団に押し倒された。

「ちょ、」

「とりあえず君にはお仕置きが必要だね」

「お仕置き!?」

なんとか離れてもらおうと、彼の筋肉質の肩を押すと、総司君はそれに逆らってさらに顔を近づける。

「ぅくっ、力強いな! 前は振りほどけたのにっ」

それに一分の隙もない。

「そりゃあ鍛え方が違うもん。もうこんなふわふわの香耶さんに負けるはずないでしょ」

「ふわふわ……ってこら二の腕を揉むなっ! 私が脂肪だらけって言いたいのかあんたは!?」

「さわり心地は最高だよ?」

フォローになってないよ!
そのまま帯を解こうとする彼の手を、思いっきりつねって阻止した。

「このまま私を襲ったら実家に帰ってやる」

「うわ、それは困る。一生迎えに行けないよ」

私の実家は遥か未来だからね。
総司君は名残惜しそうに身を起こす。

「仕方ないなぁ。じゃあ朝餉の時間までには別のお仕置きを用意しとくから」

「いやあの」

「逃げたら今晩部屋に連れ込むよ」

「君どんだけ欲求不満なの」

じゃ、早く着替えてきてね〜、なんて言いながら総司君は部屋を出て行った。
私は再び布団の上に身を起こし、重いため息を吐く。
確かに、最近は部屋からもろくに出てなかった。……正確には出してもらえなかった。一ヶ月以上木刀も握ってない。運動不足は否めなかった。

「………鍛えなおそうかな」

二の腕を掴みながら独りごちる私の声は、部屋にむなしく響き渡って消えたのだった。




男達の熱気がこもる道場。
私も庭の隅で素振りでもしようと思って、木刀を借りにそこへ足を踏み入れた。
目立つ私にその場にいた全員が注目する。隊士に稽古をつけていた一君が、私に気づいて歩み寄った。

「香耶、珍しいな。早朝にあんたが稽古とは」

「ここひと月ほど鍛錬を怠けていたからね」

「あんたの病は根治しがたいものだと聞いている。あまり無理をするな」

「ありがとう一君。私も徐々に慣らしていこうと思ってるよ」

一君は私に木刀を渡してくれた。
そこに。

「ぅわあ!?」

いきなり背中に何かが覆いかぶさってきて、木刀を取り落とした。

「香耶さ〜ん、試合でもするの?」

「重っ……そーじ君!」

気配も無く現れた総司君は、私を背中から抱きこんで体重をかけてくる。

「総司、離してやれ」

「平気だよ。ちゃんと加減してるから」

「いや、そういう問題じゃ…」

私は恐る恐る周りを見渡した。
他の隊士たちは見て見ぬふりをしているけれど、意識がこちらに集中している。

「香耶さんって衆目の前でこういうことされるのが苦手なんだよね」

基本的にセクハラは嫌い。て言うかなんでこいつは恥ずかしくないの?

「まさかこれが……」

「そ。お、し、お、き♪」

いやあああ!!
総司君の極上の笑顔が今は心底恐ろしい。

「今日一日香耶さんは僕の言いなりだから」

「……そうなのか」

「納得しないで!」

総司君は私が床に落とした木刀を拾い上げ、私の手を引いて道場の入り口に向かう。

「一君、一君助けて!」

「僕といるときにほかの男の名前を呼ばないでよ」

「……すまん香耶。俺には止められん」

「ああああ」

そうして一君と隊士たちの気の毒そうな視線を浴びながら、半ば引きずられるように道場を後にした。




ところ変わって、境内で剣術の稽古に精を出す隊士達。
私と総司君は彼らに見せ付けるように、文字通り手取り足取りしながら型のおさらいをしていた。

「だあああおまえらなんなんだ! あてつけか!!」

「新八君にあてつけて何の意味があるって言うのさ」

かつて無いほどの仏頂面で新八君をねめつけると、その迫力に彼は冷や汗を浮かばせた。

「うっわ機嫌最悪っ! 総司、こいつぜんぜん嬉しそうじゃねえぞ」

「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ。これが香耶さんの平常時」

「なわけがあるか!」




広間でみんなが集まっての朝食の席では。

「そーじクン、あーん」

「ん、おいし」

定番の“あーん”で総司君を餌付け。それを見て、平助君たちはひそひそと囁きあう。

「……な、なぁ、香耶の奴、殺気立ってて怖えよ」

「あれって……お二人に何かあったんでしょうか…」

「総司はお仕置きがどうとか言っていたが」

「お仕置きねぇ……」

左之助君は、上座で黙々と食事を進める歳三君に、ちらりと視線をやった。
そんな外野をよそに、総司君は私しか視界に入っていない様子でするりと頬を撫でてくる。

「香耶さん、ご飯がついてるよ」

「ぎゃあああ!」

私の口元についていたらしいご飯粒を、総司君がこれ見よがしに舐め取ると。

「も、もういいかげん…」

「いい加減にしろてめえら!!!」

私より先に歳三君がキレたのだった。

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