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月神香耶side
「──っ!!」
おなかが痛い。
「……生きてる」
私は布団に寝かされていた。
身体が重い。重くて熱い。
……この部屋は、見覚えがある。総司君の部屋だ。しんと静まり返っている。
「ゼロ?」
ゼロもいない。
ぞくりと身震いする。なんだか、夢を見たような気がして。
悲しい夢。大事な何かが、欠けるような。
私は身を起こそうとするけれど。
「……うっ…いった…」
だめだ。傷が治りきってない。
こんな深い傷、久しぶりだな。雪村の里で背中を斬られたとき以来だ。命に関わる怪我を負うのは。
――あはは、香耶さんがそのくらいです死ぬようなタマじゃないですよ。
あいつの言葉まで思い出してしまった。
まぁ、その通りだけどね。この傷も、早くて二、三日で治るだろう。
「──香耶、さん?」
鈴の音を転がすような声に、私は首を動かして振り返った。
「香耶さんっ、目が覚めたんですね!!」
涙声を震わせて叫ぶ千鶴ちゃんがそこにいた。水の張った桶を持ったまま駆け寄ってくる。
そして、がつんと足をもつれさせて躓いた。
「あ、危な…」
「きゃっ!?」
桶は私の顔面に一直線。
かと思ったけれど、その桶を千鶴ちゃんごと受け止めたのは、いつの間にか姿を現した総司君だった。
「危ないなあ。こういうことは土方さんにでもやりなよ」
「す、すみません!」
「まあまあ、総司君」
可愛い女の子の可愛い失敗じゃないか。……それに私には駄目でも歳三君にならいいのか。
私は、腹の痛みをこらえながら身を起こそうとするけれど。
「香耶さん、駄目です!」
「寝てなくちゃ怒るよ」
二人に結託されて布団の中に押し戻されてしまった。
「あ、厠に行くんなら僕が抱っこして連れてってあげるから」
「激しく遠慮するっ! いだだだ」
大声を出したとたんに響く腹の傷。ああもう。
「それより、あの羅刹はなんだったの? あの後どうなった? と言うか、ゼロはこんなときにどこ行ったの?」
「あの、それは……」
言いよどむ千鶴ちゃんが、総司君のほうに視線をやると。
「千鶴ちゃんは外してくれる?」
「は、はい…」
総司君が千鶴ちゃんを部屋から出してしまった。
「香耶さんが丸一日寝てる間に、平助君と一君が新選組を抜けちゃったよ」
「……はぁー」
御陵衛士か。なんてこった。
せめてお見送りくらいしたかったな。
「分かるんだね。どういうことか」
「うん……ごめん」
「なんで香耶さんが謝るのさ」
「わかんない……」
それぞれの選択はそれぞれのもので。
私が、彼らの志まで意のままにしようだなんて、おこがましいにもほどがある。
だから。
「寂しい?」
「ううん。
命あるかぎり。彼らを忘れないかぎり。同じ世界に身をおいているかぎり、それぞれの道は繋がっていられるから」
「……その台詞、聞いたことがあるような気がする」
「ふふ。そうかもね」
……総司君なら、敵になったら斬る、とか言いそうだけど。それが彼らの仕事だから。
「そうだ、あの黄金だけど」
「え? ああ、結構あったでしょ」
黄金、と聞いて、昨日のこの身におきた有様を思い出す。
「あれ、全部集めて香耶さんの部屋の行李に入れてあるからね」
「あはは、なにそれ」
そんな真顔で報告すること?
「今あの行李、とんでもない重さになってるよ」
「ああ、なんにも知らず持ち上げようとすれば、おなかの傷が開いちゃうかもしれないって?」
「それは笑い事じゃないよ」
そうは言われても、くすくすとこらえきれない笑いがもれる。そのたびに、おなかに、まさに割れるみたいな痛みが走った。
「それと、ゼロ君のことなんだけど……」
「……うん」
「実は───」
(総司side
「ゼロさん、どうかしら。私と共に来ていただけないかしら」
『い、伊東さん……。いえ、前にも言いましたけど、僕は新選組の人間じゃなくて、香耶さん個人に仕える身ですので…』
ゼロ君は物腰穏やかで見目もいいし、伊東さんに気に入られている。
「けれどずっとお目にかからなかったじゃない。同志たちの間では、新選組の命で下向しているんじゃないかと噂されてましたのよ」
『は、はぁ』
ゼロ君はずっと屯所にいたけどね。人の姿をしてなかっただけで。
「私が聡明な貴方を見込んでお誘いしてますのよ」
伊東さんに詰め寄られて、だらだらと脂汗を流すゼロ君。
『僕……僕っ、すみません!』
「あっ!」
あ、逃げた)
「…ってわけで、ゼロ君は、香耶さんの部屋の押入れの中にかくれてるよ」
「なんじゃそりゃ」
一瞬でも心配した私が馬鹿だったのか。
とりあえず、将来のことに思いをはせていると。
総司君が、おもむろに私の顔を覗き込んだ。枕に頭を置いたままの私は、目を逸らすこともできずに思考を断ち切られる。
「……総司君?」
じっと視線を重ねあって、総司君は口を開いた。
「死んじゃうのかとおもった……」
少し困ったような表情をして。
「香耶さん……」
そして何度も、何度も、啄ばむように口づけをして。
心臓がうるさいくらいに高鳴る。
「……よかった」
あぁ。こんなに幸せな気持ちになるのなら。
「……死んじゃうのはもったいなくて」
「じゃあ一生死なないでよ」
「なんかおかしくない? それ」
死ぬまでが一生でしょうが。
でも、うん。
生きていられるかぎり。
私はもう、諦めないよ。