炎柱(本編後・大正)



「友里!どこだ?!」

「あ、ここですー!蔵にいますよー!」

杏寿郎さんと夫婦になって早数日。
以前客間を使わせたいと言っていたお客さんは、なんとお弟子さんらしい。
色々とあって来てもらうのが遅れてしまったが、あと3日後には煉獄邸へと移り住む手立てになっている。

「急に居なくなってくれるな。心配する!」

「すいません〜。お部屋を片付けていたんですけど、使ってない物を蔵に入れてたら蔵も綺麗にしたくなってしまって……」

そう。杏寿郎さんの目論見通り、私の部屋は杏寿郎さんと同部屋になってしまったのだ。
夫婦だから普通のことだし、別に嫌ではないけれども。

嫌ではないけれども!!
毎朝毎晩なんだか恥ずかしい!
朝起きたら私より早く起きてるのにいつもゆったり頭を撫でてくれていて、おはようから糖度高めで甘ったるい!
夜は夜で営む時もあれば抱き合って寝るだけの日もあるけど、いたずらに触れ合うだけのキスを何度もされる!表情もふにゃふにゃで甘い!
正直ここまで杏寿郎さんが溺愛タイプだとは思わなかった……。

「さぁ友里、今はこのくらいにして茶を飲もう」

「え〜〜?あと3日しか無いんですよ?忙しくなる前に片付けておきたいんですけど…」

「片付ける時は俺がやるから友里はそばに居てくれるだけで良い!」

結局、私にはやらせてくれないんかい!
溺愛ぶりが炸裂すると共に、過保護全開で接してくるのも困りようだ。何をするにも俺がやる俺がやると言って離れない。
任されていることといえば食事の用意くらいになってしまった。
洗濯も掃除も一緒にやりたいようで、私に色々と聞きながらいつも隣でやってくれている。

「杏寿郎さん、杏寿郎さん。私のお仕事取らないでください」

足早に蔵の外まで出て行ってしまった杏寿郎さんの袖を掴んで引き止める。

「む?友里の仕事はもう手一杯ではないか?」

「え?杏寿郎さんのせ……お陰で減りましたよ?」

危ない危ない。不満を垂れ流すところだった。
現に仕事といえば朝昼夜の食事の用意と布団を敷いたり洗濯物を畳んだりくらいで随分と簡単になってしまった家事くらいだ。
お風呂は進んで千寿郎くんが用意してくれるし、お買い物も掃除も洗濯も杏寿郎さんが一緒にしてくれる。
槇寿郎さんも重い物を持っているのを見かけると手伝ってくれるが、度々産屋敷邸へ赴いているみたいで少し忙しそう。

「何を言う。俺の世話で手一杯だろう?はっはっはっはっ!」

「……世話ぁ?」

お世話なんて……日に何度も何度も何度も杏寿郎さんに生存確認をされるし(単に呼ばれているだけ)、出掛ける時はどこに何をしに誰と会っていつ帰るのか長々と聞いてきたと思ったら最終的に着いてくるし、ほっぺを左右とも握られて柔らかいと遊んでいた杏寿郎さんに悪戯で脇を擽っても無反応な上に逆に私が擽られて千寿郎くんに泣いて助けを求めたり、もう挙げればキリがないほどこの数日で二十歳らしい杏寿郎さんを目の当たりにして平和な日々を送っているくらいで、お世話なんてしなくても杏寿郎さんは立派に自立している。
まぁ敢えて言うならシモの世話くらいだろうか(下品)。

「そう。俺は友里に世話をされていたい。夫の特権だな!」

「ん〜〜……なんか違う気もするけど、そうなんですね……?」





ーーー……





-杏寿郎 Side-





友里は気付いてないみたいだが、無意識に世話を焼いてくれている。
彼女のことだ。きっと其れ等に気付くとはたと手を止めてしまうかもしれない。俺は其れに甘えきってしまいたいから自ら言う事はないだろう。
ほら、今もまた……。

「あ、杏寿郎さんお風呂上がったんですね。あー!またよく拭きもしないで!手拭い貸してください!」

「む?おお、拭いてくれるのか?」

「もう!肩がベタベタじゃないですか!ここに座って少し俯いてください!」

なんと心地良い。優しい力加減で水気を取っていってくれるその小さな手に甘えてしまう。
本当は髪を拭うなど造作も無いことを態とこうして怠けたふりをする。

「ちゃんと拭かないと風邪を引きますよ?」

「俺は風邪を引いたことが無いからな!どんなものか試しに病にかかってみるのも経験の一つやも」

「全力で却下です!!!」

「むぅ」

こうして小言を妻に言われるのを幸せだと感じる。
以前の父上と顔を合わせる時や、鬼殺隊に入隊したばかりの時、それこそ母上を亡くした時……。
つらく、前を向くのにやっとだと感じた事も多かった。
千寿郎と共に過ごす日々も少なくなり、守るべき多くの命の重さや舌舐めずりをする鬼らの醜悪さ。
任務明けの帰路、道端に倒れていた君を何故俺は家へと運んだのだろう。医者にでも連れて行けば友里の為にでもなっただろう。

少し疲れていたのかもしれない。

肉体的にも精神的にも。
柱となり、余計と家へ帰る事も少なくなった。
管轄内で鬼が出れば可能な限り赴くようにし、最小限の被害で済むように努め、昼夜駆け回ったのち隊員に、そろそろ家に帰ってはどうかと声を掛けられた折の出来事だ。
倒れていた君は小さいが痩せこけた印象は無く、艶のある黒髪で怪我一つない不思議な衣服を纏った可愛らしい女子だった。
抱き上げた君を見て少し逡巡したのちに家へと連れ帰り、千寿郎に布団を敷く様にと頼み、そっと寝かせた君は危機感も無くただ幼い表情で眠っていた。

女子とは、ふわりとしているな。

それが一番最初に思った事だ。ふわりと柔らかく、ふわりと良い匂いがし、ふわりと寝顔が可愛らしい。
暫しその寝顔を見ていたが、失礼に当たると思い部屋を出る。
そこでじんわりと心が暖かく感じ、あの女子を見ていて癒されていたのだと気付いた。

「思えば、あの時から……」

「え?なにか言いましたか?」

布団が入った押し入れの戸を開けながら友里が振り返った。
考え事をしていたら髪を拭き終わってしまったのか。なんと勿体無い事をした。

「いや……。どれ俺が敷こう」

「あ、ありがとうございます……。杏寿郎さん、声をかけてもずっと黙り込んでいるから心配しましたよ」

こうして俺が何かしようとすると友里は申し訳無さそうにする。もっと頼って欲しいのだが、友里の性なのか……。

「はっはっはっはっ!すまない!友里との最初の出会いを思い出していたんだ」

「え!やだ恥ずかしい!」

叫んだと思ったら、俺の顔を見るなり泣き出してしまった時の事を思い出しているのだろう。顔を赤くして両頬を押さえている。
確かにあれには驚いた。驚いたと言うよりも、酷く焦ってしまったな。
女子の泣く姿など鬼に怯えていた人々くらいしか居なかったから、どうすればいいのか分からず危険は無いと言う事しか伝えれなかった。そう言えば甘露寺もよく泣く女子だったな。

「あの時、友里を連れ帰った事を良くやったと自分で褒めてやりたい。今こうして幸せになれたのだからな」

「私は心臓が止まりそうでしたよぉ〜」

知らない男に家に連れ込まれ布団の上に寝かされていたら驚くだろうな。あの時真摯に伝えて良かったと思う。

「友里は帰る術を探す手筈だったのに、いきなり鬼殺隊に入りたいと言い出したり……」

「うぅ…もうやめてくださいよ……」

「突飛な事を仕出かすから目を離せないな!はっはっはっはっ!」

当時は友里の事となると見境なく責めてしまうきらいがあった為、随分と苦労をかけてしまった。
未だに心に燻っている事が数多あるが、ゆっくり聞いていこうと思っている。焦ってしまうと俺にとっても友里にとっても良くないだろう。

「……杏寿郎さんはいつも私を正しい方向へと導いてくれますよね。何度間違ってもちゃんと叱ってくれる。そういうところ、すごく尊敬してます」

「友里……」

どうせお前も大した人間にはなれない
炎の呼吸も柱も全て無駄なこと
初めてそう父上から言われた時は心が凍りついた。母上との約束はどうなってしまうのか。千寿郎にどう伝えればいいのか。

「ちょっと強引だったりもしますけどね〜あはは!……でも、それが杏寿郎さんの優しさなんですよね、きっと」

嗚呼、君はそうやって俺の心を暖かく灯してくれる。

俺には弱い者を助けるという母上の言葉が根底にある。
だが絶対に敵わないと分かっていて君を言葉で、力で無理矢理に捩じ伏せた。君の行く末を俺は奪い取った。
なのに友里は微笑んで俺を優しい≠ニ言う。
俺が望んで煉獄家に留めたのに、だ。
もし俺との関係を持たなければ良家に嫁げたかもしれない。
もし俺の家で暮らしていなかったら俺に囚われる程に想われる事はなかったかもしれない。
もし俺ではない誰かに見付けられていたなら今頃自分の家を探し出し帰れていたかもしれない。

俺は全てに目を瞑り、君を娶る事を選んだ。
俺に選ばれた友里は、選択肢を全て失った。
その責任は生涯を掛けて君を愛し、尽くす事を誓おう。

「……俺は優しくはないぞ。だから俺の世話を友里に任せている」

「えー?だって杏寿郎さん手がかからないんですもん。なのに私のお仕事取っちゃうし……夫婦なんだから支え合っていきましょ?」

「支え合って………」

こてん、と首を傾げる君に愛おしさが込み上げてくる。
母上を亡くしてからの父上を見ているうちに妻に対する気持ちまで習っていたかもしれん。そうか、俺は独りよがりではなかったのだな。

「そう!私も杏寿郎さんのこれからの育手仕事をお手伝いしたいですし!」

右腕を胸の前で握りしめて勝気な表情をして息巻いている友里。

「そうだな………」

本当に、本当に愛いな。





ーーー……





-友里 Side-




とても柔らかく微笑んだ杏寿郎さんは、なんだか泣いてしまいそうに見えた。

「明日、一緒に蔵のお片付けの続きしましょう!一緒に!」

咄嗟に息巻いてしまったが、先に杏寿郎さんの予定を聞くのを忘れていた。なんてこった。

「……うむ。重い物は俺が持とう!その前に、」

「うひゃあっ!」

「こうしてゆっくりとした夜を迎えることも少なくなるやもしれん」

とっくに敷き終わっていた布団に背中と後頭部を守られながら押し倒される。
さっきまでの杏寿郎さんはもう居ない。

「あははっ。あ〜、杏寿郎さんは甘えん坊だからお世話が大変ですね〜」

目の前にある頭を撫でた後に杏寿郎さんの頬っぺを両手できゅっと挟む。
キョトンと瞬いた杏寿郎さんは子供のように笑い声を上げた。

「はっはっはっは!そうだろうな!俺は甘えん坊だ!」

杏寿郎さんの悩み事なんて私には到底思い付かないけど、誰かに言って心が軽くなるのなら私を聞き手に選んでほしい。
恥ずかしくてなかなか言えないけど、私が貴方をいつも想っていることを覚えていてください。
貴方が不安に思うことが無いように、今から沢山たくさん伝えよう。





「そういえば、芋けんぴ盗み食いしましたよね?」

「はっ!!…はっはっはっ!」

もはや盗み食いのレベルではなかったけども。