「まだ起きてたんですか」

 消灯時間も過ぎ、夜の帳が下りたグラウンドで一人ぼんやりと星空を眺めていれば、不意に後ろから声をかけられた。

「ヒロト、くん」

 まさか彼が来るとは思わず、どきりと胸が高鳴った。声は裏返ってはなかっただろうか。驚きながらも名前を呼べば、彼はにこりと笑い、私の隣に腰掛ける。

「何だか寝付けなくて。ヒロトくんも?」
「寝ようと思ってたんですけど、外に出て行く貴女を部屋から見かけたのでつい来ちゃいました。2人きりになれるかなと思って」
「……そ、そう」

 そんな口説き文句のような台詞を衒いもなく言うものだから、彼は本当に中学生なのかと疑った。
 彼は、私に恋慕の情を抱いている。はっきりとそれを言葉にされたことはないが、他の女の子たちに向けるものとは違う熱い視線。誰から見ても、彼から私に対する感情は明らかで。本当に彼とは何ともなっていないのかと年下の女の子たちに質問攻めにされる毎日だ。
 だが、戸惑いながらも、嬉しいと思っている自分がいるのも確かだ。だからこそ困る。今は世界大会の途中で、恋愛にうつつを抜かしている場合ではないのに。それでも、彼が自分のことを特別に思っているという事実が、どうしようもなく嬉しいのだ。

「今日の唐揚げ、とても美味しかったです。味付けは先輩がしたって聞きました」
「ありがとう。お母さんに教わったレシピなんだ。好評みたいで嬉しいな」

 夕飯に作った唐揚げはいたく好評で、選手たちからも、マネージャーからも、監督からも褒められた。かなり大量に揚げたため正直余るかと思っていたが、見る見る間に皆の腹の中へ消えていった。流石、食べ盛りの男子中学生たちである。

「今度、俺の好物も作ってください。貴女が作ったなら、絶対に美味しいだろうから」
「あんまり期待しすぎないでほしいけど……分かった。ヒロトくんが試合で活躍したらね」

 冗談混じりにそう言えば、彼の瞳が、真っ直ぐにこちらを見据えた。

「うん、頑張ります。だから、俺のことちゃんと見ててくださいね」

 彼のその言葉に、息が詰まりそうになる。無数に煌めく星々も、彼の瞳も、私の視界に映る全てのものが眩しかった。
 額面通り、その言葉を受け取れば良いのかーーーそれとも、他の意味も含んで言ったのか。真意は分からないが、その言葉は私の顔を熱くさせるのには十分すぎるほどだった。
 許されるのならば、気持ちを口に出してしまいたい。彼は私だけのものだと、大きな声で言ってしまいたい。けれど、それは今ではないと分かっているから苦しかった。
 きっと私は今、とても情けない顔をしている。泣いてしまいたいような、自分の感情に耐えきれないような顔をしているだろう。暗闇が自分の表情を隠してくれていることを祈った。

「そろそろ戻らないと風邪引いちゃいますよ。行きましょう」

 ヒロトくんはそう言うと、私の手を取って立ち上がる。え、と思ったのも束の間、彼はそのまま歩き出した。私はどうすれば良いのか分からず、手を繋いだまま大人しく一緒に宿舎へと歩みを進める。触れている彼の手がひどく熱くて、思わず前を歩く彼の顔へ視線を向けた。彼がどんな表情をしているのかは後ろにいる私からは見えない。彼にとってはこのくらい何てことないのかもしれない。何事も卒なくこなす彼のことだから、顔を赤くさせるしかない私とは違って、平然とした顔で歩みを進めているのかもしれない。
 髪からちらりと覗く耳朶が赤いような気がしたが、私は気付かない振りをして、少しだけ、普段よりも少しだけ遅い足取りで帰路を辿ったのだった。
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