ここで終わればハッピーエンド

 あれから数時間シャルナークさんとお店で楽しいひと時を過ごし、私は今、シャルナークさんと共にホテルのベッドで朝を迎えている。隣にはすぅ、と寝息を立てて眠るシャルナークさん。私はと言うと、乱雑に脱ぎ捨てられた衣服を拾い集め、シャルナークさんを起こさない様に静かにベッドから抜け出てシャワールームへと向かう最中。
 熱くて、激しい夜を過ごした。可愛いね、と何度も囁いてくれるシャルナークさんの下で淫らに喘ぐ私と、そんな私の中で何度も果てるシャルナークさん。お店では浴びるほどお酒を飲んで、ベッドで情事を重ね終えると、そのまま二人で気を失う様に眠りについた気がする。目を覚まして隣にいるシャルナークさんの姿を見て、幸せが込み上げてきた。
 痛む頭を押さえながらシャワーを浴びて、メイクを落とし髪を洗う。全身をくまなく洗い終えると浴室を出てバスローブを羽織り、メイク台の前へ腰を下ろしもう一度メイクを施した。メイクを終え数時間ぶりにスマホを手に取るとレイラからの連絡が一件と、お母さんからの連絡が数件あった。昨夜の情事を思い出すと子宮がぎゅうっと疼く感覚が襲った。セックスは初めてではなかったけれど、こんなに気持ちのいいセックスは初めてだった。

「おはよ、早起きだね」
「わ、ごめん、起こしちゃった?」

 鏡越しにシャルナークさんと目が合った。上体を起こし、寝惚け眼で私を捕らえる翡翠色の瞳が妙に色っぽい。私が謝ると自身の腕を一瞥し、腕枕してたのに居なくなったらそりゃあ気付くよと笑った。

「おいで」

 シャルが優しい声で私を呼ぶ。赤子をあやす母の様な優しい声色に、頭を撫でてくれる父の様な頼り甲斐のある腕。欲しいものは全てシャルナークさんが持っていた。ベッドへ潜りもう一度シャルナークさんの腕に頭を預ける。

「ナマエは今日休みなの?」
「うん。土日祝は休みだよ。お父さんの会社だから、私は残業なしの定時上がり、休日出勤ももちろんなし、その代わり他の社員からの風当たりは最悪の労働環境!」

 あはは、と笑うとシャルナークさんがぎゅうっと抱きしめてくれた。空っぽだった心が少しづつ満たされていくのを実感した。

「オレは今日も仕事なんだけど、また会えないかな。あんなに楽しい時間を過ごせたの、ナマエだけだよ」
「お店、行ってもいいの……?」
「もちろん。むしろ毎日来て欲しいぐらい楽しくて、幸せな時間だった。仕事なんだからしっかりしないとって思っても、ナマエの前だと素のオレが出ちゃってさ……他のお客さんの前だとちゃんと仕事出来るのに。情けないよね」

 弱々しく、小さく呟くシャルナークさんを見て、彼を支えられるのは私だけなんだと改めて痛感した。シャルナークさんは私を必要としていて、私もシャルナークさんを必要としている。それだけは明白な事実だ。

「大丈夫だよシャルナークさん。一緒にNo.1目指して頑張ろう? 私、応援するから。ね?」
「シャルナークさんじゃなくて、シャルでしょ」

 そう言って強引に唇を合わせるシャル。そのまま手はバスローブの中へと侵入してきて、私また甘い刺激に溺れた。
 事を終えて、先ほど拾い集めた衣服を身に纏い、二人でホテルを後にした。私もシャルも一度家に帰って、ご飯を食べてからお店へ行こうってことで話はまとまった。一緒に出勤することを同伴、と呼ぶらしい。特別な女の子としかしないよとシャルは笑ってた。それってつまり、私も特別な女の子ってことだよね?

 家へ帰るとお母さんが慌てた様子で出迎えてくれた。こんな時間まで……! と少し声を荒げていたけれど、レイラと久しぶりに会ったこと、レイラの家に泊まっていた、と話をすると、心配させないでよと呆れ混じりな様子でキッチンへ戻っていった。

 自室へ戻り、レイラへと返事を返す。シャルと過ごした数時間はあっという間だったけれど、シャルとの待ち合わせ時間までのこの数時間は酷く長く感じた。もう一度お風呂に入ろうと思い腰を上げ、今度はゆっくりと浴槽に浸かりデトックスをする。湯船に浸かるとアルコールが飛んでいき、さっきまでの気怠さは幾分かマシになっていた。お風呂の中でも念入りにパックをして、浴室を出れば素早く保湿をする。身体にもたっぷりとボディクリームを塗り広げて、もう一度メイクを施した。薄暗い店内だといつものメイクだと映えないことに気付き、少し濃い目に施したメイクはなんだか見慣れなかった。お気に入りのワンピースに袖を通し、香水を軽く振りかけ、お母さんにレイラと食事に行ってくる! と伝え、お気に入りのヒールへ足を捻じ込む。

 電車で数駅、タクシーで数分で待ち合わせ場所へ着いた。私の到着とさほど変わらないタイミングでシャルも姿を現した。昨日のスーツ姿とは違い、私服姿のシャルに胸が高鳴った。

 「待った?」

 少し小走りで私の元へ駆け寄り、そう問いかけるシャル。私も今来たところ、と答えると、シャルが行こうかと私の手を握り、足を進める。その手の繋ぎ方が恋人同士のそれで、まるで心臓ごと血管になったかのようにどくんどくんと鼓動していた。もっと淫らなことをした仲なのに、手を繋ぐだけで心臓が高鳴るなんて。私にも女の子らしいところがまだ残っていたんたなと嘲笑した。
 食事を終えて昨日と同じビルへと足を踏み入れた。狭いエレベーターの中で、シャルが触れるだけのキスをしてくれた時は心臓が止まってしまうんじゃないかと思った。店内へ入るといらっしゃいませ! と大きな声で出迎えられ、席へと案内される。開店したばかりのお店には人がまだまばらで、なんだか私が特別な存在のように感じた。さりげなく腰に回されたシャルの腕が頼もしい。笑いかけてくれる声が安心感を与えてくれる。楽しい時間が三十分ほどを過ぎた時、悪魔のような無情な宣告が、容赦無く私を襲ってきた。

「シャルナークさん、お願いします」

 黒服の男の人がシャルを呼び出した。シャルは、ごめんね、すぐ戻るから。と申し訳なさげに私の頭を撫でると、すうっと違う席へと去っていった。何がなんだか分からずに困惑する私の前に、昨夜最初に接客してくれた彼がヘルプとしてやってきた。

「あ、ナマエちゃん。昨日ぶりだね」
「あ、の……シャルはいつ戻ってくるんですか……?」
「今シャル指名の他のお客さんが来てるから、まだ暫くは帰ってこないかなぁ」

 脳天に金槌を振り下ろされたような衝撃が私を襲った。そうですかと力なく返事をして、スマホを手に取った。

「シャンパン卸せばちょっとだけたけど戻ってくるよ。他の指名のお客さんに負けちゃうの、悔しくない?」

 退屈そうにスマホを弄る私に彼はそっと囁いた。私はこの言葉を天の啓示の様に感じた。元来、特別負けず嫌いだった訳ではない。悔しい思いをしてまで欲しいと懇願したものも無ければ、喉から手が出るほど渇望したこともない。だけど、シャルは違う。どんな手を使ってでも手に入れたいと思った。彼を支えるのは私でないといけない、と使命感に駆られていた。

「じゃあ、シャンパン下さい。出来るだけシャルがずっと隣に居てくれるだけのシャンパンを下さい」

 私がそう言うと、シャンパン頂きましたぁ! と、店内に彼の声が響き渡り、数秒遅れてシャンパンクーラーに入ったシャンパンとシャンパングラスを持った黒服が現れた。

「シャルが戻ってきてから乾杯するでしょ? 開けるのはちょっと待ってようか」

 何が何だか分からなかったけれど、シャルが戻ってくるのならなんでも良かった。彼と数分会話をした後、シャルが嬉しさの中に困惑の表情を混じらせて戻ってきた。

「ナマエどうしたの? シャンパンなんて……」
「早くシャルに戻ってきて欲しくてさ。駄目だった?」

 私の隣へ座り、頭を撫でてそんなことないよと笑ってくれるシャル。あぁ、やっぱり私の隣はシャルで、シャルの隣は私なんだ。

「それじゃ、乾杯しよっか。あ、クロロも一緒にどう?」
「え?」

 シャルが戻って来てくれてからもその場に居た彼。昨日初めてお店に来たときに初めて接客してくれた彼。名刺を貰って目を通したはずなのに、すっかり忘れていた彼の名前。

「あ、クロロさんって、No.1の……!」
「あはは、忘れられちゃってたか。そうそう。色んな女の子に支えて貰ってNo.1になれてるけど、シャルにナマエちゃんが現れたらNo.1の座を降りる日も近いかな」
「よく言うよ。オレじゃまだまだクロロに及ばないよ」
「わ、私が必ずシャルをNo.1にします!」

 勢い余ってそう告げると、シャルは頼もしいなぁと目尻を下げて笑って、クロロさんは楽しみにしてるよと口角を上げて笑った。三人で乾杯をして数分、さっき指名が被っていた女の人のお見送りをする為にシャルが少し席を外した。クロロさんが改まって座り直し、まっすぐ私の双眸を見つめ言葉を落とした。

「シャルのこと、よろしくね。同郷出身の、オレの大切な仲間なんだ。ナマエちゃんならシャルのこと、ちゃんと支えてくれそうで安心したよ。……オレを指名してくれなかったのは寂しかったけどね。何かあったらオレがいつでも相談に乗るから、遠慮せずにヘルプにつけてね」
「クロロさん……ありがとうございます」

 優しい人たちに囲まれて、望んだ物が目の前で浮遊している。あとは私がその手を伸ばし、掴んだそれを決して手放さない様にするだけだ。

「そうだ。シャルが喜ぶお酒教えてあげようか?」
「え? シャンパンじゃないんですか?」
「確かにシャンパンも好きだけど、一番喜ぶのは……これ、ルイ13世だよ。ちょっと値は張るけどね。飲んでみたいってずっとぼやいてたよ」

 ほら、と渡されたメニュー表に目をやるとルイ13世、200万の文字が。

「に、にひゃくまん!?」
「なにも今日とは言わないけど、そうだな……来月のシャルの誕生日イベントにでもシャンパンタワーと一緒にでも卸してあげたら喜ぶんじゃないかな?」

 そういえば、シャルが来月誕生日イベントをするんだと言っていた。もちろん行くねと返事をしていたけれど、クロロさんにそう助言されてしまったらシャンパンタワーも、ルイ13世を卸すことも、しないわけにはいかない。だってシャルのことを支えれるのは私だけなんだから。

「ちょっと……前向きに考えておきます。クロロさん、ありがとうございます」
「どういたしまして。二人のこと応援してるよ」

 そう笑うクロロさんの後ろを横切り、シャルが私の隣へ戻ってきた。なんの話してたの? と上機嫌のシャルに、なんでもないよと話を濁す私。楽しい夜はあっという間に過ぎて、結局この日も私はシャルの仕事が終わるまでお店で過ごしていた。
 仕事終わりのシャルとそのままホテルへと足を運び、熱く淫らな夜を共にする。嬌声の響き渡る部屋で愛し合う二人の姿が鏡に映っていた。

「シャル、大好きだよ」
「オレもだよ。ナマエが居ないと、オレ、きっと、生きていけない……出る……っ」

 シャルは避妊具に吐き出された白濁液を乱雑へゴミ箱へ放り込み、私はシャルの腕に頭を預けながら眠りについた。私の幸せはシャルと共に在る。その事実が、私に生きる喜びを見出させてくれた。