『今月分のお金を振り込みました。
 足りなければ遠慮なく連絡をください』

イギリスから届いた会ったこともない援助者からの手紙。

いつか、会ってお礼が言えたら、と思う。


Selene


マネージャーとしての仕事も一通り覚えた4月の終わり。

「今度さくらが当番の日、飯食いにこないか?」
桃矢さんから晩御飯のお誘いをいただいた。

どうやらこの間さくらちゃんに話した身の上話を
桃矢さんも聞いたようだ。

そんなつもりじゃなかったんだけどな。

「さくらが、遊威と仲良くなりたい、って言ってんだ。
 同情とか、そんなんじゃねェから遠慮なく食いにこいよ。」
親がいねェ、っつったらうちだって母親いないし一緒だ。

私の気持ちを察したのか
桃矢さんはそう言ってくれた。

ほんと、優しいな。桃矢さん。

お兄ちゃんがいたら、こんなかんじだろうか。

「じゃぁ、お言葉に甘えて・・・。」
よろしくお願いします
と下げた頭に桃矢さんの手が優しく添えられた。








ちょっと遅くなりそうだから、先に向かっててほしい
と木之本家への地図を渡され
私は一人木之本家へと向かっていた。

さくらちゃんからうちに近い
とは聞いてはいたものの
地図で確かめると本当に5分もかからないところに木之本家はあった。

「お・・っきぃ家・・・」

一軒家だとこんなもんだろうか。
いや、それにしても大きい気がする。
3階までありそうだし・・・。

私が施設育ちだから?

私が家の前で頭を悩ませていると
「黒羽さん!入ってください!」

玄関の扉からさくらちゃんが顔を出した。

「私が来たってなんで・・・」
「私の部屋、あそこなんです。」

指さす方を見上げると、ちょうどここから窓が見える。
「歩いてくるのが見えたのにチャイムが全然ならないから、通り過ぎちゃったかな、って心配になって・・・」
「あぁぁぁ、ごめんね。」

通りすぎてなくてよかったです
とさくらちゃんが笑う。

ほんと、なんて可愛い子なんだろう。

突っ立っているのもなんなので
中に入ることにする。

「お兄ちゃん、まだ帰ってなくて」
「あ、うん、先に向かうように言われてたの。」

お邪魔します、と玄関の扉をくぐると
外壁と同じ黄色ベースの内装が見えた。

「おしゃれなおうちだね。」
「ありがとうございます!
 お兄ちゃんたちもすぐだと思うんで、先にソファーに座っててください。」

入ってすぐ右手の部屋に通される。
お茶を入れてくるから、とさくらちゃんは部屋を出ていき、私一人が部屋に残された。

「今日の予定・・・」

壁に掛けられた予定表が目に入る。

『さくら 黒羽さんと雪兎さんがおうちにくる』

花丸マークが隣についていて
楽しみにしてくれてたのがよくわかる。

嬉しいな


「お待たせしました。」
さくらちゃんがティーセットを持って戻ってきた。
こういう状況に慣れているのだろう。
手際よく、紅茶を淹れていく。

「あ、紅茶にしちゃいましたけど、大丈夫でしたか?」
「うん、ありがとう。」

よかった、とさくらちゃんがにっこり笑う。

「この、隣に名前があるのは?」
「雪兎さんですか?」

”ゆきと”って読むのか。

「お兄ちゃんの同級生で、すっごくすっごく素敵な人です。」

あぁ、この人が”ゆき”だ。

さくらちゃんがほんのり顔を赤くしていることから察するに
どうやらさくらちゃんは雪兎さんのことが好きらしい。

私なんか高校生にもなって初恋もまだなのに。

ほほえましい。





さくらちゃんとたわいもない話をしていると
「ただいまー」
玄関の扉が開く音がした。

「あ、帰ってきた。」
さくらちゃんが迎えに行こうと立ち上がる。

「私もご挨拶しないと。」
桃矢さんには今日誘っていただいたお礼をして
雪兎さんには、初めましてのご挨拶をして・・・

桃矢さんの同級生ってことは
学校の先輩にあたる人だもんね。


「いらっしゃい、雪兎さん」

さくらちゃんに続いて、私も立ち上がった。

「お邪魔します」

ドクン



心臓が大きく音を立てたのがわかった。

え、何これ。

「遊威はもう来てるんだな。」
「うん、ソファに座ってもらってる。」
「楽しみだな、黒羽さん」

玄関まで、あと少しなのに
部屋からあと一歩が踏み出せない。

なんだろう、雪兎さんの声を聴いた瞬間から

何かが



「おまえ、何してんだ、そんなとこで」
「桃矢・・さん・・・」

桃矢さんが、私の横を通っていく。

「はじめまして、黒羽さ・・・」

−−ユエ−−

頭の中で
私じゃない、私の声が響いた。





2019.04.30



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