気づいたら、腕を引いて抱きしめていた。



Selene



「「ほえぇぇぇぇ!!!」」

桃矢とさくらちゃんのダブルサウンドで
自分の腕の中で黒羽さんが泣いていることに気づく。

持っていた荷物はいつの間に放り出したのか、足元に落ちていた。

「す、す、すみません!!!」

同時に我に返った黒羽さんが僕の胸を押し、距離をとる。

「桃矢さん!さくらちゃん!
 私!なんかちょっと調子悪いみたいで!!」
「いや、お前ちょっと落ち着け。」

桃矢がなだめにかかるが、黒羽さんはあわあわと、後ずさりを続ける。

「雪兎さんも!ほんと!!すみません!!
 すみませんでしたぁぁぁぁっぁぁ」

後ずさりをしていた黒羽さんは、くるっと方向転換すると
走って部屋を出ていった。
そのまま玄関の扉が開いて、閉まる音。

「黒羽さん!!かばん・・・!!」

はっ、と我に返ったさくらちゃんが慌てて後を追いかけていく。
玄関の扉が開いて、また閉まる音がした。

「あいつ・・どうしたってんだ。」
それを見送り、桃矢も部屋に戻ってくる。

「・・・ゆき、おまえまでどうした?」
「え?」

桃矢の指が僕の目元に触れた。

「あれ?」

いつの間にか、僕の目からは涙があふれていた。

「僕・・どうしたんだろ・・黒羽さん、きっとびっくりしたよね。」
「俺たちもな。」

桃矢が、困ったように笑う。

「ごめん。」
「いや、謝る必要はないけどな。」

自分でも、今のこの状況がなんなのか、わからない。

でも、
何かが

胸の内から
誰かが

泣いてるあの子を抱きしめなくちゃって

いや、違う。
泣いてたからなんかじゃない。

その前に、体が動いてた。


「だめだった。追いつけなかった。」

さくらちゃんが、黒羽さんのかばんを抱えて戻ってきた。

「あー、あとで俺が家まで届けるわ。」
「うん、お願い。」

黒羽さん、どうしちゃったんだろう・・・。
調子が悪い、って言ってたし、心配・・・

さくらちゃんはそう言って不安げな顔をした。


さくらちゃんが抱えている黒羽さんの鞄には、三日月を象ったチャーム。
綺麗、だな・・・

僕はその三日月を
指でなぞった。





2019.04.30




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