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ぱっと水が空に飛び散って

青空を背景に綺麗な虹がかかる


そんな夢を見た気がする



Selene



学校の創立記念日に桃矢さんが紹介してくれたアルバイトは、水族館の飲食店でのウェイトレスだった。
桃矢さんは飲食店から見えるペンギンのコーナーで、餌やりの手伝いをしている。

「どうかな?慣れてきた?」

先輩が声をかけてくれる。
最初こそ初めてのアルバイトに緊張していたけれど、1時間を過ぎた頃から、緊張も解けだんだんと全体的な動きも把握出来てきた。

「注文が決まったお客様の表情が、最初よりちょっとわかってきた気がします。」
「そっかそっか。引き続き頑張ってね。」
「はい!」

隅のテーブルでお客さんが席を立つ。
片付け始めなきゃな。

私はテーブルクロスを片手に、空いた席へと向かった。





異変に気付いたのは、お客さんのざわめきからだった。
「あれ!!」
「大変!!」

何事かとお客さんの見上げる方に視線をやる。

ペンギンの飼育員の女性が、頭まで水に浸かっている。

ただ、足を滑らせて落ちたにしては様子が変だ。

そこに桃矢さんが姿を現す。
ペンギンの餌を持ってきた桃矢さんは、異変に気付き水の中へと飛び込んだ。

「桃矢さん!!」
水が、渦を巻いている。

その渦がペンギンを巻き込んだ。

くるくると、ペンギンを水の中で振り回す。
なんだろう、一体。

その何かを桃矢さんがつかむ。
このままじゃ、桃矢さんまで・・・

「桃矢さん!桃矢さん!」
「黒羽さん!落ち着いて!」

水槽をたたく私の腕を、先輩がつかんで止めた。


桃矢さんはなんとかペンギンを救出し、水の上へと上がった。

桃矢さんに何事もないことがわかり、ほっと、息をつく。

「なんだろうな。栓でも抜けてたか?」

集まってきた職員さんたちが、つぶやいている。

栓が抜けていた?
ううん、違う。
何か、何かがいた。

再び水槽に触れる。

ざわり、と
水槽の向こうで水が蠢いた気がした。









お疲れ様でした、と声をかけ、桃矢さんと水族館をあとにする。
「大丈夫だったか?」

初めてのバイトを、桃矢さんがねぎらう。

「私は大丈夫です!それより桃矢さんですよ!」

危うく桃矢さんも溺れるところだったのだ。
私の心配をよそに、桃矢さんは小さく笑うと私の頭にぽんぽん、と手を置いた。

「心配かけたな。」
悪かった、と桃矢さんが謝る。
謝ってほしかったわけじゃ、ないんだけど・・・。

「あんまり危ないこと、しないでくださいね。」
「わかったわかった。」

今日の事故の原因がわかるまで、ペンギンショーは中止。
次の休みのバイトは、桃矢さんも一緒にウェイターをするらしい。

「そういや、今日さくらも来てたな。」
「あ、やっぱり来てました?」

ペンギンショーの騒ぎでそれどころではなくなってしまったけれど、友枝小学校の子たちの制服を見た気がしたのだ。
さくらちゃんもあの場所にいたのか。

「さくらちゃんにも心配かけちゃだめですよ。」
「うちで心配かけるのは、俺よりさくらの方だ」
「さくらちゃんの方?」

年の離れた兄妹だと、やはり心配なんだろうか。
桃矢さんは、険しい顔をして、水族館を振り返った。












二回目のバイトの日、今日も水族館は大盛況で、たくさんの人で賑わっている。
桃矢さんが入っている分、ウェイトレスのメンバーに余裕がある。
別の仕事もしてみようか、と提案され今日はカウンターの中で簡単な食事の準備のお手伝いだ。

「あれ?」

カウンターから見える席に、見慣れた二人が座った。

さくらちゃんと、雪兎さん?

すかさず席に近づいていくウェイターは、もちろん桃矢さんだ。

驚くさくらちゃんの姿に、くすり、と笑いが漏れる。
そうだよね、折角のデートにお兄ちゃんが出てきたら、びっくりするよね。

微笑ましいその姿を見守る。

同時に、冷静に、自分の気持ちを見つめた。
他の女の子とデートをする雪兎さん。
その姿を見ても、やはり嫉妬心は湧かない。

桃矢さんがこちらに視線を向けると、さくらちゃんと雪兎さんもこちらを見た。

ひらひら、と手をふる二人に、私も手を振り返す。

「かき氷だと」
「はーい。」

かき氷なら私も作れるな。

桃矢さんに告げられたオーダー内容に応えるべく、私は作業を開始した。






それからしばらくして、ぴし、と何かひび割れるような音が聞こえた気がした。

「?」

周りを見回す。

異変はすぐに、見つかった。

「きゃー!」

ペンギンのケースにひびが入り、水が中からあふれだす。

「さくら!!!」

水槽近くにいた二人の姿が見えない。
二人は無事だろうか。

心配したのも束の間、水がこちらに向かってくるのが見えた。

このままじゃ、飲み込まれる

水に包まれるのを覚悟して、息をのんだそのとき




水が、一瞬躊躇したように見えた




真っすぐ向かってきていた水は、私の手前で向きを変え、横へ流れていく。

今、一体何が・・・



考えているうちに反対側のドアが破られ、水はそちらへと消えて行った。

どうやら、さくらちゃんも無事なようだ。

駆け寄りたい気持ちを抑え、他のお客さんの元へと走る。

さくらちゃんは桃矢さんがいるから、大丈夫。
私は私の仕事をしなきゃ。

「黒羽さん、大丈夫?」

子供の前にしゃがみ込んで立たせていると、斜め上から声がかかった。

振り返るとそこには雪兎さんの姿。

「あ、はい。私は全然・・濡れてもなくて・・・。」
「この状況でまったく?すごいね。」

周りを見渡せば、濡れていない場所を探す方が難しいほどに全体がビシャビシャだ。

「私にも、何がなんだか・・っあ・・・っ」

立ち上がり足を踏み出したところで水溜まりに足をすべらせた。

すぐに雪兎さんの身体が動く。
倒れかけた身体は雪兎さんの腕にぐい、と引き上げられた。

「す、すみません。」
「ゆき!!」

向こうで桃矢さんが雪兎さんを探している声が聞こえた。

「いかなきゃ。片付け大変だろうけど、頑張ってね。」
足元にも、気を付けて

そう言い残し、雪兎さんは桃矢さんたちの方へと駆けていく。

見た目より、力、強かったな・・・

引き上げられた感触の残る腕を、私はしばらくぼーっと見つめていた。







2019.05.11


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