ずっとずっと
会いたかった人がいる
Selene
ペンギン公園についた私たちは、雪兎さん、知世ちゃんと合流した。
「大道寺知世と言います。よろしくお願いします。」
知世ちゃんも小学生とは思えないくらい礼儀正しい、いい子で。
いい子の周りには、やっぱりいい子が集まってくるんだなぁ、と実感する。
さくらちゃんと知世ちゃん、雪兎さんが前を歩き、私は桃矢さんと後ろから様子を見守った。
雪兎さんと一緒にお店を眺めるさくらちゃんは、ずっと幸せそうだ。
知世ちゃんも、その隣で二人の様子を眺めている。
「楽しそうだな。」
「はい!」
いつの間に買ったのか、桃矢さんの手にはベビーカステラの袋。
桃矢さんは袋の中に手をいれると、ベビーカステラを私の顔の前へと差し出した。
「口開けろ。」
言われた通りに口を開けると、ぽい、と中に放り込まれる。
まだ温かさの残るベビーカステラの甘い香りが口の中に広がった。
うまそうに食うな、と桃矢さんは私の顔を見て、笑った。
「あっ!りんご飴!お兄ちゃん買って!」
りんご飴の屋台を見つけたさくらちゃんが、こちらを向いて桃矢さんを呼ぶ。
桃矢さんは小遣いはどうした、と尋ねているけれど、どうやら桃矢さんがアルバイトの間、さくらちゃんが当番を変わってあげていたらしい。
不満そうな顔をしながらも、桃矢さんはりんご飴のお店へと向かった。
入れ違いに、雪兎さんが1人になった私の方へと歩いてくる。
「いいよね、兄妹って」
雪兎さんが交互に見つめる先には、さくらちゃんと桃矢さん。
「雪兎さん、ご兄弟は?」
「いないよ。」
『お兄ちゃん待ってー!』
私と雪兎さんの間を小さな子どもが走り抜けた。
少し前を歩いていたお兄ちゃんと思われる男の子が立ち止まり振り返る。
『遅い。』
怒った顔をしながらも、お兄ちゃんが手を伸ばす。
女の子は嬉しそうに笑うとお兄ちゃんの手をしっかりと握った。
そのまま、手をつないで二人は歩き出す。
桃矢さんとさくらちゃんも、あんな時があったんだろうな。
「僕たちも手、つないでみる?」
「え?」
不意に差し出された手。
どうしてよいか戸惑う私を見て、雪兎さんが小さく笑った。
「冗談だよ。」
「そうですよねっ」
「遊威、おまえ顔赤いけどどうした。」
「と、桃矢さん・・!」
差し出されたりんご飴。
どぎまぎしているのは当然私だけで、雪兎さんは平然とした顔で桃矢さんからりんご飴を受け取っている。
赤くなってしまった顔をごまかすため、私はりんご飴に口を付けた。
「「「「きゃーっ!!!!!!」」」」
突然、叫び声とともに小学生の女の子たちが池の方から走ってきた。
友達だったのか、さくらちゃんと知世ちゃんが、その子たちに走り寄る。
「なんか足の長い変なのが!!」
「ちがうーー!白いのだよ!」
「きりんみたいに首が 長いの!」
「ピンクでぴかぴかってまるいのー!」
なんの、話?
「池のとこで、出るんだと。おばけ」
「おばけ?」
頭に?を浮かべる私に桃矢さんがうなづく。
女の子たちはよっぽど怖かったのか、泣いている子までいる。
さくらちゃんと知世ちゃんは顔を見合わせ、何か話をしているようだった。
「じゃぁ、遊威のこと頼んだ。」
「うん、またね。」
そろそろ帰ろうか、とペンギン大王公園を出る。
知世ちゃんは大きな車が迎えに来て、あとは私たちだけ。
「一人で帰れますよ?」
「だめだよ、女の子なんだから。」
ね?とほほ笑まれては、うなづくしかない。
申し訳ないな、と思いながら視線を前に向けると、遠くにある先ほど話題になった池が目に入った。
「ちょっとだけ・・見に行きません?」
私の指さす先を雪兎さんが確認する。
幽霊とかお化けとかは得意ではないけれど、一人じゃないなら、ちょっとだけ、興味がある。
それに、毎日近くを通るのだ。
一人で通ることだってあるのだし、何もないなら何もないことを確かめておきたい。
「そうだね、ちょっとだけ行ってみようか。」
雪兎さんが同意してくれたことにほっと一息をつく。
肝試しとか、そんな軽い気持ちで、私たちは池の方向に足を向けた。
「なんにもないね。」
「はい。」
安心すべきところか、がっかりするべきところかわからないけれど、近づいてきた池には何もないように見えた。
あの子たちは、どこまで近づいて何を見たのだろう。
何もないなら、何もないでいい。
明日以降も通る道の安全を確かめたい。
私たちはなおも池の方へと近づいた。
そのとき
『遊威』
池の方から、呼ばれた気がした。
「何もないし、そろそろ戻ろうか?」
雪兎さんには、どうやら聞こえていないらしい。
「黒羽さん?」
聞こえてきた声の正体を確かめたくて、立ち止まる雪兎さんを置いて、私は足を進める。
「・・・?」
何か
何かキラキラした影が、池の上に
揺らめく風景の向こう側に、ぼんやりと誰かの姿が見える
あれは
あれは
幼い頃に夢に出てきた
夢の中の、王子様?
「いたっ・・!!」
突如頭に激痛が走る。
「黒羽さん?」
何かが
誰かの声が
頭の中に流れ込んでくる
『煩い。』『なんでおまえは』『誕生日だろう。今日は』『私の前からいなくなるな』『遊威』『遊威』『遊威』
『愛している』
「黒羽さん!!!」
全身から力が抜ける。
地面に、ぶつかる
遠のく意識の中で、そう覚悟したのに
いつまで待っても
痛みは訪れなかった。
『まったくおまえは』
あぁ、これは夢だ。
夢の中で、私はゆっくりと目を開ける。
『倒れる前に加減をしろ、となんどいえばわかる』
逆光で、顔が見えない。
ただ、キラキラと、綺麗な銀の髪が風に揺れているのだけが見える。
知ってる。この人。
あぁ、そうだ。
久しぶりに、会えた。
私の夢の中の王子様。
私の頭は、彼の膝の上に乗せられていて
彼は、私の頭を優しくなでている。
『だって、あとちょっとでできそうだったから』
これは・・・私の声だろうか?
『心配する私の身にもなれ』
『はーい』
頭の上で、小さくため息をつく音が聞こえた。
先ほどから呆れた声を出すその人は、それでも本気で怒ってなどいないのだろう。
なでられる手から、気持ちが伝わってくる。
『−−の手、好き。』
今、なんと言っただろうか。
呼んだであろう名前だけが、聞こえない。
私は、自分の手をなで続けてくれているその人の手に重ねた。
『好きだよ、−−』
彼の口元が、小さく笑う。
待って、その小さく笑う口元
誰かに、似てる。
『遊威』
彼の唇が、私の額に落とされた。
「・・ん・・」
「・・っ・・黒羽さん!」
飛び込んできた明かりに、眉をしかめる。
「雪兎・・・さん?」
ベッドの脇に座る雪兎さんの向こうに、見慣れた自分の部屋が見えた。
ということは、これは私のベッドか・・・。
心なしか、雪兎さんは落ち着きがないように見える。
「黒羽さん、急に倒れちゃって。覚えてる?」
夢からまだ覚醒しきっていない頭を必死に働かせる。
たしか、今日はお祭りに行って
帰りに雪兎さんと池に寄って・・・
そうだ、そこで私
「桃矢から家の場所は電話で教えてもらって、連れて帰ってきたんだ。鍵探すのに、鞄あさちゃった。ごめんね。」
「そんなごめんだなんて・・!」
連れて帰ってきた、ということは、公園から家までのあの距離を運んでくれたということだ。
また雪兎さんにご迷惑を・・・
本当に雪兎さんの前では失態ばっかりだ。
「それと・・その・・・寝かせるのに帯が邪魔だったから・・・」
ごめん、と雪兎さんは少し赤い顔をして視線をそらした。
そっと自分のおなかのあたりを触る。
浴衣は羽織ったままではいるものの、帯は抜き取られているようだ。
雪兎さんの落ち着きがないのは、きっとこれが原因だろう。
「またご迷惑おかけしちゃったみたいで、すみません。」
はだけないよう前を抑え、起き上がろうとする私の肩を雪兎さんは軽く押した。
「まだ寝てた方がいいよ。」
雪兎さんの肩を押した手が、私の頭へと移動する。
かすかにためらいを見せながら、雪兎さんの手がそのまま私の頭をなで始めた。
「もう、痛くない?」
「・・はい。」
だんだんと、また瞼が重たくなってくる。
雪兎さんの手の触れたところが、じんわりと温かくて気持ちいい。
初めて触れられたはずなのに
なぜだろう。
この手の温もりを
私、知ってる。
「じゃぁ、僕帰るから。鍵はかけたらポストから落とすね。」
手の温かさが
離れていく。
「・・っ・・」
待って、行かないで
言いかけた口を抑える。
「黒羽さん?」
「なんでもない・・です。」
そう、と雪兎がさんが安心した顔を見せた。
「じゃぁ、またね。」
「ありがとうございました。」
そのまま寝てて、と言われ、ベッドの中から雪兎さんを見送る。
雪兎さんはひらひらと手を振ると、扉の向こうに消えて行った。
2019.05.18
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