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彼女を愛しく思う気持ちが

心の奥からあふれ出る


どうしようもなく
彼女に惹かれている


Selene


「僕は何を・・・・・」

はあぁぁぁ
と大きくため息をつき、浴衣のまま自分のベッドへとダイブする。




何かが出ると最近噂の池の前で、黒羽さんは急に頭を抱え込んだかと思ったら、次の瞬間には重力に引っ張られるかのように、地面へ向けて倒れて行った。

浴衣が乱れるのも構わず地面を蹴り、すんでのところで黒羽さんをキャッチ。
彼女が頭をぶつけるのは避けられた。

「黒羽さん!黒羽さん!!」

意識がない様子に救急車を呼ぶべきかとも悩んだが、なんだか違う気がして

代わりに桃矢へと電話をかけた。

横抱きにしたまま、桃矢のナビに従う。


時々聞こえてくる、苦し気な息遣いに彼女の顔を覗き込む。

だんだんと自分の顔が赤らんでいくのは、長い距離を抱えたまま歩いてきたからか
それとも、いつもより近い彼女に気づいたからか

ぐっと腕に力をいれ、黒羽さんを抱えなおす。
自分の胸に触れる、彼女の頬。

どうか、今彼女が起きませんように。
僕の早くなった鼓動に、気づきませんように。



「黒羽さん、着いたよ。」
部屋の前まで到着し、桃矢との通話を終了。
声をかけてみるものの、彼女が目を覚ます気配はない。

悪いと思いつつも、彼女の鞄をあさり、見つけた鍵で部屋の中へ足を踏み入れた。

「お邪魔します」

部屋にあがり、黒羽さんを抱きかかえたまま、部屋を見回す。

ずっと施設で暮らしていた、という黒羽さん。
最低限の生活に必要なもの以外は、ないように見えた。


整理された机の上に、ぽつんと、黒羽さんが描いたと思われる絵が置いてある。
何かのキャラクターだろうか。

羽の生えたその人物は、天使のように見えた。



その絵を横目にテーブル横を通過し、ベッドに腰かける。

ギシリときしむスプリング音に、またドクドクと心臓が音を立てた。

このままじゃまずい、とベッドに黒羽さんを下ろそうと試みたが、そこでいったん停止。
寝かすにしても、どう考えたって帯が邪魔だ。

「・・・ごめん。」

謝罪の言葉をかけ、抱きかかえたまま、帯を外していく。

この姿勢での作業はもちろんのこと、できるだけはだけないよう、帯だけを外すのにも、なかなか骨が折れる。

やっとのことで帯を外し、次は後ろに結われた髪をほどいていく。
痛く、ないだろうか。

何本も刺さったヘアピンを抜き切りヘアゴムを外すと、彼女の髪が肩へと落ちた。

ふわり、と彼女のシャンプーの香りが鼻を掠める。

高まったままの胸を押さえ、起こさないようそっと黒羽さんをベッドに寝かせた。


倒れた瞬間の苦しそうな表情はどこにいったのか。
黒羽さんはすぅすぅと寝息を立て、ただ眠っているだけのように見える。

幸せな夢でも見ているのだろうか。
口元には小さく笑みを浮かべている。

黙って帰ることもできたけれど、僕はなんとなくまだ離れたくなくて

ベッドの脇へと腰を下ろした。

そのまま、自然と、彼女の髪へと手が伸びる。

直前で一瞬躊躇したものの、それでも静かに、僕の手は彼女の頭から髪の先までをなぞった。

手入れの行き届いた綺麗な髪が、指の間をサラサラと抜けて行く。

高まっていた鼓動が、今度は不思議と静まっていくのがわかった。

なんだろう。
この懐かしいような切ないような気持ちは。


答えの出ないまま

繰り返し

彼女の頭をなで続ける。


「・・・っ!」

ふと目に入った細い首筋。

くらりとして、頭を振ってかき消す。


一度治まったはずの心臓が

ドクドク、とまた

大きく音を立て始めた。


触れたい。

もっと。

胸の内から溢れる気持ちに

もう制御がかけられない。







気づいたときには

僕の唇は彼女の額に触れていた。


「・・ん・・」
「・・っ・・黒羽さん!」

僕は、今、何を・・・
慌てて離れ、口を抑える

「雪兎・・・さん?」

目を覚ました黒羽さんは、倒れてからのことは何も覚えていなくて

こっそりほっと息をついた。

「またご迷惑おかけしちゃったみたいで、すみません。」
「まだ寝てた方がいいよ。」

起き上がろうとする黒羽さんを、再びベッドへと押し返す。

もう、平気なんだろうか。

自然と彼女に触れるために伸びた手。

迷いより、心配な気持ちが勝った。

「もう、痛くない?」
「・・はい。」

嘘だ。
勝ったのは心配な気持ちなんかじゃない。

触れたい、そんな僕の欲だ。

これ以上そばにいたら、また僕は・・・

まだそばにいたい気持ちを隠して僕は黒羽さんの家をでた。

扉のポストから落とした鍵の音が、静かな渡り廊下に響いて聞こえた。

後ろ髪を引かれる思いでその場を去り

そして

今にいたる。



「・・着替えて夜食でも買いに行こう。」

頭から煙が、顔から火が出る前に。


シャツとジーンズに着替え、夜の街を歩く。

コンビニで商品を眺めていても、頭に浮かぶのは黒羽さんのこと。

忘れよう、忘れようと頑張れば頑張るほど

キスしたときに香った彼女の匂いが、鮮明に思い出された。


「・・・黒羽さんには何が見えたんだろう。」

頭から離れないのなら、といっそ開き直ってみる。

同じものが僕にも見えるだろうか。

どうせ帰り道の途中だし、と僕はまた池に向かった。













「悪かったな ゆき。遊威の次はさくら。大変だっただろ。」
「ううん。」

向かった池で偶然、溺れたさくらちゃんを救出。
迎えにきた桃矢に、さくらちゃんを引き渡した。

さくらちゃんが話してくれた、池の中で会ったお母さんの話を伝える。

桃矢いわく、さくらちゃんが怖がりになったのは、桃矢が怖がらせすぎたから、だそうだ。

「・・・やっぱ母さんがいなくてさみしいのか」
「そんなことないよ。ただ・・・会えるなら会いたいと思うのもしょうがないかも」

黒羽さんも、そうだろうか。

両親を思って、寂しくなる夜も、あるんだろうか。

・・・一度も会ったことがないなら、また違うのかな。

「ゆき、おまえはどう思ってんだ、遊威のこと。」

僕の心の中でも見えてるんだろうか。

不意に桃矢が尋ねてくる。

「どう・・って?」
「好きなのか、ってこと。」
「僕は・・・・」

好き、なんだろうか。

きっと、そうなんだろう。

彼女に惹かれていくこの気持ちは。

「きっと、多分・・・うん、そうだね。」

見上げる先に輝く月。

その光が、やけに胸を焦がした。







2019.05.25





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