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頭上からひらひらと

淡い紫の花びらが舞い落ちる

『綺麗・・・・』

花に向かって伸ばした手に、後ろから誰かの手が重なる

『この花が好きだと、言っていただろう』

反対側の腕が、後ろからそっと私を抱きしめた。



Selene



「チアリーディング部の人は、入場門前に集まってください」

友枝小学校の校庭に、知世ちゃんの声が響く。

「写真いっぱい撮るね」
さくらちゃんは雪兎さんの言葉に顔を赤らめると、桃矢さんへ何かを小声で告げた。

「頑張ってね!」
「はい!行ってきます!」

大きく手を振り、さくらちゃんは入場門前に駆けていく。

今日は友枝小学校の運動会。
さくらちゃんから見に来てほしい、と声をかけられ、是非!と桃矢さんたちと足を運んだ。

「あれ以降体調は大丈夫?」

さくらちゃんを見送った雪兎さんがこちらを向く。
あれから、というのはこの間の池で倒れたときのことだろう。

「まったく問題ないです!ご心配おかけしてすみません。」
「そっか。よかった。」

あの頭痛はなんだったのか、と自分でも拍子抜けするくらい、あれから何事もない。
念のため翌日病院にはいったものの、病院でもやはり何も問題ないと診断を受けている。

「今日一日ずっと外だし、あんま無理すんなよ。」
「はーい。」

ほんとにわかってんのか、と桃矢さんは小さく笑いながらため息をついた。
暑さが和らいできたとはいえ、まだ運動会の季節。
倒れないように水分は取っておこう。

持ってきた水筒のお茶を私は口に含んだ。


「あ、始まったね。」
雪兎さんがカメラを構える。

衣装を身に着けた友枝小学校の子たちが、音楽に合わせて入場を始めた。

さくらちゃんの姿もすぐに見つかる。

「遊威もあぁいうのできるんだったな。」

簡単なアクロバットを繰り広げるさくらちゃんたちを桃矢さんが指さす。

「そうなの?意外だね。」
「中学校は器械体操部だったので・・・一通りは。」

でも、もう長く身体を動かしていないから、できなくなってるだろうな・・・。

部活に明け暮れていた日々が、懐かしい。

「もうやらないの?」
「高校でも、本当は続けたかったんですよね。でも、中学校の最後の大会で足、傷めちゃって・・・」

もう治ってはいるのだ。
日常生活に支障がない程度には。

ただ、やっぱりここ、ってときに踏ん張ることはできなくて。
結果的に何度か足元が危うくなり、弓道場、水族館と、雪兎さんに二度も支えられる、という事態が発生している。

「そっか。見てみたかったな、黒羽さんの演技。」
「いつか、機会があれば。あ、雪兎さん!シャッターチャンスです!」

雪兎さんはさくらちゃんの方に目を向けると、再びシャッターを切った。








お昼ご飯の時間あたりから、突然どこからか降り始めたピンクの花びら。
花びらはその後も降り続け、気が付くと校庭は花びらだらけ。
父兄参加の100m走は、もう競技どころではない状況になっていた。

「二人だけ・・走り続けてるね。」
「そうだな・・・」

知世ちゃんのお母さんが、藤隆さんに闘志を燃やしている。
先ほど初めて会った知世ちゃんのお母さん、園美さんは、なんと桃矢さんたちのお母さんの従姉妹だとか。

「あの子たち大丈夫かな。」
雪兎さんの視線の先には、ゴールテープを持つ二人の女の子。

たしかにこのままじゃ、花びらで溺れそうだ。

桃矢さんと雪兎さんが、二人に向かって花びらの中を進んでいく。

私もその後ろを追った。

「早く高いところに避難しないと」
「でもゴールが・・・」
「僕たちが持ってるから。ね」

二人が、ひょい、とゴールテープを奪う。

二人とも優しいんだから。

女の子たちはお礼を言うと、グランドを抜け、階段の上へと駆けのぼっていった。

その背中を見届け、桃矢さんの隣に立つ。

向こうから藤隆さんと園美さんが向かってくるのが見えた。


もうちょっとだな。

二人を待ちながら、空を見上げる。

ひらひらと、降り続けるピンクの花びら。

降ってくる、花・・・・・

なんだか、今日の朝、そんな夢を見ていた気がする。

「遊威?」

どんな夢だったっけ・・・

思い出そうとすればするほど、記憶に霞みがかかっていく。

遠く、遠くに

意識が持っていかれる

「遊威!!」

桃矢さんの呼ぶ声と同時に、身体が花びらの香りに包まれた。









『−−、どうかしましたか?』

黒髪の、眼鏡の男性が見える。

あ、また夢だ。

瞬時に、そう悟る。

眼鏡の男性の前には、私の夢の中の王子様がしゃがんでいる。

見つめる先には綺麗なキキョウの花が咲いていた。

『遊威が教えてくれた。この花の花言葉は”永遠の愛”だと。』

なぜこんなにも、彼の瞳は寂しそうなのだろう。

触れたくて、手を伸ばそうとするのだけれど、触れることができない。

この夢の中で、私はどうやら傍観者に過ぎないらしい。

『そうですか』
眼鏡の男性の瞳も同じように、寂し気に揺れた。

『私は・・・待ち続ける』
『生まれ変わった人間は、もう別の人間だとしても?』
『遊威の魂を持っているなら、それでいい』

ぎゅっと、胸が締め付けられる。

なぜこんなに切ないのだろう。

なぜこんなに

この人が愛しいのだろう。


そこに、私は存在していない。
ただ、隣でその様子を見ていることしかできない。

透明人間のままその場に立ち尽くしていると、眼鏡の男性の視線が

確かに私を捉えた。












「黒羽さん!」
「遊威!!」

私を呼ぶ声に、うっすらと目を開く。

「雪兎さん・・桃矢さん・・・」

私を覗き込む二人の顔と、青い空が見える。

「気が付いた?」
「藤隆さん・・・・」

藤隆さんに差し出されたペットボトルを桃矢さんが受け取る。
私は桃矢さんに寄りかかるように地面に倒れているようだ。

「私・・・・」
「急に意識失ったんだ。」

桃矢さんがペットボトルの蓋を開け、私の口元に近づけた。
受け取りゆっくりと水を飲む。

「熱中症かな・・・」

雪兎さんの手が額に触れる。
そのまま、その手が私の目元に降りた。

雪兎さんの指が、目元をたどる。

「怖い夢でも見てた?」

ペットボトルを持っていない手で、自分の頬に触れると、涙のあとがあるのがわかった。

怖い・・夢・・?

違う

首を横に振る。

あれは怖い夢なんかじゃなくて・・・

ただ、切なくて、苦しい。


雪兎さんの離れていく手の温もりが名残惜しくて

伸ばしかけた手を、理性がとどめた。







2019.06.02


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