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『『ほんものはどっちでしょうか』』

私たちがそういうと、彼は気だるそうに顔を上げた。

隣に並んだもう一人の私。

上から下まで、本当にそっくりそのまま私だ。

自分でも何が違うかわからないくらいなのに

『えー、面白くなーい』

彼は真っすぐにこちらを指さした。

『私が遊威を間違えるわけがない』

小さくため息をつきながら
さも当然かのように彼は言った。



Selene



桃矢さんが崖から落ちた

と、雪兎さんから連絡を受けたのはお昼休みのことだった。

残りの半日はソワソワしっぱなし。
部活はお休みをもらって、雪兎さん、知世ちゃんと一緒にお見舞いに向かった。


「お兄ちゃん部屋にいます」
「ありがと」

気ばかりが焦って仕方ない。

「黒羽さん、気を付けないと階段踏み外すよ。ほら、言ってるそばから」
「う・・・」

うっかり踏み外し、倒れかかった私を雪兎さんが後ろから支える。

「お見舞いにきて怪我しちゃ、桃矢も落ち着いて寝てられないから」
「はい・・・」

ほんと、雪兎さんの言う通りだ。
気持ちを落ち着かせ、二階に続く階段を上り切った。

「桃矢さん・・・!」

扉の向こうに見えた姿に、ぎゅっと胸がつまる。
ベッドに駆け寄り、すぐ横にひざをついた。

足には包帯が巻かれているし、顔にも怪我をしているし

崖から落ちた、というのが今更になって実感となって押し寄せてきた。

「こら、遊威泣くな」
「だってー」

子供のように泣きじゃくる私に、桃矢さんが呆れた声で笑う。

「心配だったんだよね」

雪兎さんの手がそっと私の背中に添えられた。

とんとん、と優しくその手が私の背中をたたく。

「心配かけて悪かった。」

桃矢さんはそう言っていつものように私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。










「黒羽さん?」

気持ちを落ち着けようと一人桃矢さんの部屋を出ると、ちょうど知世ちゃんの手土産のケーキを運んできたさくらちゃんが階段を上がってきたところだった。

「大丈夫ですか?」
泣きはらした私の顔をさくらちゃんが覗き込む。

小学生に心配かけちゃうなんて、だめだめだなぁ、私。

「ごめんごめん。なんだか、安心したら泣けてきちゃって。」
「そんなに心配してくれてたんですね、お兄ちゃんのこと。」

ありがとうございます、とさくらちゃんは小さく笑った。

「雪兎さんも、桃矢さんと話たいことあるだろうし、ちょっとだけさくらちゃんの部屋にお邪魔してもいいかな」
「はい、一緒にケーキ食べましょ」
「ありがと」

さくらちゃんは桃矢さんの部屋にケーキを二つ置くと、そのまま自分の部屋へと向かった。
私もその後に続く。

「ちょっとだけ待っててください!」

扉の向こうへ、さくらちゃんが身体をすべらせる。
何か見られたくないものでもあるのだろうか。

知世ちゃんと、もう一人誰かの声が聞こえた気がしたけれど・・気のせい?

「お待たせしました!」

そんなことを考えているうちに、さくらちゃんがドアを開けた。

「お邪魔します」

目に飛び込んでくる、可愛らしいぬいぐるみたち。
色合いも可愛くて、さくらちゃんらしい部屋だな。

失礼にならない程度に部屋を見回し、部屋の真ん中へと進む。

「遊威・・・?」
「え?」

誰かの呼ぶ声が聞こえた気がした。

声のしたベッドの方へ視線を向けてみるが、声を発しそうなものなんて・・・

「・・・っ遊威!!!」
「ケ、ケロちゃん・・・!!!」

さくらちゃんがベッドの上に座っていたオレンジ色のぬいぐるみを慌てて抑えつける。

え?今、ぬいぐるみ・・・動いた?

「えっと・・これは・・・っ!」
「さくら!離してくれ・・っ」
「ちょっ・・・!」
「ケロちゃんっ」

さくらちゃんと知世ちゃんの慌てる声を振り切り、さくらちゃんの手の間を抜けたオレンジ色のぬいぐるみがこちらに向かって飛んでくる。

「遊威!!わいや!!ケルベロスや!!!おまえっ・・・ほんまに・・・・っ」

私は何かまた夢を見ているんだろうか。
オレンジ色のぬいぐるみが、私の顔をぺたぺたと触りながら、泣いている。

「えっと・・・・」

何が何やらわからず、視線をさくらちゃんたちに向けると、二人も唖然とした顔をしていた。

そのとき
ガサッ、と音がして、さくらちゃんの机の引き出しが開いた。

「ほえぇぇぇぇっ!!!」

そこから、何やらカードが飛び出してくる。
飛び出したカードたちは円をつくると、私のまわりをくるりくるりと周り始めた。

「どうなってるんでしょうか・・・」

どうやら二人が驚いているのは、ぬいぐるみがしゃべったことや、カードが飛んでいるという事実に対するものではない様子だ。

「ケロちゃんと黒羽さん・・知り合い、なの?・・・私・・黒羽さんの名前が遊威さんだ、ってケロちゃんに教えてないよね・・・?」

両手を重ね前に差し出すと、ケロちゃんと呼ばれたぬいぐるみが私の手のひらにちょこんと乗った。
なんだかよくわからないけれど、可愛い。

その可愛い何かが、私をじっと見つめる。

「わいは、遊威を知っとる。もうずっと、ずっと前から。」
「ごめんなさい、私・・あなたが何なのか・・・・」

記憶を辿ってみても、こんな可愛らしい生き物と友達になった覚えはない。

「顔は全く同じ、ってわけやない。でも、魂の形は、そのまんまや。」

私をまっすぐに見つめたまま、目の前の可愛い生き物は、また目元をうるうるとさせだした。

「ケロちゃん、どういうこと?どういう関係なの?カードさんたちまで・・・」

さくらちゃんが手を差し出すと、私の周りを回っていたカードたちが、さくらちゃんの手のひらに集まっていった。

「とりあえず、座りませんか?」
「そう、だね」

知世ちゃんの言葉で、立ちっぱなしだったことに、やっと気づく。
私たちはテーブルを囲み、腰を下ろした。

そして囲まれたテーブルの上に、ケロちゃんと呼ばれたぬいぐるみが座る。

そして、小さな手で私の方を指しながら、一呼吸置き話始めた。

「遊威はな、クロウの弟子や。」
「ほええぇぇぇ!?」
「まぁ!」

二人が驚いた声を上げる。

「待って待って、クロウって誰?私、そんな人知らない」
「そうだよ!クロウさんはずっと昔に亡くなってるんだよね!?」
「そうや。」

だめだ、話についていけない。

「遊威、ほんまに記憶はないんやな。」
「えっと・・とりあえず、今話されてる内容はちんぷんかんぷんというか・・・」
「そうか・・・」

ケロちゃん(もう勝手にそう呼んでやる)は悲しそうな顔をして、少しうつむいた。

私もさくらちゃんも、知世ちゃんも、ケロちゃんの言葉を待つ。

「昔、クロウリードっちゅう魔術師がおったんや。」
「魔術師・・・」

またいまいちピンとこない話が・・・。

「遊威はクロウから魔法の指導を受けてた。」

昔っていうのはどれくらい昔なんだろうか。
少なくとも、今私の覚えているかぎり、そんな覚えはない。

そもそも魔術師って?魔法?そんなもの本当にあるの?

もしかして、それって最近身の回りで起こってる妙なことと何か関係が・・?

質問したいことは山ほどあるけれど、とりあえず最後まで聞いてみよう。
視線で先を促す。

「クロウに指導を受けるまで、遊威は力の制御ができてなくてな。力を暴走させるたびに命を削ってたらしい。そして・・・・20歳を迎えた頃、遊威は死んだ」
「は?」
「遊威、おまえは生まれ変わって今、ここにおる。」

だんだん、頭が痛くなってきた。

私は元々魔法が使えて?
でも20歳で死んで?
生まれ変わってここにいる?

「ケロちゃんの仰ってることが本当だとしてお名前が一緒なんてそんな偶然・・・」
「確かにな。遊威の名前は誰が付けたんや?」
「えっと・・・確か・・・」

施設で教えてもらったことがある。
私が施設に預けられたその日、来客があったとか。

「小学校低学年くらいの女の子がつけてくれた、って。漢字まで全部。とっても綺麗な女の子だった、って施設長が。」
「そうか・・・」

ケロちゃんは少し考えこむように腕を組んだ。










***あとがき***

長くなってきたのでいったん切ります。


2019.06.09


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