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ケロちゃんとさくらちゃんが説明してくれたクロウカードの話は、まるで夢の話のようだった。



Selene



クロウカードの説明が一通り終わった頃、さくらちゃんの手の中から、またカードが一枚飛び出して私の前にふわふわと飛んできた。

「ウォー・・ティー?」

どうやらそれは水のカードらしい。

「遊威はカードたちと仲良かったけど、ウォーティーは特に遊威のこと大好きやったんや」
「そう、なんだ。」

さくらちゃんと知世ちゃんが、優しく微笑む。

私は、近づいてきてくれたカードに、そっと手を伸ばした。

覚えていなくて、ごめんね。

ゆっくりと、カードの縁を指でなぞる。

前世の私とこの子の間には、一体どんな思い出があったんだろう。

「遊威・・・なんでここに生まれ変わったかも、思い出されへんか?」
「なんでここに・・・?」
「何か理由があるの?」

私が、今ここに生まれ変わった、理由・・・・

「ケロちゃんはご存じですの?」
「あぁ、知っとる。わいは、遊威の最期に立ち会ったからな」

思考を巡らせてはみるものの、すでに許容量いっぱいいっぱいの頭では、もうこれ以上考えられそうにない。

お手上げポーズをとると、ケロちゃんはまた少し、悲しそうな顔をした。

「遊威には、大切な人がおった。」
「大切な人?」
「そう、とっても大切な人や。」

ケロちゃんがうなづく。

そんな人がいたのか、前世の私には。

「生まれ変わったらもう別の人間、ってことは前世の遊威もわかっとった。それでも、遊威はユエの近くに生まれ変わりたい、とそう望んだんや」
「ユ・・・エ・・・?」

ユエ・・ユエ・・・

頭の中で名前を反芻する。

「・・・・っ・・!」

突如突き刺すような痛みが頭に走った。

「黒羽さん!?」

慌てた様子でさくらちゃんと知世ちゃんが隣へとやってくるが、大丈夫、と返す余裕もない。
頭が、割れそうに痛い。

あまりの痛みに思わず瞑った瞼の裏に、映像が流れ込んでくる。



木陰で休む、誰か。

羽を広げ舞い上がる後ろ姿。

『遊威』

私を呼ぶ、声。

『私の前からいなくなるんじゃない。』

あぁ、泣いている顔が見える。

目が覚めるといつも忘れてしまった、夢の中で何度もみた、ユエの顔。

そうだ、私・・・

ユエのことが大好きで

誰よりも
誰よりも大切で

「ユエ・・っ・・ユエっ、ユエ・・・っ」

涙が、止まらない。

「黒羽さん・・」
背中に、さくらちゃんの手の温かさを感じた。

「思い出したんか!?」

ケロちゃんの言葉に首を横にふる。

「全部じゃ、ない・・・断片的に・・・本当に私の記憶なのかどうかも、私にはわからないけれど・・・」

それでも、本能的に悟る。
今迄の夢は、夢じゃなかった。

私の、記憶だ。

「わいのことは?」
「ごめんなさい・・あなたのことは、やっぱりわからない・・」

ケロちゃんは残念そうにため息をついた。

ごめんなさい

申し訳ない気持ちで、いっぱいになる。

「ケロちゃん、本当の姿に戻ってないからかな」
「・・ちゃう。本来生まれ変わっても、それは別の人間や。遊威にユエの記憶が残ってるとしたらそれは・・・」
「・・・本当に、大好きだったんだね。その、ユエさんのこと。」

苦しい。

ユエに会うためにここに生まれ変わったはずだったのに・・なんで私は・・・

まだ恋かどうかもわからない雪兎さんへの気持ち。

どうして

なんで

私、なんのために・・・

「ユエは・・今どこ・・?」
「・・・わからん。」

彼は今もどこかで、私を待ってくれているのだろうか。

それとも、もう・・・

「会いたい・・・っ」

さくらちゃんの小さな身体が、私を力いっぱい抱きしめた。












今日はもう、雪兎さんの顔を見て冷静でいられる自信がなかった。

帰る前にもう一度、桃矢さんと話をしたかったけれど、それを諦め、玄関へ向かう。

さくらちゃんはずっと、私の右手を握っていた。

「桃矢さんと雪兎さんに、挨拶もしないでごめんなさい、って伝えてもらえるかな。」
「はい。」

さくらちゃんの手が、離れる。

小さなその手で、私を守ろうとしてくれたんだね。

「ありがとう。」

不意に目の前のさくらちゃんをいっぱいに抱きしめたい気持ちに駆られて、気持ちの向くままにさくらちゃんを抱きしめた。

「黒羽さん、”遊威さん”って呼んでも、いいですか?」

私の腕の中から、さくらちゃんが尋ねる。

「もちろん」
「ありがとうございます。」

さくらちゃんの手が私の背中に回った。

「遊威さん、雪兎さんへの気持ち、無理になくす必要はないと思います。気持ちは、自分じゃどうにもできないから。」
「うん・・・」
「どこかでユエさんに会えた時、また考えましょう?」
「うん・・っ」

小学生にアドバイスもらっちゃったよ。
ほんと情けないな、私。

「じゃぁ、またね。」

さくらちゃん、知世ちゃんに手をふり、外へと足を踏み出した。

いつの間にか沈み切った太陽。

空には、月が浮かんでいる。

「ユエ・・・・」

また涙が頬をつたった。

もう、今日は泣きすぎだ。

この涙が、何を想っての涙なのか、今の私にはわからないけれど。



私の夢の中の王子様は、ユエだった。

夢の中で、いつでも私のそばにいてくれた。

いつか彼と会えた時、彼は何を想うのだろう。

私は、誰を想うのだろう。






2019.06.10




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