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ただ、そばにいたい。

嘘だ。

本当は



触れたい。

守りたい。



何から?

黒羽さんを傷付ける、全てのものから。

あれ、でも、彼女は一体何に傷つくのだったっけ。



Selene



気づいた時には黒羽さんは帰った後だった。

渡しそびれていたバレンタインのお返しを、今日の帰りにでも渡そうと思っていたのだけれど。
今日もまた渡せなかった。

でもそんなことより
「ちょっと今日は疲れてらっしゃったみたいで。」
知世ちゃんの言葉の方が気になる。

また体調を崩したりしてないだろうかと心配になった僕は、木之本家を出たあと、そのまま黒羽さんの家へと向かった。


『ピンポーン』

玄関のチャイムを鳴らす。

『はい。』
「月城です。」

インターホンから聞こえた黒羽さんの声。
よかった、いた。

『ちょ・・ちょっと待ってもらえますか・・?』

ブツッと音がして、インターホンの電気が消えた。

急にきたし、迷惑だったかな。

今更だけど、事前に連絡をすべきだったかも、と反省する。

2,3分の後、ためらいがちに玄関の扉が開いた。

「お待たせしました。」

黒羽さんは前髪を触りながら、下を向いている。

「また体調崩したのかな、ってちょっと心配で。急にごめんね。」
「いえ、そんな!心配かけてしまってすみません。ありがとうございます。」

申し訳なさそうに頭を下げながらも、黒羽さんの手は前髪に触れたままだ。

珍しいな。
そんな風に話しながら髪を触る癖なんか、なかったはずなのに。

「あとね、ずっと渡しそびれてたバレンタインのお返し。」

カバンからラッピングされた袋を取り出す。

「ありがとうございます。開けても、いいですか?」
「もちろん。気に入ってもらえるといいんだけど。」

黒羽さんは、ラッピングを丁寧に外していく。
中から、夜空を思わせる濃い青色の箱が姿を現した。

「ブレスレット、ですか?」
「うん、そう。三日月のチャームが鞄についてたから、好きかと思って。」

三日月が二つ重なったようなデザインの飾りがついた、シンプルなブレスレット。
きっと似合う。



いつもの笑顔が見られるはずだったのに
「ありがとうござい・・ます」
黒羽さんはブレスレットを箱から取り出し、そのまま固まってしまった。

「黒羽さん・・・?」

何やら様子がおかしい。

「・・・っ」

前髪を触る手がなくなり、やっと見えた黒羽さんの顔。

三日月の部分を見つめたまま、今にも泣きだしそうだ。

「・・・ぁ・・っ・・」

荒くなっていく黒羽さんの息遣い。

こぼれないようにと、涙をこらえているのがわかった。

どうして?
何があった?

何もわからないけれど

「遊威・・・っ」

気が付くと僕は黒羽さんの腕を引き、抱きしめていた。

『キィ・・・』

後ろで玄関の扉が閉まる音がする。

黒羽さんが僕の腕の中から逃げることはなかった。













「ごめん、なさい」

どれくらいの時間が経っただろう。
息の落ち着いた黒羽さんが、ゆっくりと身体を離す。

「落ち着いた?」
「・・はい。」

小さく笑う黒羽さんの目が赤い。

「これ、ありがとうございます。大切にします。」

黒羽さんはブレスレットを握っていた右手に、そっと左手を重ねた。
両手で包み込むように、ブレスレットを握る黒羽さん。

どうして君は、そんなに苦しそうな顔をしているのだろう。

その姿を見て、僕の胸も、ぎゅっと痛んだ。

もう一度、抱きしめたい。

胸の内から沸き上がって仕方ないその気持ちを、なんとか落ち着かせる。

”遊威”、”遊威”、”遊威”

彼女の名前を心の中で叫んでいるのは、本当に僕だろうか。

なんだか僕も、ぐちゃぐちゃだ。

「じゃぁ、そろそろ・・帰るね。」
「はい。」

結局黒羽さんの涙の理由も何もわからないまま、僕は黒羽さんの家を出た。


帰り道、夜空を見上げる。

あぁ、今日は満月だ。







***あとがき***

最近更新ができていなかったので、書き溜めていたものを超急ぎで仕上げ・・!

急ぎ過ぎて短いですね。すみません。

補足・・・これ以前の部分もそうなのですが・・・
遊威って呼んでる部分は雪兎ではない、というつもりで書いています。

管理人の書き間違い、とかではないのです・・・!
伝わっていれば幸い・・・

2019.06.16

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