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完全に迷った。目の前に広がる迷路にため息をつき、座り込む。
カードがふざけて作った迷路に、何の悪気がないのもわかってる。
わかってはいるのだけれど

『おなかすいたー!』

空に向かって叫んだ声は、そのまま消えていく。

カードが私の言うことを聞いてくれないのもわかっているから、なおのこと。
もういいや、という諦めとともにそのまま地面に背を付けた。

『ユエー助けてー・・・って・・聞こえるわけないか』

あの人はきっと今頃お昼寝中だ。

そのうち先生が助けにきてくれるだろうから、それを待とう。

そっと目を閉じた私の耳に、大きな羽音が届く。
それから、ゆっくりと、地面に誰かが舞い降りる気配。
気にせず目を閉じたままでいると、無言で鼻をつままれた。

『ぶっ・・』
『さっさと起きろ。出るぞ。』

目の前に立つのは、不機嫌な顔をしたユエ。

『呼んだの、聞こえた?』
『聞こえたからここにいる』

思わずにやついた頬を、ユエがつまむ。
痛い、という私の訴えを完全に無視し、ユエは私を抱えて空に舞い上がった。


Selene


毎日は慌ただしく過ぎていくもので

私の気持ちがどんなに混乱していようと、世界は待ってはくれない。

不思議な夢も、あぁこれは私の記憶なのだ、と目が覚めてから切ない気持ちに胸が締め付けられる。

ずっと見えなかったり、目が覚めたら忘れてしまった夢の中のユエの顔も、今は起きてからも思い出すことが出来る。

生まれ変わっても、そばにいたいと願った、前世の私が大好きだった人。

色んな夢を見たせいか、前世の気持ちが残っているからか、今の私もユエに惹かれている。
それは否定出来ない。
会いたくて、会いたくて、苦しい。

でも一方で、雪兎さんと会っている間、私は雪兎さんにどうしようもなく惹かれるのだ。

しばらく雪兎さんとどう接すればよいかわからなかった私も、桃矢さんの怪我が完治する頃には落ち着きを取り戻し、以前のように一緒に帰ったり、たまに一緒にお昼を食べたり、一緒に登校したり・・・そんな日々が続いていた。

「さくらー!」

休憩時間、桃矢さんの声が聞こえた気がして、視線を向ける。
小学校の方に近づく桃矢さんと、それを見守る雪兎さん。
様子から察するに、どうやらさくらちゃんの忘れ物を桃矢さんが届けたらしい。

せっかくだし、私もさくらちゃんとちょっとお話しようかな、と桃矢さんのいる方へと足を向ける。

反対側から桃矢さんに駆け寄るさくらちゃんの向こうに、見慣れない女性が見えた。
先生、だろうか?

桃矢さんの動きが、止まる。
女性は立ち上がると、少しだけ、桃矢さんへと近づいた。

「おっきくなったね、とーや」

微かに届く、女性の声。
知り合いなのかな。

というか、なんだろう。
二人のこの空気。

と、女性の視線が私に向いた。
「遊威ちゃんも、とっても綺麗になった。」
「え?」

女性の言葉に、桃矢さんもこちらを向く。

「遊威・・・知り合いなのか?」

桃矢さんの言葉に首を傾げる。
こんな綺麗な人、一度会ったら忘れないと思うんだけれど。
それに、なんだか一緒にいて、とても幸せな気持ちになる。
そんな人、絶対忘れない。

「遊威ちゃんは覚えてないと思う。遊威ちゃんがとっても小さかったときに、一度だけ会ったの。」

小さかったとき、というと施設にいたときだろうか。

納得がいったような、いかないような・・・。

「よく、わかったな。小さいときに会ったのが、今目の前にいる遊威だって。」
「なんで、わかったんですか・・・?」

私の問いにその女性は優しい笑みを浮かべた。
そのまま私に近づく。

「なんとなく。」
「なんとなく?」
「うん、この子が遊威ちゃんだろうな、って」

答えになっているようで、なっていない。
でも、きっとそれ以上の答えはないのだろう。
隣で桃矢さんも大きくため息をついた。







さっきの不思議な女性は、観月歌帆さん、というさくらちゃんのところの先生らしい。
校舎に戻りながら、様子のおかしい桃矢さんに、雪兎さんと首を傾げる。

「聞けそうだったら、あとで聞いとくよ」
雪兎さんが小さな声で私にそう告げた。

そのまま視線が、私の手首へと向く。

「つけて、くれてるんだね」
「とても可愛いので、気に入ってます」

私の言葉に、雪兎さんが嬉しそうな笑みを見せる。

三日月の二つ重なったようなデザインのブレスレット。

まるでユエと、雪兎さん
二人の間で揺れる、今の自分の気持ちを表しているかのように見えた。




その日の晩、さくらちゃんから電話があった。
月峰神社で、「迷」というカードを捕まえたこと。
そして、観月先生に助けられたこと。

「神社の神主さんの娘・・・か・・・。」

確か、施設長が言っていなかっただろうか。
私の名前をつけてくれた女の子は、巫女さんの格好をしていた、と。

「まさか、ね。」

いや、可能性として、なくはないのか。
あの頃の年齢からして、今きっとその人は20代前半、というところだろう。

そう考えると、十分有り得る気がしてきた。

次会ったら、聞いてみよう。





2019.07.03

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