名前を呼ぶだけでぐんと上がる体温



スポーツドリンクと、風邪薬、家にあったお粥の材料を持って、高校時代の同級生の家を訪れる。

「雪兎ー、入るよー」

”持っていてくれて構わない”と預かっていた合鍵を初めて使用する。

雪兎が合鍵をくれたのは、彼が私の恋人だからではない。
彼が私の恋人のもう一つの人格だからだ。

もう一つの人格、というのは違うな。
雪兎とユエは完全に別の人間だ。

だからこそ、合鍵をもらうのにはそれなりに抵抗があった。
高校時代、仲が良かったとはいえ、雪兎の恋人でもなんでもない私が、そんなものを持っていてよいのか、と。

断ろうとする私に”会いたいときに会いに来てもらって構わない”と雪兎は鍵を握らせた。



そんな雪兎からメールがきたのは、ショッピングにでも行こうかと家を出てすぐのこと。

”もう一人の僕が、遊威に会いたがってる”

そんな連絡が来るのは稀で、何事かと思っていたところに、たまたまバイトへ向かう桃矢くんと出くわした。
なんでも桃矢くんは雪兎の家に寄ってきたそうで。
雪兎は高熱を出して寝込んでいるらしい。

熱が出て看病してほしいのなら、素直にそういえばいいものを。

「ユエをダシにしなくても」

なかなか弱音を吐きたがらない友人の遠回しなSOSに苦笑しながらも”今日予定ないなら、ゆきのこと頼む”ともう一人の友人に頼まれてしまっては仕方がない。

買い物に出かける予定は急遽中止して、家へと引き返した。
そして冒頭に戻る。

「雪兎、生きてるー?」

初めて合鍵が役に立った。
靴を脱ぎながら、寝室にいるであろう雪兎に呼びかける。

「遊威、来てくれたんだ。ごめんね玄関まで行けなくて」

部屋の奥から、弱弱しい声がする。

まったく・・・
「台所使わせてもらうからねー!」

あー、だとか
でも、だとか
ごめん、だとか

何か言ってる雪兎を無視して、台所へと向かう。
バイト前に途中まで準備をしてくれていたのだろう。
台所にはすでに土鍋やら、刻んだネギ、お米が並んでいた。

桃矢くん、もう未来のことはわからないってそう言ってたのに。
まるで私がここに来るってわかってたみたい。

いつまでたっても不思議な人だ。

「さぁ、作りますか!」

美味しくできるといいのだけれど。
ネットで検索したレシピを確認しながら、私はお粥づくりを開始した。
















「お粥できたけど、入ってもいいかな?」
「うん、ありがとう。」

雪兎の返事を待って寝室の扉を開けると、ベッドの上で頬を赤くした雪兎が身体を起こそうとしているところだった。

「大丈夫?起きれる?」
「さっきよりマシになったから」

そっと背中に手を添えて、起き上がるのを手伝う。
飲み物は桃矢くんが置いて行ってくれたようだが、何も食べていないからか、薬はまだ飲まれず机の上に置かれたままだ。

「食べられそう?」

ベッドの脇の机に、お粥の乗ったお盆を乗せる。
雪兎はそれに視線をやると、こくりと首を縦に振った。

「いただきます」
「どうぞ、召し上がれ」

お粥を頬張る姿を見て、ふと懐かしい気持ちになる。
そういえば高校時代も、一度こんなことあったっけ。

まだ雪兎が転校してきてすぐの頃。
あのときはまだ私も料理なんて覚えたてで、ほとんど桃矢くんが作ったんだった。

あの頃と比べると、私も成長したもんだな。

「風邪でつらいなら、そう言ってくれればいいのに。ユエを言い訳にしなくても、これくらいいつだってやるよ。友達でしょ。」

その代わり私が熱だしたら世話してよね、と続けると、雪兎は力なく笑った。

「ありがとう。でも、もう一人の僕を言い訳にしたわけじゃないよ。」

美味しかった、と雪兎が空になったお皿をお盆に乗せる。
熱を出しているからか、いつもより食欲はないようだけれど、土鍋の中身は全部平らげてしまうのだから大したものだ。

「もう一人の僕が、いつも以上に遊威に会いたがってるように感じたから」
「そうなの?」

頷く雪兎に薬を渡す。

「普段はそこまでもう一人の僕の感情を強く感じるわけじゃないんだけどね。今日は、特別強く感じて」
「ほんとかなぁ。ほら、雪兎食べ終わったならちゃんと寝て」

薬を飲み終えたのを確認し、身体を倒す雪兎に、また手を貸す。
薬も飲んだことだし、もう大丈夫でしょ。
あとは寝てれば治る。

それにしてもユエが私にいつも以上に会いたがってくれてるのは、一体どうしてだろう。
嬉しい気持ちもあるものの、単純に疑問に思う。

「今交代したら、もう一人の僕もしんどいのかな・・・・」
「どうだろう。」

考えたこともなかった。
雪兎の体調が、ユエに影響するのかなんて。

そもそも人間じゃないユエは、風邪をひくなんてこともないだろうし。

考えているうちに、目の前がまばゆい光に包まれた。
雪兎が羽に包まれて、その羽が開く。

現れたユエは、そのままベッドの上へと身体を寝かせた。

「だるい・・・」
「無理に交代しなくてよかったのに」

目の前で不機嫌な顔をするユエに苦笑する。
どうやら雪兎の体調不良は、多少なりともユエに影響するらしい。

腕を頭の上へと当てている様子から察するに、どうやら頭も重たいようだ。

「でも、出てきてくれて嬉しい。」

ユエは黙ったまま手を伸ばすと、私の頭を優しくなでた。
言葉にはしないけれど、雪兎の言う通り、ユエもユエなりに私に会いたいと思っていてくれたのだろう。
触れる指先から、それが伝わる。

「美味しそうだった。」
「お粥?」

頭を撫でてくれていた手がお盆に乗った土鍋を指差す。
そうか、雪兎を通してユエはいつも見ているのだった。

「ユエも食べたかった?」

食べ物を必要としないユエでも、何かを食べたいと思うことはあるのだろうか。

「おなかが空いたわけじゃない。」
「うん、そうだよね。」

何かを言いかけたユエが口を噤む。
自分の頭に乗せていた腕が、そのまま目の上まで降りて、完全にユエの視線が隠れた。

「・・・遊威の手料理、というものを食べられる雪兎を・・・羨ましいとは、思う」

途切れ途切れに聞こえた小さな声に、胸の奥がきゅんとする。
なんだか少し声は寂し気で、私もそれが切なくは感じるのだけれど、一方でそんな風に、ユエが思ってくれていたことが嬉しくて。

ほんと、どうしちゃったんだろう。今日のユエは。

「固まっちゃう前に、お皿水につけてくるね」
どんな反応を返していいのかわからなくて、言い訳のようにそう口にする。

立ち上がってお盆に手を伸ばすと、ユエの腕がそれを退けた。
そのまま、私の服の袖に指がかかる。

「ユエ?」
さっきまで隠れていた顔は、いつの間にか姿を現していた。
ユエは眉間に皺を寄せたまま、私の服の袖にかけた自分の指をじっと見つめている。

どうしたらよいかわからず、ただじっと、ユエの言葉を待つ。

「・・・わかった気がする。」
「何が?」

やっとユエの瞳が、こちらを向いた。

「おまえたち人間がよくいう、”体調が悪いと、心細くなる”という言葉」

”心細い”

相変わらず、眉間に皺は寄っているけれど、予想外に漏れたユエの言葉に思わず口元が緩む。

「何がおかしい。」
「ごめんごめん。」

そうか、ユエは心細くなったのか。
実際に体調が悪いのは雪兎だけれど。

再び私はベッドの脇へと腰を下ろした。
そのまま、空いている方の手でユエの頭を撫でる。

「何をしている。」
「いいの。気にしないで。」

普段ユエの頭を撫でるなんて、そんな機会は早々ない。
でも、今日のユエはなんだか可愛くて、母性本能なのかなんだかよくわからないけれど、いつも以上に愛しさが沸き上がってくる。

「いいでしょ、たまには」

私が頭を撫でる日があっても。

嫌がるかも、と思ったけれど
予想に反して、ユエはそっと目を閉じた。

服の袖を握っていた手が、私の指先へと移動する。

「・・悪くない。」
「ふふっ」

ユエらしい感想に、笑いが漏れた。
先ほどまで刻まれていた眉間の皺も、いつの間にか解かれて、ユエの表情は穏やかだ。

「おやすみ、ユエ」

触れている指先に、少しだけ力がこもる。

「私が寝ても・・そばにいろ・・」

お米の固まった土鍋とお皿は、あとで頑張って綺麗にすることにしよう。

「大丈夫、私はずっとそばにいるよ。」

まどろみ始めたユエの額に、そっと唇を寄せる。

大好きで、大好きで
誰よりも愛おしい。

「ユエ、愛してる」


名前をぶだけで

ぐんと上がる



熱があるのは私なんじゃないかって

錯覚を起こすくらいに








***あとがき***

るな様に捧げます。

リク内容:看病するお話

お相手は雪兎かユエということでしたので、両方看病したうえでユエ夢となりました!
心細い、という感情を知ったユエが書きたかったのです・・・!

実際は雪兎の体調が影響するのかどうか不明ですが・・・笑
設定捏造です。笑

年齢設定的には大学生くらいをイメージしてます。
桃矢くん、今日はバイトですし。笑

るな様から2ついただいていたリク、お時間かかってしまってすみませんでした!
これで完了となります!

気に入っていただけていれば幸いです。


2019.09.22

title:moss







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