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『綺麗・・』
『そうだな』
『もう、そこは”おまえの方が綺麗だよ”っていうところ。』

ユエが眉間にしわを寄せて、首をひねる。

『なんだ、それは』
『なんでもないでーす』

ユエがそんなこと言ってくれるわけがないのは100も承知だ。
蛍のような光を飛ばしながら、樹の上から私たちを見下ろしているカードの女の子に向け、ひらひらと手を振る。

『よくわからないが・・・』

隣に立っていたユエの手が腰に回り、そのまま私の身体を引き寄せた。

『私はこの光より遊威を見ている方がいい』
『・・・それは反則だわ』

クエスチョンマークを受かべるユエの首に手をまわし、私は唇を寄せた。


Selene


夏休みの課題を教えてもらったあの日、繋がれたままの雪兎さんの手は、家に着くまで離されることはなかった。

『じゃぁ・・また』
『はい、ありがとうございました』

名残惜しさを残しながら、そっと離れていく指先を視線で追う。

何か言わなきゃ、とそう思うのに
言葉は全く出てこなくて

階段を上がることもできないまま、ただ時間だけが流れた。

結局雪兎さんが先に最初の一歩を踏み出し、ひらひらと手を振って背中を向けた。

『危ないから、早く家に入ってね。』
『はい』

心配してくれている気持ちはわかっていたのだけれど、雪兎さんの言うことは聞けず、雪兎さんが角を曲がるまで、ずっとその場を動けなかった。
ただ、角を曲がる瞬間、振り返った雪兎さんが小さく笑ってくれた気がするから、あれはあれでよかったのだと思う。

けれど

「・・っ」

姿が見えなくなった途端、ユエへの罪悪感が胸を締め付ける。

雪兎さんの指に触れている間に感じていたドキドキは、あっという間にその罪悪感にかき消された。









「遊威、」

部活の時間、ゼッケンを畳む。
目の前では、1年生のメンバーが新しいフォーメーションの確認を行っている。
今度の練習試合に向けて、顧問の先生も熱を増していた。

「遊威!」

ぼーっと無意識に手を動かし続けていた私の額に、冷たい何かが触れる。

「と、桃矢さん・・っ」

視線を上げるとそこには私の額に缶ジュースを当てる桃矢さんの姿。

「どうした、ぼーっとして。」
「あ、えっと・・・」

いつの間にか、2年生のメンバーは休憩に入っていたらしい。
そんな周りにばれるほど、私はぼーっとしてしまっていただろうか。

「夏バテ、かな?」
「もう秋なのにか?」

笑う桃矢さんに苦笑を返す。
「とりあえずそれ飲め」

額に当てられていた缶ジュースを桃矢さんが指さす。
私が答えられないのをわかっているのだろう、桃矢さんはそれ以上に聞いてくることはない。
それでも、こうやって気にかけてくれる、優しい人だ。

「ありがとうございます。」

桃矢さんは満足したように笑うと、私の頭を撫でた。

「そうだ、3日って空いてるか?」
「3日ですか?」

頭の中で予定の記憶を巡らせる。
アルバイトは確かその次の日のはず。

「さくらが月峰神社の祭りに行くっつってるから、お前もどうだ。」
「月峰神社・・・」

桃矢さんが頷く。

「聞けるんじゃねぇか。この日なら」

聞けるだろうか、やっと。
観月先生から。

「・・私も、そんな気がします。」

理由は聞かれても答えられないけれど。
それこそ、なんとなく。

「行きます。」
「さくらにも伝えとく。」

ピピーッ、と校庭に顧問の先生の笛の音が響く。
桃矢さんは、軽く手を振ると、皆の集合する方へと駆けて行った。















「遊威さん!」
「さくらちゃん、知世ちゃん、こんばんわ」
「こんばんわ」

お祭り当日、待ち合わせ場所でこちらに手を振る可愛い二人の姿に癒される。
二人の後ろにいる桃矢さん、雪兎さんにも軽く挨拶をして、月峰神社の中へと足を向けた。

「ヨーヨー釣り!」

さくらちゃんが嬉しそうな顔をして、屋台へと駆けていく。
ちらりと横目で桃矢さんを確認すると、やはり桃矢さんは優しい目でさくらちゃんの後ろ姿を見ていた。

ほんと、可愛くて仕方ないんだな。

「なーに笑ってやがる。」
「いえ、なんでも。」

言わなくても考えていることはバレているのだろう。
照れた顔をした桃矢さんが、軽く私の頭を小突いた。

「お腹すきました!」
「なんか食うか。」
「さくらちゃんたちは僕が見てるから、行っておいでよ。」

雪兎さんの言葉に甘え、桃矢さんとたこ焼き屋さんに向かう。
列に並びながらさくらちゃんたちの方を振り替えると、ちょうど雪兎さんがさくらちゃんの為に赤いヨーヨーを取ってあげているところだった。

「いいのか、ゆきと一緒にいなくて。」
「え?」

桃矢さんもさくらちゃんたちの方をじっと見つめている。

「おまえはどう思ってんだ、ゆきのこと。」
「どう・・・・。」

この間のことを思い返し、繋いでいた右手に視線を落とす。

手をつないでいた間の心地よさは、本物だった。

でも・・・
こみ上げてくるユエへの想いが胸を締め付ける。

ユエへの想いは、本当に私の想いなんだろうか

そんな気持ちと

雪兎さんに惹かれる気持ちは、本当に恋だろうか

そんな気持ちが

揺れる

揺れる

「わるい、そんな顔させたくて聞いたわけじゃねぇんだ。」

桃矢さんの手がポンポンと私の頭を撫でた。
胸の中の苦しさが、消えていく。

「ほら、笑ってろ。ゆきが心配そうな顔してる。」
「え?」

さくらちゃんたちの方へ視線を戻すと、心配そうな顔をした雪兎さんと目が合って、私はなんでもない、と笑顔を向け手を振った。




『パンッ』
「わー!すごいねー!」

おもちゃの銃声とともに、歓声が上がる。

「李君!」

さくらちゃんがそちらに向かって声をかけると、私の背後からちょっとした殺気のようなものを感じた。
恐る恐る振り返ると、やはりそこには李君をにらみつける桃矢さん。

「桃矢さん!顔!」
思わず私が噴き出すと、桃矢さんはきまりが悪そうに、頭の後ろをかいた。

「李君すごいね、あれ全部取ったんだ。」
「・・・そうだな。」

李君の隣には山ほど積み上げられた景品の数々。

「すごいねー!」
雪兎さんの言葉に李君は慌てて景品の山をあさる。
中からお菓子を見つけると、すかさずそれを雪兎さんに差し出した。

「あ、」

李君と目が合う。
李君は一瞬考える顔をしたかと思ったら、もう一度景品の山へと向き直った。

「これ・・・よかったら。」

差し出されたのは目元を温める使い捨てのアイマスク。

「私ももらっていいの?」
「木之本が、あなたが最近ちゃんと寝てるのか、って心配してたので」
「さくらちゃんが?」
「・・はい。」

あぁ、私知らないところでみんなに心配かけてるんだな。
さくらちゃんは知世ちゃんと楽しそうに話をしていて、こちらの視線には気づかない。

さくらちゃんに会うのは1週間ぶりくらいだから、きっと桃矢さんから聞いたんだろうな。
私のいないところでも、私のことを気にしてくれる人がいる。

なんて幸せなんだろう。

「もらっとけもらっとけ。」
「桃矢さん・・・」

桃矢さんの大きな手が、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。







19.10.13


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