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幼い頃の、自分が見える。
あれは、まだ小学生の頃だろうか。

先生に見つけてもらって
でもまだ中学校には通っていなくて。

うん、そんな頃だ。


幼い私が、怯えている。

怖い怖い怖い。
幼い自分の恐怖心を、今まさに私が感じているかのように体感する。

消えていく、周りの物たち。
そして、消えていく自分の身体。

きっとこれもカードの仕業だということはわかっている。
それでもやはり、消えていくことが怖くて。

違う怖いのは、消えることじゃない。

誰も気づいてくれなかったらどうしよう。
もう二度と、誰にも会えなかったら。

『たすけて・・・たすけてっ・・!』

膝を抱え込んだ幼い私の上に、誰かが被さる。

暖かい、誰かの体温。

『”消”、遊びの時間は終わりだ。』

覚えているのは、銀色の髪。



Selene



「ゆき、上がるぞ。」
「お邪魔しまーす。」

月城家にお邪魔することが決まったのは、今日の部活の時間だった。

夏休みの課題に行き詰まった。
部活の休憩中、桃矢さんにそう言ったのは、まさか勉強を教えてくれ、だとかそんなつもりではなくて。
ただ、世間話の一環というか、夏休みの定番の会話というか、なんというか。

桃矢さんだって、それはきっとわかっていたはずなのだけれど。
今日雪兎さんの家で一緒に課題をする予定だからおまえもこい、とそんな優しいお誘いを頂いてしまった。

お言葉に甘えて、今に至る。

「あの、これ・・・」
さすがにいきなりの訪問が申し訳なくて買ったケーキを、雪兎さんに差し出す。

「わぁ!ここのケーキ食べてみたいと思ってたんだ!後で休憩のときに食べようね。」
「はい」

さくらちゃんの分も買おうとしたのだけれど、それは桃矢さんに止められた。
どうやらさくらちゃんは臨海学校に行っていて不在らしい。

「すっ・・ごく広いですね」
「そうかな?」
「木之本家も大きいですけど・・」

木之本家といい、月城家といい
みんななんでこんなに広いおうちに住んでるんだろう。

そういえば、夢の中のあのおうちも・・・

「遊威、わかんないとこさっさと出せ。片付けるぞ。」
「あ、はい!」

桃矢さんの隣に座り、課題を広げる。

「どこだ?」
「えっと・・ここなんですけど・・・」

行き詰った部分を指差すと、桃矢さんは真剣な表情で問題文を読み始めた。











桃矢さんと雪兎さんのおかげで、なんとか課題に希望が見えてきた。

「そろそろ休憩にしようか。」
「そうだな。」

二人も一緒なのだろう、桃矢さんがバタンと後ろに寝転がる。

「ケーキ持ってくるね。」
「私何か手伝います!」
「お皿に乗せるだけだし大丈夫だよ、座ってて。」

ね?と念押しされてしまえば仕方がない。
立ち上がりかけた足を、また折りたたむ。

「遊威、おまえ歌帆とは話せたのか?」
「それが・・・あれから話す機会がなくて・・・」

あの日以来、観月先生を遠くから見かけることは何度かあったのだけれど。

「月峰神社にも足を運んだんですけど、毎回不在だったんですよね・・・。」
「そうか・・・」

桃矢さんは真剣な目をしたまま、天井を見つめた。

「あいつのことだ、会えないのなら、その会えないことに何かの意味がある。会うべきは今じゃない、とか」
「意味・・・?」

それって、どういう?

「お待たせ、食べよう!」
「あ、ありがとうございます!」

桃矢さんが、身体を起こす。
なんとなく、もうこれ以上聞く空気ではなくなってしまった。

「すっごく美味しいよ!」
「ん、うまい。」
「よかったです。」

幸せそうにケーキを頬張る雪兎さん。
その姿は微笑ましくて、喜んでくれたのはもちろん嬉しいのだけれど。

やっぱり違和感を感じるのは、なぜだろう。
バレンタインのときもそうだ。

でも、違和感の原因に、心当たりはない。

「美味しいからどんどん食べられちゃうね。」

雪兎さんには3つのケーキを用意していたけれど、どうやらホールを用意すべきだったようだ。
見ているこちらが胸やけしそうなペースで、ケーキは雪兎さんのおなかに消えて行った。














そろそろバイトの時間だから、と帰る支度を始めた桃矢さんに合わせて、私も机の上を片付ける。

「すっかり暗くなっちゃいましたね。遅くまですみません。」
「僕の方は全然かまわないよ。」
せめてこれだけは、と用意してもらったグラスとお皿を流し台へと運ぶ。

「ゆき、俺このままバイト行くから、わりぃけど頼んだ」
「うん、わかってる。」

聞こえてくる二人の会話になんのことか、と首を傾げていると、なぜだか雪兎さんまで靴を履きだした。

「送るよ。」
「や、でも。」
「遊威、おまえは女だってことを自覚しろ。」
「何かあってからじゃ、遅いからね。」

二人の優しさに、胸の奥がぎゅっと締め付けられる。

施設にいた頃は私が年長者だったから、いつだって私は守る側だった。
大切な子たちを、守ってきた。

大切にされる、ってなんて嬉しいことなんだろう。

「ありがとうございます。」
「じゃ、行こっか。」

桃矢さんと、雪兎さん、二人に挟まれて家に向かう。
街灯が映す影だけを見たら、お父さんとお母さんに挟まれて歩いている子供みたい。

「ふふっ」

自然と笑顔がこぼれた。

「じゃ、俺こっちだから。」
「今日はありがとうございました。」
「バイト頑張って。黒羽さんのことは任せて。」
「おう。」

桃矢さんが手を振り、背を向ける。
すぐの角を曲がった桃矢さんの姿が、視界から消えた。

「・・行きましょうか。」
「・・・うん。」

歩きだしてはみたものの

・・・なんだろう、この緊張感。
さっきまでの和やかな空気はどこへやら。
二人になった途端に、なんだかちょっと、気まずいような・・・。

こっそり雪兎さんの方を盗み見る。

暗くてよく見えないけれど、なんとなく、雪兎さんも困っているような、そんな気がした。

「ぅわ・・っ・・と!」
「黒羽さん!」

よそ見をしていたのがよくなかった。
急に現れた段差に対応しきれず、その場に尻もちをつく。

「ははっ、そんな、見事に・・・っ」
「笑わないで助けてくださいー」

恥ずかしいやら、情けないやら。

でも、おかげで空気が変わった。

「はい」
「ありがとうございます。」
差し出された手をとって、立ち上がる。

「怪我してない?」
「はい、大丈夫です。」
「そっか。よかった。」

そのまま、雪兎さんが前へと足を進めだした。

「あの、雪兎さん・・?」
「ん?」
「手・・・」

繋がれたままの手。
それでも雪兎さんの足が止まることはない。

「・・いやかな?」
「いやじゃないですけど・・その・・」

なんと言えばいいのだろう。

いやじゃない、確かにいやじゃない。

でも

脳裏に浮かぶ、ユエの姿。

「いやじゃないなら、このままでいて」

小さくつぶやかれた雪兎さんの声。

ユエ、ごめん
私、今、すごくドキドキしてる。

惹かれていく気持ちが止まらない。

繋がれた手の温かさが

心地よくて仕方ないの。









2019.09.16



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