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Selene


何がどうしてこうなったんだったかしら。

目の前で火花を散らす桃矢さんと李君を交互に見る。

さっきまで仲良くお話していたはずなのに。
気が付いたときには二人は輪投げの屋台で同じ景品を狙って、バチバチと火花を散らしていた。

みんなでその姿を見守っていると、不意に雪兎さんが何か思い出した顔をして、さくらちゃんの方を向いた。

「長引きそうだね。さくらちゃん欲しいものあるんでしょ?」
「え!?」
「わたしここでお二人の素晴らしい投げ輪さばきを拝見していますわ」

雪兎さんの言葉にさくらちゃんが驚いたような、でも嬉しそうな顔をしている。
欲しいものって、なんだろう。

「さくらちゃんいってらしてくださいな」
「え?でも・・・」

知世ちゃんに小さな声でそう言われたさくらちゃんが、困った顔でこちらを見た。

「?」

意図がわからず首を傾げると、さくらちゃんは私と雪兎さんに交互に視線を送った。
あぁ、そっか。そういうことね。

「気にせず行っておいでよ。私も二人の勝負見届けてから追いかけるから。」
「本当にいいんですか・・・?」
「うん!」

気にしなくていいよ、って前にも伝えたけれど、気にしちゃうのがさくらちゃんらしい。
気を遣ってくれている気持ちだけ受け取って、さくらちゃんに笑顔を向けると、やっとさくらちゃんもほっとした笑顔を見せてくれた。

「じゃぁ、行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
「いこっか」
「・・・はい・・・」

雪兎さんの手が、自然とさくらちゃんの方に伸びて、さくらちゃんもその上に手を重ねた。
さくらちゃん嬉しそうだな。
自然と私の口元も緩む。

「遊威さんは・・・さくらちゃんと月城さんを見ていて、どんなお気持ちですか?」
「どんな?」

二人の姿が見えなくなったタイミングで、知世ちゃんが私を見上げた。

「さくらちゃんから、少し話を伺ったものですから・・・」

勝手に聞いてしまってごめんなさい、と頭を下げる知世ちゃんに慌てて大丈夫と伝える。

「先日ユエさんの記憶を少し取り戻されましたけれど、今、月城さんのことはどんな風にお思いなんでしょう」
「うーん・・・」

やっぱり、わからない。
前世の私が、生まれ変わってでも会いたいと
そこまで想った気持ちが恋なのであれば、今の雪兎さんへの気持ちは・・・

「二人が手を繋いでいる姿を見て、ヤキモチは妬かれてませんでしたよね。」
「そう見えた?」
「えぇ、なんだか穏やかな表情をしていらっしゃるな、と。」

言われて初めて、その発想に至る。
そういえば、今、私何も感じてないな。

むしろ、なんだか仲良さそうな二人の姿に、ほっこりしていたりして。

「微笑ましいなぁ、としか思ってないかも。」
「それは、さくらちゃんが月城さんにとって、恋愛対象外に見えるから、ということでしょうか。」
「うーん・・そういうわけでもないような・・・」

知世ちゃんの言葉に、首をひねってみるものの、やはり答えは出ない。
ただ、嫉妬の感情は湧かない、それだけだ。

「遊威さんもさくらちゃんもお優しい方ですから、二人ともが幸せになれればいいのに、と。そう願わずにはいられません。」
「・・・知世ちゃんもね。」

私の言葉に、ありがとうございます、と知世ちゃんはほほ笑んだ。












結局桃矢さんと李君の勝負には決着がつかず、お店の人が景品を2つくれたことでこの場は落ちついた。
景品を受け取った二人は、またしても競い合うようにさくらちゃんたちの方へと走っていく。

「もー!置いてかないでー!」

その後ろを私と知世ちゃん、それから先ほど合流したさくらちゃんたちの同級生カップルで走って追いかけた。


「「とった!!」」
さくらちゃんと雪兎さんの前に景品のぬいぐるみを突き出しながら、珍しく、桃矢さんと李君の声が綺麗にハモる。

「いらんなら返せ」
そう言って差し出されたぬいぐるみを、さくらちゃんはぎゅっと抱きしめた。

嬉しそうなさくらちゃんと

そのさくらちゃんを優しい目で見つめる桃矢さん。

施設の子どもたちのことは大好きだったけれど、私もあんな風に皆のことを見ていたのかな。

懐かしい気持ちと、やっぱり本当の兄妹っていいな、と羨ましい気持ちが同時にこみ上げる。
さっき雪兎さんとさくらちゃんが手を繋いでいたときは、なんとも思わなかったのに。
桃矢さんとさくらちゃんの姿を見ている方が、感情を動かされるなんて、変なの。

みんなは今元気にしてるかな。
次会ったとき、また「お姉ちゃん」と呼んでくれるだろうか。

お祭りの雰囲気にやられたのか、感傷的な気持ちで二人を見ていると、桃矢さんの視線がこちらを向いた。
そのまま、ポケットに手を入れながらこちらへと向かってくる。

「おまえにもやる。ちっちぇーけど。」
「え?」
「ほら、手出せ。」

言われるがままに差し出した手の上に、手のひらサイズのマスコットが乗せられた。
さくらちゃんが持ってるのと同じキャラクターの、マスコット。

「でかいやつの方がよかったか?」

何も言わない私の顔を、桃矢さんが覗き込む。

違う、そうじゃなくて。
なんかもう・・・

「なんでいっつも、桃矢さんは・・・ずるいなぁ」
「何が、って・・ちょ、遊威・・。」

泣かないように涙をこらえる私を見て、呆れたように桃矢さんが笑った。

「何々、またとーやが黒羽さん泣かしてるの?」
「そうなんですー」
「いや、おまえ・・・はいはい、そうですよ」

にこにこと笑いながら、近づいてくる雪兎さんに、桃矢さんが諦めた顔でそう返しながら、私の頭をぐしゃぐしゃとかき回した。

「あっちにかき氷屋さんあったんだ。これのお礼に奢るよ」
雪兎さんが、ぬいぐるみを渡した李君と同級生たちを次のお店へと誘う。

「私も便乗していいのかな?」
ぐしゃぐしゃになった髪を直しながらさくらちゃんの方を振り返る。

さくらちゃんは何か一瞬考えると、私の耳へと口を寄せた。
「クロウカードがいるかもしれなくて・・・」
「そうなの?」

自信なさげに、さくらちゃんが頷く。

「きっと、危なくはないと思います。」
「そっか。じゃぁ、行っておいで。」

保護者として事情を知っている私もついて行くべきなのかもしれないけれど。
きっと、ついて行っても何もできない。

さくらちゃんは笑って頷くと
「すぐいくからさきにいっててーー!」
と知世ちゃんと二人で反対方向へ走って行ってしまった。


「待て、二人じゃ危ないだろ」
「こんばんは」
追いかけようとした私と桃矢さんの足が、その声で止まる。
雪兎さんたちの方へ向かっていた、私の足も。

「あ・・」
「かほ・・・」

やっと会えた。
観月先生。

「あれ、ちょっと!李君!」

李君は観月先生の姿を見て眉をしかめると、くるりと背中を向け、別方向へと歩き始めてしまった。

観月先生と話したくて仕方ないのだけれど
それよりも、今観月先生が来た途端に空気を変えた李君が気になる。

「待って!李君!」
「おい!遊威!」
「すぐ戻るから!」

私はその背中を追った。

バレンタインにアルバイト先でクロウカードの話をしていた気がしたから、もしかして、とは思っていたのだけれど。
なんとなくタイミングを逃し、直接さくらちゃんに李君について聞くことができたのは、夏休み明けだった。

クロウリードの血縁者で、香港から来た男の子。
その小さな身体に、一体何を抱えているのだろう。

「待ってってば!」
「・・・っ!」

追いかけてつかんだ右手が、振り払われる。

「あ・・・すみません。」

李君が申し訳なさそうに、下を向いた。
こうしてみると、普通の小学生の男の子なんだけどな。

「観月先生のこと、嫌い?」

私より少しだけ低い李君の視線に、高さを合わせる。

「・・・わかりません。」

一瞬合った視線は、曇った表情とともに逸らされた。

「ただ、なんとなく、傍にいたくないだけです。」
「そっか。」
「・・怒らないんですね。」
「怒る?」

李君が頷く。

「理由もなく、人のことを嫌うもんじゃない、とか。」
「あぁ・・。だって、理由がないわけじゃないでしょう?自覚出来ていないだけで。」

李君の顔がこちらを向いて、瞳の中に私が映った。

「・・・・多分そうだと思います。」

少し、李君の表情が和らいだような、そんな気がした。

そう
きっと、理由があるはず。
李君が観月先生を避けたくなる気持ちにも
私が雪兎さんに惹かれる気持ちにも、きっと。
私がまだ気づいていない、何かが。

そっと手を伸ばし、李君の頭に触れる。
最初は身を固くした李君も、徐々に力を抜いた。
顔を赤くして少し俯く李君の顔は、いつもの大人びた表情よりもずっと年齢相応で、とても可愛く見えた。









先に帰る、という李君に別れを告げて、桃矢さんたちの元へ戻る。

確かこの辺だったはず・・・

そう思い回りを見回してみるものの、それらしき姿がない。

『ガサ・・』
「桃矢さ・・・」
「桃矢は先に向こうに行ったよ。」
「・・・観月先生」

どこにいたのだろう。
全く気配は感じなかったのに。

どこからか現れた観月先生に、向き直る。

やっぱり、不思議な人だ。

遠くから聞こえるお祭りの音が、やけに日常感をかき消していく。
・・お祭りだし、非日常、っちゃ非日常か・・・。

「桃矢から、聞きたいことがあるらしい、って言われたんだけど。」
「・・はい。」

きっとこの人は、もうわかってる。
私が何を聞きたいのかも、すべて。

「私の名前をつけてくれたのは・・観月先生ですか?」

風が、木々を揺らす音だけが聞こえる。
観月先生と見つめ合っている時間が、やけに長く感じた。

「施設に名前を書いた紙を届けたのは私だけど」
やっぱり。
施設長が言っていた巫女さんの恰好をした少女は、観月先生だった。

口を開こうとする私を、観月先生が無言で制す。

「つけたっていうのは、正確にはちょっと違うかな。」
「違う、というと・・・?」
「私はね、頼まれただけなの。あの施設に預けられた子に、”遊威”という名前を届けてほしい、って」
「頼まれたって、誰に!?」

ドキドキ、と心臓が早くなる。

ユエ?ユエが私を見つけてくれたの?
ねぇ、そうなの?
ねぇ、近くにユエはいるの?

「ごめんなさい、それは今は言えないわ。」
「なんで・・・!」
「でもね、きっとあなたが今思っている人じゃない。それは確かよ。」

期待に膨らんだ気持ちが、音を立ててしぼんでいく。

ユエじゃ、ない。
じゃぁ誰が?

観月先生をじっと見つめてみるものの、これ以上の回答は得られないようだ。
クロウリードの話をどこまでしてよいのかもわからず、私はそれ以上何も言うことが出来なかった。














***あとがき***

ユエ夢なのに・・今回桃矢と小狼夢になってますね。笑
コミック4巻までいったので、あと5話くらいで会わせてあげられる・・予定です。



19.10.20




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