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一分一秒、少しでも長く君の姿を見ていたい。

笑っていてほしい。

幸せな時間が、ずっと続けばいいと思う。


Selene


「わあーーーー」
「さくらちゃん!危ないよ!」

車の窓から身体を乗り出して外を眺めるさくらちゃんの服の裾を、隣に座った黒羽さんが苦笑しながら引っ張る。

「はい」
さくらちゃんと黒羽さんに缶ジュースを手渡すと、黒羽さんは軽く頭を下げた。

知り合いの別荘に行くから一緒に行かないか、ととーやに誘われた僕達。
僕の中の遠慮する気持ちは、黒羽さんと一緒に旅行に行きたいという気持ちにあっけなくかき消された。

”家族団欒に混じるなら、僕だけじゃない方が気が楽だな”

きっとそう言えば黒羽さんも来るはず、なんて
わかってて伝えた僕はずるいかな。

うん、でも後悔はしていない。
こうやって黒羽さんは今日ここにいるし、何より、家族団らんにお邪魔してよいのか、僕と同じように悩んでいた黒羽さんの表情からは、行きたいという気持ちがにじみ出ていたように見えたから。

それにしても、黒羽さんと泊まりで出かけるだなんて、なんだか、変な感じだ。

車の座席に置かれた黒羽さんの手を握りたい気持ちを、ぐっとこらえる。

「知世さんも来られればよかったのにね」
「うん、残念」
「でも、そのおかげで私も車に乗せていただけたので・・・!」

藤隆さんとさくらちゃんの会話に、慌てた様子で黒羽さんが続ける。

「何言ってんだ。あと一人増えてたら俺がバイクだしゃいいだけだろうが。」
「お兄ちゃんちゃんと運転できるの?」
「できるにきまってんだろ。」

半信半疑なさくらちゃんの横で、黒羽さんが楽しそうに笑う。

とーやのバイク、か。

後部座席に座る黒羽さんの姿を想像してみて、チリッと胸が痛む。
だめだ。
もしとーやがバイクを出すなら、後ろに乗るのは僕。

「ゆき、おまえ何考えてんだ。」
「なんでもない。」

僕の頭の中が見えているのか、とーやは意地悪な顔で笑った。











「遊威さん早く!」
別荘に着いた途端、嬉しそうに走り出したさくらちゃん。

「さくらちゃん、嬉しそうだね。」
「うん、そうだね。」

さくらちゃんを見守る黒羽さんは、妹を見守るような表情をしていて、そんな黒羽さんを見るとーやも、なんだかお兄さんの顔で、不思議と僕まで嬉しくなる。

まだ車のところにいる藤隆さんも、きっと同じ気持ちに違いない。

「食料調達いかねェとな。」
「今日はバーベキューにしましょうか。」
「はい!」
「とりあえず荷物片付けちまおう。」

車から降ろした荷物を、それぞれの部屋へと運ぶ。

僕ととーや、藤隆さんは1階の部屋。
さくらちゃんと黒羽さんは2階で隣同士だ。

僕たちの部屋も見たいと一緒についてきた黒羽さんは、一通り1階を見終えて満足したのか、玄関に置きっぱなしにしていた荷物を抱えなおした。

「運ぼうか?」
「ううん、これくらい大丈夫です。ありがとうございます。」

自分の部屋に荷物を置くため、階段を駆け上がっていく黒羽さんも、さくらちゃんと同じで、楽しそうだ。

キッチンの電気が入ることを確認したとーやも、玄関へと戻ってきた。

「結構でかい冷蔵庫だから、2泊分一気に買い込んでも大丈夫そう。今日はバーベキューで明日はカレーだっけ?」
「飲み物も買ってこないとね。さくらちゃんはオレンジジュースかな。」


肉と、玉ねぎと、ピーマンと

必要そうな食材を頭に思い浮かべていると、トントンという音とともにさくらちゃんが階段から駆け下りてきた。

「どっか行くの?」
「食料調達に」
「いっしょにいく?」

でも折角きたのに、買い出しに付き合わせるのも可哀そうかな、なんて考えていると、藤隆さんも荷物を置いて戻ってきた。

「そういえばここにくるちょっと前に、すごく大きな別荘があったね。いってみる?」
「うん!」

よかった、遊ぶところがあるなら、その方がいい。
黒羽さんが降りてくるのを待って、僕たちは買い出しに出発した。






*******

バーベキューをして
次の日は朝からとーやも一緒に3人で出かけて、近くに可愛い雑貨店を見つけて、お土産を買ったりして
その晩はカレーを食べて

増えていく黒羽さんとの思い出。
それと同時に減っていく一緒に過ごせる残り時間。

もっとこの時間が続けばいいのに。

時間が止まるわけではないけれど、不思議と荷物を片付けるペースが落ちていく。
早々に荷物を片付けたとーやはそんな僕の様子を呆れた顔で見ていた。

『コンコン』
「帰る前に、さくらちゃんのお迎えがてらちょっとだけ散歩してきてもいいかな。」

準備ができたのか、開いた扉からひょこっと黒羽さんが顔をのぞかせる。

「そうだな、頼む。ゆきはどうする?」

俺は父さんを手伝ってくるけど、ととーやが続けた。

「僕も、行っていいかな?」
「もちろん!」
「荷物あとそれだけだろ。適当に詰めといてやっから、早く行ってこい。」

僕の気持ちは全部お見通し。
あんまり時間ねぇぞ、ととーやは有無を言わさず扉の方へと僕の背中を押した。

口パクでありがとう、と伝えると、とーやは早く行けと笑ってひらひら手を振った。






「楽しかったですね。」
「うん、そうだね。」

一歩前を軽い足取りで黒羽さんが歩いていく。
楽しそうな後ろ姿。

「一緒に来られて、よかった。」
「何か言いました?」
「ううん!なんでもない!」

思わず漏れた自分の心の声に苦笑する。

本当に楽しかったな。
同じ屋根の下で黒羽さんも寝てるんだ、と思ったらちょっとドキドキして寝付くのに時間がかかったけれど。
おかげで今日は寝不足だ。

「あの辺かな、さくらちゃんが遊びに行ってるおうち」
「んーっと・・・」

いつの間に渡されたのか、黒羽さんがメモを取り出す。
藤隆さんが書いたと思われるそのメモに書かれた地図を黒羽さんはあーでもない、こーでもないとくるくると回した。

「こっちからきたからー・・・。」

見せてもらえばすぐにわかるのだろうけれど、悩んでいる黒羽さんがなんだか可愛くて。
僕は手を出さずに見守ることにした。

「あ」

辺りを見回していた黒羽さんの視線が一か所に止まった。

「雪兎さん!!」

嬉しそうな、声。

「見て!虹!」

振り返った黒羽さんの笑顔。

『見て!・・・・・が虹をかけてくれたの!』

同じ笑顔が、浮かんで消えた。




「雪兎・・さん?」




止まる時間。

伸びる自分の腕。

黒羽さんの向こうに、虹が見える。



目を見開いた黒羽さんの顔が



近づく



そこから先の記憶は、ない。









2020.04.11


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