今思えば
苦手に思うほど
遊威を意識していた、ということなんだろう


Selene


ある日突然、クロウが抱えて帰ってきたのが
当時12歳の遊威だった。

傍から見てわかるほどに
遊威の力はつよく
またそれを制御できていなかった。

「誘拐になるのかな、これは」

そう告げたクロウに
ケルベロスは文字通り口をあんぐりと開け
私は盛大にため息をついた。

物心ついた頃には両親はおらず
施設で育ったという遊威。

そこにいる他の子どもたちと口論になった際
力を暴走させ、施設を飛び出してきた、ということだった。

「事故にあっても怪我一つしなかった私を
 みんなが気味悪がりました。
 私も…自分自身が気味悪い」

ただ、気味が悪いだけの力。

そう思い生きてきた、と
遊威は言った。

「大丈夫。これから力の使い方を学びましょう。」

クロウの言葉に涙を流した遊威に
ケルベロスも歩み寄り
遊威の特訓の日々が始まった。


私は特に必要を感じず
遊威と会話をすることもほとんどなかった。

むしろ近くにいるのを避けた。

にも拘らず
なぜか遊威は
ケルベロスだけでなく、私にも懐いた。

相手にしなくても
懲りずに毎度毎度、私を探しに来る。


「ユエ!ユエってば!」

「煩い」

遊威はどちらかというと私よりもケルベロスに近くて
正直に言うと最初は苦手だった。

ケルベロスには
クロウがとられたみたいでいやなんだろ、とからかわれたが。

「寝てばっかりいないでちょっとはかまってよ」

絡まれたくないから寝たフリをしていても
容赦してくれないらしい。

「あ、逃げたー!」

羽を広げて飛んで逃げてしまえば
追いつかれることもない。

そうやって逃げてばかりいるのに
それでも遊威は
毎回必ず私を探しにくるのだった。

むしろその状況ですら
楽しんでいるように見えた。

「なんでおまえはそんなに楽しそうなんだ」

ある日そう尋ねると

「だって避けるのは
 私がユエの意識にちゃんと入ってる、てことだから」

そう言って彼女は笑った。







そんな関係が続き、遊威が15歳になった頃

前触れもなく、1週間ほど会わない日が続いた。

昼寝を妨げる声も
読書を妨げる声もない。

望んでいたはずの、邪魔のない快適な時間。

やっと静かになったというのに

『ユエ』

声が聞こえた気がして
自然と遊威がくるであろう方向を見てしまう。


いても、いなくても
遊威のことばかりを考えているのでは
邪魔されていた頃と、何も変わらないじゃないか。

「ケルベロス、最近あいつは来てないのか?」
「遊威のことか?
 遊威ならいつも通り二日に一度のペースできてるぞ。
 さっきも薬草を探す、とか言いながら花壇に向かってたと思うけど。」

おまえのところに行かないなんて、珍しいな
と言うケルベロスに視線だけ向け答えると
そのまま花壇の方へと足を向けた。

考えてみれば自分の方から遊威に近づいたことなんて今までなかったかもしれない。

煩い、と
逃げ続けていたのだから
これでよかったはずなのに
なぜ自分は今遊威の元へ向かっているのか。

自分でも、わからなかった。




遊威はケルベロスの言ったとおり
花壇の前にいた。
しゃがみ込み、手に持った本と、目の前の花とを見比べている。

「遊威」
「び・・・っくりした!」

私が隣にしゃがみこむと
遊威は持っていた本を下へと落とした。

「何をしている。」
「いや、何って・・急にユエが来るから・・!」

落ちた本を拾うと、土を軽く払い、遊威へと手渡した。

急に来るからびっくりしちゃった
と遊威はモゴモゴつぶやいている。

急に来るから、じゃないだろう。
むしろ私が聞きにきたんだ。

「なぜ、急にこなくなった。」
「え?」

遊威の瞳がこちらを向く。

「ユエずっと、私から逃げてたじゃない。」
「急にこなくなるのはやめろ。私の調子が狂う。」
「ユエの調子が狂うの?」
「そうだ。」

遊威は一瞬きょとんとした顔をし
そのあとすぐに笑いだした。

「・・・何がおかしい。」
「ごめんごめん。なんか、嬉しくて。」
「嬉しい?」
「作戦、成功・・かな?」
「なんのことだ」

ううん、なんでもない
とだけ言うと遊威は立ち上がった。

「この花を探してるのだけど
 どこにあるか知ってたら、連れてってくれる?」
「・・?あぁ、それなら」





それから少しずつ変わり出した私たちの距離感。

あるときは一緒に薬草を探し

あるときはクロウ、ケルベロスたちと一緒に
お茶の時間を楽しむ遊威を見守る。

そして、あるときは、施設から逃げ出してきた遊威と
何も話すことなく、ただ隣に座って過ごす。
何も話すことはなくても
泣いている遊威のそばを離れたくないと、思う。




自身に生まれた感情に、名前をつけられたのは
それからさらに数か月経ってからで。

ある日、ウォーティーのカードと遊んでいた遊威が

「ユエ!見て!ウォーティーが虹をかけてくれたの!」

そう言って私を呼んだ時

そのときの遊威の笑顔が、とても美しくて

「ちょっとくらい、指さす先に興味持ってよ!」

軽く怒ったふりをしながら、笑ってくれる遊威から
目を離すことが出来なくて


思ったのだ。


遊威のことを


とても好きだ、と。







***あとがき***

関西弁になる前のケロちゃんの口調・・難しいです・・・


2019.04.16


- 2 -

戻る / TOP