14:あなたと二人で来たかった



出会って初めての夏
サンジくん、ナミ、ウソップと
4人で夏祭りに行った。

待ち合わせはサンジくんのお店。

ナミからの急な誘いに浴衣の準備は間に合わず
「なんで着てこないのよ。」
と着いて早々怒られたのを覚えている。


サンジくんのこと
なんとなくいいな、とそう思っていた私。
サンジくんがどう思ってたかは、知らない。

でも、私がりんご飴が食べたい、たこ焼きが食べたい、と思う度に
1番に気づいてくれたのはサンジくんだった。

射的ゲームの景品に大好きなキャラクターをのぬいぐるみ見つけて
それを欲しいと思っているのに気づいてくれたのも。

その景品は空気の読めないウソップがあっさりとってしまったのだけれど。

「面目ねェ」

そういって項垂れたサンジくん。

それでもやっぱり気づいてくれたことは嬉しかったから
そのぬいぐるみは今でも大事に飾ってある。

夏祭りの最後
打ち上がった花火はとても綺麗で。

ドン、ドン
と響く音が、胸を震わせて。

触れるか触れないか
ギリギリのラインを保つ私の右手と、サンジくんの左手。

こっそり盗み見たサンジくんの横顔は、やっぱりかっこよくて。

花火が胸を震わせているだけなのかも、と”これがつり橋効果なのかもしれない”とか関係のないことを考えてやり過ごす。

「花火みねェの?」
とサンジくんから尋ねられたのと

私の右手にサンジくんの左手が重なったのと

どっちが先だったか。

私たちより1歩前で空を見上げるナミとウソップには気づかれないように

私はそっと親指でサンジくんの小指をたどった。


花火が終わり、人の流れが動くとともに静かに離された手。

まだ温かさの余韻が残る右手を左手で包んでいると、腕を引かれた。

そして耳元で囁かれた、サンジくんの言葉


「来年は二人で花火がみてェな。」


熱くなった頬を感じながら、私はただ頷いて。

サンジくんは笑顔を見せてくれていた。


でも

その約束を覚えているのは
もしかしたら私だけだったのかもしれない。






それから1年後の夏

また夏祭りの日が近づいても、私たちの関係は変わらずにいた。

会うたび会うたび
「今日も素敵だ」
「俺のお姫様」
と目をハートにして近づいてきてはくれるものの

それは他の女の子にたいしても同じで。


・・・とわかっていても
本当にそう思ってくれていたらいいのに、と

期待する気持ちは抑えられない。



「なーに浮かない顔してんのよ。」

氷たっぷりのオレンジジュースをストローでかき混ぜながら、ナミが私の頭を小突く。

サンジくんの経営するバーは今日も大繁盛。

自分へのサンジくんの冗談にも慣れないのと同じように、常連の女の子たちのサンジくんへの熱い視線にもいまだに慣れない。

いつか、あの中の誰かと付き合ってしまうんじゃないか、と不安ばかりが胸を掠める。

「夏祭り・・・。」
「夏祭り?あぁ、もうそんな時期ね。」

ナミは携帯画面で日付を確認すると、納得した顔でこちらを見た。

「去年言われたんでしょ、今年は二人で、って。
 大丈夫よ、ウソップには私が適当に理由つけて断っといたから。」

ナミにだけは隠し事をしたくなくて、自分の気持ちと去年の夏祭りでの出来事を話したのはつい最近のこと。
彼女は驚くでもなく、あらそう、とあっさり受け入れてくれた。

でも
「約束を覚えているの、私だけみたいだから。」

約束と言えるほど確かなものでもなかった。
夏祭りの雑踏の中、都合のいい聞き間違いだった可能性だってある。

「サンジくんに聞いといてあげようか?」
「・・っ聞かなくて大丈夫!」
「そ。まぁなんかあったらいつでもいいなさい。」
「うん、ありがと。」

じゃ、私このあと用事あるから
とナミは会計に向かう。

せめて彼女見たいにスタイルがよくて、美人だったら
もっと自信をもって夏祭りを待てただろうか。

憧れの彼女の後姿が店を出て行くのを、私は目で追った。




話相手もいなくなり、ぼんやりと携帯をいじりながら、意識は自然とサンジくんの方へ。

「夏祭りの日、お店休みなんでしょ?一緒に行こうよ。」
「はいはい。」

この会話を聞くのは一体何回目だろうか。
はっきりとした約束をするわけでもなく、断るでもなく、サンジくんはいつもどっちつかずの態度に見えた。

”今年は私と二人で花火、見るんでしょ”
そう割って入れたらどんなにいいだろう。

そんな勇気もなく、約束を確かめる勇気なんてもっとなくて

ただいたずらに、私は氷の解けたグラスをカラカラとゆすった。







そのまま迎えた、夏祭り当日。
カランコロン、と下駄を鳴らしながら、ナミに着付けてもらった浴衣で歩く。

今日のことについて、サンジくんとはなんのやり取りもしていないままだった。

自宅兼用のお店には、まだいるだろうか。
それとも、誰かと出かけてしまっただろうか。

所在を確かめようにも、浴衣用の鞄に変えたタイミングで携帯を入れ忘れてしまい、どうにも連絡のしようがない。

期待と、不安がせめぎ合うまま、サンジくんのお店の前まで辿り着く。

”休業”
サンジくんのお店の前で深呼吸してから
そっと扉を開いた。

カウンターの奥で、タバコを吸いながら携帯をいじるサンジくんの背中が見え、ひとまずほっと息を吐く。

「あの・・・」
情けないくらい、蚊の鳴くような声が出た。

「あ、今日は休業で・・・・ユイちゃん?」
携帯から目を離さないまま振り返ったサンジくんは、私の姿をみると目を丸くした。

「え、なんで・・・」

”なんで”

なんで来たの?

続けられなかった言葉に、唇を噛む。

「サンジくん、約束・・覚えてる?」
「約束・・・って・・?」

やっぱり覚えてなかったよね、と
ぼそりとそれだけつぶやき
私は店を飛び出した。







そのまま、家に帰る気にもなれず、夏祭り会場を目指す。
笑顔ではしゃぐ子供たちや幸せそうなカップルを追い越しながら、真っすぐ、去年と同じ花火の見える丘へ向かった。

「あれ、ユイおまえ」
「なんだ?ウソップの知り合いか?」
途中、ウソップと麦わら帽子をかぶった男の子とすれ違ったが
「ごめん」
話す気にはなれず、そのまま通りすぎた。


やっとのことで辿り着いた花火の特等席。
去年はサンジくんがこの特等席を見つけてくれたのだっけ。

まだ日の鎮まり切っていない中では、場所取りをしている人数もまばらで、去年とほぼほぼ同じ場所を確保することに成功した。

「いった・・・」

ハンカチを広げ、その上に腰を下ろす。

痛いのは、慣れない下駄に傷ついた足か

それとも




期待していたのだ。
自分でも思っていた以上に。

この一年間で、関係は変わっていなくても、距離は縮まっていたような気がして。

そう、気がしていただけだった。
確かめたことすらないのだから。

でも

「あなたと

 きたかった。」



抱えた膝に涙の染みがにじんだそのとき

後ろからふわっと
大好きな香りに包まれた。

後ろから、長い足が投げ出されて
その間に挟まれる形になっている。

「あなた、って誰。」

頭上から聞こえた、大好きな人の声。

なんで、今更

これ以上涙がこぼれないように、と下唇を噛みしめる。

「誰とこようとしてた?」
「なん・・で、怒ってるの?」

振り向かないまま尋ねると、サンジくんは、はあぁ・・と長い息を吐いた。

「すまねェ、ユイちゃんに怒ってるわけじゃねェんだ。
 ただ、ユイちゃんを一人にして、こんな顔させやがったのはどこのどいつかと・・・」

なんとなく、会話がかみ合っていないような気がしないでもないけれど

「・・・サンジくんじゃん」

顔が見えないのをいいことに、素直にそう口にする。

「え、何、今更いるのが俺だって、気づいた?ひでェな」

やっぱり
どこかちぐはぐだ。

どこからか、すれ違っている。
どこから?

一人で考え続けても、答えはでる気がしなかった。


えぇい、と私は腹をくくった。

「私を一人にしたのも!約束を忘れてたのもサンジくんでしょ!!」
「俺?」
「来年は二人で花火みよう、って!」

もう涙が流れたってかまうものか。

泣きながらにらんだってきっと迫力はなかっただろう。

振り返って見上げたサンジくんは、火のついていないままの咥えタバコを口から落としそうなくらい
ぽかんとしていた。

「いや、俺は約束したつもりは・・・」
「私が一人で約束だって思ってたってこと!もういい!」

そのまま、また前を向いて膝を抱えた。

やっぱり勘違いだった。
やっぱり私の聞き間違いだった。

いや、もしかしたら本当にそう言ったかもしれない。
でも、忘れちゃうくらい、なんの意味もなかった。

重なった手に、私はあんなにドキドキして
嬉しかったのに。


恥ずかしさで、どこに怒りを向ければいいのかわからず
そのまま黙っていると、後ろから笑い声が聞こえてきた。

「・・・っ笑わなくても・・・」
「いや、ごめんごめん。
 そっか・・・約束か・・」

サンジくんの額が、私の右肩に埋もれた。

より近くなった距離に、ドキリと心臓が音を立てる。

急いで歩いたから、汗くさくはないだろうかと
雰囲気にそぐわないことを考えた。

「約束したつもりは、なかったんだ。」
「うん・・・・」
「俺が、一方的にユイちゃんに気持ちを伝えただけのつもりでいた。」

来年は二人できたい、って気持ちを

とサンジくんが小さく息を吐く。

「でも、お客さんに誘われて「はいはい」って・・・」
「あんなの社交辞令だろ。
 向こうだって、本気で言ってるわけじゃねェよ。」

それに・・・
とサンジくんが続ける

「ウソップから、今年はユイちゃんは一緒に行けないらしいぜ、って聞いてたから。
 誰と一緒に行く気なのか、ってずっと気になってたよ。」

サンジくんの左手が、そっと私の頭の上に置かれた。

「直前まで、連絡こねェかって、ずっと携帯とにらみ合ってて
 そしたらユイちゃん、浴衣で突然現れるし」

急にそんな可愛い恰好でくるのは卑怯だろ・・・、とつぶやくサンジくんの顔が、熱い。

「誰に見せる気なんだ、って思ったらすぐに追いかけれなくて
 そうこうしてるうちに、ウソップから一人でいるユイちゃんを見かけたって連絡が入った。」

パズルのピースが、だんだんとはまっていく。

「サンジくんも・・私と来たいと思ってくれてた?」
「当たり前だろ。」

頭に置かれていた左手が、顔の前を通りすぎ、右肩まで回された。

「好きだよ、ユイちゃん」

返事、聞かせて

視界に入る、地面についたサンジくんの右手が、震えている気がした。

去年は待つだけだったその手に、今度は私が手を重ねる。

「私も、サンジくんが好きです。」

そのまま振り返ろうとする私の肩を、サンジくんがぎゅっとにぎって止めた。

「ちょ・・っと待って。
 俺やべェ顔してるから。」

やべェ顔って、どんな顔よ、とやっと私も笑いが漏れる。
それに気づいたのか、サンジくんの手が少し緩んだ。

その隙をついて身体を反転させる。

「ユイちゃんを泣かせるとかだめな男だなァ。俺。」

言いながら、サンジくんは唇で私の涙をぬぐった。


背後で、撃ちあがった一発目の花火の音がする。

「花火、見ねェの?」
「来年も一緒に来るから」

去年と同じ問いかけに
私は唇を寄せながら、答えた。









***あとがき***
たいした内容じゃないのに、過去最長の文字数とはどういうことか。
しかもなぜ今夏祭り。
自分でのツッコミどころは満載ですが
気に入っていただけたら幸い。


2019.05.05




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