17:今でもあのときの夢を見る



どんな事情があったとはいえ
俺が恋人であるユイちゃんに別れを告げて離れて行った。

その事実は消えねェ。

ルフィたちとともに
俺の後を追ってホールケーキアイランドまできてくれたユイちゃん。

「一緒に、帰ろ」

そう言って伸ばしてくれた手を

「お別れだ、ユイちゃん。」

俺は、振り払った。

「本気なの・・・?」
「あァ。本気だ。」

俺の言葉を
言葉の裏の想いを

ユイちゃんはあのとき、どこまで汲んでくれていたのか。

「離れた場所にいたっていいから

 笑っていてね。」

ルフィとナミさんが引き留める中、ユイちゃんは背中を向けた。

泣き顔を見せまいと、離れていく後ろ姿。

俺が守ると、いつだって支えると
そう誓っていたはずの小さな背中を、俺は見送ることしかできなかった。





プリンちゃんと結婚すると決めて、裏切って、傷つけて

それでも戻ってきた俺を

「おかえり」
と、ユイちゃんはいつもと変わらぬ笑顔で迎えた。

「ごめん、本当にごめん。俺、まだユイちゃんのこと好きでいてもいいかな」

謝るしかできない俺を抱きしめて、ユイちゃんはちいさなこどもにするように、俺の頭をなでた。

ユイちゃんを支えるどころか、支えられていたのは、俺だったと
今更になって気づく。




ビッグマムの縄張りからみんなで抜け出し、やっと一息つく頃には、以前と変わらず隣で笑うユイちゃんがいて。

戻ってきたこの場所で、俺は幸せをかみしめていた。

「帰ってきてくれて嬉しい」

そう言って、幸せそうに笑うユイちゃんを今度こそ守っていくと

俺は心に誓った。









「サンジくん、ちょっと来て。」
ビッグマムの縄張りを抜けて数日後、そろそろ寝ようかと男部屋へ向かう俺に、険しい顔をしたナミさんが声をかけた。
そのまま、医務室の方へと連れていかれる。

ユイちゃんに何かあったかと思ったが、開けられた扉の向こうには誰もいない。

「今日、サンジくんはユイとここで寝て。」
有無を言わせぬ声色で、ナミさんがそう告げる。

「いや、そんな気を遣わなくても・・・」

二人きりにしてくれるのは嬉しいが、さすがに・・・

そう思いながらも、恐らく鼻の下が伸びていたであろう俺の顔に、ナミさんのパンチが入った。
ガードもしていない俺は、そのまま医務室の中へとぶっ飛ばされる。

「違うわよ!!もう!!!」
「へ?違うの?」

思いのほかつよく殴られた頬をさする。
一体俺はどこでナミさんの怒りを買ってしまったのか。

ホールケーキアイランドでのことは
一応は許してもらえたはずだったのだが・・・・。

「・・・一緒に寝ればわかるわ。」

ナミさんはそれだけを言い残し、ユイちゃんを呼びに女部屋へと戻っていった。


とりあえず、今日俺は朝まで自分との闘いを強いられるのは間違いねェ。
幸せだけど、つれェ夜だな

いつもは心を落ち着けてくれるタバコも、医務室じゃ吸えねェし・・・。

とベッドに横たわり天井を眺めていると
「サンジくん」
医務室の入り口でユイちゃんの声がした。

「ナミに、今日はここでサンジくんと寝たら、って言われたんだけど・・いいのかな?」

はにかみながら、ユイちゃんが近づいてくる。

クソ可愛いじゃねェか。

「おいで。」
そう言ってベッドの壁際にスペースをつくると、ユイちゃんはいつもどおりの笑顔で隣に潜り込んできた。

ベッドに収まりきったのを確認し、ユイちゃんを抱き寄せる。
お風呂上りのユイちゃんの香りに、クラリとするけれど、我慢。我慢だ、俺。

「安心するな。サンジくんの腕の中。」

連日の戦闘で疲れているのだろう。
もともと寝つきのいいタイプではあるけれど、今日はもうすでにうとうととしだしている。

「おやすみ、ユイちゃん」
「うん、おやすみ・・・」

目を閉じるユイちゃんのおでこに、俺はそっと口づけた。









「・・・・っ・・ンジく・・サンジく・・・」
「ん・・・?」

ユイちゃんに呼ばれた気がして、眠りから呼び覚まされる。

「ユイちゃん・・・?」
「・・サン・ジく・・っ」

起きているのかと思ったユイちゃんは、まだ夢の中で

荒い息遣いで俺の名前を呼びながら、涙を流している。

「行かな・・・で・・・やだ・・・っ」
「ユイちゃん?ユイちゃん!!」

あのとき、背中を向けたユイちゃんの後ろ姿が、脳裏をよぎった。

遠くにいても笑っていて、と

そう言いながら俺に背を向けていたユイちゃん。

見えなくてもわかっていた。
あのとき本当はユイちゃんがどんな顔をしていたか。


おかえり、そう言って笑ってくれたユイちゃんに、俺は甘えてしまっていた。

ユイちゃんが傷付いていないはずがなかった。

それでも、きっと
俺が気に病まないようにと
今まで通りに接してくれていた姿に、胸が締め付けられる。



寝ている間にゆるんでいた腕で、ぎゅっとユイちゃんを抱き寄せると、荒かったユイちゃんの息遣いが静まっていった。
「・・あれ・・・・?サンジくん・・・?」

ユイちゃんが目を覚ます。

「どうしたの・・・?」

寝ぼけた声でそう尋ねるユイちゃんを、さらにぎゅっと抱きしめた。

二人の間に、もう距離ができないように。
もう離れないように。


俺が、傷つけた
誰よりも大切な人。


「ユイちゃん、教えてくれ。どんな夢を見てた?」

腕の中で、ユイちゃんの身体が強張ったのがわかった。

”一緒に寝ればわかるわ”
ナミさんの言葉がそういう意味だとしたら

「毎晩、うなされてたの?お願いだから、正直に教えてほしい」

我ながら、情けない声が出た。



ユイちゃんは優しいから
きっと言いたくないのだろう。

でも、もう知っちまったから。


しばらくの沈黙のあと
ユイちゃんはためらいながら、静かに言葉を紡いだ。


「今でも・・・あのときの夢を見る」


やっぱり


なぜあのとき、ユイちゃんの手を振り払ってしまったのか。

なぜあのとき・・・

後悔しても、しきれない。

ただただ
胸が
痛い


「もう・・離れないでね・・・?」

ユイちゃんの手が
俺の頬を包んだ。

なんで君は
それでも俺に笑ってくれるんだろう。

「なんでサンジくんが泣くの」

俺の涙をぬぐいながら

置いていかれたのは私だよ?
とおどけた調子で告げたユイちゃんの瞳からも涙がこぼれた。

「ごめん。本当にごめん。ユイちゃんを傷つけたこと、俺謝るしかできねェ・・・」

謝ってすむ問題じゃねェよな。

でも
もう絶対

「絶対離れねェから。今度こそ。ほんとだ。」
「うん。」

涙を流しながらも、笑ってくれるユイちゃんが愛しくて仕方がない。

「ユイちゃん、愛してる。」
「私も。」
「愛してる。愛してる。」

もうわかったよ、と
またユイちゃんは笑った。


大切な君の笑顔が

もう曇ることのないように




そう願いながら

俺たちは再び眠りについた。







翌朝、医務室に顔を出したナミさん。

「まだ、眠ってるから、もう少しだけ。」

ユイちゃんの安らかな寝顔を見て

ナミさんは安心したように笑った。









***あとがき***
いつかは書きたかったホールケーキアイランド関連話!
短編に詰め込もうとした結果
詰め込みすぎた感が否めないですが
気に入っていただけたら幸いです。


2019.05.09







- 21 -

戻る / TOP