15:軽く叩かれた頬の痛みに涙が出た



私の恋人は、世界中のレディを愛していて

誰にだって優しくて

今は私の恋人だけれど

いつか離れて行ってしまうんじゃないか、って


ふとした瞬間に不安が胸を掠める。


「ユイちゃん、好きだよ。」

サンジくんの瞳に
私だけが映っている。

ベッドのうえで、サンジくんに組み敷かれた私。

サンジくん越し、窓の向こうに月が見える。

儚い光を確認し、そのまま目をつむった。

「ユイちゃん・・・」

そっと触れる唇。

「サンジ・・く・・」

だんだんと深まるキスに応えるよう
私は、サンジくんの首に手を回した。


サンジくん、好きです。
私、あなたが大好き。

私だけを見て。


優しく触れる指先。

その指先に

与えられる熱に

サンジくんのすべてに

身体が反応する。


いつまでも、彼にとっての一番が私でありますように


隙間を少しでも開けぬよう
私はサンジくんの身体をさらに引き寄せた。











「んナミすわぁぁぁぁァん!!ロビンちゅわぁぁァん」

夕食の時間、今日も目をハートにして二人に食後のカクテルを運ぶサンジくんから目を背ける。

ナミも、ロビンも
私の自慢の仲間で、二人とも本当に大好きで、憧れで

だからこそ、不安なのだ。

二人のいいところなんて、山ほど知ってる。

むしろ知りすぎなくらい。


二人に比べると、明らかに見劣りする私。

あの二人なら、こんなことで悩んだりもしないんだろう。


「サンジくん、さっぱりしたデザートが食べたいな。」
「喜んでーー!!」

ナミは甘えるのだって上手で

私なんかより、よっぽどサンジくんを喜ばせるのがうまい。

私なんか、私なんか

こうやって卑屈になってる自分も、いやでいやで仕方なくて。


「私ちょっと風に当たってくる。」

逃げるように、私はキッチンを出た。








今日の風はちょっときつくて

空の雲もあっという間に押し流されていく。


顔を出す月を、船の縁に体重を預け、見上げる。


「サンジくんとナミが太陽なら、私は月だな・・・」


自分の力で光を放つ太陽と
一人の力では光れない月。

私も太陽になれたら、自信をもてただろうか。


「ユイ、邪魔だ。」

不意に後ろからかかった声に、肩がビクリとはねる。

振り返ると後ろの芝生に座って酒瓶を傾けるゾロの姿があった。

いつからそこに、いたんだろう。

「月が見えねェ。」
「あ、ごめん。」

どうしてよいかわからず、あわあわとしていると、ゾロは小さくため息をつき、自分の隣を指さした。
隣に座れ、ということらしい。

居場所を指示され、ほっとする。

「お邪魔します。」

一人分のスペースを開け、隣に腰かけた。

「おまえも飲め。」

お猪口が差し出される。

注がれたお酒を、勢いで一口で飲み干した。

高いアルコール度数に、喉が焼ける。

お酒が通過した食道も、熱い。

「そんな一気にいって大丈夫か、おまえ。」

小さく笑うゾロに、うなづきかえす。


最初から二つ用意されていた、それ。

もしかして

「私が外にでたから、来てくれたの?」

ゾロはチラリとこちらを見たまま、何も言わずに首の後ろをかいた。

ゾロにしては、珍しく気が利くじゃないか。
そんなこと口に出したら怒られそうだから、言わないけど。

「ありがと。」
「おう。」

注がれた二杯目も、私は一気に飲み干す。

あー、だめだ。

一気にこんなアルコール度数のつよいお酒のんだから

たった二杯で、すでに頭がふわふわとしだしている。




「うじうじしてる人より、明るい人の方がいいよねー。」
「あ?」

ゾロが注いでくれなくなったお酒を、手酌で足す。

ついでに空になったゾロのお猪口にも。

「サンジくんは私の何がいいんだろう。ナミたちと違って、私がサンジくんを好きになったからかなー。」

だめだ、言ってて悲しくなってきた。

ほんとにそうかもしれない。

ナミも、ロビンも、サンジくんにはなびかないから。

たまたま、サンジくんになびいてしまったのが、私だったから。

じゃぁ、もしこれから先
サンジくんのことを好き、っていう人が現れたら

そのとき、私は捨てられてしまうんだろうか。

「わかってるの。私なんかじゃ釣り合わないって。」
「ユイ」
「ナミたちみたいに、スタイルがいいわけでもない。ナミたちみたいに、上手に甘えられるわけでもない。」

太陽には、やっぱり太陽が似合う。

だめだ、酔った勢いで吐き出され始めた言葉が、止まらない。

「もっとナミみたいに上手にできたら。もっとロビンみたいに余裕があったら。」
「ユイ、こっち向け。」

ゾロの呆れた声が聞こえる。

そうだよね、呆れちゃうよね。

人をうらやんでばかりの私。

かっこ悪い。

「ゾロだって、思うでしょ。私よりナミたちの方が、サンジくんには似合うって」

『ペチッ』

ゾロの手が、私の頬にあたり音を立てた。

そのまま、手は頬にあてられている。


サンジくんと違う、豆だらけの、ごつごつしたゾロの手。

「俺は、晩酌しながら見る月、好きだぜ。」

さっきの私の独り言を、聞いていたのだろう。


軽く叩かれた頬のみに

が出た


嘘。

ほんとは、全然痛くない。


「あいつは、自分になびいてくれた、とかそんなくだらねェ理由で付き合ったりしねェよ。そんな理由だったら、とっくに奪ってる。」
「奪う・・?」
「いや、そこはいい。」

ゾロの手がグシャグシャと私の髪をかき乱した。

そのまま一通りなでまわすと、ゾロの手が頭に乗せられたまま、止まった。

「もっと信じてやれよ。あいつのこと。」
「ゾロ・・・」

押さえつけられたまま、顔を上げられない。

でも、聞こえてきた声は、ひどく優しかった。

「クソマリモ!そこで何して・・・」

聞こえてきた声と同時に、ゾロの手が離れる。
声のした方を振り返ると、そこには慌てた様子のサンジくんが見えた。

「おまえ、何ユイちゃん泣かしてんだ!!」
「サ、サンジくん!!」

ゾロにつかみかかろうとするサンジくんの腕を引っ張る。

「違うの!ゾロは悪くなくて・・・!」
「ユイちゃん・・・」

ゾロは酒瓶とお猪口を持つと、ゆっくりと立ち上がった。

「ユイ不安にさせてんじゃねェよ。」
「あ?」
「ゾロ!!」

立ったままにらみ合う二人の間に、私も立ち上がると慌てて割って入った。

「言えよ、ちゃんと。こいつに。」

じゃぁ俺はあっちで飲みなおす、とゾロはそのまま離れていく。
その背中に、心の中でありがとうを伝えた。

「ユイちゃん・・・?」

サンジくんが私の顔を覗き込む。
そのまま、頬にサンジくんの手が触れた。

あぁ、サンジくんだ。
サンジくんの手だ。

サンジくんの手に、自分の手をそっと重ねる。

優しく包むこの手が

私を優しく見つめてくれるその目が

私を呼ぶその声が

全部全部、好きです。

「俺、ユイちゃんを不安にさせてるの?」

大好きな瞳が、揺れる。

ゾロ、私、言えるかな。

サンジくんに、うまく伝えられるかな。

「あいつには言えて、俺には言えねェ?」

サンジくんが下を向いて唇を噛む。

ちがう、そうじゃないの。

そんな顔、しないで。
そんな顔をさせたかったわけじゃない。

「・・・サンジくんが私を選んでくれたのは・・・・」
「うん」

頑張れ。私。

「サンジくんのこと・・・好きだったから?」
「え?」

顔を上げたサンジくんの頭に疑問符が浮かんでいるのが見える。

「好きになったのがナミだったら・・・ナミを選んでた?」
「あー、そういうこと・・・」

サンジくんの瞳が、優しく細められた。

腕を引かれ、私の身体はサンジくんの腕の中へ。

そのまま、ぎゅーーっと、サンジくんの腕に力が込められた。

「んなわけねェだろ。」

抱きしめられたまま、サンジくんの唇が頭頂に触れた。

「ユイちゃんに好きだ、って言われたとき、俺がどれだけ嬉しかったか。俺だって、ずっと好きだったんだ。」
「そう・・なの?」
「そうだよ。知らなかった?」

頭頂から降ってくる声に、うなづく。

そんなこと、全然知らなかった。

「私、てっきり・・・サンジくんは優しいから・・・」
「断れなかっただけ、って?」

ひでェな、とサンジくんが笑う。

「ずっと言ってるだろ。好きだよ、ユイちゃん。」

サンジくんの腕が、緩められる。

右手は背中に回ったまま、左手がくい、と私の顎を持ち上げた。

「やらねェよ、誰にも。」

重なる唇。

サンジくんの向こうに、月が見える。

いつもより輝いて見える月の光に

私はそっと目を閉じた。









***あとがき***
軽くでも、たたくサンジくんは想像できず・・・
ゾロに心を鬼にしてもらいました・・・!
ゾロもたたかないだろうけど・・!

叩くっていうか・・・
ぺち、って、言葉止めるために仕方なく、ってかんじ・・!!

途中ゾロ夢にしようか、ちょっと悩みました。
なんせ私、ゾロ派・・・笑

気に入っていただければ幸い。

2019.05.25



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