なけなしの光でよければあげるよ



幼い頃
家の近くの海で、秘密の入口を見つけた。
潮が満ちている間は隠れてしまう、崖の横穴。

恐怖心よりも、好奇心が勝った私は、誰にも告げずに一人そこに足を踏み入れた。

どこまでも続く暗闇。
もう限界かも、と戻ることも考え始めた頃

誰かの声が、聞こえた。
やっと見つけた出口。声の方向へと、進む。

何が見えるかわからないまま、恐る恐る顔をのぞき込ませると、赤、青、緑が揺れて、黄色を踏みつけているのが見えた。

ここ、どこ?

「できそこない」
「できそこない!」
「サンジ、おまえはできそこないだ!」

いやな、声、言葉たち。

戻っちゃいけない。
助けなきゃ。
幼い正義感が、私の足をやっと動かしたとき、赤、青、緑は飽きたのかその場を離れて行った。

冷たい石造りの壁に手をつきながら、震える足を動かし、前に進む。
黄色い誰かは、倒れたまま、動かない。

「大丈夫・・?」

自分と同じくらいの年の、金髪の男の子。

「ねぇ、えっと・・サンジ、くん??」
近づきながら、さっき呼ばれていた名前で呼んでみる。

「おま・・え・・」

どうやらサンジで合っているらしい。
痛そうに顔をしかめて、男の子が身体を起こすのに手を貸す。

顔にも、身体にも、真新しい痣が出来ていた。
ひどい。

「さっきのは誰?誰にやられたの?」

男の子はきつく、下唇を噛み締める。
その唇にも血が滲んだ。

「兄弟」
「え?」
「兄弟なんだ」

ぎゅっと閉じた瞳に涙は見えない。
でも、私には、泣いているように見えた。

「なんでおまえが泣くんだ」

男の子が驚いた顔をする。

「だって・・っ」

ポロリ、ポロリと
零れた涙が地面へと吸い込まれていく。

「つらいね・・っ・・悲しいね・・っ」

想像してみる。
自分が、ママやお兄ちゃんに殴られること。

それは、どう考えたって、とってもとっても、悲しい。

「おまえのことじゃないのに」

噛み締めていた男の子の口元が、ふわりと緩まる。

「おまえみたいなやつ、初めてだ。」
「うわーーーーん」

大声をあげて泣きわめく私を
彼は笑った。








私が横穴を出て家に戻った時、どこに行っていたのかとママに散々叱られた。

横穴の向こう側の話をしても全然信じてくれなくて。

あまりにも信じてもらえないから、もしかしたら私は夢を見ていたのかな、なんて

大人になる頃には、そんな風に思い直していた。

そうか、あれは夢だったんだな

私も、小さかったし、きっとそうだ。

だって考えてみれば、思い出す彼の顔は私の好きな漫画のキャラクターにそっくりだ。
彼の名前だって一緒。
そんな都合のいいこと、あるわけがない。
漫画のキャラクターが好きすぎて、記憶も混同したんだろう。


最近はそんなふうに思っていたのに


まさか、そんな偶然。

今日発売された週刊誌を手に、私の思考は完全にフリーズした。
黄色い髪のキャラクターは、うんよくある。
サンジ、っていう名前も、なくはない。

これくらいなら、私の記憶の混同だ、で済ませられた。

でも、まさか、そんな。

目の前のコミック誌には、兄弟に殴られるサンジくんが描かれている。
私、知ってる。このシーン。

赤、青、緑に蹴り飛ばされる、サンジくん。

まさかまさかまさか。

胸が、ざわざわする。

あの不思議な横穴は今もあるだろうか。

「お母さん!私ちょっと出かけてくる・・・!!」

最低限の荷物を片手に、私は家を飛び出した。








「・・はぁ・・っ・・はぁっ・・・」
走り続けて、息が切れる。

「あ・・った・・・」
記憶を頼りに進んだその先に、あの横穴はあった。

潮の満ち引きで消えてしまいそうなその横穴。

この向こうに、もしかして

「そんな・・・まさか、ね」

そう思いながらも、期待する気持ちが捨てきれない。
この向こうに、大好きなワンピースの世界があったら、どんなに素敵だろう。
中でも一番大好きなサンジくんに会えたら、本当に恋に落ちてしまうかもしれない。

煩い心臓を抑えながら、奥へと進む。

どこまで続くのか

だんだんと暗くなっていく先の見えない穴に心が折れそうになりながらも

私は足を進め続けた。





だんだんと、進むにつれて見えてきた光。
心なしか、波の音とともに、聞こえてくる声がある。

『サンジ!肉ーーーー!』
「う・・・そ・・・」

あのセリフには、聞き覚えがある。
だって、毎週アニメだってちゃんと見てるし、漫画だって読んでるし。

張り裂けるんじゃないかってくらいに煩い心臓。
石の壁についている手は、いつのまにか震えていた。

ごくり、とつばを飲み込んで

最後の一歩を踏み出す。

「・・・・・!!」

足を踏み出したその先は、船の甲板だった。
どうやら、私は大きな木箱から出てきたらしい。

「あ・・・」

向こうに、食事をするルフィやゾロやナミが見える。

「あら、お客さんかしら」
ロビンの声に、全員の視線が一気にこちらに集まった。

「てめェどっからきやがった。」
「おおお俺はキャプテンウソーップ!!!おまえなんか怖くないぞーーーっ!!!」

あ、やばい。
皆さま戦闘態勢に入ってる。

「え、えっと・・私は、・・えっと・・」

だめだ、こんな状況知らなさ過ぎて、どうしていいかわからない。
警戒されているのはわかっているのだけれど、どうしても、感動が勝ってしまう。

「私、みんなのことが・・大好きでっ・・」

あぁもう心臓煩い。止まれ!いや、止まっちゃだめだけど!!

手はさっきよりも震えまくってるし、なんなら足もがくがくだし、言葉は全然出てこないし。

全然説明も、言い訳もできなかったけれど、戦うためにきたわけじゃないことは、どうやら伝わったらしい。
目の前のクルーたちも、戸惑いの表情を浮かべながら、ゾロ以外は戦闘態勢を解除した。

どうしようかと、震える自分の手に視線を落としたとき

「落ち着いて。まずは名前を教えてくれるかい?」

震える私の手に、大きな温かい手が重なった。

はっとして顔をあげると、そこにはずっと大好きだった人の姿。

「サンジ・・くん」
「どこかで会ったことあったかな」

一度会ったレディのことは忘れないはずなんだが、と優しく笑うサンジくんの頬に手を伸ばす。
本当にいた、サンジくん。

やばい、カッコいい・・・

「えっと・・・」

急に顔を触りだす私に、さすがのサンジくんも戸惑った表情を見せる。

「あ、ごめんなさいっ」

慌てて手をひっこめた。

「戦う意思はないんだね?」
「・・はい」
「わかった。じゃぁ一緒に飯食おう」

言い終わるやいなや、サンジくんは私の手を引いてみんなの方へと歩き出した。

どうしよう、どうしよう、どうしよう。

さっきとは違う、胸のドキドキが止まらない。
漫画で見てた時から大好きだったけど、これは・・・!

本物は何倍もかっこいいし、何倍も優しい・・・
しかも混乱した状況の中で、この優しさは染みる・・・!

「クソマリモ、いつまでも刀握ってんじゃねェよ。」
「俺はまだこいつを信用したわけじゃねェ」
「い、いいんです・・!」

ゾロの反応は当然だ。
急に現れた私は、いくらなんでも怪しすぎる。

「ほら、飯が冷めちまう!食った食った!」
「そうだな!よし食おう!」

私に対する興味は肉の前では勝てないらしい。
ルフィって・・・本当にこういう人なんだ。
ルフィの食事が始まると同時に、みんなも食事を再開した。

目の前に運ばれてくるサンジくんの料理はどれもみんな美味しそうで。
ずっとどんなかんじだろう、と夢に描いていたはずなのに。

私の胸はもう感動でいっぱいいっぱいになっていて、なかなか食事を進めることは出来なかった。

「で、あんたは一体どこからどうやってこの船に乗ったのよ。」
「えっと・・・」

ナミの視線が痛い。
どう説明しよう。異世界から来ました、なんて、そんなこときっと信じてもらえない。

「ご、ごめんなさい・・・っ」

説明を求めてくるみんなの視線に耐え切れず、結局料理を一口も食べられないまま席を立つ。
ちゃんと食べないで席を立ったら、サンジくんに怒られてしまうだろうか。

そんな不安が胸を掠めたが、今はそれどころじゃない。
どう説明するのか、考えなくちゃ。
あなたたちは漫画の世界の人です?言えない言えない。

いや、でも矛盾もあるのだ。

私が初めてこの世界にきたとき、あの頃はまだ漫画の連載すら始まっていなかったはずで・・・

あぁもうわけがわからない。

ただわかっているのは、私が今この世界にいること、そして小さいときにここにきたのは、夢じゃなかったってこと。

船の縁をつかみながらしゃがみこんでいると
「ここはいったん俺が」
サンジくんのそんな声が聞こえてきた。

顔を上げられずにいる私の隣に、ドサッと音がして、誰かがしゃがみ込む。
誰かも何も、このタバコの匂いはサンジくんだろう。

また、歩み寄ってくれる。
その優しさが、また染みる。

「話せることだけでいいから、教えてくれないかな。」

優しい声に応えたくて、回らない頭を、懸命に働かせる。
話せること、ってなんだろう。

「そうだな・・じゃぁまずは名前を教えてほしい。」
「ユイ・・です。」
「ユイちゃんか。」

顔をあげると、サンジくんの笑顔がこちらを向いていた。

その笑顔に、安心する。
サンジくんなら、信じてくれるだろうか。

もしかしたら、もしかしたら。

「私も・・よくわからなくて・・・。私・・多分・・別の世界からきたみたいなんです・・・。」
「別の世界?」
「はい・・」

いくらなんでも、急にそんなこと言われて、信じられない・・か。

でも、本当のことだから、話すしかない。

「家の近くの海に横穴があいていて・・・。」
「うん。」
「そこに入って進んできたら・・・ここでした。・・・信じてくれますか?」
「信じるも何も、本当なんだろ?」
「はい。」

あの箱がそんなところに繋がってるなんてなァ、とサンジくんは木箱の方を見やった。

信じて、くれた。
疑いを全く感じないサンジくんの様子に、胸の中が温かくなる。

この世界は不思議なことがたくさんあるから、その不思議なことに比べたら、些細なことなのかもしれないけど。

それでも、包み込んでくれるようなその優しさは、今まで私が勝手に想像していたサンジくんの遥かに上をいった。

『カチッ』

ライターを開ける音。
サンジくんは何か考えるような顔をして、タバコに火をつけた。
煙を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

それを数度繰り返した。

何を考えているのかわからず、ただサンジくんの言葉を待つ。

「その横穴を通ってこっちの世界にくるのは、初めて?」

突如変わった声のトーン。
思わず背中に緊張が走る。

「いえ、一度だけ・・・小さい頃に・・・」

覚えているだろうか。
いや、覚えているも何も、サンジくんのこの世界で、私と出会ったあの出来事は、存在するのだろうか。
それすら今はわからない。

兄弟に蔑まれていたあの時間は、きっと存在するのだろう。
小さい頃の記憶と、つい先ほど読んだ漫画の内容は共通している。

でも兄弟に殴られて、蔑まれていた時間、そんな悲しい時間はありませんようにと、心から願う。
たとえ、私と出会ったあの時間が存在しないとしても。

私の胸は、今度はピリリと痛んだ。
破裂しそうになったり、緊張したり、痛んだり。
今日の私の気持ちの変化は忙しいな。
もうそろそろ心臓がもたなくなりそう。

一人苦笑しながら、サンジくんの言葉の続きを待った。

少しの間のあと、サンジくんがタバコを消す気配。

「ユイちゃん」
サンジくんが身体ごと、こちらを向いた。

「記憶違いだったら、ごめん。俺たち・・・」
途中で言葉が切れ、サンジくんが指で頬をかく。

「会ったこと・・あるよね?」

頷くことも、否定することも出来ず、サンジくんの目をじっとみつめる。

「昔、俺がまだヴィンスモーク家にいた頃。」

あぁ・・やっぱりあの時間は存在するんだ。
サンジくんの世界でも。

胸が、痛い、痛い、痛い。

「あのときも、君はそうやって泣いてくれた。」

サンジくんの手が、私の頬に触れた。
いつの間にかあふれ出した涙を、サンジくんの指がぬぐっていく。

「もう悲しいって気持ちも麻痺してた俺の代わりに、君が泣いた。俺は、それに救われたんだ。」
「サンジく・・・」
「あれから何度も思い出した。君は一体どこからきて、どこにいったんだろうって。絶望だらけだった俺に、君は光をくれた。ずっと伝えたかった言葉をやっと伝えられる。」

コツン、と額と額がぶつかる。

「ありがとう、俺の代わりに泣いてくれて」

小さくつぶやかれた言葉に、また私の瞳から涙がこぼれた。


なけなしのでよければ

あげるよ



(もう遠くから一方的に見てるだけなんて耐えられそうにないから。だからまた会いに来てもいいかな)







***あとがき***

ユウ様へ
トリップで、ということでしたが、トリップもので短編完結は初心者にはなかなか難しく・・・!
まだまだこれから、っていうところで終わってしまいました・・!

設定を細かく考えすぎてしまいましたね・・・・
お気に召さなければ申し訳ありません・・涙

もう一つのローの方は
設定を細かく考えず、単純明快にトリップしてキャッキャする予定です・・・!

初のトリップものでしたが、気に入っていただければ幸いです。


2019.07.02

title:まばたき


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