エスパーなんかじゃないのよ


島に着いた夜、甲板でワイングラスを傾けていると、船から降りていく船長と目が合った。

「これからおでかけ?」
「あぁ。」

女でも買いに行くのだろうか。
自分の想像した可能性に、胸がちくりと痛む。

ただ、飲みに出かけるだけならいいのに。
そんな思いで、ローを見つめる。

「おまえは何をしている。」

ローからの質問に、私はワイングラスを傾けてみせた。
もう今にもなくなりそうなそれ。

でも今日の風は心地いいから。
まだまだこのまま、ここで楽しむことだってできる。
もちろん今すぐに飲み干して、船に戻ることも、そしてローについて行くことも。

「もうすぐ、飲み切っちゃうの。」

他の女のところになんか、行かないでよ。
そんな思いを込めて、ローに視線を送る。

「そんな量の酒じゃ、おまえは満足しないだろ。」
ローが、にやりと笑った。

「よくご存じで。」
残ったワインを喉に流し込む。
ローの視線に従って、空いたグラスはテーブルの上へ。

「行くぞ。」

そっと差し出された掌に、自分の手を重ねる。
先に桟橋に足をつけたローが私の手を引いた。

『コツ』

ヒールの音が、静かな夜に響く。

「それが履ける、ってことはもう傷は大丈夫なんだな。」

気づいたローが私の足もとにしゃがむ。
海賊には不釣り合いなヒールと、ロング丈のワンピース。

ローは私がうなづくのを確認し、そっとワンピースの裾をまくった。
右足のふくらはぎに、大きな手がそっと触れる。

1週間前の戦闘で大きく切り付けられたそこには、治りかけの傷跡。

「天才外科医様のおかげで、痕は残らなさそう。」
「当然だ。」

ローの手が、優しくふくらはぎを上下する。
その動作にぞくり、としながら、バレないように気持ちを押し殺す。
今は満足そうに笑っているローの目元。
1週間前のあの瞬間は怒りに歪んでいたっけ。

知ってるよ。
あなたがいつでも私を守ろうとしてくれてること。
この傷をつけられたとき、どれだけあなたが自分を責めたかってことも。

「ありがとう。」

ローは頷くと、立ち上がり町へ続く道を歩き出した。
ハートの海賊団を一身に背負う、大きな背中。
その背中を追う。

ねぇロー。
あなたが私を守ろうとしてくれるのは、私がクルーだからですか?
それ以上の気持ちは、ここにあるの?

聞きたくても聞けない想いをその背中にぶつける。

しばらく歩くと、ローは1軒の店の前で立ち止まり、扉を開いた。

「こちらへどうぞ。」
店員がカウンター席を手で示す。
おしゃれなバーカウンター。
人気店なのか、客入りは上々のようだ。

ローにエスコートされ、少し高めのイスに腰かける。

「さっきと同じワインでいいか?」
「うん。」

自分も席に着き、注文を告げるローの横顔をそっと盗み見る。

前よりさらに隈が濃くなったようにみえる目元。
きっと、私なんかにはわからないような、そんな気苦労もあるのだろう。

そんなあなたの一番になりたい、と私はずっと願っている。

「今日、女でも買いに行くのかと思った」

手元にワイングラスが置かれる。
ちらりと視線を向けると、ローはくるくるとグラスを回していた。

「その方がよかったのか?」
「ううん。」
私の返答に満足したのか、ローは口元を緩めると、そのままワイングラスに口をつけた。

ローの喉に流し込まれていく、赤い液体。
なぜこの人が飲むと、それだけで官能的に見えてしまうのだろう。

自分の中に沸き上がる邪な気持ちを抑える為、私もワインに口をつける。
甲板で飲んでいたのもあってか、グラスの半分も飲んでいないのにもう身体はぽかぽかと暖かくなっていた。

まだグラスに残ったワインを、同じようにくるくるとまわす。

「悪かった。」
「え?」

突如聞こえた謝罪の言葉。
ローの方へと目を向ける。

「ちゃんと守ってやれなかった。」

あぁ、さっきの傷のことか。
そんなに気にしてくれていたのかと、改めて驚く。

「海賊になった時点で、私だって自分の身は自分で守らなきゃいけないから。それにあの時はローは別の敵と戦ってたんだし、ローが気にすることなんて・・・。・・・ロー・・・?」

ローの手が、そっと私の髪をかき上げた。
髪を耳にかけ、そのまま手が頬に添えられる。

身体が熱いのは、もう決してお酒のせいだけじゃない。
どうしたらいいかわからず、動くこともできないまま、じっとローの顔を見つめる。

私をまっすぐに見るローの鋭い瞳は、後悔をはらんでいるように見えた。

「・・・あのときだけ、目を離した。」
おまえには怪我をさせたくなかったのに、とローが小さくつぶやく。

ねぇそれは私がクルーだから、ってだけですか?

さっきと同じ疑問が沸き上がる。

頬に添えられたままのローの手に、自分の手をそっと添えた。

「それは、船長としての義務?」

少しだけ、ローの目が見開かれる。
ローは私の頬から手を離すと、カウンターの方を向いて座りなおした。
離れてしまった温度が、寂しい。

ローは残ったワインを一度に飲み干した。

「”俺”が、おまえを守ると決めた。それだけだ」

ローが店員を呼ぶ。

「じゃぁ、次危なくなったら」
「ん?」

テーブルに置かれたローの左手に、自分の右手を重ねる。

「ローの名前、呼んでいい?」

誰よりも、一番最初にあなたの名前を。

ローの左手が、私の右手の下から抜かれ、すぐにまた上に置かれた。

そのまま、上からローの指がぎゅっと私の指を握る。

「いつでも呼べばいい。」

ねぇロー、私

エスパーなんかじゃないのよ

(でもあなたは私と同じ気持ちだって
 そんな気がするのは気のせいかしら)









***あとがき***

なっつ様へ。

リク:お互いに相手が好きだけど好きとは言わず、言葉で探りあって駆け引きしているようなお話(ヒロインは大人っぽい女性をご希望)

は、初ローさんです・・・!!
ちゃんとローさんでしたでしょうか?汗

ほんと、ローさんはゾロと同じくらい大好きで
(管理人はゾロ派)
他サイト様の作品はローさんのもたくさん読ませていただいているのですが・・・・!

駆け引きのお話書くと、管理人のリアルな恋愛力がばれてしまいますね。笑
物足りなければ申し訳ありません。

気に入ってくださっていれば、幸いです^^


2019.07.07

title:まばたき


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