君とぎくしゃくしたい
花火大会は、嫌いだろうか。
人多いし、暑いし。
あちー、と扇子で顔を仰ぎながらビールジョッキを傾ける恋人をじっと見つめる。
ほんとこの人ビールジョッキ似合うな。
ビールジョッキだけじゃなくて、きっと浴衣も似合う。
「どうした、言いたいことがあるなら言え。」
私の視線に気づいたゾロが、空になったビールジョッキを机に置く。
早いよ、飲むの。
「ビール追加で」
すぐさま店員さん呼び止めてお替り頼んでるし。
「で、どうした?」
「あー、うん・・えっとね・・」
なんとなく、言い出せなくて自分のビールジョッキに口をあてる。
ゾロは「?」を浮かべたまま、私の顔をじっと見つめた。
その視線に耐え切れず、壁のポスターへと目を移す。
今週末、近くの神社で開催される夏祭りのポスター。
もちろん花火も打ちあがる。
去年はナミ、ロビンと三人で行ったのだっけ。
そこで二人にゾロが好きだって、話を打ち明けて。
じゃぁ来年は絶対二人で行くこと、なんて決意させられて。
二人の協力がなかったら、ゾロと今こうして恋人にはなれていなかったかもしれない。
ずっとずっとゾロが好きだった。
高校のときからずっと。
社会人になって、だんだんと会える機会も減ってしまって。
それでもずっと想いは薄れることはなくて。
だから、今年のホワイトデーにゾロからお返しとともに付き合おうって言ってもらえたときは、本当に夢なんじゃないかって自分の頬をつねってみたっけ。
もしかしたら、今この瞬間も夢なのかも。
だって、目の前にゾロがいて、この人が私のことを想ってくれてるなんて、奇跡だ。
「その・・・今週末も、会える?」
「今週末?」
ゾロは予定を思い返すような顔をしながら、私の視線の先を目で追った。
「あぁ、夏祭りか。」
「うん」
空いてる、だろうか。
もっと早く伝えていれば、予定の調整もできたのだろうけれど。
今このタイミングとなっては、予定の変更もできないだろうし・・・
でも、どうか空いていてほしい、と心の中で願う。
「着てこいよ、浴衣。」
「え?」
「夏祭りなんだし、当然お前は浴衣だろ。」
「予定、空いてた?」
「あぁ。」
よかった。
予定、空いてたんだ。
嬉しくて、口元が緩む。
「ゾロも浴衣着てきてくれる?」
「俺は別になんでもいいだろが。」
「えー、見たいよー」
絶対似合う。
ゾロの浴衣。
「気が向いたらな。」
「向きますよーに。」
両手をあわせて祈っている私を見て、ゾロは笑った。
「気、向いたんだ」
「まぁな。」
待ち合わせ場所の神社の鳥居の下、浴衣姿のゾロを上から下まで見る。
「すっっっごく似合う。」
「そうか?」
「うん!」
はしゃぎ気味の私の頭をなでようとしたのか、ゾロの手が伸びてきて、引っ込んだ。
「今触ったら、崩れちまうな。」
「そう、だね。」
浴衣用にセットした、髪を自分でそっと撫でる。
どうかな?
似合ってるかな?
ドキドキしながら、ゾロを見上げるのだけれど、ゾロはもう屋台の方を見つめていて、こちらを向いてはいなかった。
「行くか。」
「うん。」
ゾロから、可愛いよ
なんてサンジくんみたいな言葉が出てくることを期待していたわけではないけれど、それでもやっぱりいつもと違う私に、ちょっとでもいいからときめいていてほしい、だなんて。
片思いの頃は姿を見られるだけで幸せで
声が聞こえるだけでときめいて
会えると嬉しくて、でも苦しくて
付き合えただけで十分だったはずなのに
好きの気持ちは際限なく、どんどん、どんどん欲張りになっていく。
「・・どうかした?」
会計の終わったたこ焼きが出来上がるのを待ちながら、ゾロの視線がこちらを向いた。
そのままにやりと笑う。
「似合うな、浴衣。」
「このタイミングで言う!?」
甘い言葉からはちょっと遠いけれど、待っていた言葉に顔に熱が集まる。
「兄ちゃんお待たせ!」
「おう。」
たこ焼きを受け取るゾロの顔は平然としていて、なんだか少し悔しくなる。
この余裕のある顔をいつか崩してやりたい。
いつもいつも、負けてばかりだけど。
「他食いたいもんあるか?」
「リンゴ飴!」
「じゃぁあっちだな。」
歩き出すゾロの背中。
首だけこちらに向けて、早く来い、と私を待ってくれている表情が嬉しくて、私も足を前へと進めた。
たこ焼きを食べて、リンゴ飴を食べて、ヨーヨー釣りをして、次は焼きそばを食べて、今度は別のお店のたこ焼きを食べて。
なんだか食べてばっかりで太りそう。
次は何を食おうか、と屋台を見つめるゾロの楽しそうな表情に、そんな罪悪感はかき消されてしまうのだけれど。
「あ、ゾロそろそろ移動しないと。」
「もう花火の時間か。」
「うん。」
最後にフランクフルトだけ、とゾロが買うのを待つ。
さすがにもう私は食べられないから今回は見送り。
ついでに、とお酒も買ったゾロが、こちらへと戻ってくる。
フランクフルトはあっという間にゾロのおなかへと消えて行った。
なんでこの人こんなに食べて太らないんだろう。
代謝良すぎでしょ。
「あっちに穴場があるみたい」
花火会場へ向かう人波と逆方向を指で指す。
「調べたのか?」
「ナミが教えてくれた。」
なるべく人の少ないところの方がいいだろうから、とナミから送られてきた地図を見る。
どこでこんな穴場スポット調べてくるんだか。
携帯画面を見ながら、地図の示す場所へと向かう。
「あ、」
「お・・っと。」
人込みの中で男性とぶつかりかけた私の身体をゾロが引いた。
恋人らしいその動作に、またいちいち私の胸はときめく。
どうしていちいちこの人はカッコいいのだろう。
「ちゃんと前見てろよ、危ねェから。」
「はーい。」
もうだいたい地図も頭に入ったことだし、私は携帯をバッグへとしまう。
空いた右手が、一瞬ゾロの空いた左手へと触れた。
つなぎたいな、手。
言えばきっと、繋いでくれるのだろう。
でも、いまだに私はなんだか恥ずかしくて。
それでもなんとか勇気を振り絞って、ゾロの手の方へと自分の手を伸ばす。
最後の勇気はやっぱりでず、こうやってゾロの浴衣の袖をつかむだけで精いっぱいだ。
ツンと引いた袖の感覚に、ゾロの意識が向いたのがわかった。
「だーかーらー、前見ろっつってんだろ。」
「・・・っ」
言葉と同時に右手がグッと引かれる。
ゾロの熱い左手が、私の右手を包んだ。
「悪ィが俺はどっかのアホコックみたいに女の気持ちなんか察せらんねェからな。言わなくても伝わるとか諦めろ。」
って言いながら、なんで手は繋いでくれるんだろう。
これが伝わってないと言うなら、野生の勘とでも言うのだろうか。
ゾロらしいや。
嬉しいのと、可笑しいのと、両方の気持ちが沸き上がって、自然と口角が上がる。
「何笑ってやがる。」
「なんでもなーい。」
こっそり、ゾロの横顔を盗み見る。
なんとなく、ゾロの口角も上がっているように見えて、楽しんでくれてるといいな、と私も右手の指にそっと力を込めた。
ナミおすすめの穴場スポットは、本当に穴場だった。
少し離れたところに他のカップルも座ってはいるものの、周りが薄暗いので顔までは見えない。
なんだか二人っきりみたい。
ちょっと、緊張してみたりして。
緊張を誤魔化すように、ゾロの買ってくれた缶チューハイを傾ける。
ゾロは相変わらずのビールだ。
なんとなく、いつもよりペースが早いようなそんな気もするけれど、早いのはいつものことだし、よくわからない。
「あ、始まった。」
大きな音とともに、花火が打ちあがる。
よかった。
これでもう緊張もほぐれる。
「綺麗。」
「そうだな。」
花火の光とともに、ゾロの顔がはっきりと見える。
幸せだな。
こうやって二人で花火に来れたこと。
今、こうして隣にいてくれること。
「ねェ、言ってくれないの?」
「あ?」
「おまえの方が綺麗だよ、てやつ」
「は!?」
花火とお酒の力だろうか。
いつもの私なら言わないような、そんな冗談まで口から飛び出す。
「言うわけない、か。冗談冗談。」
そう言って終わらそうとした私に向かって、ゾロは言葉にならないまま口をパクパクとさせた。
花火に照らされた顔が赤いのは、お酒のせい?
そんなまさか、とは思うけれど、お酒で顔を赤くするところなんて見たことないし、頭の後ろをかいているその姿からは、いつもの余裕が感じられない。
あれ?
これはもしかして、言おうとしてくれてますか?
「え、何、言ってくれるの?ねぇ!ねぇ!」
「うるせェ!だぁーーっもう黙ってろ!」
花火の音に負けないくらい大きな声でそう叫んだと思ったら、大きな手が私の後頭部を掴んだ。
そのまま引き寄せられ、唇が重なる。
「言わなくても、察しろよ。いろいろと。」
「自分は言わなきゃわかんない、って言うのに?」
「うるせェ。」
ゾロの視線が、恥ずかしそうに下へと落ちる。
「初めて、余裕奪えた気がする。」
そうつぶやくと、もう一度ゾロの唇が重なった。
もうほんと、なんだろうな。
また、私欲張りになってくみたい。
ねぇ、たまには私も君の余裕を奪って
君とぎくしゃくしたい
(誰が余裕あるつった。ねェよ。余裕なんか)
***あとがき***
ありん様に捧げます。
リク内容
夏祭り。
付き合っているかどうかはお任せ。
浴衣来て、手を繋ぐシーン。
付き合いたてカップルにしてみました!
管理人のゾロ愛溢れさせてみたのですが、いかがでしたでしょうか?
かなり妄想しながら書きました。笑
そしたら夢主の心の声が、ゾロへの愛で溢れすぎました。笑
恋っていいな・・・笑
気に入っていただけていれば幸いです。
2019.08.17
title:エナメル
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