君とただ朝を迎えてみたいだけ
殴られようが、罵られようが、臆することなくレディにアタックできる俺だが
これは一体どうしたものか。
「ここに置いておくね」
「は、はい!!」
怖がらせねェように、と気を付けてはいるけれど、彼女との距離は出会って1ヵ月経った今も、まったくもって縮まらない。
甲板で本を読むユイちゃんに何か飲み物を、と昨日は柑橘系、今日はミルク系のドリンクを片手に参上してみたものの、今日も彼女は俺の存在に気が付くと、小さく縮こまってしまった。
「昨日のと今日の、どっちの方が好みだったか、よかったら後で教えて。」
「あ、えっと・・はいっ」
困らせたいわけではないのだけれど、ユイちゃんの眉は完全にハの字になってしまっている。
2年間の空白を経て再会したルフィの隣にいたユイちゃん。
王下七武海”ハンコック”の住む女ヶ島でルフィが世話になったそうだ。
女ヶ島で生まれ、女ヶ島で育ったユイちゃんは、初めてみる男に完全に苦手意識を持っており、ずっと近くにいたはずのルフィでさえ、まだ完全に打ち解けられてはいないようだった。
それでも彼女がルフィと一緒に俺たちの前に現れたのは、ユイちゃんの意思らしい。
ルフィの話を聞いて、自分ももっと広い世界を見たい、とそんな思いを芽生えさせたユイちゃんの背中を、ハンコックが押したそうだ。
それでもやっぱりすぐには男性への苦手意識は消えず、今日になっても、冒頭の状況が続いている。
だがしかし、逃げられると追いたくなるのが男心。
「よくめげねェよな。すげぇよサンジは」
最初こそ声をかけ続けていたウソップでさえも、最近はこの調子。
ナミさんやロビンちゃんとはうまくいっているようだから、その点は安心なのだが。
「ほっとけほっとけ。」
「こんのクソマリモ!!」
あからさまにユイちゃんに冷たいクソマリモを俺はにらみつけた。
ユイちゃんの苦手意識が消えない原因の一つに、ぜってェこのクソマリモの態度の悪さが含まれていると俺は確信している。
「いいのいいの、あんたがそんな申し訳なさそうな顔しなくても。ほっときなさい。」
ナミさんの言葉に、申し訳なさそうな顔で俯くユイちゃんの姿。
申し訳ない、とかそんなことはいいから
俺は、ただユイちゃんの笑った顔がみたい。
冬島が近いからか、今日の夜明けはまだ遠そうだ。
仕込みの為にベッドを静かに抜けながら、まだまだ暗い部屋を見回す。
「冷えるな・・」
キッチンに向かう途中、昨晩よりも寒さを増した外の空気に、ぶるっと身震いする。
不寝番のユイちゃんは、凍えてやしねェだろうか。
昨日の晩、渡した毛布だけで足りたか、とふと不安になる。
風邪なんて引かせたら一大事だ。
あの可愛い声が数日聞こえないなんて、耐えられねェ。
キッチンに着くと仕込みと同時にお湯を沸かし始めた。
ひんやりとしていたここの空気も、お湯を沸かし始めるとすぐに暖まって、今すぐにでもユイちゃんをここに連れてきてやりたい、とそんな気持ちがこみ上げる。
不寝番は不寝番だから、そんな変な特別扱いはしないけれど、本当はユイちゃんの不寝番の日はいつだって代わってあげたい、とずっとそう思っている。
「生姜は・・・」
まだ教えてもらえない飲み物の好み。
今のところ残されたことはないけれど、生姜は飲めるだろうか。
ほんと、まだ俺ユイちゃんのこと何も知らねェな。
縮まらない距離に、ちくりと胸が痛む。
今日の朝のスープは隠し味に生姜を入れよう。
そしたら、今のこの作業と同時で出来るから・・・
早くユイちゃんのところへ行きたい
その気持ちが、俺の作業効率をいつもの2倍にも3倍にもあげていった。
「ユイちゃん」
まだ薄暗い中、見張り台へと顔を出す。
「サンジくん・・・?」
ユイちゃんは俺に気が付くと、少し身体を小さくした。
まだ、だめか。
「寒いだろ?ちょっとでも身体暖まるといいな、と思って。」
「ありがと。」
身体は小さくなったままだけれど、少しだけ、ほんの少し、ユイちゃんの肩の力が抜けたように見えた。
「ここ、置くね。」
本当は手渡ししたいところだが、きっと指が当たろうもんなら、怖がらせちまう。
指先だけでも触れたい、という自分の下心をぐっとこらえ、空いたスペースにマグカップを置いた。
「あのね、昨日持ってきてくれた毛布・・・」
マグカップの持ち手をユイちゃん側にまわしていると、まだ俺の手の離れていないマグカップの上に、ユイちゃんの掌がそっと置かれた。
まだまだ、触れはしないのだけれど、それでもほんの少しだけ縮まった距離に、俺の胸はぽっと温かさを増す。
「これのおかげで、寒くなかったよ、ありがとう。」
ユイちゃんの手が、そのままマグカップを引き寄せる。
小さくふぅふぅと息をかけて冷ましているユイちゃんの頬はほんのりと赤かった。
やべェ、ずっと見てたい。
もっと近づきたい、って気持ちももちろんある。
でも、今はこの表情が見られるだけで、十分だ。
「っくしゅっ!!!」
「大丈夫・・・?」
「わりぃわりぃ、俺が冷えちまったかな。」
すぐにキッチンに戻るつもりだったから、厚着をしてきたわけでもなく、俺の方が身体を冷やしちまったようだ。
情けねェ。
「もう仕込み終わったの?」
「うん、まぁ一通りは。」
「そっ・・か。」
ユイちゃんの目が何かを俺に訴える。
3秒と持たないのか、すぐに反らしてしまうのだけれど、それでもまた、ユイちゃんの目がこちらを向いた。
「あの、えっと・・・」
何かを言わなきゃ、と焦っている気持ちが伝わる。
梯子にぶら下がっている状況が、余計にユイちゃんを焦らせている気がして、俺は見張り台に続く梯子をすべて登り切った。
「ゆっくりでいいよ。」
「あ・・・うん・・」
梯子側に足を投げ出したまま、距離が近づきすぎないように、とユイちゃんに背を向ける。
そのまま、ユイちゃんの言葉を待った。
「サンジくんは・・・どうしてこんなに優しくしてくれるんですか・・・?」
小さく、聞こえてきた声。
「優しくなんかねェよ。」
「優しいです・・・」
「そう?ならよかった。」
顔だけユイちゃんに向けると、ユイちゃんは赤いままの顔を伏せた。
「私・・まだ皆さんに会って日も浅いし・・・男の人と全然話せないのに・・。ルフィさん、私を連れてきてくれて・・・。」
初めて会った日のことを思い返す。
挨拶もそこそこに、すぐにナミさんの後ろに隠れてしまったユイちゃん。
話しをしていても、視線はずっと下を向いていて・・・
そうか、あの頃と比べたら、距離は近づいているな、と自分の中で少しだけ自信が芽生える。
「私・・・何もできないのに・・・来て本当によかったのかな、って・・・。」
「何もできてねェなんてことはないと思うけど?」
俺の言葉にユイちゃんが首を横に振った。
「私、本当に何もしてないんです・・・ルフィさんとも、あまりうまく話せなくて・・・女ヶ島にいたときも、ハンコック様がずっとついてらしたから、私、何の言葉をかけたわけでもなくて・・・。」
それでもルフィはユイちゃんを連れて旅をすることを選んだ。
ユイちゃんが本当に何もできなくて、今みたいにずっと後ろ向きな言葉を吐いていたのだったとしたら、ルフィはユイちゃんを連れてこなかっただろう。
たとえ本人がそう望んでいたとしても。
ルフィとの付き合いはそれなりに長ェんだ。
それくらいわかる。
「ルフィには、そばにいてくれる人が必要だった。でも、俺たちは傍にいられなかった。そんな俺たちの代わりに、ユイちゃんが近くにいてくれた。」
「そんなこと・・・」
「ありがとう、俺たちの船長を支えてくれて。」
ユイちゃんの瞳にうっすらと涙が溜まる。
頭を撫でてやりてェところだが、ユイちゃん相手にまだそれは早い気がして。
俺はまた、ユイちゃんのいない方へと視線を戻した。
「私・・ここにいてもいいですか?」
「ユイちゃん・・・?」
突然、ふわっと背中に温かさが広がった。
振り返ると、ユイちゃんが毛布を広げ、半分を俺の背中へとかけてくれている。
「私、まだ、何もできないですけど、ちょっとずつ、皆の仲間になれるように頑張るので・・っ」
涙をこらえているその表情に、前にも増して愛しさがこみ上げる。
こりゃァ俺はもう、仲間にはなれねェかもしんねェな・・・
自分の中で芽生えた気持ちを自覚し、苦笑する。
「ちょっとだけ、そっち寄ってもいいかな」
「はい」
折角縮まった距離を大事にしながら、それでも、怖がらせねェように、一定の距離は保ちながら
梯子の下に投げ出していた足を、見張り台の上へと乗せる。
うん、ユイちゃんもちゃんと毛布に包まってる。大丈夫だな。
赤い顔をしたままのユイちゃんを、本当はぎゅっと毛布ごと抱きしめてしまいたいし、合ったままの視線が嬉しすぎて浮かれまくってはいるのだけれど
今俺が何よりも望んでることは特別なことなんかじゃなくて・・
君とただ
朝を迎えてみたいだけ
一緒に見る朝陽はきっと今迄で一番綺麗だ
***あとがき***
きぃ様に捧げます。
リク内容:男性が苦手な夢主に優しく接しながら距離を縮めて行く/航海中
とにかく優しいサンジ
きぃ様!たくさんメッセージもいただいているにも関らず、仕上がりがこんなに遅くなってしまい申し訳ありません・・・!
じつはですね・・私自身に男性が苦手、という感覚が皆無でして・・・
(どちらかというと女性が苦手で中学・大学と苦労したのです・・・)
男性が苦手、という設定をどうすればうまく表現できるのか、悩みに悩んでいたのです・・・!!
最終的に「とにかく優しいサンジ」を優先して書き進めました・・・!
今でもまだ通ってくださっているかしら、と不安もありますが、きぃ様に届いているといいな・・・
2019.10.06
title:エナメル
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