さいごにほほえんだピリオド



赤いテールランプがまるで川を流れるかのように、滞りなく車が進んでいく。
歩道橋の上からそれを眺めながら、一人ため息をつく。

こんなにたくさんの人がいるのに、どうして私は一人なんだろう。

こんなはずじゃ、なかった。

都会の街を一人見下ろす。
会社帰りに缶チューハイを片手にここで過ごすのは、もう日課だ。

実家から都会に出てきたら、バリバリ働いて、素敵な友達に、素敵な彼氏。
充実した毎日を送るはずだった。

「私が私のまんまだから、仕方ない、か・・・。」

素敵な友達はできた。
でも、やっぱり
『今日は彼氏とデートなの』だとか
『あの部署の部長がかっこいい』だとか
恋をしている友達の可愛さを羨ましく思う。

いつか私にも王子様が、なんて

待ってるだけじゃだめなことくらい、もうわかってる。

例えば、そうだな。
いつも水曜日のこの時間になるとここを通る、あの金髪のお兄さん。

あの人が
「運命の人ならいいのに」

酔った勢いで飛び出した言葉。
あぁ、自分で言ってて悲しくなってきた。

赤いテールランプも、ぼやけだす。
通りすぎていくお兄さんの足音に意識を向けていると

「泣かせたのはどこのどいつかな」

いつもは通りすぎるはずの足音が、隣で止まった。

驚いて隣に目を向ける。

「可愛い顔に、涙は似合わねェなァ。」
「!?!?」

金髪のお兄さんが、私の目元に指をあてる。
え、何。急に。

いつか王子様が、とか
この人が運命の人だったら、とか
確かに思ってたけど

違う。

それはこんなナンパな出会いじゃない。

「どう?これから一杯だけでも一緒に。」
「・・・結構です。」

毎週見かけて、カッコいいな、なんて思っていたけれど。

こんな出会い方はお断りだ。

残った缶チューハイをぐいっと飲み切り、私は背を向けた。
そのまま、階段を駆け下りる。

「また来週ー!!」

歩道橋の上から手を振る笑顔が、やけに記憶に残った。









次の水曜日も、私は歩道橋の上にいた。
水曜日も、というか、平日は毎日いたわけだけれど。

「今日も会えたね。」
「・・・出た」
「出た、って・・・」
そんなお化けみたいに、と彼は笑った。

「じゃぁ、乾杯。」

目の前に差し出される缶ビール。
どうやら今日は彼も飲み物を持参してきたらしい。

「・・・・。」

何がしたいんだろう。この人。

視線だけ向けて、乾杯は無視することにした。

それでも、彼はニコニコと笑いながら、隣で酒を飲み始める。

何、なんなの。
ほんとになんなのこの人。

「ナンパとか、嫌いなんです。」

ここは先に言っておかなくちゃ。
会社の友達には『イケメンなんだったらちょっとくらい遊んでみれば〜』なんて、頭が固すぎると言われてしまったけれど。

「遊びの出会いなんて、求めてないんで。」
「へェ」

面白くない女だと、その場を去るかと思ったのに。

「本気ならいいわけだな。」
「はぁぁぁ!?」

満足げに、彼は笑った。

「自己紹介がまだだったな。俺はサンジ。おねーさんは?」
「・・・教えない」

それだけ答え、そっぽを向く。
後ろから
「これは落としがいがあるなァ」
なんて、そんな笑い声が聞こえた。

なんなの、こいつ。変なの。

「絶対落ちないから。」
「うん、わかった。」

そう言いながら、彼・・・サンジは
自己紹介を始めた。

自己紹介くらいは、聞いてあげてもいい。

年齢は私より一つ上だってこと
近所のバーを経営してること
水曜日は定休日だってこと
それから、師匠である親父さんの話。

一方的に話すサンジの話を、その日はただ、聞き続けた。











「・・・またきた」
「ほんとは俺のこと待ってただろ?」
「待ってない」

今日も笑いながらサンジが近づいてくる。

「歩道橋の上できょろきょろしてるから、俺のこと待ってくれてるのかと思った」
「な・・っ!ちが・・!」

ぼっ、と顔に熱が集まる。
まさか見られてた、なんて。

楽しみにしてたわけじゃない。
ただ
「今日も来るのかな、って・・ちょっと・・気になっただけで・・・」

モゴモゴ、と言い訳じみた言葉が地面に吸い込まれていく。

「・・・抱きしめていい?」
「ばか!!いいわけない!!」

本当に抱き着いてこようとするサンジにグーパンチ。
なんでこいつは殴られても嬉しそうなんだろう。

「へんな人」

くすり、と笑いが漏れた。

「やっと笑った。」
「・・!」

指摘され、慌てて反対を向く。

「・・・ユイ」
「ん?」
「名前」
「・・あぁ、ユイちゃんか。」

やっと教えてくれた、と
嬉しそうな声が聞こえて

喜んでる顔がちょっと見たくなって

サンジの顔を盗み見た。










それから、毎週水曜日が楽しみになって。

少しずつ話しだした、私のこと。

どんな些細なことでも、サンジは興味を持って聞いてくれた。
こんなに自分に興味を持って聞いてくれる人、今までいなかったな。

隣で缶ビールを傾ける横顔を見ながら、ふとそんなことを思う。

「今度・・・サンジの店、行ってもいい?」
「大歓迎」

サンジがポケットから店の名刺を取りだす。

「とびっきりの料理作って待ってるよ。」
「知人割引してよね。」
「狙ってるレディからはお金はとらない主義なんだ。」
「はいはい。」

サンジの何度目かわからない軽口をさらりとかわして

・・・いるように見せかけてるだけ。

本音かわからないこの軽口に
本当は振り回されてる。

話せば話すほど、サンジは魅力的で。

知れば知るほど、惹かれていく自分を否定できなくなっていた。

でも、久々すぎる恋心を、今更どうしていいのか、わからない。

「待ってるよ。」

そっと撫でられる髪の一本一本が、彼を好きだ、って

そう言っている気がした。











オールブルー・・・ここだ。

金曜日の夜、サンジの経営するバーの扉の前に立つ。

急に来たら、迷惑だろうか。
金曜日だし、忙しいかな。

でも、金曜日だから。
気づいてもらえなくても、仕方ない。
気づいてもらえたところで、相手してもらえない可能性だってある。
だって、金曜日だから。

傷付かないための言い訳を、心の中で繰り返す。

「・・・よし」

静かに、私はバーの扉を開けた。

「いらっしゃいませー」
店員の一人が、こちらに向かってくる。
比較的広い店内は薄暗くて、他のお客さんの顔が、はっきりとは見えない。

これじゃ、気づいてもらえないかもな。

「お一人ですか?」
「あ、はい。」
「えーっと・・・バーカウンター埋まってるんで、あちらの席でも大丈夫ですか?」

店の隅、二人用のテーブルを指される。

「大丈夫です。」
バーカウンターじゃないなら、本当に気づいてもらえないかもな。
ここでサンジの知り合いだと言ったら、呼んできてもらえるんだろうか。

いや、でも仕事の邪魔しちゃ悪いし・・・。

席につき、バーカウンター内のサンジに目を向けた。

バー、と言いながらもどうやらこの店は料理も絶品らしい。
事前に調べた口コミサイトにはそんなことが書いてあった。

そして、その料理を作っているのが、サンジ。
楽し気に、料理をしているサンジが見える。

うん、ただじっと
ここでばれずに見ているのも、ありかもしれない。

向こうが気づいていないのをいいことに、ただその姿を目に焼き付けた。


しばらくして、バーカウンターに座った女性客がサンジを呼んだ。

「どうしました、マドモアゼル?」
「私通いだしてもう3か月くらい経つじゃない?そろそろ外でも会おうよ。」

胸が、ドキリ、と鳴る。

サンジはハハハ、と笑いながら誤魔化しているようだった。

その煮え切らない態度に業を煮やしたのか、女性客がサンジの腕を引く。
女性客の唇が、サンジの頬に触れた。

「・・・っ!!」

サンジは本気で拒否するわけでもなく、だらけきった顔で彼女を席に座らせる。

何、あの顔。
やっぱり女なら誰でもいいんじゃん。

悲しいんだか、怒っているんだか

自分でも感情がわからない。

ただ一つ言えるのは、私は怒れる関係じゃないってこと。

「ずるーい。私もー!」
隣にいた別の女性客が立ち上がる。

彼女はサンジの首に両腕をかけると、サンジの唇に自身の唇を寄せた。

”ガタッ”

イスが音を立てる。
「お客様!?」

お酒を運んできた店員を無視し、一直線に出口へと向かう。

あの後二人の唇が触れたかどうかなんて、知らない。
知りたくもない。

ただ、あのだらけきった顔をこれ以上見ていたくなかっただけ。

水曜日のあの時間は、彼にとって遊びの一つでしかなかったと、認める日が来ただけ。











次の水曜日は予定をいれた。
会社の友達に誘われた、合コン。

ついに一緒に参加してくれるようになったか、と友達は喜んでくれたけれど。

でも誰にも、何にも、心は動かされない。

「つ・・っかれたー・・・。」

酔いの回った身体は、自然といつもの帰り道へ。
終電もなくなったこの時間なら、もうサンジもいないはずだ。

一歩、一歩と
重たい身体を階段の上へと運ぶ。

こんなに階段長かったっけ・・・。

あー・・飲みすぎたな。

登り切って視線を上げると、歩道橋の上で、赤い光が見えた。

いつも見ている車のテールランプとは違う、赤い光。

その光がタバコの火だと気付いたときには、もうその光は目の前にいた。

「今日は遅かったね。」
「なん・・で」

思わず時計を見る。
いつもより数時間が過ぎている。

「何かあったかと心配してたけど・・なんもねェならよかった。」

サンジの手の甲が、お酒で火照った頬に触れた。

「・・・やめてよ。」

もう知ってるから。

「そうやって、誰にでも気安く触れてるくせに・・っ」
「ユイちゃん・・?」

お酒の勢いで飛び出し始めた言葉が、止まらない。

「そんなだから、すぐキスされて、いい気になって・・っ・・私を同じように扱わないでっ!!」

頬に触れていたサンジの手を振り払う。

「やっぱり、あれユイちゃんだったんだな。」

サンジはそう言うとタバコを落とし、踏みつけて火を消した。
サンジがタバコを拾って携帯灰皿に入れるのを黙って目で追う。

もう、終わりだ。
これでもう。

来週から、もうサンジはここにこないだろう。

サンジは運命の人じゃなかった。
ただ、それだけのこと。

「俺から触れるのは、ユイちゃんだけだ。・・つっても、こないだの見られてちゃ、言い訳にもなんねェか・・。」

サンジが首の後ろに手をあて、項垂れる。

「ユイちゃん、聞いてもいいか?」
「・・何」
「怒ってくれたってことは・・・妬いてくれたってことでいいのかな?」
「ば・・・っ!」

バカ、と怒鳴りつけてやりたかったのに、否定できないのは、サンジの言う通り、あれが嫉妬以外の他の何物でもないからだ。

どうして、こんな人を好きになっちゃったんだろう。
手に入らないような人を。

「俺はユイちゃんのことが好きだ。」
「何言って・・」
「俺の言葉なんか信じられねェかもしんねェけど、信じてほしい。」
「し、信じられるわけ・・・」

サンジの腕が、腰の後ろに回された。

「頬にキスされたのは・・俺が油断してたからだ。わるかった。でも、これからはそんなことされないようにする。」
大事なお客様だから、突き飛ばしたりはさすがにできねェけど、とサンジは続けた。

「・・頬だけじゃないじゃん。」
「あぁ・・そこも見てたのか。」

サンジは困ったように笑ったまま、私の腰を引き寄せた。

「唇は死守した。」
「ほんとに?」
「ほんと。」

反対の手が、私の顎に添えられる。

「信じてくれるまで、何度でもいう。俺はユイちゃんが好きだ。何か月も前から、ずっと見てたよ。」
「え?」
「毎週水曜日、缶チューハイを片手に、ただぼーっと街を見下ろすユイちゃんをさ、ずっと、見てた。」

言い終わると同時に、唇が重なった。

「ユイちゃんの気持ち、聞かせてくれる?」
「・・・普通聞く前にキスする?」
「どうやら俺は普通じゃないみてェだ。」
「ばっかみたい。」
「それで、返事は?」

応える代わりに、今度は私から唇を重ねた。


さいごにほほえんだピリオド


次に顔が見えた時、君はどんな顔をしているだろう。








***あとがき***

リク内容:彼氏もおらず、職場で出会いもなく、このまま歳をとりたくはないと悲しくなってたときに
サンジに声をかけられ、最初は信用できないけど、最後は付き合い始める夢
サンジの職業はできれば飲食業

とのことでしたが、いかがでしたでしょうか?
詳細をたくさんいただいていたので、あらすじは自分の中ですらっと決まりまして!
リクエスト頂いた方のイメージとずれていなければいいのですが・・・。

本当はもっと、仕事でのつらいところとか、そういうのを支えられて好きになる、っていう展開にしたかったのですが・・・・
当サイトにしては珍しく、5,000文字を超える長さとなってしまいまして・・・!笑

また機会があれば、サンジsideとかでそういう部分を書ければいいな、と思っております。

気に入っていただけていれば幸いです。


2019.07.15

title:まばたき


- 38 -

戻る / TOP