04:部屋の残り香が消えてきた



サンジくんが夢を叶えるためなら
全力で応援する、と決めていた。

「開店準備が忙しくて
 しばらくこれねェかも。」

二人きりの私の部屋。
サンジくんはそういうと
私を後ろから抱きしめた。

「仕事を言い訳にはしたくねェんだけど
 今回は、やっぱりどうしても・・・ごめん。」

見えなくても
サンジくんがシュン、とうなだれているのがわかる。

22歳から付き合いだしてもう5年。
何年経っても気持ちが色あせることはなく
サンジくんを好きな気持ちは大きくなっていくばかり。

そのうち好きになりすぎて死んでしまうんじゃないかって
本気で思ったくらい。

それでも現実には好きすぎて死ぬなんてことはなく
気づけば5年が過ぎていた。

「仕方ないよ。ずっと夢だったことでしょ?
 私は大丈夫だから。頑張って。」

毎日会わなきゃだめ!
なんてそんな子供ではないし
それぞれの時間を大事にできるくらい、もう私たちは大人だ。

「ありがとう。」

寂しい気持ちだって、そりゃ当然あるのだけれど
今までだって、毎日毎日会っていたわけじゃない。

だから、平気。
たった数か月の間だけの話なんだし。

「今日はずっと一緒にいてね?」
「もちろん」

身体を反転させて、顔を後ろに向けると
これでもかというくらい、キスの嵐が降った。








意識していなかったけれど

キッチンにはサンジくんの作った美味しい料理の香り
枕にはサンジくんの香水の香り
窓際のカーテンには、サンジくんのタバコの香り

こんなに私の部屋は、サンジくんの香りで溢れていたのかと
今更になって気づく。

会えない間
サンジくんは暇を見つけては、メッセージを送ってくれた。

でも
思っていた以上に顔が見れない、というのは堪える。

部屋に残っていたサンジくんの香りを感じながら
会えない日を過ごしていたのだけれど

あの日からちょうど2ヵ月。


部屋の残り

消えてきた



「寂しい・・・」

誰もいない部屋にぽつりと響く、声。

不意に声が聴きたくなって
サンジくんの電話番号を画面に表示する。
でも

「・・・だめ。」

どうしても、通話ボタンが押せなかった。

長い付き合いだから
わかってる。

サンジくんだって、きっと今、寂しい。
それでも自分の夢を叶えるために、必死で頑張っている。

もう思い切って、携帯の電源を切ってしまおうかと

そう思ったときだった。



手の中で携帯が震えだす。

画面にはサンジくんの名前。

「も、もしもし!」

考えるより先に、手が動いていた。

『ユイちゃん、俺だけど。』

あぁ、サンジくんだ。

さっきまでのもやっとしていた気持ちが
溶けて消えていく。

「どうしたの?」
『どうもしねェよ。
 ちょっと疲れたから
 声が聞きてェな、って。』

サンジくんの言葉に
なぜだか涙がこみ上げる。

私も、声が聴きたかった。

そう喉元まで出かかった声が、その先に出てこない。

今声を出したら、きっとサンジくんには
泣きそうになっているこの状況が伝わってしまう。

「ユイちゃん・・・?』

ほら、もうすでにばれかかってる。


わかってた。
声を聴いたら、次は会いたくなってしまうこと。
そしてそれがわかったらサンジくんは会いに来てくれること。

でも、応援すると決めたのに。
邪魔したいわけじゃないのに。

『ユイちゃん、今家にいるかな?』

こくん、と首を縦に振る。
電話の向こうのサンジくんに見えるはずがないけれど

『ちょっとひと段落ついたんだ。
 今から行くから、待ってて』

なぜかサンジくんには伝わってしまうから不思議だ。

私がまた頷くと
どこかで見てるんじゃないかというタイミングで
電話は切れた。


大変だ、サンジくんがここに向かっている。

部屋を見回すと
しばらくこないから、と荒れに荒れている。

「いそがなきゃ・・」
私はあわてて部屋の片づけを開始した。




『ピンポーン』

ある程度の状態になったタイミングで
玄関のチャイムが鳴る。

「ねぇサンジくん、うちにカメラでも仕掛けてない?」
「久々に会って第一声がそれかよ。ひでェ」

言い終わると同時にふわりとサンジくんの香りに包まれた。

あぁ、サンジくんの香りだ。

ぎゅっと、サンジくんの背中に腕を回す。
そのまま胸元に顔を埋めて
いっぱいに空気を吸い込んだ。

「ユイちゃん?なにしてるの」
「なんでもない。」

私は身体を離すと、サンジくんの手をひき家の中へと誘導した。
そのままサンジくんと向かい合う形で座る。

「ごめんね、邪魔しちゃったね。」
私がそういうと、サンジくんは目を丸くした。
でもそれも一瞬で
すぐにサンジくんは目を細めると
優しい笑みを浮かべた。

「俺が声が聞きてェと思ったから電話した。
 俺が会いてェと思ったから会いに来た。
 それだけだよ。」

ほら、またこうやってこの人は私を甘やかすんだ。

「サンジくんは優しすぎる。」
「そんなことはねェよ。」
「あるよ。」

サンジくんが困った顔で笑う。

「そういうのは嫌いかい?」
「・・・・好き」
「そりゃァよかった。」

だから、そういうところが。

ぼふっと、サンジくんの胸に顔を埋める。
この人は一体私の何がよくて
こんなに長い間付き合ってくれてるんだろう。

私にはもったいない人だ、とつくづく思う。

絶対、手放したりしないけど。

「ユイちゃん、俺今夢が2つあるんだ。」

耳元で、ここちよい声が響く。

「1つは自分の店を持つこと。」
「うん、もうすぐ叶うね。」
「あぁ。そうだ。
 もう1つは・・・」

サンジくんがポケットに手を入れた。

「ユイちゃんを幸せにすること。」
「ふふっ、サンジくんらしい。」

笑うとこじゃねェよ、と
サンジくんも笑う。

顔を上げると
予想外に真剣な目のサンジくんと目があった。

「だから、1つの夢を叶えるために
 ユイちゃんが寂しい想いをするのは
 俺の望まねェことなんだ。」
「うん・・・。」
「ほんとは、店がオープンしたら言おうと思ってたんだけど・・・」

サンジくんの手がポケットから出される。
その手には、小さな箱が握られていた。

「ユイちゃん、俺と結婚してくださ・・・と、うわっ!!」
最後まで言葉を待たずに、サンジくんの首に飛びついた。

「ユイちゃーん、もしもーし」
応えるようにぎゅっと、サンジくんを抱きしめる。

ちょっとくらい指輪も見てほしいんだけど
とサンジくんの苦笑いが聞こえた。

「とりあえず、今日から俺ここに帰ってきてもいいかな。」
帰る家が一緒なら、もう寂しくねェだろ

サンジくんの言葉に私は大きくうなづいた。








***あとがき***
書き始めの予定と全く違うラストになってしまいました。笑
当初の予定で使うはずだったラストは
別のとこで使うことにします・・・!

今日溜まっていたアニメを一気に見まして
プリンちゃんの回想シーンというか
サンジくんのいろんな顔を見て
ひたすらにサンジくんに優しくさせたくなった結果
このような話が出来ました。笑

気に入っていただけたら幸い。


2019.04.30



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