07:寝てる間に来てくれてたんだ




「ユイちゃん・・・・っ!!」

ふっと意識が遠のく感覚とともに
温かい腕に抱きとめられたのを感じた。







「チョ・・ッパー・・?」
「ユイ!気づいたか」

ここはどこだろう、と視線を動かす。

見慣れた素材の天井に
自分の布団と同じ洗剤のにおい
それから、薬品のにおい。

「島で散歩中に倒れたんだ。」

どうやらここは船の医務室らしい。
チョッパーが私の頭に手を伸ばす。

私の頭の上に乗っていたタオル。
ぬるくなったそれをチョッパーは持ち上げると
私に背を向けた。

パシャパシャと
水の、音がする。

「一緒にいたサンジがおまえを抱えて帰ってきたんだ。
 覚えてるか?」

あぁ、そうだ。

次の島についたら一緒に出かけよう
とサンジくんと約束をしてたのだっけ。

「サンジもさっきまでここにいたんだけど
 目が覚めたときに、薬飲むなら何かおなかにいれないと
 って、今キッチンにいる。
 ちょっとでもいいから、食べられそうか?」
「うん、むしろ、ちょっとおなかすいてるかも・・・」

そろそろ夕食の時間だろうか。
今日はサンジくんと島で夕食を食べるプランだった。
美味しい店がある、とナミからも聞いていたから
楽しみにしてたのに。

それに
そのあとホタルを見に行く約束だったのだ。

そこで、今日こそ「好き」だと伝えようと決めてたのにな。

せっかく勇気を出してサンジくんを誘ったのに
うまくいかないもんだ。




・・・そうか。
意識がなくなる直前
抱きかかえてくれたのは、サンジくんだったのか。

ちゃんと覚えてないのが残念。

「ごめんね・・心配かけちゃった。」
「気にすんな!冬島から急に夏島に近づいて
 身体がついてかなかったんだろ。」

そっと、額に冷たく濡れたタオルがまた乗せられた。

「気持ちい・・・。」
「俺、みんなにもユイが気づいた、って知らせてくるよ。」
「うん、お願いします・・・」

乗せられたタオルが気持ちよくて
だんだんと瞼が重くなっていく。

「まだ熱あるし、寝てていいからな。」
「うん・・・」

サンジくんにも、ごめんねって伝えなきゃ。

そこでまた、私の意識は途絶えた。












次に目が覚めたとき
窓の外は、すでに暗くなっていた。

他のみんなも、もう寝てしまったのか
船内はしん、としている。

視線だけを動かすと、ベッドのすぐ脇にテーブルが移動されていて
そのうえに、お皿が乗っているのが見えた。

医務室の中も
タバコの残り香がする。


寝てる間に

てくれてたんだ



「あーぁ。話したいことがあるのに・・・」

独り言が漏れる。

サンジくんに好きと伝えると決めて

でもなかなか二人になれなくて

やっと二人で出かける約束ができたと思ったらこれだ。

せめて
ごはんを持ってきてくれたタイミングで
起きていれば・・・

「なんでこんなにうまくいかないんだろ・・・」

体調の悪いときはいけない。
すぐに涙腺が緩んでしまう。

「サンジくん・・・・」

返ってくるはずのない私の呼びかけに

「・・・ぅん・・?」

ベッドの足元で何かが返事をした。

「え?サンジくん?」

何かが、も何も
好きな人の声を聴き間違えるわけがない。

ゆっくりと身体を起こすと
腕を枕にベッドに頭をのせるサンジくんの姿が見えた。

「・・・ん、あれ・・?
 俺寝ちまってたか・・」

サンジくんもゆるゆると身体を起こす。

「サンジくん」
「あ、ユイちゃん。おはよう。」

にかっと笑う顔に、きゅんとする。

いつからそこにいたんだろう。

「まだ、薬飲めてねェだろ。
 さっき食べやすそうなもんを
 と思ってフルーツ持ってきたんだけど
 食べられそうかな」
「う、うん・・・!」

サンジくんは一度大きく伸びをすると
立ち上がり、テーブルへと近づいた。

「あー・・ぬるくなっちまってるな。
 剥きなおしてこようか。」
「ううん、そのままで大丈夫!」

剥きなおしに行こうとするサンジくんの服の裾をつかんで引き留める。
サンジくんは
そっか、とお皿を持ったまま
またベッド脇のイスに腰かけた。

「ユイちゃん?」
サンジくんの指が
目元から、頬にかけて残っていたであろう
涙のあとをたどった。

「あ、これは、ちょっと・・・!!」

あなたとすれ違いになっちゃったのが悲しかった
なんて、そんなこと言えない。

「怖い夢でも見たのかな?」

ぽんぽん、とサンジくんが私の頭に触れた。

頬も、頭も
サンジくんの触れたところ全部が、あったかい。

「とりあえず、薬飲めるように食べよっか。」

お皿の上にはいちご、りんご、キウイ。
私の好きなフルーツばっかりだ。

「はい、あーん」

フォークに刺さったいちごが目の前に差し出される。

あーん、って・・
恥ずかしすぎる。

どうしようかと悩んでいるうちに
「食べないなら、俺が食べちゃうけど。」

パクッっといちごがサンジくんの口に消えていく。

「うん、このいちご冷えてなくてもうまいな。」

サンジくんはそういうと、フォークにいちごを刺した。
そのまま、また私の目の前にいちごを差し出す。

これ・・食べたら間接キスなんじゃ・・・・



えぇい!と勇気を振り絞っていちごを口に含む。

「おいしい・・・。」
「よかった。」

優しく微笑む姿に、またきゅんとする。

私を優しく見つめてくれるその目も
フルーツをこんなに綺麗に剥いちゃうその手も
服にしみついているタバコのにおいも

全部
全部

「好き」
「え?」
「・・・っ!」


ガバっ、と
あわてて頭から布団をかぶるが
時すでに遅し。

今、私何言った?

今日言うつもりだったけど!
違う!
今じゃない!!

「ユイちゃん、」
「やだ!」
「やだ、って・・・」

布団を剥がそうとするのを
なんとか妨害する。

こんなはずじゃなかった。

一緒にご飯を食べて
ホタルを見て

もちろんそれまでに化粧直しだってちゃんと済ませて・・・!


「ユイちゃん、さっきのって・・・・」

布団の向こう側から
サンジくんの声が聞こえる。

「そういう、意味・・でいいのかな?」

サンジくんの戸惑ったような声が聞こえる。

困らせたかったわけじゃない。
ただ、もう
好きの気持ちを伝えずに
ただの仲間のままでいられなかっただけ。

恐る恐る

布団から目の下までを出して
小さく、うなづいた。

「それは、困ったな・・・」

サンジくんの眉がハの字に下がるのが見えて
また、私は布団の中に戻る。

少しだけ期待してた気持ちが
急激に、しぼんでいく。

じわり、とまた涙がにじんだ。

「俺の方から言うはずだったんだけどな。
 先越されちまったか。」

サンジくんの声とともに
一気に布団が剥ぎ取られた。

「サンジ・・くん・・?」
「俺も、好きだよ。ユイちゃんのこと。」

開けた視界の先では
真剣な顔をした、サンジくん。

「嘘・・」
「ほんと。」

嬉しい気持ちと、恥ずかしい気持ちがあふれ出て
顔に血が集まってくる。

思わず腕で顔を隠した。

「顔、隠さないで。」
「今、無理!」

サンジくんが小さく笑った。

「ユイちゃん、もうただの仲間でいるのは
 限界だ。」

そっとどけられる腕。

「キス、していい?」

うなづく前におとされた唇。

頬に触れた髪からは
いつものたばこのにおいと
ほんの少し、いちごの香りがした。


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