Sweet and tangy

 料理人が食材を捨てているところに初めて出会した。

「なにやってんだ」
 まだ食えんじゃねェのか、それは。
 痛いくらいの太陽の光を浴びて輝く金色が潮風に揺れて、男の右眼が大きく丸くなった。
 ゾロか、と呼ぶ声は随分と気が抜けていて、二人きりの空気にはまだ慣れない。
「お前がこんないい天気に昼寝してないの珍しいな」
「さっきまで寝てた。……それはいい、」
 なんで捨てるんだ、と。
 彼が持っている大きなボウルいっぱいの果物の残骸を指差した。
「いつもは皮も種もなんかに使ってんだろ」
「……お前って意外とよく見てるよな」
「目に入るだけだ」
「あ、そ」
 でも残念。
「この中に入ってんのは本当に食えないところばっかなんだよ。食ったら腹痛に嘔吐、幻覚症状まで見る。しかも三日三晩続いて熱まで出るからな。解毒剤も胃薬もなかなか効かねェし、あれをてめェらにも味わえだなんて言えねェよ。真ん中の可食部分はすげェ美味いんだけどなァ。おれも好きな味でよォ、バニラアイスと一緒に食ったら絶品だぜ。あとでデザートで出してやるから心して食えよ、乾涸びマリモ」
「わかった。わかったから一気に喋るな」
「お前が聞いたんだろうが」
「一気に言えとは言ってねェ」
 相変わらずよく回る口である。全てを理解することは早々に諦めることにした。
 船尾の手摺りに身を預けている男の隣に立って、改めてボウルの中を覗き込む。
 瑞々しいオレンジにも似た果肉。皮は分厚く淡い黄色。細かな賽の目切りにされているので全貌は分からないが、森の中でこれを見つけたらきっと何も知らずに食べてしまうだろう。酸味の強い匂いまで美味そうである。
 素直に言えば、物知りな料理人は呆れた顔。
「おれの話聞いてたか?」
「最初だけな」
「もっと聞け。アホマリモ」
 そもそもこれが美味そうと思うなら水分不足だろ、と睨まれて、ようやっと喉が渇いていることに気付いた。そうか、だから寝付きが悪かったのか。
 そうと分かれば水が欲しい、とサンジに目だけで強請る。けれどサンジはゾロをチラリと見るだけで、すぐに視線は空へ。
「海鳥に餌やったらお前にも水を与えてやるよ」
「毒なのに鳥にやっていいのかよ」
「鳥には毒にはなんねェんだとよ。おれも詳しいことは知らないどな」
 言うや否や、煙草を指に挟んで口笛を鳴らす。
「バラティエでもいつもこうやってた」
 ピュウ、と高い音がどこまでも広がる空に響いて、どこからともなく集まり始める海鳥たち。メリー号の手摺りに腰をかけて、ボウルを持った手を伸ばす。
「食っていいぞ」
 言葉なんて通じないはずなのに、男の号令を待っていたかのように海鳥が嘴をボウルへと突っ込んだ。
「順番に食えよ。あ、コラ、食ったらあっち行け。ナミさんのみかんまで狙いやがったらオロすからな!」
 鳥や動物、獣に向かってこの男が「オロす」と言えば洒落にならないなと、こっそり笑って、ゾロは結局ボウルが空っぽになるまで隣で眺めていた。バサバサと羽ばたく音が近く、耳に響いてうるさい。だが、それよりも男の笑い声の方が頭に残る。
「お前の食いっぷり、うちの船長といい勝負だな」
 他の海鳥よりも肉付きのいいそれは、褒められたと思っているのだろう。ご満悦に一度、二度と鳴いて、金色の頭の上を旋回した後で飛び去っていった。
「じゃあな」
 倣うように他の海鳥も飛び去っていって、しかし一羽だけみかん畑を狙う素振りを見せた。一睨みして追い払っておく。
「食うの早ェな。あれだけあったのにもう無くなっちまった」
 綺麗に空になったボウルを覗き込んでいれば、今度は海面が騒がしい。海鳥が去って、何かおこぼれが無いかと魚が顔を出しているのだ。
「悪ィな、てめェらの餌はねェんだ」
 ボウルを足元に置いて、サンジは律儀にも魚に声をかける。手摺から身を乗り出して、口元に手を添えて。
 だから、つい、
「……」
 魚と戯れ始めたサンジの首根っこを掴んでしまった。
「……なんだよ」
「別に」
 身を乗り出したまま振り返ったその顔を見ることはできなくて目を逸らせば、ふふん、と笑う気配。しまった、とゾロが舌打ちをするより早く起き上がった体で肩を組んでくる。次いで、頭が取れそうなほどの勢いで撫で回してくる両手。
「やめろ!」
「なァんだよ! お前も一丁前に構ってほしくなるんだな」
「ハァ⁉ 誰もンなこと言ってねェだろうが!」
 言い返す声がいっそう大きくなって、耳の先が熱い。
 あぁもうまったく。らしくないことをしてしまった。おかげで目の前の男はいっそう調子に乗ってはニンマリと笑っている。
「よーしよしよし。今度はマリモに水遣りしてやるからな、待ってろよ」
「てめェ、……ぶった斬る!」
「ははっ!」
 刀に手をかけた途端にするりと離れていく軽やかな体。流れるようにボウルを手に取って、さっさと先へ行ってしまう。
 もうすっかり聞きなれた足音はキッチンへと一直線。
「チッ!」
 行き場のない感情をどうしたものかと頭を掻いて、まだ煩い海面を見下ろしてひと睨み。目が合った途端に固まったのは魚のほう。
「おれの番だ。黙ってろ。喰らうぞ」
 ————……ちゃぷん。
 魔獣に睨まれた魚は小さな水音とともに逃げていく。
「…………なにやってんだ、おれァ」
 跡形もなく消えていった魚を見送っては頭を掻いて、手摺りに額を打ち付けた。鳥と魚を相手にヤキモチなんてみっともない。
相手は人間ですらないというのに、必死に追い払って、睨みを効かせて。ほとんど八つ当たりのその行為に苦く笑って、黒い背中を追いかける。
 キッチンの扉を開け、まだあの男がニヤニヤと笑っていたらどうしてくれようか。下唇を突き出して、顎を撫でる。
「ま、やられっぱなしは納得いかねェな」


 もしも想像の通りになったなら。
 その時は、煙草の味がしっかりと染みついたあの口に思う存分噛みついてやろうと心に決めて、ドアノブへと手を伸ばした。


>> list <<