展望室の窓から差し込む月明かり。冷たい床にお座なりに敷かれた薄い毛布。その上に寝転がる男をうっとりと眺める。
鍛え上げられた筋肉の凹凸。決して消えない袈裟懸けの傷。縫合痕のひとつひとつに落ちる影と、こちらを真っ直ぐに見つめる琥珀色。
手入れなどされていない薄い唇は、機嫌良く弧を描いている。
「……」
あーあ、とサンジは自分自身に呆れて眉を下げる。
柔らかくて、丸っこくて、豊満で、いつまでも触っていられるほどに滑らかできめ細かい柔肌があれほど好きだったのに。もちろん今でも大好きだけれど、格別に愛しいのは残念ながら目の前のこれなのだ。
「動かねェのか?」
「あぁ」
最奥までこの男のペニスで貫かれた体は、動かなくたって気持ちがいい。
それに、いつもならばこちらがどう言おうと勝手に腰を打ち付けてくるこの男も、今夜はこのままで十二分にイイらしい。
「動かねェつもりなら、こっちに来い」
「うん」
腰に添えられていた両手が広がって、サンジは大人しく落ちていく。お互いの皮膚も心臓もくっつけて、甘えるようにキスをする。
「舌出せ」
「ん、んう」
べえ、と出した舌にゾロのそれが絡まって、唾液が落ちるのも構わずに必死に堪能する。それだけでも十二分に気持ちが良くて、堪らず腰を揺すればナカにいるゾロのペニスがビクリと震えた。
思わず、くふくふと揶揄うように笑う。
「気持ち良さそうじゃねェか、エロ剣士」
「……人の腹の上で散々漏らしてる奴に揶揄われたところで、なァ?」
「うるせぇ」
ちょっと意地悪するとすぐに負けじとやり返してくるんだから、困ったものである。とは言え、人の腹の上で散々漏らしている、は言い逃れ出来ないほどの事実なのでこれ以上の喧嘩は辞退する。
「あー……クソ気持ちいいな」
「そうだな」
ゆら、ゆら、と一度動かしてしまった腰が止められない。激しさはないけれど、今夜はそれがいい。海の中を揺蕩うような快楽がちょうどいい。
「なぁゾロ、もういっかい、キス」
強請れば与えられる口付けに、ほう、と安堵の息を吐く。
「お前の体はいつも熱ィな」
「好きだろ?」
「好きに決まってんだろ」
さっきまでの喧嘩腰は鳴りを潜めて、素直にうんと頷いた。さっきよりも近くなった琥珀色が僅かに煌めいたのを見逃さない。
(かわいいやつ)
おれがお前を好きだと言えば嬉しいのか、と。実感すれば簡単に心臓がトクンと跳ねる。
あぁ、やっぱり満月の夜はセックスをするのがいい。
激しくなくていい。情熱的じゃなくていい。ただただゆっくりと、お互いの顔を見て愛し合うのがいい。勿論、闇夜でいっとう輝く琥珀色も捨てがたい。凶暴に、一心不乱にこちらを見下ろすあれも愛おしい。
「コック、」
体温の高い、それでいて無骨な手が頬を撫でる。気持ちいいなと目を閉じた。それを狙っていたかのように唇を甘く噛まれて、ゆるゆるとナカに埋めたものが動く。
「ぁ、ああ……っ! すげぇ、っ、ナカ、こすられてんの、わかる……っ」
「目ェ開けろ」
「っ、や、見んな、よぉ……っ」
「ダメだ。こっち向け」
小さな展望室は、穏やかな熱気に包まれゾロの声がよく響く。
言われるがままに目を開けて、あぁ、と小さく啼きながら男の名前を呼んだ。頬を撫でる手が、親指が、下瞼に触れる。
「……酒が飲みたくなるな」
いつもの催促とはまた違った声色に、背中がゾクゾクと震える。
「ん、おれも。っ、あっ、……お、お前が、月見酒を気に入ってる理由がよく分かる」
あとで一緒に飲むか、と聞かれて断る理由はない。
「つまみ、は……?」
「今夜はいい」
「そう、だな……っ、あっ、まって、それ、いい……っ」
「知ってる」
今夜は、どんなつまみを作っても勝てる気がしない。月明かりに照らされて、無言で愛を語らうこの琥珀色だけ見られればそれでいいのだから。
「コック」
未だに下瞼を撫でて来る親指も、きっと同じことを考えているのだろう。気恥ずかしいとは思うが、やめてほしいとは思わない。
「ゾロ、ゾロ、」
ゆったりと込み上げてくる絶頂はとびきり甘い。
「イく、イッちまう、おれ、」
頭の芯まで痺れて、この男の名前と、この男を好きだと想う感情以外何も分からなくなる。真っ白になって、世界が滲んで、息をするのがやっと。
そのうち腹の奥に熱が広がり、ゾロもちゃんとイけたのだと思うと勝手に涙が滲んだ。
「気持ちいいな」
「ん、うん」
今夜は、どこまでもゾロの声が優しい。
煩いほどの心臓を落ち着かせるために、深い呼吸を繰り返す。涙のせいで詰まる鼻をぐずぐずと鳴らし、ゆっくりと体を起こした。
さっきよりも距離が空いた互いの顔。ゾロはまたサンジの頬を撫でて、それからそうっと長い前髪を僅かに払うのだ。いつもは金色に隠れている小さな海。滅多と二つ並ぶことがない瞳を見上げて、満足気に笑う。
「酒」
「わかったわかった」
性欲が満たされた体でゾロの上から退き、さっとタオルで体を拭いてからシャツに腕を通す。
「取ってきてやるからその間に体拭いとけよ」
「おう」
こういう時だけ返事がいい。
調子のいいヤツめ、と顔を掴んで額にキスをする。もちろん、手を伸ばせば届く距離にある満月にも。すると、お返しだと言わんばかりに大人のキスがひとつ。スッキリしたはずの体がじわりと熱くなるから困ったものだ。
「すぐ戻ってくるから寝んなよ」
「わかった」
額を擦り合わせて、名残惜しく鼻先に噛みついた。
展望室から降りて、甲板の上から満月を見上げる。
風は穏やか。雲はない。きっと太陽が起きて来るまでは、綺麗な満月を堪能できるだろう。こんなに明るいのだから、きっと無粋な奴らも乗り込んでこない。
まだ暫くあの男と夜を過ごせるのだと、そう考えるだけで足取りが軽くなって単純な自分に笑ってしまう。
「——……いい夜だなぁ」
こっそり買っては隠しているゾロが好きな酒を今夜は持って行ってやることにしよう。
サンジはご機嫌な鼻歌混じりに、一直線にキッチンへと向かった。