くあ、と何度も欠伸をしながらシャツに腕を通して、重い瞼は閉じたまま。ネクタイは首に引っ掛けるだけで終わっている。
「朝早ェが二回ならヤれるっつって誘ってきたのお前だろうが」
「ん」
「こっちは二回で我慢してやったんだからさっさと起きろ。このクソコック」
ハァ、と溜め息を吐きながら項垂れるのは緑色の頭。仕方ないと伸びた指が向かう先は、垂れ下がったサンジのネクタイである。
視界にそれを捉えて、ついついガッツポーズをしてしまいそうになるが、どうにか堪える。そんなことをしたら、眠たいふりが全部台無しになってしまう。
「おら、ちゃんと顔上げてろ。見えねェんだよ」
「んん」
——しゅる、しゅるる。
「チッ」
胸元で動く古傷まみれの無骨な指と、それに合わせて動くネクタイ。しゅるしゅる、と布が当たる軽い音に被せるように不服そうな舌打ちがひとつ。くふくふ、と長い前髪に隠れて笑ってしまう。
存外、これに対してのこだわりは強いらしくゾロは納得するまで何度だって挑戦する。出来る限り歪まずに、皺にならずに、長さもいい塩梅で。
(別にそんなこだわんなくてもいいんだけどよ)
思いながらも、サンジは眠たいふりをしてこっそり眺めるのが好きだ。
(言っちまったらもうしてくれねェだろうしなぁ)
見たいから自然と顔が下がってしまうし、こだわって微調整している指先を見ると口元が緩んで仕方ない。十九の時なんて外すこともできなくて、強引に引っ張っては千切ろうとするか、もしくはサンジの首を絞める結果になっていたというのに。
(マリモも成長すんだもんなぁ)
たどたどしいとは言え、しっかりネクタイが結べるようになった。
ただ、スーツなんてものを着ないゾロがネクタイ結びを披露するのは、サンジが睡魔に負けたふりをする朝だけである。勿体無いと嘆息しつつ、ちょっとした優越感。
誰も知らない、この男の特技とこだわり。眠いふりをしてでもみたいに決まっている。
「頭フラフラさせんな」
とうとう苛ついた手のひらに頭を掴まれて、ここでジッとしてろと言われてしまう。ついでと言わんばかりに髪の毛を混ぜるように大きく撫でられて、思わずパチっと目を開けてしまった。
すぐ真正面にある琥珀色の瞳は、少しだって驚かない。
「なんだ。起きたんだったら自分でやれ」
「まだねみぃんだよ」
「喋る元気がるあんなら三回目ヤッときゃ良かったな」
「てめェの一回は長いから却下だ、エロマリモ」
べえ、と舌を出してお断りすれば、ニンマリと意地悪く笑った薄い唇に食べられる。そのまま舌を絡めながら唇もくっつけて、サンジは素直に両腕をゾロの首へと回す。
——……しゅる、しゅる。
キスをしながらネクタイを締めてもらうのは初めてかも知れないと、普段とは逆の行為になんだか息も体温も上がる。
「……よし、出来たぞ」
だが、もっとと強請るように口を開いた途端にゾロの唇が離れて、完成したネクタイを指で弾かれる。どうやら今回はゾロも納得の形らしい。
遠目で見て少し整えて、最後にキュッと締める。
男が奏でるその音で、覚醒していく体の心地良いこと。
「行ってこい」
とびきり美味いメシ作るんだろ。
「おう。いつも以上にクソ美味いメシ作るから期待していいぞ」
自分で思っていた以上に弾んだ、機嫌のいい声で言えば、展望室の窓から差し込む朝日が乱反射する琥珀色が深くなる。深くなって、ゆったりと細まる。
それが随分と心の奥深くまで刺さってしまって、無駄だと分かっていても心臓を抑える。反対の手は琥珀色を掴むように伸ばして、当たり前のように広げられた腕の中へ。
「行かねェのか」
「行く。……でもあとちょっとだけ」
擦り寄って、ゆったりと十秒数えた。体を離して、キスをひとつ。
やっぱり三回目を断らなければよかったなぁ、なんて。この男に言えばすぐにでも調子に乗りそうなことを考えて、それを気取られる前に展望室から降りた。
もうすっかり馴染んだキッチンに立ち、ゾロが結んでくれたネクタイには唇を寄せてから左の肩へと引っ掛けた。
「——さぁて、作るか」
数時間後には騒がしくなる船にぴったりの、とびきり美味しい朝食を。
そして、朝から我儘に付き合ってくれた男の期待に添えるような最高の朝食を。