芝生の甲板の上、これでもかと並べられた発明品にルフィとチョッパーが戯れている。ちょっとした夏祭りの出店のようだ。その傍らで、フランキーはなにやら真剣に発明品を覗き込んではウソップと話し込んでいるので、あれはフランキーの手が加えられスーパーなものへと進化を遂げるのだろう。
時々爆発音がするのはご愛嬌。
更にそこに小さな悲鳴が混じったと思えば、ブルックの全身に糸が絡まって、アフロが奇妙な形に縛り上げられている。ウソップの発明品から飛び出したその糸がどうにも解けないのらしい。打ち上げられた魚のようにぴょんぴょんと跳ね回る。
「なんじゃあ、これは」
「イヤー! 助けてください、ジンベエさん!」
暴れれば暴れるほどに糸が絡まって、解こうと頑張るも水掻きのある太い指ではうまくいかない。大きな背中を丸めて懸命に解こうとするジンベエの肩を叩いたのはロビンだ。
「私がやるわ。手ならいくらでも貸せるから」
「すまんな」
瞬く間に花のいい香りが広がって、絡みつく糸を解いていく。解放され、礼を言ったと思えばその糸をロビンに勧めてはナミに叱られている。
明るい声が絶えない、珍しく穏やかな海の上。
ガチャン、と優しい音とともに開いた扉と、向こう側からやってくる美味しい香り。
「どいつもこいつも、クソうるせェな。キッチンまで響いてるぞー、お前ら」
キッチンから顔を出したサンジは、騒がしい甲板を見下ろしては煙草の煙を吐き出した。
途端にルフィが顔を上げて、
「サンジー! 今日の昼飯なんだー!?」
腕を伸ばしたと思えばすぐ隣にやってくる。
身軽な体で手摺の上に降り立って、美味しい匂いを纏ったサンジに顔を寄せては鼻をひくつかせている。そして匂いだけで涎を垂らすのだ。
「ハンバーガーだ。フランキーのリクエストの日だからな。外で食うか?」
「食う!」
「じゃああとでちゃんと甲板片付けろよ。特にウソップにはよーく言っとけ」
「おう!」
「ルフィ〜〜〜〜ッ!! こっちのも見てくれ!」
隣に来たと思えばすぐにウソップに呼ばれ、ルフィは目を輝かせて騒ぎの中心へと戻っていく。うひょー! と今日一番のテンションになったので、もしかしたらロボだのレーザーだの、そういう類かもしれない。
まぁ興味ないけれど、と短くなった煙草を携帯灰皿へと押し付けて隣へと視線を遣る。
ルフィとは反対側。サンジが来るよりも先にそこを陣取っていた彼。
「お前も混ざらなくていいのか?」
「混ざるか。おちおち昼寝も出来やしねェ」
「いつも煩くても寝てんじゃねェかよ」
「何が飛んでくるか分からねェって話だ」
「あぁ、まぁ確かに」
くあ、と大口を開けて欠伸をするゾロにサンジは小さく笑う。
青空は高く、日差しは柔らかい。陽に当たりながら昼寝をすればさぞ気持ちいいだろう。 でも文句を言わないのはきっと、彼もこの光景が好きだからだ。
(とはいえ眠いだろうな。昨日は寝てねェし)
理由はあまり大きな声では言えないが、——寝不足は自分も同じである。
ゾロの欠伸がうつって、サンジもふあ、と気が抜けた声を出す。涙が滲んだ眦を擦っていれば感じる視線。
「……なんだよ」
「いや?」
ニンマリ、と。
悪い顔をしているようで、これは機嫌が良いのだと理解している。この男はこれも存外好きなのだ。欠伸がうつるだとか、そういうの。
(クソ。マリモのくせに可愛い反応しやがって)
文句を言いながらも小さく一歩ゾロに近寄ってしまう自分はどうしようもない。
「あれ全部ウソップが作ったやつか?」
「そう言ってたな」
「使い所あんのかよ」
「さぁな」
話している内容はそれほど重要ではなくて。
それよりも手摺に添えた左手に、僅かに当たるゾロの右手が気になって仕方ない。手を繋ぐより、抱き締められるより、昨夜の行為よりもずっと照れくさい甘酸っぱい温度。
誰にも見られてねェだろうなァ、と眉を寄せるけれど離れることはない。煙草だって吸いたいのだが、——……まぁもう少し我慢してもいい。
「昼飯、外で食うって言ってたからテーブル出すの手伝えよ」
「わかった」
「なんだよ、聞き分けがいいじゃねェか」
「腰痛ェんだろ、へなちょこコック」
「てめェ……! 誰のせいだと思ってんだ、クソエロ剣士……!」
声を抑えて、瞬間的に赤くなった顔で怒鳴れば、
「だから手伝うって言ってんだろうが」
甲板を見守っていた目がこちらに向いて、分かりやすく絡んでくる小指。
「っ、く、そ、まりも……ッ」
「普段の威勢はどこいったんだ、お前」
コイツのこういうところがいやだ、と手摺に体を沈める。風に吹かれて靡く髪の下。赤い耳の存在はどうせバレているのだろう。知っていても尚、揶揄っているのだ。
「今日はさっさと寝ろよ」
「…………夜食、食いに来ねェの」
「そういうこと言ってると今夜も食うぞ」
夜食の話じゃねェからな、と付け加えられて、思わず一歩逃げたのに許してくれない獣がくっ付いてくる。指どころが腕までぴったりとくっついて、顔を上げれば想像していた以上にゾロがこちらを覗き込んできていたのでギシリと体が固まった。
「は、はなれろよ……っ」
そのくせ、サンジが声を上げればあっさりと離れていく。ゾロの体温が残る腕に当たる風が妙に寒くて、慌てて煙草に火を点けた。
——瞬間。
大きな波の音と、突如現れる大物の海獣。
「なんだ、アレー!」
沸き立つキャプテンの歓声と、いくつかの悲鳴。クルーの視線は余すとこなく目の前の海獣に釘付けになった。
けれど。
「————あ、」
サンジだけは、口元の煙草を奪う指先と、唇を掠めていく温度で埋め尽くされていく。声も音も風も、邪魔者が何もかもなくなって世界が止まる。
「あれ食えんのか?」
「…………え、あ、……あぁ、うん」
「よし」
チャキ、と鍔が鳴る音に世界が戻ってきた。
「ルフィ!」
捕獲準備に入った船長を呼び止める。
おれが斬るから邪魔すんな、と低く活きがいい声。やっちまえゾロー! と即座に結成された応援団が肩を組んで檄を飛ばす。
ゾロが手摺に足をかければそのあとはもう一瞬でいなくなる。
遠のく背中と、太陽の光を受けて乱反射するピアス。鞘から抜かれる刀の美しいこと。
「……ふ、ざけんなよ、アイツ」
白昼夢かと思える一瞬の出来事。
雑に口へと戻された煙草の先から、灰がはらりと落ちた。
海獣との勝負の行く末を見守ることなくサンジはへなへなと崩れ落ちていく。あああ、と意味もなく言葉を吐き出して煙草を指に挟む。いっそう赤く情けなくなった顔を誰にも見られたくなくて、落ち着くまで蹲ることにした。
(さっさと寝ろとか、無理だろ……!)
掠めるようなキスひとつで、あっという間に体中に広がる甘い痺れ。
思いつく限りの罵倒を頭の中で繰り返して、——心の中で降参の白旗を掲げる。
「あーあ」
こりゃあ明日も寝不足だなァ、なんて覚悟を決めて唇を撫でた。
でもやられてばかりは性に合わない。自分からはいつけしかけてやろうかと考えて、ひっそりと口角を持ち上げた。