春の神様と冬の神様

春の神様のゾと冬の神様のサくん。
冬から春になるお話。

人の形してる。ゾはちゃんと刀持ってる。料理の概念はない。
姿形は19のゾサ。でもサくんは諸事情(性癖)で髪が長く、細い束で後ろで結ってます。
今の季節の人が次の季節の人の元へ向かい、季節を生んでもらうシステム。

遊びでプロット作っただけなので深いところはなにも考えていない。
間違ってても知らない。空気で読んでくれると助かります。


┈┈┈┈┈┈┈


管轄している土地を見守って「そろそろ冬も終わりだな」ってなると春の神を起こしにいく冬の神のサンジ。春の神は自分の季節以外は寝てるか別の土地へと放浪してるので毎年早めに出発して探す。
サンジの前任者は春の神——ゾロを見つけられず、人間の歴史に爪痕を残すような長い冬を生み出したらしく自らこの土地を去ったと聞いた。後任としてサンジが気まぐれにこの土地に根を下ろして以降ははきっちりと春が来ると人は語らう。

たいていの神は自分の社を持っている。サンジもある。
春の神は珍しく拠点を持っていない。気が向くままにどこかへ行く。放浪癖でもあるのかと思っていたが、どうやら迷子癖がある神様らしい。拠点があっても帰れないのだ。
それに気付き、お前ふざけんなよ、と遥か遠くから春の神の足元を凍らせてすっ転ばしたのは、確かサンジがこの土地にやって来て五十年後このこと。
理由がわかると前任者が可哀想で仕方なかった。

サンジはこの土地が気に入っている。
おおらかな人間が多い。よく笑い、よく話す。食べることが好きな人間も多い。人間が食べている姿を見るのが好きなサンジにはうってつけな土地柄だった。
会ったことはないが夏の神様が大食いらしく、一年を通して供物も豪勢で、どれだけ雪が積もろうと欠かさず参拝してくれる。人里を狐の姿を借りて散歩して、そろそろ供物を、という言葉が聞こえてきたらそうっと雪が降る量を調整する。

春の神は、穏やかな陽の光を生み出し、冷え切った土の中から草木や動物たちを起こし、冷たい世界を一変させる。
サンジが今までに出会ったことがある春の神はどれもその特性に似合った顔つきをしていた。とはいえ、春に出会うと冬は溶けてしまうので数秒しか合間見えたことはないが。

ここの春の神は、随分と物騒である。
村の人間が春の神を絵に描いていたが、あれは修羅か羅刹のようだ。刀を三振り携えて、嘘だろうと頬をひくつかせた。
見てみたいと春を呼ぶのが待ち遠しくて、初めてみた時は指を指して大笑いした。確かにあの絵の通りだった。まさかこんな春の神がいるとは。
次の年、春を呼びに行ったら「この一年てめェを待ってた」と睨まれて刀を抜かれ、サンジが溶けて消えるまでの数秒間で口が動く限り喧嘩をした。

▪︎

冬の神は春のものに触れられない。
これはもうずうっと昔から決まっていることである。
冬にとって春のものは暖かすぎるのだ。だから触れれば溶ける。サンジは特に暖かさに弱く、ゾロが近くにやってくるだけで駄目だった。
だから冬の間の二人の喧嘩は山を幾つか挟む。白銀に染まった山の遠い向こう側にいるであろうゾロに気まぐれに向かって冷気を飛ばす。
春は寒さに弱い。こんなもん寒くねェと言いながらも奥歯をガタガタと震わせていたゾロを思い出すたびにふはっと吹き出すように笑う。

退屈だなぁと思ったら、サンジは冷気を飛ばす。
どこにいるかは気配でわかる。あぁまた迷ってやがるな、てめェの寝床はそっちじゃねェよ。ばーかばーか。迷子の神様。なんて情けねェ。
冷気に言葉を吹き込んで今日も飛ばす。
その度に律儀に返ってくる季節外れの春の風に、早くゾロを起こしに行きたいなぁと煙管を咥える。

◾︎

サンジがこの土地に根を下ろしてから早いもので三百年は経っていた。あっという間だった。

ゾロを絵に描いた村人はとっくに居らず、寒い冬でも参拝をしてくれていた老人ももういない。
狐の姿で人里へ行こうものなら冬の神など知りもしない子どもに悪戯されて、猟銃を持った大人に追いかけられる。
年々減っていく供物は、とうとう無くなった。食べなくても死にはしないけれど、寂しいなぁと煙を吐く。
少しだけ短くなってしまった髪の毛を指先で弾いて、それでも今日も冷気を飛ばす。

▪︎

ある年、ゾロが全然見つからなかった。
喧嘩をするための冷気を飛ばしても反応が悪かったので嫌な予感がして早めに出発して正解だった。近くにはいるらしい。気温が少しずつ上がって溶けていく体でようやっと木の根のところで呑気に寝てるゾロを見つけて自分が溶ける最後の一滴で起こす。
「来年はもっとわかりやすいところに居ろよ。隠れてたら見つけられねェだろ」
どうにか文句だけは絞り出して、そのまま次の冬まで眠る。
「…………隠れてたつもりはねェんだが」
苦い声でそう言ったゾロの言葉は届いていない。

次の年。秋の神様に起こされた時にはいっそう髪の毛が短くなっていた。
「……まぁ、そうか、」
髪の毛には神力が宿る。
サンジは体に神力を溜め込むのが苦手だ。だからこそ髪に全てを流し込む。それが短くなったということは、力が弱くなったというと。
ゾロをうまく見つけられなかったのはこれのせいかと悟った。神力が弱まったせいで他の神の気配をうまく掴めないでいるのだ。
「そろそろ終わりが来るのかなぁ」
寂しいなぁと膝を抱える。顔の半分を覆う長い前髪を撫でつける。
冷たい氷の体にあの神の暖かさは毒だけれど、それでも喧嘩をして時折話ができるのが楽しい。
そんな春の神は今までいなかったから。
「また会えるかなぁ」
もしも自分がいなくなっても、遥か遠い未来で。
「会いたいなぁ」
また髪の毛が短くなる。終わりが近くなる。

自分が選んだことだ。
こうなることはわかっていた、わかっていて選んだ。
どんどん短くなる髪の毛に、ごめんなと謝って左目を撫でた。
長い前髪に隠れたそこを溶けそうな指で撫でる。

「——……怒るかな。アイツ」

サンジはふうと息を吹いて山の向こうで迷子になっている春の神へと言葉を運ぶ。

▪︎

「どこの土地も冬の神の力が弱っているらしいよ」
春が終わった後、夏は暑さで動けなくなるので秋になったらゾロはコウシロウの元へと向かう。相変わらず穏やかに笑う先生に「先生、どうしたらいい」と神妙な面持ちで聞いた。
「一番は人間に信仰してもらうこと。でも冬は難しいね。なにせ寒いからわざわざ山の上の神社には行かない。昔の慣わしを守っていた人間はもういないからね」
長い冬を超えた後の春は人間が一番活発になる。戻ってきた暖かさと実り、芽吹く木々に感謝する。神社や寺を介さなくたって、春の神はそれだけで自分を維持できる。
夏と秋には祭りがある。祭りに参加するために、そして無事に祭りを遂行するために人は祈る。神を頼る。供物が多いのもやはりこの季節だ。
ただ、寒さと冷たい雪に閉ざされた冬に人間は祈りを捧げに来ない。暖かな家に閉じ籠り、早く寒さが遠のけばいいと願う。だから冬の神の力が弱くなっていく。ここ数十年はそれが顕著なのだと言う。
そして、冬が長すぎる土地は、冬の神が怒って暴走しているのだとも先生は続ける。
「……どうしたら、いい、……」
先生、とゾロは拳を握りしめる。

サンジが飛ばす冷気が、的外れなところで舞っているのを何度も見た。狙いが定まっていないのだ。
ゾロの気配を前ほど敏感に感じ取れないらしい。
それに段々と声が弱くなっている。

このままだと冬が消えるのだろうか。
溶けて眠った冬の神が、目覚めない日が来るのだろうか。
次の年も、その次の年も気まぐれに喧嘩して、自分を叩き起こすあの神はどこへ還るのだろうか。
それとも、アイツも怒り狂って全てを恨み、冬だけの世界にするのだろうか。

——これだけは否と唱えた。
アイツは残念ながらこの世界も人間のことも愛している。

(けど、誰もアイツに感謝はしない。供物も捧げない)
寒く、冷たい冬があるからこそ春の暖かさが体に沁みるというのに。
困ったように眉を落とす先生の顔を見て、ゾロはなんだか泣きたくなった。

◾︎

一度、桜の花びらを渡したことがある。
あの冬の神が見たいと言ったからだ。
あれはもう何百年前のことだろう。

『見たいって、……見る前に溶けるだろ、お前』
『だから見たいんじゃねぇか』
耳を擽る冷気が喋りかける。この日は珍しく喧嘩にはならなかった。耳を擽る優しい冷気はなんだか落ち着かない。
『じゃあ桜が咲くまで溶けずにいろよ』
春の風に言葉を吹き込んで冬へ贈る。自分がもっと寒さに強ければ、冬の根源であるアイツの隣に居てやれるのだが。こればかりは生まれ持った性分なので仕方ない。
『流石に無理だなぁ。……じゃあさ、教えてくれよ。桜ってどんなふうに美しいんだ? お前は見たらどう思う? おれは絵でしか見たことがないから』
ゾは懸命に持てる言葉を振り絞って桜の美しさを例える。
『桜の下で呑む酒は格別美味い』
けれどそれでは足りなかったらしい。
次の年までにもっと考えとけとドスの効いた声が返ってきた。なんとも物騒な神である。

仕方がないな、とゾロは一年かけて桜の花びらを氷漬けにした。
その年の春はやたらと短くなってしまって人間たちは文句を言っていたが知ったことではない。
早々に春を終え、しかしその両手には大量の花びらを抱えてひた走る。
夏の暑さから逃れて、辛うじて耐えられる秋と冬の狭間へと駆け込んだ。顔見知りの冬の神を呼び、走っている間に萎れた桜の花びらを凍らせてくれと頼み込む。
『ゾロ屋。冬のものが春の花に触れないのは知っているはずだ』
『でもお前なら触らずに凍らすことが出来るだろ』
——貸ひとつだ、と渋い声が返ってくる。
途端に不思議な風がゾの周囲に巻き上がる。ここだけ異空間に飲み込まれたような、不思議な結界。
次いで、ローがひとつ合図すれば、いっとう綺麗に残っていた花びらが手の中から消え、あっという間に氷漬けされたものが戻ってくる。
『ありがとう』
『長くは保たない。期待はするな』
『それでも、助かった』
氷漬けになった桜の花びらは巾着に入れ、できるだけ冬の土地を走って自分の土地へと戻っていく。ながく時間がかかり、冬が終わる前日だった。
もうずっと冷え切っている体でどうにか限界まで山を登り、神木の前に置いた。
声をかけようと思ったが、なんだか気恥ずかしくなってやめた。でも気付いてくれればいいと、春の香りを残しておいた。

明日には春を生まなければいけない。
ゾロは足早に自分の寝床に戻る。この一年ずっと冷え切っている体に力を蓄えて暖める。
そういえば、春の風を吹かせたわけでもないのに、この時ずっと胸の中で春の風が渦巻いていた。

あの風の暴走の意味を、ゾロはいまだに知らない。

▪︎

冬の神は桜を見つけただろうか。
氷漬けにはなっているけれど、あれはいっとう美しい桜の木からいただいたものだ。桜色の濃淡がとても美しく、ゾロは花見酒を飲むならこの木の下だときめている。
隣に座って飲むことはできないけれど、これを見ながら酒を飲んでくれたら、それは嬉しいことだと思うのだ。

桜を、見ただろうか。
喜んでくれただろうか。
酒も一緒に送ればよかっただろうか。

どう感じたか聞いてみたいけれど、あの神のために自分が一年間ひた走ったことを知られるのは気恥ずかしい。
だからゾロは何度も何度も聞こうとして、やっぱり聞けずにいる。

聞けばよかったと今なら思う。
そうすればきっともっとずっと一緒にいられた。

▪︎

冬がだんだんと短くなっていく。
ゾロの耳に入ってくる売り言葉は剣呑さが無くなって、買い言葉にも棘がなくなる。
「……お前、本当に大丈夫か」
「なんだよ。心配してくれてんの」
「……」
「こりゃ明日には夏の神が起きまうんじゃねェの?」
季節は順番に巡らないと人間が困るんだぞ、と苦く笑う声。
骨身に染みるような冷気は、秋の深い夜のような風になっていた。雪なんてもうずっと降っていない。

▪︎

冬の神の声が聞こえなくなったのは、正月が終わってすぐのこと。
三が日が終わり、人間の活動がいつも通りに戻る頃には冬とも春ともいえない季節になっていた。

あぁ、とゾロは嘆く。

季節の空白は重罪である。冬の神が言っていたように、季節は順番に巡らせないといけない。そのための神である。役目が果たせなくないのであれば、神の意味がない。
「お前は、」
いなくなるのか、と口にするのは憚られた。
いなくなってしまうことは、同じ神である自分がよく知っている。

どうせいなくなるのなら。
ゾロが役目を終える遠い遠いその日まで会えないのなら。
最後に面と向かって喧嘩がしたかった。

◾︎

冬の山に雪が積もっていない。
ゾロは一歩ずつ着実に冬の神へと近づいていく。どうしたって草履が凍りついて指先が悴むけれど、それでも我慢できないほどではない。
冬の神の終わりを嫌というほど実感した。

「おい」
冬の神が寝床にしている社に辿り着いた。
ゾロが初めて見るそこは想像以上に廃れていて、誰にも手入れされていないのだと知る。
もう起きることもできす、体の半分が溶けかかっている冬の神は、綺麗な金色の髪をしている。細く長い髪をひと束にして結っていたと思っていたが、いつの間にか随分と短くなっている。
だから冬を維持できないのか、と項垂れた。
体と刀に神力を宿すゾロと違って、冬の神は髪の毛以外に神力を宿せない。そういう体質なのだと遠い昔に言っていた。
「あついと思ったら、お前か、春の神」
悪いな、茶の一杯でも出してやりたいんだが。
「おれは今年で終わりらしい」
さみしいかよ、と笑う。
元気な時はもっと表情豊かだったのだろうと胸が痛くなる。
「どうにかお前の春まで保たせたかったんだけどなぁ」
あと数刻かなぁ、と左の足が溶けた。
「早めの春が来ちまうけど、あとは頼むぜ」

不意に鼻を掠めた春の香りに、ゾロは思わず駆け寄った。
「なに……?」
ゾロが近づくといっそうぐったりとなる体。熱に浮かされたように顔が赤くなる。溶ける速度が速くなっていく。
それでも触らずにはいられない。
長い前髪に隠された左目。そこから春の香りがする。
「……この、阿呆」
お前を終わらせたのはおれか。
そんなつもりはなかったのだというのは、言い訳にしか過ぎない。
「なんで、こんなことしたんだ……ッ」

冬の神は春のものには触れない。
触ると溶けてしまう。

「なぁ、答えろよ」
サンジだって分かっているはずだ。
それなのにどうして、ゾロが置いていった桜の花びらが目の中で揺蕩っているのだ。

「だって、お前がくれたから」

何気なく鼻を掠めた春の香り。
なんだろうと神木の前に降り立って、巾着を見つけた。
中に入っていたのは氷漬けにされた桃色の花びら。あぁこれが桜なのだと、初めて見たのに理解した。

美しい花びらだった。
あぁ確かにこれを見ながら呑む酒は美味いだろう。

サンジはその花の色に目を奪われた。
氷を舐めると遠方に住まう冬の神の気配がして、あんなところまで行ってくれたのかと嬉しくて嬉しくて、左の胸の辺りが痛いくらいに締め付けられた。

「桜って綺麗だな」

目を奪われたから、桜の花びらにあげることにした。
ここはおれの体の中でもいっとう冷たいからと氷ごと目の中へと招いた。使っていない左目に感じる花が踊る気配。
萎れず、喜ぶように目の中を泳いでくれることに安堵した。
お前の熱でおれが溶けてしまうまで、どうかそこにいてくれないかと願った。

「一緒に飲もうと思って選んだ酒があるんだ。おれはもう飲めないから、お前だけでも飲んでくれないか」

深い青の瞳に揺蕩う一枚の桃色の花びら。
長い前髪の隙間からそれが鏡に映るたびサンジはこの上なく幸せになれた。
瞬きをすれば春の香りがする。
鏡を覗き込めば春の欠片がそこにある。
この花びらをゾロだと思えばいっそう大事に思えて、例えじわじわと自分の体が溶けていこうと幸せに思えた。

「お前といられたこの数百年、楽しかった」

ゾロが触れたところから溶けていく。
とろとろと流れて小さくなっていく体を堪らず抱きしめた。
熱いだろう。苦しいだろう。溶けていく体は不快だろう。それでも触れていたかった。相入れず、寿命を奪うだけだと理解していても抱き締めたかった。

「今度は、本物の桜を見せてやる」

氷漬けじゃない。満開の桜を。
気に入っている桜の木があるんだ。
本当はそれを見せたかったのだ。
息を呑むほど圧巻で、きっとお前も気にいるだろう。
そんな花びら一枚で満足するものじゃない。

「桜の下で、一緒に酒を飲むぞ」

だから、どうか。

「逝くな」

喧嘩をしよう。ふたりで。
春の風と冬の冷気に言葉を吹き込んで。

迷子になったら見つけてくれ。
退屈ならいくらだって話し相手になる。
顔を合わせるのはたった数秒だけど、お前相手に刀を抜くのはなんだか心地がいい。
ずうっと昔からそれが当たり前のようにしっくりくるんだ。

言えばよかった。
全部、伝えればよかった。

「ここにいろ。どこにも還るな」

足りない。まだ話し足りないのだ。
数百年も一緒にいたのに、本質的なことはきっとなにも伝えられていない。

けれど、ゾロの願い虚しく冬が終わる。
冬の神の罪が少しでも軽くなるようにと、ゾロはすぐに春を生む。人間が騒いでいてもどうだっていい。ただただ、消えた神がきちんと還れることを願うように春を生む。

水の一滴すら残らないほど綺麗に気配も全部が消えていく。もう冬の匂いはしない。

何も残らないのだと、握りしめた拳を床に叩きつける。
感情が昂るままに一晩中叫び、冬の神を想う。
名前すら一度も呼んだことがないのだと、この時初めて気付いた。

何も知らない人里に春の嵐が襲いかかる。
夜が明けるまで嵐は続き、風が止む頃に春の神はこの土地を出ていった。



神の息吹が頬を撫でる。
酒を飲もうとした手を止めて、ゾロはどこまでも青い空を見上げた。

——新たな神が生まれるよ。

甲高い子どものような声が世界に響き渡る。
神にだけ聞こえる特別な声。神だけが感じる生命の誕生。
今生まれたのは春の神だ。あぁ冬の神ではないのかと肩を落とす。
こんなことをもう何十年続けているのだろう。
例え冬の神が生まれてもアイツではないというのに。

——春の神が生まれたよ。
——おめでとう。おめでとう。

「おめでとう」
生まれたことに罪はない。
残念に思うのは個人的な感情だ。

四方八方から飛び交う神の祝福に、ゾロも声を添えた。

ちょうどいい桃の花があったのでふうと息を吹きかけた。柔らかな花が空へと飛んでいく。そのまま新しい神のもとへと届くだろう。

力強い産声に、桃の花が良い彩りになりますように。



コウシロウから「一度帰っておいで」と便りが届いたのは、もう何百年も前の話である。
金色の冬の神を失って、春の嵐を起こし、そのまま土地から離れた自分を心配してくれているのだろう。
けれどゾロは帰らなかった。
いや、帰れなかったというのもあるが、放浪の末にたどり着いた秋の大神様のもとで修行をつけてもらうことにしたのだ。
自分がもっと寒さに強ければ、冬の神の異常にだって早くに気づくことができた。
自分がもっと温度を調節できたなら、冬の神を溶かしてしまうことはなかった。
「お前が気負うことではない」
鷹の目のような眼光で、それでも秋の大神様はゾロの肩の荷を下ろそうとしてくれる。
顔に似合わず優しいのだろうと、修行の末に閉じることになった左眼を撫でてゆったりと首を横に振った。

左目に触れると、青の瞳に浮かぶ桜の花びらを思い出す。
ゆらゆら。ひらひら。
冬の寒さの中でそれでも揺蕩う桜の美しさ。
「……」
逢いたいなぁ、と項垂れる。
いくら神力が強くなっても、あの冬の神を思い出すときはいつだってあの頃の自分に戻ってしまう。

『おーい。起きろよ、寝坊助の春の神』
揶揄うような声色。
寝惚け眼を擦ったら、もう溶けかけている冬の神に出会える。
『おはよう。冬が終わるぜ』
眠っていればいつか起こしに来てくれるのではないかと、何度だって夢をみる。



用ができたからお前も付き合え、と秋の大神様に声をかけられ頷いた。
「どこに行くんだ」
「来れば分かる」
迷子になるなよ、と睨まれた。
秋の大神様の社からほど遠く、何年という時間をかけて二人は旅をする。
そうして辿り着いた場所に、ゾロはあんぐりと口を開けた。
「ここって、」
コウシロウの社である。
「帰ってこいとずっと言われていただろう」
いつの間にか先生から話を聞いていたらしい。おれも一度帰るべきだと判断したと秋の大神様は続ける。
「おれのことも師だと仰ぐのなら、言うことは聞け」
さぁ行ってこいと背中を押される。

社の奥から出てきた先生は、随分と逞しく成長したゾロに目を丸くして、しかしすぐにいつもと同じ顔で微笑むのだ。
「帰ってきてくれて嬉しいよ、ゾロ。お前に合わせたい子がいるんだ」
出ておいで、と先生が声をかける。

「————サンジ。あぁほら、こっちだよ」

もう二度と聞くことがなかったはずの名前に、ゾロは目を丸くして足音がする方へと顔を向けた。
社の影から現れた金色の髪。くるりと巻いた眉に、不貞腐れた半眼は青。
眦に涙を引っ掛けて、それでも柔らかな頬を限界まで膨らませている。
そして。

「おっっっっせぇんだよ!!どこほっつき歩いていやがった!!!!このクソ迷子野郎!!!!!!」

ゾロだけでなく先生の耳まで劈く怒声。
ドスドスと音を立てながら歩いてくる短く小さな足。すぐ目の前までやってきた体はゾロの半分ほどしかなく、顔だってまだまだ子どものそれ。
でも精一杯背伸びして両腕を伸ばしてゾロの胸ぐらを掴もうと頑張っている。実行できずにいる彼を持ち上げたのは秋の大神様。
一瞬、大神様の目つきにビクリと怯えたが、すぐに悪い神ではないと察したのだろう。サンジは改めて胸ぐらを掴み直した。
「先生が帰ってこいって頼り出したんだからさっさと帰ってこいよ!!」
「…………い、いや、おまえ、」
「しかもちょっと見ないうちにデカくなりやがって!!おれはこんなに縮んだっつううのに!!あー、クソ!!腹立つ!!神力寄越せ!!」
キーキーと髪を振り乱して喚く。
長い前髪の隙間からチラリと見えたのは桜の花びら。
ゾロは思わず顔を掴んで前髪を持ち上げた。

一瞬たりとも忘れたことのない、世界で一つだけの春と冬の共存。

つまりこの目の前の子どもは、冬の神で間違いがない。
間違いはない、が。
「な、んで、おまえ、……溶けただろうが、あの時……」
確かに存在が消えたはずだ。
水の一滴すら残さずに消えていった。
この目で見たのだ、確かに。
「あの時は、確かにまぁ溶けたし、おれも終わったと思ったんだけど、その、」

気不味そうに瞬きをする彼の青い瞳から春の香りがする。
やっぱり、ゾロがこの神にどうしても見せたかったあの桜だ。

「お前が気負うことではない、と言ったはずだ」
長い年月を掛けて罪を償い、神力を養い、試練を乗り越えればいつかは戻ってこられる。
厳しい道にはなるけれど、それでも、どうしても戻りたいと願うのなら。
ゾロはハッと息を呑んだ。
「……どうしてもって、願ったのか」
——お前が? 本当に?
ゾロが聞けば、無防備な顎にサンジの足がクリーンヒット。下から掬うように蹴り上げられて、ンガ、と変な声が出る。先生はあちゃあと頭を抱えて、大神様は堪えきれずに笑う。
よろけたゾロにサンジが飛びついて、二人して地面に崩れ落ちる。
「お前が言ったんだろうが!」
素早く体制を整えたサンジが真上からゾロを見下ろした。
「お前が……! 一緒に桜を見ようって、酒を飲もうって、」
だから。
「おれは、……っ、お、おまえと一緒に桜が見られるように、頼み込んで、春に生まれたんだ……ッ!!」
長く連れ添った冬を手放し、瞳の中に残る桜とともに春に生まれた。
これならもう溶けない。顔を合わせて喧嘩もできるし、酒だって飲める。
まだまだ弱く、ひとりで季節を管理することができない未熟者に戻ってしまったけれど、それでも傍にいることは出来る。

そう選んだ。
サンジが、自分自身で。

「そうか」

小さな体を抱き締めると、春の香り。
遠い昔の彼とは違うけれど、それでもまた逢えたことがどうしようもなく嬉しかった。
もう二度とと離れるのは御免だと腕に力を込める。

「——ただいま、ゾロ」

おかえり、と言うはずがどうも喉がつっかえてしまってうまく喋れなかった。



「お前、本当にいいのか? おれについて来て」
「いいって言ってんだろ。それにゾロの迎えを待つなんざ、何千年後になるかわからねェからな」

春を待ち侘びる新たな土地へと向かうゾロの隣をサンジは歩く。
本当はまだまだ未熟なので先生のところで修行に励んだ方がいいのだが、一緒に行くと言ってサンジは頑として譲らなかった。

困ったことがあれば頼りなさい、と先生と師がサンジの頭を撫でる。
旅立つ二人をいつまでも見送ってくれた。

「どこに行くんだよ、ゾロ」
「とりあえずまぁ、……こっちか」
「よし。じゃあその逆行こうぜ」
「あのなぁ」

手を繋いで並んで歩く。
今は歩幅が違うけれど、いつか同じになるのだろう。
その時を楽しみに、ゾロは疲れが見え始めたサンジの体を持ち上げて抱える。
「ガキ扱いすんなよ……!」
「十分ガキだろ」
「いつかてめェの身長抜かすからな……!!」
「それこそ何千年かかるか」
息をするように喧嘩して、それでも離れることはない。

同じ体温を分かち合って、春の神は約束の桜を求めて旅をする。

>> list <<