(…………や、コイツのせいなんだけど)
いつもよりも重い瞼をどうにか持ち上げて、すぐ隣で呑気に鼾をかいている男を睨みつけた。起きたら昼前と言っても、落ちるように眠ったのは朝日が昇ってからだ。あぁカーテンの向こうが明るいな、なんて考えて以降の記憶はない。
特に昨日はちょっとばかりはしゃぎ過ぎた。隣で眠っている男も、そして自分も。
(久しぶりだったもんなぁ)
サニー号が広いとはいえ、その分仲間も増えて船での行為は一段と難しくなった。それでもどうしたって性欲は溜まるので短時間でさっと終わらせるようなセックスはしていたのだけれど、——やっぱり物足りない。物足りない日々が続いて、続いて、島に到着した途端に欲望が爆発した。
部屋に着いてから朝日が昇って気絶するまでの時間を指折り数えて、サンジは苦く笑う。誰にも言えない最長記録更新だ。
(元気なやつめ)
朝日が昇るまで付き合った自分も元気の部類に入るのだろうけれど。
くあ、と大きな欠伸を二回。男二人、シングルベッドで寄り添って眠ったせいで凝り固まった体をぐうと伸ばして、大きく息を吐いた。さっきより少しだけ瞼が軽くなった気はするが、今日は一日腫れぼったいのだろう。
気怠い体を起こして、上に乗っかっていたゾロの腕を乱雑に放ってやる。部屋を見渡して煙草を探すも、そういえばジャケットの中だったと思い出して一気に面倒になった。ジャケットは部屋の入り口にある。あれは一番にこの男に脱がされたから。
「クソッ、遠いな」
でも一度吸いたいと思ってしまえば、吸いたくて仕方がない。取りに行くかとベッドを降りようとして、しかし後ろから遠慮なく後頭部を掴まれてそれは叶わなかった。
「どこに行く気だ」
「……煙草だ、お寝惚けクソ剣士」
あっという間にベッドの中へと引き摺り込まれて、腕どころか足まで絡まってきては拘束される。常日頃から鍛え上げられている筋肉の圧に圧倒されて、ぐえぇと潰れた声が出たがゾロは気にもしない。
「だめだ。ここにいろ」
「すぐ戻ってくるからいいだろうが」
「だめだ」
眉間に皺を寄せて低い声を出すくせに目は開いていない。本当に寝惚けてやがる、とサンジが舌打ちを打ったって男の耳には届かない。なのに絡みついてくる腕も足も力強いから困ったものである。
これはしばらく離してくれそうにないな、と項垂れた。
項垂れて、——……ひっそりと笑う。
「なぁなぁ、煙草くらいいいだろ」
「だめだ」
時々あるのだ。こうやってゾロが自分のことを離してくれない朝が。
特に、セックスをしたあとは多い気がする。夜から朝まで肌を合わせて、輪郭が曖昧になるまで抱き合って、そうすると離してくれなくなる。名残惜しいとでも思ってくれているのだろうか、とほくそ笑むくらい許してほしい。
「すぐだって。すぐそこ」
「いやだ」
変な声を上げて大笑いしそうになって、慌てて手で口を覆った。
だって「いやだ」と言ったのだ。駄目じゃなくて、嫌。たった数歩の距離ですら離れるのが嫌なのだ、この男は。
「い、いや、なのかよ」
「いやだ」
んふ、んふふ、と笑いを堪えながら必死に言葉を投げかけて、帰って来た言葉が心臓に突き刺さって致命傷。それでももう一回、もう一回。
「いやか?」
「いやだ。しつけぇ」
「わりぃわりぃ」
煙草のことなんて忘れてしまいそうになるくらい、この男が可愛く思えて仕方ない。つい数時間前まで、欲望剥き出しの獣の顔でサンジの体を貪っていたから尚更だ。
「そうかそうか。そんなに嫌か、マリモくん」
じゃあしょうがねェな。もうちょっと居てやろうかな。
「甘えん坊め」
もしかしたら懸賞金額が上がるたびに甘えん坊になっていくのだろうか、なんておかしなことを考える。だって、昔のほうが余程執着されていなかったように思うのだ。琥珀色の奥に身震いしそうなほどの欲を抱えていたことは気付いていたが、こんな風に明け透けに伝えられることはなかった。
(五十億とか、百億とかになったら丸呑みされんじゃねェの、おれ)
そんな懸賞金額はあり得ないけれど、でもそんな趣味はないと今から懇々と言っておかなければいけないかもしれない。獣を手懐けるには小さいうちから。未来のために今日から少しずつ。
サンジは窮屈な腕や足を自分好みに動かして、自由になった両手でゾロの頬を包み込む。遠慮なく弄ってやれば目の傷までも歪む。薄い肉はゴムのようには伸びなくて、レディのような柔らかさも花の香りもしなくて。
でも、
「……なんだよ」
うっすらと持ち上がった瞼から現れた琥珀色はいっとう特別なもの。
「起きたか?」
「起きてる」
「うそつけ」
「うそじゃねェよ」
くああ、とサンジよりも大きな大きな欠伸である。
間近で見たら本当に食べられてしまうそうで、思わず「食うなよ」と言えば「腹は減ってねェ」と返ってきた。どうやら寝る前にサンジが用意していたベーグルを食べたらしい。そうこうしている間にまたゾロの瞼が降りてきて、琥珀色が隠れていく。これは本当に眠そうだ、と隙だらけの唇にキスをひとつ。
「まだ寝んの?」
「おれァさっき寝始めたばっかりだ」
起きんのが早ェんだよ。
「体力バカコックが」
「てめェに言われたくねェよ、体力バカ剣士」
気付けば気絶してしまっていたサンジを抱えて後処理をし、汚れたシーツは纏めて部屋の隅へと追いやり、腹拵えをしてから同じベッドに潜り込む。好き勝手に暴れて興奮状態の体では、その後しばらく寝付けなかったらしい。
「……あぁそうだ。あっちのベッド、ヤベーことになってるぞ」
「マジかよ。ツインでよかったな」
「弁償」
「うわ、やべぇ。クソマリモ、お前も金出せよ」
「てめェが漏らしたもんだろ」
「てめェがしつこくしなきゃ漏らさねェよ、バーカ!」
納得いかないと足を軽く蹴って背中を向けた。すると、サンジがそのままベッドから出て行くと思ったのだろう。ゾロの腕にいっそう力が籠る。
「いてぇ。馬鹿力」
「うるせ」
何処にも行かない、としがみついていくる腕をそうっと撫でて、首を捻って振り返る。額や頬に顔を擦り寄せて、名前を呼べば甘えるようにくっついてくる唇。そんな風にキスされたら甘やかしたくなるだろ、なんてうずうずと心臓が疼いて唇を啄んだ。
「ゾロ」
もう一度呼べば口が開いて、舌を絡め合う。少し前までこうやってキスをしたまま繋がっていたからか、舌で互いの体温を感じられることに安心して、軽くなったと思っていた瞼が重くなっていく感覚。
このままキスをしていたら二度寝出来そうな気がした。
それもいいかもしれない。ゾロもまだ眠いのだから、二人で寝て、日が沈んだら夕飯の調達のために町に繰り出そう。
「あとでさぁ、なにくう?」
「おまえのめし」
なんだよもう、仕方ないなぁ。
夕飯の調達ではなく、食材の調達へと計画を書き換えた。
当然この宿にはキッチンなんてものは備え付けられてないので、一旦船に戻ることにはなるけれど、面倒だとは露とも思わない。
へらりと笑って、捻った上半身をゾロに預けていく。ちょっとくらい重くたって、この男はビクともしない。寧ろ、もっとこっちに来いと引っ張られて、頭頂部に埋められていくゾロの顔。
安心するようにすうと深く息を吐いて、本格的に寝る体制へと入った。
「おやすみ」
出来れば次に起きてももう一度。
夜の色に染まったこの部屋で抱き締めて、キスをしてくれると嬉しい。