「サンジくんご馳走様。美味しかったわ」
「はァーい! あとで食後のドリンク持って行くね、ナミさぁーん♡」
ひらりと手を振るだけのナミの背中にサンジは一生懸命手を振って、しかし扉が閉まればこちらを見ては顔を顰める。眉を寄せて、下唇を曲げて、それはもう三秒前とは別人のような変わりよう。
「で、最後に残ったのはてめェかよ、クソマリモ」
さっさと茶ァ飲んで外で昼寝してこい、なんて。本日の天候が大荒れだということを理解した上で言うのだからひどい男である。ゾロはゆったりと頬杖をついては鼻で笑ってやる。
「お前も一緒に寝るか?」
「だれが寝るか! あーあ、どうせならナミさんとお話ししながら片付けしたかったぜ」
テーブルに残った皿をこれでもかと積み上げながら、空いてる手でシッシッをゾロを追い払う素振り。けれど、せっかく二人きりになったのだからもう少し居座ってやろうと、ゾロは熱いお茶をさっさと飲み干しては湯呑みを差し出した。
「おかわり」
「まだ飲むのかよ!」
ただぼうっと座っているだけでは簡単に追い出されてしまうが、こうやって食を絡めるとサンジはいつも以上に甘くなる。例え卑怯だと言われよと、この手段だけは惜しみなく使うことにしている。
「これ飲んだらさっさと出ていけよ。おれァまだ忙しいんだからな」
茶を淹れてもらっている間にテーブルに残った皿を眺めては、そうだろうなと頷いた。
どの皿も空っぽで、特にルフィが座っていたところにある皿なんてソースの一滴だって残っていない。だが、とにかく数が多く、洗うのが大変なことくらいわかる。それでも、この空っぽの皿を見てはサンジは笑うのだ。そして、その後ろ姿を見る自分もまた同じように——……と考えて、カタリと湯呑みに何かが当たる音がした。
「ッ、わるい」
当たったのは急須である。
「いや、いい。布巾取ってくるからジッとしてろ」
当たった拍子に湯呑みが倒れて茶が溢れ、ゾロは即座に席を立つ。そして、テーブルを拭くのはこれ、と教え込まれた布巾を掴んですぐに戻ってくる。少々熱くたって構うものかと迷うことなくテーブルを拭き、倒れた湯呑みが欠けていないか確認する。
(割れてねェな)
よかった、とそっと胸を撫で下ろして布巾とともにシンクへと運んだ。
(……あとは、)
こっちだ、とすっかり俯いてしまっている男の震える両手を掴む。
「まだ治ってねェのか」
怒っているわけではないのだと、声色に注意を払ったはずなのだが、持ち上がった顔は浮かない表情をしている。罰が悪そうに目を逸らし、それでも素直にひとつ頷いた。
「……まぁな」
「案外長引いてんな」
——つい先日のことだ。
今日と同じような悪天候の中での敵襲。視界が悪い中、相手の船から放たれた一本のナイフは大声で船の指揮を取るナミを狙っていた。すぐにでも船がひっくり返りそうな嵐の中で航海士を潰されてはたまったものではない。
ナイフの存在に気付き、誰かが危ないと叫ぶ声より先に動いたのはこの男。
「チョッパーはなんて言ってんだ」
「長くてもあと三日くらい様子見れば治るだろうって」
「そうか」
ナミを庇った時に体を掠めていったナイフに塗られていた毒。それはサンジの体を二日ほど熱で蝕んでは、時折手が震えるという後遺症を残してみせた。
「三日は長ェな」
なにせこの船の船長は大喰らいである。
一日最低でも五食は必要で、しかもサンジが熱で寝込んでいた時の分を取り返そうと躍起になっているのだ。だからこの手の震えは船医とゾロしか知らない。ルフィに我慢はさせたくないと、サンジに口止めされている。
未だ震えるサンジの手を両手で包み込んで、ハーッと息を吹きかける。
「別に寒いわけじゃねェよ」
ふは、と吹き出すように笑う顔はまだ暗いまま。落ち込んで、下がったままの眉にも唇を寄せて、震える手ごと全部を抱き締めた。
「今から淹れ直すから待ってろ」
「いい」
「……」
「あとで貰うっつってんだ。震えが止まるまでジッとしてろ」
いつ淹れてもてめェの茶は美味いんだろ、と言えば、普段は言わねェくせにと足先を蹴られた。
「言わなくても知ってんだろ」
クルー全員の胃袋をきっちりと掴む魔法のような料理の数々。ただ肉や魚を焼いて腹を満たせばいいわけではないと、この男に教わった。
けれど、魔法使いではない彼は自分の不調は治せない。指を鳴らせば料理が出来上がるわけでもない。
どうしたって震える手ではフルーツの飾り切りが上手くできないし、肉の厚みも所々均等ではない。誤魔化すように野菜は大ぶりに切ってしまうし、いつもなら目の前で注ぐドリンクは溢す可能性があるからとキッチンで準備してから持っていく。
「なぁ、ゾロ」
——……昼飯、美味かったか?
「いつも通り美味かった」
落ち込んでいる恋人を慰める言葉など、きっと数年前の自分には無かったもの。
「あれ、また作れ。さっき食った肉のやつ」
「雑なリクエストしやがって」
「お前ならわかんだろ」
僅かに明るくなった顔にもう一度唇を落とす。ようやっと震えが治り始めた手にも、ひとつ。
可愛らしい音を立てて軽く吸い付きながら、——薄い皮膚の下、血管の中を流れる毒の残り香を脅してやるのだ。
(おい。一刻も早く出て行かねェと、)
恐ろしい言葉を胸の中で呟いて、体を離す。
「皿、持って行く」
「オイオイ、雪まで降るんじゃねェのか……?」
「うるせェ」
持って行くと自ら言った手前割ることは出来ないなと気合を入れる。バンダナを頭に巻けばサンジが声を上げて笑って、甘えるように首に絡みついてくる腕。
「やっぱさぁ、ナミさんにドリンク持って行った後で一緒に寝ようぜ」
「おう」
「……薬のせいか、ずっと体が怠いんだよ」
「それを先に言え、アホコック!」
まだ隠し持っていた不調にゾロは吠えるように叱って、この男を寝かしつけるべく片付けを始めた。