やさしい檻のなか

「——ナミさん、ちょっとごめんね」
「え、わ、なに、なによ」
 するり、とサンジの手が腰に回ったかと思えば簡単に引き寄せられる。年季が入ったバーのカウンターチェアがギィと音を立てて空席がひとつ生まれた。ヒュウ、とどこからともなく下品な口笛が聞こえて、安い酒を煽る男の大きな声はあまり好きではない。
「ごめんね。でも絶対に振り返らないで、そのままおれのほう見てて。ナミさんから見て死角になってる奥の野郎どもがどうもきな臭ェから気になってるんだ」
 ナミが先程まで座っていたカウンターチェアは空席のままくるりとゆっくり回って静かになる。
「お熱いねェ。お二人さん」
 と、下品な顔をして揶揄ってくるマスターにサンジは「おれの女神だ、手ェ出すんじゃねェぞ」と威嚇している。
(ちゃんとこういう顔もできるのよねぇ、サンジくんって)
 腰に回された手は傍から見るよりも大きく厚みがあって、ナミが座ったところでビクともしない太腿は服越しでも筋肉量が多いことが伺える。カウンターに肘をつき、マスターと話しているから長い前髪で顔の全体像は分からないが、今はどうにか目もハートにはなっていなさそう。
 そのうち、安定して座っているのが分かったのだろう。腰に回った手はナミの背中から囲うようにカウンターの上へ。いつだって抜け出そうと思えば抜け出せる、やさしい囲いの中でナミは酒を飲む。
(時々サンジくんもちゃんと男の人なんだって思い出すわ)
 両手で持っていたジョッキを片手に持ち替えて、恋人のふりをしている彼に付き合うためにスーツのジャケットを掴む。途端にビクリと肩を跳ねさせ、明後日の方向を向いたままふるふると小刻みに震えているのでこれ以上ないほどに我慢しているのだろう。——もちろん、我慢しているのは鼻血と今にも伸びそうな鼻の下である。
「ちょっと。やるならちゃんと真面目にやってよね」
「わ、わかってるよ、ナミさん……でも、ナミさんがおれの足にって考えると……ッ」
「言っとくけどお金徴収するから。十万ベリーね」
「安すぎるくらいだ」
 ふう、ふう、と。自分を律するための呼吸があまりにも必死なもので可笑しくなってしまう。
「決まらないわね」
「精進します……」
 指に引っ掛けたままの煙草を口に咥えなおし、何度か煙を体内に吸い込めば落ち着いてくる。そのタイミングで背中を丸めてサンジの肩口に甘えるように頭を擦り寄せれば、ゲホッと盛大に咳き込んだので堪えきれずに声を上げて笑ってしまった。
「ナ、ナミさん……っ!」
「あはははっ! ごめんごめん! 可愛いから許して、……ね?」
「〜〜〜っ、許しますっ!」
「おやまぁ、お兄さんその子に弄ばれてんのかい? ダメだよ、男はもっと強気で押さなきゃ」
「あのなぁ、マスター。言っとくがおれはナミさんに弄ばれるなら本望だ。むしろもっと弄んでくれて構わない」
「バカ」
 あぁやっぱり男の人だと時々認識はするけれど、そういう対象ではない。
 サンジには面倒見がいい兄のようで、甘え下手な弟のようなポジションでいてほしい。年上のくせに、どうしようもなく手が焼ける年下のような顔をしていてほしい。我儘だけれど、この距離感が心地いいのだ。
 マスターと不毛な言い合いをしているサンジの頭を掴み、強制的にこちらへ向かせる。目があった瞬間に「えっ、天使?」と驚いていたがいつものことなので気にしない。さっきまで女神だったじゃない、なんて考えるだけ無駄である。
「それで? なにが気になったの、サンジくんは」
「え? ……あぁ、アイツらね。視線がどうも気に入らねェってのが一番なんだけど、」
「あら、ナンパなんて日常茶飯事よ」
「そりゃあナミさんはこんなに素敵で華麗で美しいからね。でもさっきから仲間内で話してる“手に入れたばっかの薬”ってフレーズはダメだ」
 アイツら、ちょっとずつ距離詰めてきてるんだよ。
「気付かなかった。だから囲われたのね」
「もうすぐ迷子マリモが来るから、アイツが来たら一緒に宿まで送りますよ、レディ」
 だからそれまではここで我慢してね。
「仕方ないわね」
「ありがとう。助かるよ」
 宿まで送り届けることをかなり前に決めていたのだろう。そういえばサンジはまだ酒の一杯目すら飲み干していなかった。けれどそれよりも、気になることがあってナミはジョッキをカウンターに置いてサンジの頬をつねる。
「? ナミさん?」
「ねぇサンジくん。私の話聞いてるふりしてずっと他所ごと考えてたってこと……?」
 ナミの言葉に見開かれた左の眼はポロッと落ちそうなほどに大きく丸くなっている。
「まさか! おれはナミさんが話ししてくれること一字一句聞き逃さないよ……!」
「ほんとうに?」
「ほんとうに!」
「私が今日買ったワンピースの色は?」
「ワンピース? 買ったのはオレンジブラウンのアイシャドウと日焼け止めとショートブーツじゃなかった?」
「あら、ほんとうに聞いてたんだ」
「ナミさぁん……」
 存外柔らかかった頬を最後にもう一度強くつねってから手を離す。
 ならばこっちはどう言い訳するのだろうか、と。ニンマリと弧を描く口元を隠さずに顔を寄せた。
「じゃあ次。私なんでここにゾロが来るのか知りたいなぁ」
「……あっ」
「サンジくん、私が来る前からここに居たわよね? つまりもうずっとゾロのこと待ってるってこと? 宿も別だし、今日船から出るタイミングも別だったのに、ここで会う約束してたの?」
 ——ねぇ、教えてくれる?
「あんた達がこっそり待ち合わせして一緒に飲む理由はなに?」
 すごく意地悪な顔をしている自覚はある。けれど、目と鼻の先で顔を真っ赤にして狼狽えている男がどうしようもなく可愛く思えてしまって口が止まらない。
 すっと背筋を伸ばしたら、太腿にお邪魔している分背が高くなる。サンジを僅かに見下ろせば、困ったように下がった眉の下の瞳はいつもより水分量が多かった。普段は淀みなく褒め言葉を吐き出す口は、えっと、えっと、と動くだけで何も言葉に出来ていない。
 ゾロはいつもこんな表情を楽しんでいるのかと思うと、少しだけ狡いと思った。
(だって、なんだか、)
 ものすごく、いけないことをしている気分になる。
「ねぇサンジくん」
「は、はひ……っ」
 もっと悪戯したいような、それでいて甘やかしたいような、不思議な感情が胸を満たしていく。
 オーバーに跳ねる肩に手を置いて、反対の手は髭がある顎に滑らせる。
「教えてくれるわよね?」
「ナミさん、それは、その……ッ」
 なぁに、と返事をしながら顎に滑らせた指先を首へと移動させる。喉のラインを楽しむように、力が入った喉仏を擽るように。ひえぇ、なんて誰かに殴られても出ないような情けない悲鳴が上がる。
「ゾロと待ち合わせしてるの?」
 その辺りに屯している破落戸など一瞬で蹴散らすことができる男が、指先一つで大人しくなるのは楽しい。ゆらゆらと揺れる視線は動揺と限界の証。
 二人の関係など、とっくにこの船の“当たり前”になっているのだから隠さなくてもいいのに。
「っ、ぅ、して、ます……」
「あいつはすぐ迷子になるし、でもそうかと思ったら早すぎる時もあるから、サンジくんはずっとここで待ってたの?」
「ん、うん……そう、です……」
「そう。そこまでしてゾロと飲みたかったのね」
 そしてとうとう指先はきっちりと締められたネクタイまでたどり着いて、ぎゅっと掴む。
 周囲の下世話な視線が熱を孕んでいくのをナミは背中で感じた。気配に聡いサンジのことだ。同じように気づいているだろう。それでもナミには抵抗できなくて大人しいまま。
「でもここ、サンジくんの宿からは遠いわよね?」
「……ゾロの、部屋が、」
「そうね、近いわよね。今回纏まって部屋が取れなかったから」
 ——じゃあ、もしかして。
「ゾロの部屋に泊まるつもりだったの?」
「っ、」
 うう、と。これ以上は勘弁してほしい、とでも言うように言葉に詰まっては唸って俯いてしまった。ちょっと苛めすぎたかしら、と反省し始めた瞬間に、ナミの頭の上にゴツンと痛くもない拳骨が落ちる。
「あんまり遊んでやるな」
「あらゾロ、ちゃんと辿り着けたのね」
「当たり前だろうが」
 形だけの拳骨の持ち主はゾロで、これ以上ないほどに渋い顔をしていた。どうしてこんなに密着しているのかだとか、遊ばれてるんだからお前も怒れだとか、他の野郎もいるんだぞとか、言いたいことは山ほどあるのだろう。
 サンジはサンジで、ゾロの声に反応して顔を上げ、——しかし、
「ッ、おいこらマリモォ! テメ、ナミさんに手ェ上げるとはどういう了見だコルァ!」
 ついさっきまでの情けない顔は何処へやら。一瞬でいつもの顔に戻ってはゾロの手を払っている。そして「ナミさん! 藻に髪なんて触らせちゃ駄目だよ。藻がうつるからね?」と少々乱れたナミの髪の毛を撫で付けるように触れては「えへ、んへへ、ナミさんの髪、さらさらだぁ♡」と随分と蕩けただらしない顔で体をくねらせている。
 ナミは髪の毛を好きに触らせたままでゾロへと蔑む視線を送る。
「あんたにとっては可愛いの? サンジくんって」
「やめろ。おれもたまになんでこんなアホをって考えんだよ……」
「んあ? なんか失礼なこと言わなかったか、クソ剣士」
「余すとこなく全部てめェのせいだから黙ってろクソコック」
「大変ね、ゾロ」
 ひょい、と飛ぶようにサンジの上から降りたナミは項垂れるゾロの肩を優しく叩く。全方位のレディを敬い、甘く優しく接することを常とするこの男を、自分の懐に収めておくのは至難の業だろう。剣豪の道とはまた別として、ある種最強かもしれない。
「——あ、でもそれとこれとは話が別よ」
「なにがだ」
「部屋の話よ。あんた達が一緒の部屋で泊まろうが何でもいいんだけど、勝手に部屋余らせるのはやめてよね。お金の無駄じゃない。船のお金を預かってる身として見過ごせないわ」
 腰に手を当てて、ふんっと荒く息を吐く。
 大きく活気がある島は宿屋も多い。けれど活気がある分、観光客や立ち寄る海賊も多く部屋を取るのは困難になる。
 今回もそうだった。クルー全員が同じ宿には泊まれなくて、距離は離れてしまうが複数の宿で部屋を取り、分散することとなった。一番割安になる大部屋は予約で埋まっており、一番割高な一人部屋が混じってしまったのはナミにとって不服なこと。
 そして、厳正なるあみだくじの結果、——その一人部屋を勝ち取ったのはゾロとサンジ。だから、ナミからすれば一室持て余してしまう構図が気に入らない。
「余らせてねェよ。コイツが泊まる部屋はウソップに譲った」
 それに、
「シングルだとヤんのに狭ェからって無理矢理ダブルに変えた金はコイツが自腹切ったから問題ねェ」
 コイツ、と指を刺されたサンジはぴしりと固まって、そのあとで「〜〜〜っ、ンなことまで言わなくていいんだよ、アホ!」と顔を真っ赤にして叫び始めたので、ナミは今度はサンジの肩を叩いた。
「そっか、サンジくんも大変なのね」
「ナ、ナミさぁぁあん、ごめんね、こんな話聞かせて、このアホマリモが無神経でごめんね…………」
「アァ? てめェもなんか失礼なこと言ってねェか、アホコック」
「今のはお前が悪ィんだろうが!」
 とうとう刀を抜いて、足に炎を纏わせて本格的に喧嘩をし始める二人に溜息を吐いて拳骨で黙らせる。床に沈んだ男二人にマスターは苦笑いし、ナミを狙っていた男達も気迫に負けてバーから転げるようにして出ていった。敵う相手じゃないと察することができる分、賢い奴らなのだろう。そうでなくてはこの海ではなかなか生き残れない。
 まぁ、結果オーライということで良さそうだ。

「ほら、サンジくん! ゾロ! いつまで寝てんの! 私のこと送っていってくれるんでしょう!?」
 大きなたんこぶをこさえた二人の耳を掴んで持ち上げ、それから騒がしいバーを三人で後にする。
 
 
 
 ▼
 
 
 
 ナミを、ロビンがいる宿まで送り届けた帰り道。
 結局碌に飲めなかった酒を、どこかで飲み直すかとは二人とも言わなかった。サンジが少し前を歩いて、時々振り返って、呆れたような顔で手を引いてくれる。
「こっちだって言ってんだろ」
「分かってる」
 月明かりよりもずっと眩しい金色が目の前にいると言うのに、迷うわけがない。
 それでもお節介な料理人はゾロの手を掴んで離さない。
「分かってねェだろ。今どこにいくつもりだった」
 これだから迷子は困るんだよなァ、とまるで通り過ぎていく他人に言い訳しているような言葉。手が繋ぎたいならそう言えばいいのに。喧嘩がしたいわけではないので口には出さないけれど。
 
 酔っていない、しっかりとした足取りで二人はまっすぐ宿へと向かう。
 この先の自由時間を。久しぶりの陸での時間を。どんな風に使いたいかなど、聞かなくたって答えはひとつだった。
 
 
 
 見下ろした先の金色の髪が、堪らない、というように身悶えてシーツの上に散らばっていく瞬間が好きだ。
「——……な、んだよ」
「いや、」
 癖がなく、いつも大人しく丸く収まっている髪がこんなに好き勝手に乱れるのはこういう時くらいだろう。それに、隠している右目が散らばった前髪の隙間から見えるのもいい。
 乱雑に閉めたカーテンの隙間からの月明かり。それに照らされて乱反射する、自分しか知らない小さな小さな海。
 腹の底から溢れたなんとも言い得ぬ衝動に身を任せ、体を繋げたままでサンジの唇に喰らいつく。煙草の苦味が残るそこを大口で食らって、反射で引っ込もうとする舌を絡めとった。はしたない水音も気にせず、腰を揺する。
「んん、ん、ぅ、ぐ」
 苦しそうな鼻にかかる声。大きく開いたままの足は面白いくらいに跳ねた。しかし気にせず自らのペニスを奥に擦り付けるように揺する。互いの腹筋の間でカウパーを垂れ流しているサンジのペニスは、もう勃起する力すら残っていないらしい。それほどまでイかせたのだと思うと男冥利に尽きる。——言えば、怒るだろうけれど。
「ん゛ー、ん、……っ、ぷはっ! アホ、てめぇ、加減しろよ……っ」
 息できなくて死ぬかと思っただろうが! なんて可愛くない顔で悪態をついたと思えば、少し気持ちいいところを突いてやるだけで体を震わせて大人しくなる。
「……おまえなぁ」
 快楽に弱い体。気が強いくせにすぐに絆される。
 腰の動きを止めるつもりはないが、ゾロは頭を抱えたい気分だった。
「ふ、ぅあ、あ゛っ、ぞろ、ぞろ」
「そんなんだから好きなようにされんだよ」
「あっ、ぁあ゛っ! きもちい、それ、なぁだめだってぇ……」
「あんまりそういう顔を他所で見せんじゃねェよ」
「おく、おくだめだ、こすんなって、なぁぞろ、っ! ぃ、いく、またいく……! イ、————ッ!」
「——ッ、は、……もう流石に出ねェか」
 畝る腸壁には勝てずにゾロも身を震わせて動きを止めた。抜けて離れて行かないようにと締め付けてくる。
 まだ終わらねェよ、と宥めるように一度だけ突き上げた。アッ、と引き攣るような嬌声とともにサンジの背中が反り、攣りそうなほどに足が震えている。けれど縮こまったままのペニスの先からは雫程度の精液しか出ていない。
「うまく出せなくて焦ったいだろ。もっとシてやるよ」
 イッているはずなのにうまく射精出来ない。その感覚は耐え難いのだと、以前サンジは言っていた。まさしく今がその状態なのだろう。ゾロの誘いに文字通り飛びついて、傷ひとつない背中にしがみつく。
 ぞろ、と吐き出す声に涙が混じって、随分と甘かった。
「ちゃんと捕まってろ」
「ん、んっ」
 言うや否や、痙攣が治らないナカを好き勝手に穿つ。
「ヒッ、ア゛ァ……ッ!」
 ゾロのペニスをずうっと嵌めたままにしているせいで縁がふっくらと腫れている入り口から、一番奥の奥まで。最奥で慎ましく口を閉じたままの結腸まで犯してしまったらあっという間に気をやってしまうだろうと思ってやめた。まだ駄目だ。夜はまだ長いのだから。
「あっ、あーっ! ひぃ、あ゛ぁあっ、あ゛っ、きもちいい、ゾロ、ゾロ……ッ!」
 サンジの背中が丸まって、肩口に頭を擦り寄せて甘えてくる。
 うまく射精出来なくても体はとうに達したと思い込んでいて、それなのにゾロに好き勝手突き上げられ、頭の中は真っ白だろう。過ぎる快楽に力加減がうまくいかず、奥歯がガチガチと震えている。
「ハァッ、ぁ゛、あっ、ああぁっ!」
「イけそうか……っ?」
「ん、んっ、ケツんなか、びりびり、って、して、きもちい……っ」
「じゃあそのまま素直に気持ち良くなってろ」
 しっかりと腰を掴み直して彼が好きなところを突いてやる。途端に声がひっくり返って、悲鳴のような嬌声が上がったのでゾロの口角は勝手に持ち上がる。もっと聞かせろ、と逃げそうになる腰を力付くで抑えた。
「ゾ、ッ、——や、ぁぁあ゛あ゛っ! だめ、なぁっ、そこいやだ……っ」
「お前のイヤはイイだろうが」
「ちが、っ、はぁっ、はぁっ、ひ、ア゛ァッ!」
「このまま、イけ、ッ!」
「ア゛ッ、あぁあっ! イ、く、ゾロのチンコでイッちまう……っ! はぁっ、あっ、〜〜〜〜っひ、ぃあああっ!」
 声が掠れて、そうかと思えばガクンと大袈裟なほどに体が跳ねる。頭の先から爪先まで、全身を駆け巡っているであろう快楽に抗えずにいるのだ。シーツが破れそうになるほど強く握りしめては乱して、制御ができない足が空を蹴る。深い深いドライオーガズム。目の焦点はとうに合っていない。
 しかしゾロはサンジの体を両腕で受け止めて、ペニスを奥まで捩じ込んだ。
「——ッ、かは、」
 ヒュ、とサンジの喉が鳴る。
 一拍置いて再び体が痙攣し、ゾロの射精を促すようにナカが畝って締め付けてくる。淫らな体液で濡れた襞が容赦なく絡みついてくるのが堪らない。ぐう、と低く唸り、ゾロも濃ゆい精液を体内に注ぎ込んだ。
 そのうちサンジの体から力という力が抜けても、ゾロはずっと抱きしめた腕を解かない。オーバーワーク気味の心臓が落ち着くまで、二人の輪郭がひとつになるほどに強く抱きしめる。
「ハァッ、ハッ、ァ゛、ハァッ……」
 自腹を切ってでも手に入れたダブルベッドの上で、二人は荒い息を繰り返す。時折ゾロの名前を呼んでいるようだったが、はっきりとした音にはなっていない。甘やかすようにゾロは頬をすり寄せた。
「ぞ、……ぉ」
 芯のない声で名前を呼ばれることがこんなにも胸にくると、教えてくれたのはこの男だ。
「もっと呼べ」
 一秒先がどうなるかも分からない海賊業で、さらに自分は確固たる信念と野望があるというのに、——……この時間だけは少しでも長く続けばいいと考えてしまう。
 これでは駄目だと、頭では分かっているのに、サンジとの時間を願う自分が嫌いにはなれない。斬って捨てることが出来ない。
 修行が足りねェなと、苦く笑うしかできない。
「ぞろ」
 まだ指の一本だって動かせないサンジの声が、ようやっとハッキリしたものになってきた。あれだけイかせたというのに、タフな男である。
「なんだ」
 もう少し休憩でもいいぞ、と。
 まだ終わらせないことを含ませた言い方をすれば、サンジが小さく笑う。
 そして。
「——おれさぁ、だれにでも、好きにさせてねぇよ」
 ゾロの耳に口を寄せて、吹き込む。
 てっきり快楽の海に沈んで声が届いていないと思っていたのだが、そうではなかったようだ。
「分かってんだろ?」
「ちがう。おれは、あんな顔を他の奴らに見せんなって言ってんだ」
 不特定多数の人間が行き交うバーで。この男が絶対に抵抗できない女の前で。そして、自分がいないところで。
 もしかしたら何かあるかもしれないと心配しているわけではない。心配など必要ないほどにこの男は強く、賢い。
 ただ、どうしても————……。
「おれの前だけにしろ」
 自分が、誰にも知られたくないだけなのだ。この男の、違う顔を。
 悪戯をしようとするサンジをやんわりとベッドに押し付けて、キスをひとつ。そのまま額を合わせれば、至近距離でサンジが目を丸くしている。
「……なんだよ」
「や、……うん、ちょっとビックリしたっつうか」
「……」
「そ、想像してたより、うちのマリモちゃんはしっかり嫉妬してんのかな〜って、……思ったり、して…………」
 言いづらそうに、少し戯けるように。的外れだとしても自分が傷つかないように瞼を伏せて。そのくせ期待するように一瞬だけゾロのことをおずおずと見上げるものだから、そういうところだ、と鼻に噛みついてやりたくなる。
「——悪いか」
「え、」
「悪いのかって聞いてんだ」
 当たり前だろう。馬鹿にするな。
「お前はおれのだ。あんなとこ見せられたら嫉妬くらいする」
 ナミは兎も角、——あの場で全員叩っ斬ってもよかった。
「二度と隙を見せんじゃねェ」
 そんなことをしたところでどうしようもないのだと、分かっていても嫌だった。
「ゾ、ゾロ……?」
 お互いに服も着ず、生まれたままの姿だからだろうか。
 いつもは胸に仕舞っているだけの感情が口をついてサンジの元へと落ちていく。落ちるたびにサンジの顔が赤くなって、唇が震えて。名前を呼んでくる声が情けない。
 そのくせ嬉しそうで、幸せそうで。でも我慢なんてしているから変な顔をしていて。
「おっ、おまえ、おれのこと、……そんなに好きかよ」
「あぁ。知らなかったか?」
「言わねェもん」
「……そうか?」
 そんなこともないと思うのだが、自分に対する愛情にはとことん鈍い男だ。響いてなかったのかもしれない。
(もうちっと言ってやるか)
 キッチンで楽しそうに料理をしている背中に。二人とも生き延びた戦場の跡地で。深い夜の展望台で。珍しく昼寝をする間抜けな寝顔に。くだらない喧嘩の最中にも。
(言ってやっても、いい)
 その度に今みたいな顔をするのなら、——言ってもいい。
「ゾロ」
 気怠そうな両腕がゾロの首へと回される。抗うことなく密着して、ゾロもサンジの体を抱きしめた。
 ナカに埋めたままのペニスは幾分か大人しくなっているとは言え、敏感なそこを擦るだけで気持ちがいいらしい。んあ、と柔らかな嬌声がゾロの背中を撫でた。
「ゾロ」
「……もう一回か?」
「うん、まぁそれもだけどよォ、……あのさ、時々こうやってくれよ」
 鍛え上げた逞しい両腕で、力いっぱい抱き締めてほしい。息ができないくらい。
「これ、好きなんだよ」
 どこへも行かないように。どこにも行かなくていいと言われるように。
 この腕の中に仕舞い込まれるのが好きなのだと、笑いながら泣きそうな声で言う。
「こんな檻なら、いつまででも居られんだけどなァ」
 自分を求め、愛を与えてくれるやさしい檻のなか。
 いつだって目を開ければ獣のような、しかしそれでいて無骨な優しさを秘めている琥珀色と目が合う。そうして何気なく、呼称を呼んでくれればそれでいい。
 感傷に浸るようにそう言って、けれどゾロは鼻で笑って夢を打ち砕く。
「アホか。てめェはちょっとだってジッとしてねェだろうが」
「あぁ?」
「女を見つけりゃ追いかけて、目新しい食材見つけたら飛びついて、」
 嬉しそうに料理をして、仲間とバカをやって、女どもに怒られては懲りずにハートを飛ばして。そのくせ、船長が往く道を邪魔する馬鹿どもをいとも容易く蹴り飛ばして、スカした顔で苦い煙を吐き出し笑う。
「いつまでも居なくていい」
 こんな檻など簡単に抜け出せるのだろう?
「でもちゃんと帰ってこい。てめェの自慢の足ならすぐに帰ってこられるだろ」
 強靭な足で地を蹴って、空を駆け、できれば一直線に。最短距離で。
「そしたらまた捕まえてやる」
 ぐず、と鼻を啜る音は聞こえなかったふりをして、微かな嗚咽は嬌声へと塗り替える。
 夜が明けて朝が来るまで、小さな海を眺めては眦から溢れていく雫を舐めとった。



「ゾロ」
 カーテンの隙間から差し込む朝日は寝不足の瞼に痛い。
 まだ目は開けられなくて眠気も強い。
「あいしてる」
 聞こえなくてもいいと、囁きにも満たない声は微睡の中でゆったりと沈んでいく。
 腕の中にしまっていたはずの男はやっぱり抜け出していて、——そうっとゾロを腕の中に仕舞い込んでいる。
 
「あいしてる、おれの、」
 
 いいもんだな、とやさしい檻とやらの感触を味わう。
 額に当たる唇の感触も、名前を呼ぶ声も、腕も重みも心地いい。

 これ以上駄目な男にしてくれるなと、ゾロは夢に隠れて苦く笑う。
 斬り捨てられない部分が増えていく自分を、——それでもこの男は愛していると言って抱き締める。


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