ワンタイム・トライアングル

「おんもしれェー!」
 あひゃひゃひゃ、と腹を抱えてルフィが笑ったことでもう止められないと麦わらの一味はそれぞれに腹を括る。
 特に最後の最後まで反対していたゾロは、不貞腐れたように踵を返して船尾へと向かう。もう知らねェ、勝手にしろ。なんて背中に書いてあるのでみかん畑に隠れて不貞寝でもするのだろう。
 それを呆れた顔で見送った珍客は、すぐ隣のルフィを見下ろして口角を持ち上げる。
「じゃあちょっとの間世話になるぞ、キャプテン」
「おう! いいぞー!」
 聞き慣れた声より少し低い。
 見慣れたはずの顔に、見慣れない傷がひとつ。
(……ふうん)
 珍客、——今より二年先の未来から来たというロロノア・ゾロを階段上から見下ろして、サンジはゆったりと煙草の煙を吐き出した。やたらと霧の深いこの海域では煙草の煙はあっという間に同化して、消えていく。
 彼がメリー号の甲板に突如現れたのは三十分ほど前。ちょうどその頃から霧が濃くなって、錨を下ろしたところだった。
『——お、ルフィ。ちょっとメリーに乗せてくれ』
 自分が生きている時間軸とは違うところに飛ばされていると言うのに、ゾロはルフィを見つけた途端に穏やかに笑った。もちろん、その背後では驚きすぎたウソップとチョッパー、それにナミが泡を吹いて倒れそうになっているのだけれど。
(……ま、アイツもいい気分はしねェわな)
 なにせ“自分”が目の前にいるのだ。
 しかも確実に今の自分よりも強い空気を纏った自分が。
 腰に据えた刀を抜いたところを見たわけじゃない。敵と対峙しているところを見たわけでもない。——でも、分かる。サンジですら自分との実力差をひしひしと感じるのだ。ゾロはもっと強く深く感じているだろう。
(面白くねェだろうな)
 もしも今の自分よりもずっと料理が上手な未来の自分が目の前に現れたら。考えただけでも頭が痛くなる。
 背中を丸めて手摺りに体を預け、そのあとでみかん畑を見上げる。声をかけてやろうかとも思うが、きっと自分が言ったところでいい方向へと転がるわけがない。チクリ、と痛む心臓は見て見ぬふりをしてそっと遠くの海を眺めた。
 霧は、しばらく晴れそうにない。
「——ねぇ、ちょっといいかしら」
「んあ?」
 すっかり未来のゾロに懐いて戯れついているルフィに、ロビンが声を掛ける。微笑んではいるがどこか真剣で、珍しく空気を察したのか、ルフィもゾロで遊ぶのをやめてロビンへ顔を向ける。
「あなたが決めたことにあまり反対はしたくないのだけれど、……でも本当にそこにいる剣士さんは剣士さんなのかしら?」
「んんん?」
「変装だったり、能力者だったり。そんな可能性もないことはないと思うの。聞いていれば、さっきからその可能性を否定できるほどの材料がないわ」
「お前ゾロじゃねェのか?」
「いや、おれはお前らが知ってるロロノア・ゾロだ」
「ゾロはゾロだって言ってるぞ?」
「だから本人が言ってるだけだから危険なんだってば!」
「そうだぞルフィ! 我々は断固として乗船を拒否するー!」
 ロビンの意見にナミとウソップがアシストするも、やっぱりルフィはゾロを信じきっている。なんでそこまで信用できるのだとウソップが嘆くように叫べば「だって同じにおいだろ?」と一言。乗船拒否と躍起になっていたメンバーが崩れ落ちた。
「野生の勘の話をしてるんじゃないのよ……」
 半ベソをかいているナミが肩を落として諦める。
 もうこうなったら止まらない。
「そのゾロがゾロじゃなかったらアンタ責任持ってやっつけなさいよ!?」
「だから大丈夫だって! な、ゾロ!」
「おう。心配すんな」
「アンタが心配の根源なのよ!」
 わっと叫ぶように怒鳴ったところで二人はどこ吹く風である。なんかカリカリしてんな、そうだな、なんて顔を見合わせて首を捻っている。
 ここまでくるとナミが不憫である。なんなのよコイツら、と泣くナミの肩をロビンが撫でれば、怖がって隠れていたチョッパーもそこに混じる。
 ——不意に、ゾロの隻眼が柔らかく細まったのをサンジは見逃さなかった。
 へぇ、と僅かに目を丸くする。
(ちょっと年を取っただけで、)
 あんな優しい顔をするようになるのか、と口には出さずに煙に紛れさせて吐き出した。
 すると。
「……」
 煙に紛れさせた言葉を受け取ったのかと思うようなタイミングで、ゾロが真っ直ぐにサンジを見上げた。他の誰を見る視線とも違っていて、思わずうっと顎を引く。悪いことは何もしていないのに、悪事がバレたようなそんな心地。
 サンジの心情を知らないゾロがルフィを呼び、親指でサンジを指差した。
「アイツらが心配すんならおれァコックの近くにいる」
「ッ、アァ!?」
 予想斜め上の思いがけないご指名に、サンジは手摺りから落ちそうなほどに前のめりになる。
「霧で船は進まねェし、おれにメリー号をうろちょろされるよりどこかでジッとしてる方が安心だろ?」
 違うか? とゾロがナミを見遣って、ナミが素直に頷いた。チョッパーなんて首が取れそうなほどに頷いている。
「で、お前はどうせこういう時はキッチンに籠るだろ?」
「どうせってなんだよ」
「いつもそうしてるだろって言いたいだけだ。気にすんな」
「……」
 まぁ確かに、この男の言う通りなのだけれど。
 船が動かず、かと言ってしなくてはいけないことがないのなら、食材の整理や保存食を一気に作ってしまいたいと考えている。それでもナミのように素直に頷くのは癪で、ケッと下唇を突き出した。
「ルフィと話したらあとでキッチンに行く」
「……わァったよ。おれがてめェのことを監視する。ちょっとでも変なことしやがったら容赦なく海に蹴り飛ばすからな」
「あぁ。そうしてくれ」
 どうせ、そう簡単に蹴り飛ばされてくれないくせに。
 すっかり短くなった煙草を携帯灰皿に押し付けて、それからサンジはキッチンへと続く扉を開けた。
 振り返りはしなかったが、随分とルフィの楽しそうな声がした。



 ▪︎



「——メリー号のキッチンはこんな小さかったか」
「うわぁっ!」
 背中のすぐ後ろから急に聞こえた低い声にサンジは手に持っていた保存食用の瓶を落とし、しかしそれを何ともなしにゾロが空中でキャッチしてみせる。
 瓶が割れなくて良かったとか、ゾロの動きの速さだとか。そんなものが考えられないほどに心臓がドッドッと音を立てて痛いくらいだ。本当にビックリした。思わずジャケットの上から心臓を握り締めるくらいビックリした。
「なっ、な、なんだよ、いつの間に……ッ!」
 縺れそうになる口でわっと怒鳴ったのに、ゾロは不思議そうに首を傾げるだけだ。
 手の中に返された瓶は、ゾロのおかげで傷ひとつついていない。
「なにをそんなに驚いてんだ」
「おっ、驚いてねェよ!」
「どう見ても驚いてんだろ」
 フッと目を細めるように微笑まれると二の次が告げなくなって、返ってきた瓶をぎゅうっと握り締める。
「悪かったな。もうちっと分かりやすくする」
「手ェ抜いてんじゃねェぞ、コラ」
「どっちだよ、お前」
 でも。
「瓶ならいいが、お前が作ったもんが床に落ちるのは勿体無ェからな。気を付ける」
「……」
 なんだよ、それ。
 サンジはもごもごと口の中で呟いて俯いた。
 だって、そんな言い方をされてしまっては「瓶よりお前の料理のほうが大事だ」と言われている気分になるじゃないか。驚いたせいで忙しなかった心臓の音が変わって、どうしていいか分からずに顔が上げられない。意味もなく瓶を見つめる。
(…………ンなこと、言われたことねェし)
 サンジがよく知っているゾロの声で、少し違う顔で、そんなこと言わないでほしい。嬉しくなって、——悲しくなって、胸の中にある感情が暴走してしまってうまく処理ができなくなる。
「コック」
 俯いたままの頭の上から、ゾロの声が落ちてくる。
「喉が渇いた。茶ァくれ」
 感情の処理に困っていた頭の中にゾロのリクエストがするりと入ってきて、料理人としての頭に切り替わる。
 パッと顔を上げて「熱ィのと冷たいのとどっちがいいんだ?」と聞けば、僅かに目を見張る。何か変なことを言ったかと首を傾げても、なんでもないと躱された。そのあとで「熱いほう」とだけリクエストを追加される。
「お湯沸かすから座って待ってろ」
「なんか手伝うか?」
「余計なことしなけりゃてめェは客人だ。おとなしく座ってろ」
「おう」
 サンジはすぐにお茶の用意に取り掛かる。握りしめていた瓶を置いて湯を沸かし、来客用の湯呑みを戸棚の奥から引っ張り出した。
 その間にゾロは椅子に座り、懐かしむように部屋をぐるりと見渡している。
「小せェな」
「さっきも言ってたな、それ」
 そっちの船はそんなに大きいのか。
 聞きながらお茶と今日作ったばかりのおかきをテーブルに置いた。
「そうだな。……今の船もいいがここも落ち着くな」
 やっぱりいい船だったんだな、とそれはサンジではない誰かに語りかけているようだ。
「ふうん。なぁ、キッチンも大きいのか? 鍵付きの冷蔵庫はあるか? 食糧庫はどれくらいだ?」
「そういうのは未来の楽しみにしとけ」
「なんだよ。ちょっとくらい教えてくれたっていいだろ、ケチマリモ」
 サンジはくるりとゾロに背中を向けて、作ったばかりの保存食を瓶に詰め込む作業を再開する。
 いつ霧が晴れるかが分からないから多めに。ナミが想定している日数より五日は持つように仕分けしていく。もしもすぐに霧が晴れて出航できても準備は無駄にはならない。
 不幸中の幸いとしては、霧が深いだけでその辺りを泳いでいる魚は普通に食べられることだ。釣り上げることさえできれば少々の停泊くらいなんて事はない。最悪、自分が素潜りで貝や魚を捕まえてきてもいい。
(ナミさんのみかんもそろそろ食い頃だったし、野菜も処理できるもんはやった)
 日が過ぎていくにつれ、どうしても野菜不足にはなるだろうが深刻なほどではない。
 大丈夫。大丈夫だ。未来から来たというマリモが突然一匹増えたところで焦る必要はない。
(それにおれの分をマリモに回せば、計算は狂わねェ)
 よし、と瓶の蓋をきっちりと閉めて、いくつか並んだ色とりどりの保存食にホッと息を吐く。
 あとはこれをルフィに見つからないように隠しておけば、と煙草に手を伸ばしたところで背中に向けられた痛いくらいの視線に気付く。
「……な、んだよ」
 振り返って、視線のもとを辿っていけばやっぱりゾロである。
「いや?」
 分かりやすくする、とか言っていたくせにやっぱり気配が希薄だ。わざとなのか、それが彼の普通なのか、今のサンジには判断がつかない。
「何でもねェって顔じゃねェだろ。何考えてた」
「……お前のそういうところも、全部が懐かしいだけだ」
「おれ?」
「あぁ、お前だ」
 心配すんな、と低い声が鼓膜を揺する。
「霧はすぐに晴れる。晴れりゃおれはいなくなる」
「……」
「確か数日もすりゃあ島にも着いたはずだ」
「……未来のことは教えるつもりないんじゃなかったのかよ」
「これ以上は言わねェよ。独り言だと思え」
 本当に話すつもりはないようで、湯呑みに口をつけてそのまま黙ってしまった。
(なんだよ、ちくしょう)
 誰にも気づかれたことがない不安を、焦りを、この男は嗅ぎ取ったのだろうか。
 海の真ん中で足止めされるたびに足元に絡みつく黒い靄を、そっと解いてくれようとしたのだろうか。
(ちくしょう、ちくしょう)
 これが今の自分とこの男の差なのかと見せつけられて、悔しいような、恥ずかしいような、——それでいてどこか安心して足が地につくような、そんな感覚に見舞われる。
 悔しそうに唸るサンジに気付いているはずなのに、ゾロはわざと視線をこちらに向けない。それどころか呑気におかきを口に運んでいる。
 パリッといい音がして、おっと声が上がる。
「うまいな」
 未来の、とはいえゾロの口から出たとは信じられない感想に、しかしサンジは直様食い付いた。
「っ、うまいか!?」
 それは自信作だった。
 初めて作った時はパリッとした食感が今ひとつだったので、そこから学んで工夫を凝らし、ようやっとその配合と焼き加減にたどり着いたのだ。
「美味い。この塩とも合う」
「だろ!? 藻塩だから共食いになっちまうがお前の舌には合うと思ったんだよ」
「共食いは余計だろ」
「今度は塩だけじゃなくて醤油塗って海苔まいて、あとは青海苔塗してんのも試そうと思ってんだ」
「あぁいいな」
 美味そうだと、楽しみだと。口角が素直に持ち上がった横顔に体温がぶわりと上がって、肩の力が抜けていく。あれだけ悔しかったのが嘘のように嬉しくなる。
 仕方ないだろう。この男に直接的に褒められたことなどないのだから。
(やべぇ、顔がニヤける)
 いただきますやご馳走様はきちんと言ってくれるし、渋い顔をされたことも残されたこともない。おかわりだってしてくれる。それで十分なのだと思っていたが、いざ「うまい」という言葉を目の前に差し出されるとどうしようもなく頬が緩む。
 へへへ、と気の抜けた声で笑って、照れ隠しのように頭を掻いた。
「美味いか、そうかそうか」
 ロビンが言っていた通り、今目の前にいるゾロはゾロじゃないのかもしれないけれど、——それでもこの男の声で「うまい」と言われた事実を頭の中で反芻する。
「へへ、じゃあまた作ってやるよ」
 どうせ居なくなるというのならもう一回くらい言ってくれねェかな、とついつい強請りたくなるくらい。ニヤけた口元はしばらく戻りそうにない。
 だが。
「——コック」
 ふと、ゾロの声色が変わった。
「な、なんだよ」
 ビクリ、と小さく肩が跳ねるのとゾロが立ち上がるのはほとんど同時だった。
「コック」
 いつまでもヘラヘラと笑っているのが癪に触ったのだろうか。あれだけ緩んでいた頬が一気に冷たくなっていく。
 近づいてくる重たい足音。確かに分かりやすくするとはさっき言っていたが、それは今じゃなくたっていいだろう。
「な、に、なんだよ……」
 ほとんど真正面から向かってくる男から逃れようと足を後ろに引いても意味がない。腰のあたりにシンクが当たる。とうとうすぐ目の前までゾロがやってきて、上から落ちてくるのは肺腑が空になるほど大きく長い溜め息。
「——……そうか。お前、全員に“こう”なのか」
「こう?」
 噛み締めるように、そして何かを堪えるように。どこか飢えを感じるような声色が鼓膜を揺する。
 サンジの退路を立つように、冷たいシンクにゾロの手が触れた。しかしそんなことをされなくても、隅々まで余すとこなく懐かしむような視線に、全身が思ったように動けなくなる。
「分かってはいたが危なっかしい奴だな」
 おれが悪ィ奴だったらどうするつもりだ。
「う、海に、蹴り飛ばす……」
「この距離だとお前の足技は使えねェだろ」
 言って、いっそう距離が詰められる。ゾロの首筋がもうすぐ目の前で、ピアスが揺れる音が妙に生々しい。
 体の厚みが増しただけじゃなく、背も伸びているのだとこの時に身をもって実感した。背伸びをすれば追いつける距離かもしれない。でも背伸びをしなければ追いつけない距離でもある。
(二年で、おれは、おまえは)
 いったいどれだけの差がついて、いったいどれだけの差を埋められているのだろう。
 抱きしめられているわけでもないのに十二分に感じてしまう熱に、つい手が伸ばしたくなる。触れたくなる。
「ゾ、」
「お前は、」
 おれが好きか。
 言葉を遮るように聞かれた意味を理解できないほど、子どもじゃない。
「す、きだ、って、……言った……」
 知ってんだろ、お前は。
「あぁ知ってる。そのあとも、だ」
 サンジがよく知っている今のゾロからは「おれもだ」と言われている。
 そして、あの夜が夢でないのなら、サンジの勘違いじゃないのなら、たった一度だけではあるがこの体を開け渡したことだってある。
 けれど、
「————あれきり、だ」
 夢ではないと、勘違いではないと理解しているのだけれど。
 いや、やっぱりあれは、と疑心暗鬼になってしまうほどになにもない。
「目が、合わねぇんだ」
 毎日愛を囁いてくれだとか、手を繋いでくれないと嫌だとか。ずっと一緒にいてほしいだとか、朝まで他愛のない話をしながらベッドでいたいだとか。
 そんなことは思ってない。そんなことをしてくれとも願っていない。
「……なぁ、昔のお前のことだろ? 教えてくれよ」
 でも、——何度も何度もそらされる目に、絶対に交わらない視線に、もうずっと心臓が痛い。あぁやっぱり言わなければ良かったと、セックスなんてしなければ良かったと毎日そればかり。
「やっぱりお前はおれとヤッたこと後悔してんのか? おれ、男だし、レディみたいな魅力的な体してねェし、……そもそもゾロはおれなんか、」
 本当は嫌いなんだろ、と。
 卑怯にも未来の答えを聞こうとして、しかしゾロの左手がぐっと腰を掴んでくるものだからうまく喋れなくなる。
「頼むから、そんな風に言ってくれるな」
 スーツ越しに感じる手の大きさと厚み。直接肌に触れられたわけでもないのに熱くて、そこから熱が広がって、頭が茹だりそう。ひ、と勝手に声が出た。
「今ならお前が考えてることくらい分かってやれるんだが」
 たった一度肌を合わせたあの夜を思い出して、けれどそこからの日々に打ちのめされて、——このまま目の前の男に逃げたくなる。
「……ゾロ、」
 お前がそんな風に触れてくれるなら、と甘えたくなる。
「……」
 ゾロは何も言わずに上を向く。ほんの一瞬だけ空気がビリ、と震えた。
 そうかと思えばキッチンのちょうど真上が騒がしくなる。蜂の巣でも突いたかのようにドタバタと慌ただしく、天井が抜けそうだ。
「?」
 なんだ、とサンジもつられるように顔を持ち上げれば、上を向いていたゾロの顔が戻ってくる。
(——……目が、)
 琥珀色をした隻眼が、まるで本物の獣のように煌めいて。余韻を残すように赤黒い閃光が散った気がした。恐ろしい風合いをしているにも関わらず、簡単に心が奪われて、目が逸らせない。
「そんな目で見るな」
 そういうところだぞ、お前。
 ゾロの右手が顎に触れてくる。顎髭の感触を確かめるように親指がゆうるりと撫でてきて、それから下唇に触れる。
「っ、ぁ……」
 意識せずとも口が開いて、それを満足げに見下ろしてくる獣の瞳。食われちまう、と直感的に思ってしまったのに、ゾロを押し返すために肩に触れた自分の手に力が入らない。
(知らない体だ……)
 手のひらに伝わる筋肉量も熱も、なにもかも。
 ふ、ふ、と息が荒く浅くなって、酸素が足りない脳が恐慌状態になる。
「ぞろ、ぉ」
 文字通り目と鼻の先にあるゾロの顔。彼の瞳に反射する自分の顔は随分と情けなく、真っ赤になっていて目を逸らしたくなるのに出来ない。
 勝手に滲む涙が眦に引っかかって、それにゾロは満足気に鼻を鳴らすのだ。
「今からでも俺にしとくか?」
「——ッ、」
 真正面から、寸分違わず真っ直ぐに琥珀色に貫かれる。
 熱を帯びた低い声に思わず腰が抜けそうになって、必死に彼の外套を掴む。すると、先ほどまで服で隠れていた位置に、生身の皮膚に、——しっかりと刻まれたキスマーク。
「ぞ、ろ、これ、」
「あ? ……あぁ、それか」
 なぁ、コック。
 歌うように囁かれる声の機嫌がいいこと。
「それ、誰がつけたと思う」
「だ、だれ、って……」
 お前がどこかで抱いた、おれの知らないレディなんじゃないか、と言いたかったのに。
「誰だと思う?」
 悪戯をするように、心底楽しそうに聞いてくるものだから、——もしかして、と腹の底から期待が湧き上がってくる。
「ゾロ、」
 しかし、サンジが何を言うより先にキッチンの扉が壊れんばかりの勢いで開く。そうかと思えば瞳孔が開ききった両目で刀を抜いて飛び込んでくるゾロの姿。
 ちょっとの迷いもなく踏み込まれた足と、和道一文字。そして、ゾロの一閃を難なく受け止めたのも和道一文字である。
 耳が痛くなるほどの刀同士の衝撃音に、サンジは僅かに目を瞑る。一拍遅れてやってきた風圧で調味料がカタカタと音を立てて揺れたが、サンジ自身は未来からきたゾロに庇われていてなんの影響も受けていない。
(……強ェ)
 刀を受けても一切ブレることない体の強さ。それに、刀を受け止める角度も計算されているのだろう。咄嗟の判断力でさえ、今のゾロより圧倒的である。
「——おい。キッチン壊すつもりか、クソ剣士」
 いつもサンジが投げかけているような言葉を、ゾロが揶揄うように過去の自分に投げつける。鼻で笑って和道一文字をいとも簡単に弾き返す。単純な力比べですら、今のゾロは勝てそうにない。
 後方へと飛んだゾロは額やこめかみに青筋を浮かべ、それでも両目は怒りに染まっている。
「コックを離せ!」
「だ、そうだ」
 行ってやれ、本当にキッチンが壊れるぞ。
 背中を押されるように解放されて、駆け寄ってきたゾロに腕を引っ張られ、当然のように左腕の中へと囲われる。右手に持った和道一文字の切先はまっすぐに未来のゾロへと向けられていて、——しかしそれに応じることなく彼の刀は鞘へと戻っていく。
「おい!」
 それが不服だったのだろう。すぐ近くでゾロが怒鳴ったが彼には効果はない。
 それどころか、
「腕を引っ張るな。捻挫でもしたらどうすんだ」
 なんて、まるで師のような、兄のような顔でゾロに注意している。
 注意されたゾロは素直にハッと息を呑んでサンジを見る。別に痛くないから大丈夫、と伝えるために手をヒラヒラ振れば、安心したように肩の力を抜いた。
 しかしすぐに「違ェ!」と目をつり上げて叫んで、やっぱり切先を向けた。
(遊ばれてんな、こりゃ)
 はは、とサンジが苦く笑うと同時に、未来のゾロが何かに反応してキョロキョロと辺りを見渡した。
 そして、
「よし、帰るか」
 納得するように頷いたと思えば、あっさりとそう言い切った。
「帰るって、霧が晴れんのか?」
「あぁ。……ん? いや、違うな。おれが来たから霧が出てんだよ。で、そろそろ帰って来いって呼ばれたから帰る」
 もうすぐメシだとよ、なんて眦が優しくなるから。
 だから、
「……お、おれが、呼んでんのか……?」
 期待を込めて、縋り付くように聞いてみる。未来のおれがお前を呼べばそんな顔をしてくれるのか、と喉が震える。
 けれどやっぱり彼は答えてくれなくて、そのくせ「またな」とだけ言って消えていくものだから、サンジは「ずりぃだろ、ケチマリモ」と唸るしかない。
 そうして、なんだかどっと疲れた体で床にへたりこめば、刀を納めたゾロが膝をついて顔を覗き込んでくる。
「おい」
「大丈夫だ」
「……」
「アイツに振り回されて疲れただけだって」
 後ろ手に床に手をついて、あー、と意味もなくだらけた声を出す。途端に煙草が恋しくなって、胸ポケットを探ればその手を掴まれる。
 そして、
「いてっ」
 後頭部をぶつけることもお構いなく押し倒されて、なにすんだよと足が出た。しかしサンジの顔の両サイドに手をつき、凡そ真上から真っ直ぐに見下ろしてくる琥珀色の瞳は一切逃げることがない。
 あ、と口が開く。
(——……目が合った……)
 二つの目が、真っ直ぐに見下ろしてくる。
(ゾロと、目が、)
 この男に好きだと言われて浮かれてしまったあの夜以来、随分と久しぶりだ。実感してしまえば一気に体温が上がって、身体中の血液が沸騰していく心地。顔なんて、触らなくたって熱くなっているのが分かる。
 よく考えてみれば、目が合うどころかさっきなんてその腕に抱かれていたのだ。未来のゾロに思考回路のほとんどを持っていかれてしまっていたが、しっかりと確かに抱き締められていた。
「おい、コック」
「ッ、」
 自覚してしまったらもう隠せない。
 目が合うだけで泣きたくなって、呼ばれたことが嬉しくて、どうしようもない。
「な、なんだよ」
 不意にゾロの顔が落ちてきて、サンジは反射的に目を閉じる。ふに、と可愛らしく触れた唇の感触が擽ったいくらい。離れた後のゾロの呼吸が熱くて、見上げた頬がうっすらと色付いていて。大きく瞬きをひとつ、ふたつ。
「……お、まえ、さぁ」
 おれが嫌になったんじゃねェの……?
 どうにか絞り出した言葉に、ゾロの目がこれ以上ないほどに丸くなる。
「ッ、ハァ!? なんでそうなるんだ!」
「だっ、だって、お前あの日からずっと避けてんだろうが!」
「避けてねェ!」
「避けてる!」
「避けてねェっつってんだろうが!」
「ッ、じゃあ……!」
 なんで、とゾロの胸ぐらを両手で掴んでやる。
「ずっと目も合わさねェし、おれのこと呼びもしねェのはなんでだよ……! バレてねェとでも思ったか!」
「そ、れは……っ」
 ぐ、と詰まった言葉に意気地のない手の力が抜けていく。
 離せば離れていくだろうかと考えていれば、しかし予想と反してゾロが離れていくことはなかった。寧ろ、サンジの上に男の上半身が落ちてくる。
 先程まで触れていた未来のゾロより幼い体。でも、サンジが一番よく知っている体。
「ゾロ……?」
 首筋に甘えるように擦り寄ってくる鼻先と、肌を撫でる呼吸。覚悟を決めるように唸った後でゾロは口を開く。
「——ヤッたあとで、てめェがケツが痛ェだの腰が痛ェだの言うから」
 だから。
「あんまシねェほうがいいかと思っただけだ。……でもてめェ見てるとヤりたくなんだよ」
 理由なんて存外安直で、それでいて想像の斜め上をいくくらい想われていて。
 サンジはうちなる衝動に身を任せて項垂れたゾロの体を抱き締めた。ふはっと堪えきれずに笑って、足も腰に絡めて、ぐりぐりと頭を擦り寄せる。ばーかばーか、ばかマリモ、なんてご機嫌に悪態をついて不貞腐れている頬にキスをする。
「マリモ如きが人間様に気ィ遣ってんじゃねェよ、アホ」
「……叩っ斬っていいか、お前」
「叩っ斬ったらセックスも出来ねェなァ」
「ぐ、」
 なんだよそれは困るのかよ。
 きゅうっと淡く胸が締め付けられる。
 そんなに気に入るくらい気持ちよくて、でも自分が痛いと訴えたら我慢してくれるくらい好いてくれているのか。お前、おれのこと大好きじゃねェか。
「アレだ。あの日痛かったのはほら、初めてだったし、おれらが急ぎ過ぎたっつうのもあんじゃねェの? だからてめェは気にしなくていい」
 確かに立ちあがろうとして崩れ落ちるぐらいには足腰がイカれてしまっていたのだが。どうしても気になるならマッサージでもしてくれ、と強請ってみれば存外あっさりと頷いてくれた。
「じゃあもうおれのこと無視すんなよ」
 あんな寂しさは、もう二度と御免である。
「悪かった」
「おう」
 素直な男の頭を撫でて、ようやっと腹の底から息が出来た気分だ。
 背中に手を回せばしっくりと収まって、あぁやっぱり今のおれには今のお前がいいなと口角を持ち上げた。
 背伸びをしなくたって目があって、遠慮なく喧嘩ができるこの距離感がいい。

「なぁゾロ、……好きだ」
 想いを口にするのは、もう怖くない。
 
 

 
「————ゾロ、サンジくん?」
 ねぇイチャイチャしてるとこ悪いんだけど、とナミのヒールがカツンと鳴る。
 サンジは脊髄反射で上に乗っかっているゾロを蹴り飛ばして正座をし、涙目のままでナミを見上げる
「あのね、霧が晴れたから今のうちに船出したいの。サンジくんならわたしの言いたいこと分かるわよね……?」
「は、はい! 急いで!」
 手を挙げて返事をして大慌てでキッチンから出れば、ウソップとロビンになんとも言えない顔で微笑まれてしまって目が回りそうになる。
「み、見てた……?」
 二人は無言でしっかりと頷く。
「だって、扉が開けっ放しだったから」
「ゾロが血相かいてキッチンに飛び込んでいくから心配でよお」
 とうとう泡を吹いて倒れそうになって、しかし蹴り飛ばしたはずのゾロに「何やってんだ」と後ろから頭を小突かれる。
「さっさと終わらせるぞ」
 珍しくご機嫌に花なんか飛ばしながら作業に取り掛かる後頭部が可愛い。
 可愛い、が。
「——ッ、てめェが扉閉めてねェからこんなことになるんだよ!」
 華麗な蹴りをその後頭部へ向かって入れ、もう一度ナミの雷が落ちるまで喧嘩は続いた。
 
 
 
 ▪︎
 
 
 
 ——ふ、と浮上した意識に苦い煙草の煙が混じる。
「やっと起きたか、お寝坊マリモ」
「……帰ってきたか」
「あぁ。楽しかったか? 十九のおれを誑かすのは」
「人聞きが悪ィな。これでもいい仕事したと思ってんだがな」
 ゾロは、くあ、と大きく欠伸をして伸びをした。
 確か昼に眠ったはずなのにもう夜になっていた。静かな船を見るに夕食も終わってしまったのだろう。もうすぐメシだぞ、と呼ばれたから起きたつもりだったが、少しラグがあるようだ。
「あの海域は抜けたのか?」
 手渡されたボトルの中には当然のように熱い茶が入っていた。夜に溶けるような湯気も、体が芯から温まる温度も全部がちょうどいい。
 本当に戻ってこられたんだなと、この男が作るもので実感する。
「おう。ナミさんとてめェのおかげでな」
 船尾のほうへと目を向ければ、月明かりに照らされて、遥か遠くに霧の深い海域が見えた。
 あの場所を、さっき通ってきたのだ。
 船の中でひとりだけ。眠っていれば過去に行けるという不思議な海域。どうしよう、と難しい顔をするナミにゾロが率先して一番に手を挙げた。ちょっと二年前に野暮用があるのだ、と。随分と悪い顔をして。
「……」
「なんだ」
 ゾロの前に座り込んだサンジが、じいと顔を覗き込んでくる。
「なぁ、楽しかったかよ」
 その顔はどこか拗ねているように見えて、ゾロは堪らず少しだけ口角を持ち上げる。この男が丸っこい頭の中で何を考えているかなど、悩まなくても分かるようになった。それくらい隣にいた。
「あ! 笑いやがったな、てめェ!」
「笑ってねェ」
「うそつけ! ケチマリモの分際で!」
 中身が空になったボトルを脇に置き、目をつりあげて怒るサンジの手をとって足の間に抱え込んだ。丸くなってまだ拗ねている背中に後ろからぴったりとくっついて抱き締める。途端におとなしくなるものだから可愛く思えて仕方ないのだ、と頸を噛んだ。
「……腕は引っ張ってやるなとか格好つけてたくせに」
「ありゃあ、あの時は加減っつうもんを知らなかったから言っただけだ」
 今なら痛くないだろう、と聞けばサンジは素直に頷いた。
 そして、
「すっげー気持ちいい」
 なんて笑いながら言うものだから、もう一度頸を噛んでやる。
 今度はさっきより少し痛くした。
「何の話してやがる」
「んー? なんか変な妄想でもしてんのか、エロマリモ」
「妄想はてめェの得意分野だろうが」
「お前は妄想する前に全部実践するタイプだもんなぁ」
 おかげであんな事やこんな事まで覚えさせられちまって。
「でも気持ちいいんだろうが」
「ははっ! やっぱりお前もエロいこと考えてんじゃねェか」
「話を振ったのはお前だ、エロコック」
 二年前よりも互いに逞しくなった体をそれでもくっつけて、頭を擦り寄せれば「くすぐってぇよ」と柔らかく笑うのだ。そしてサンジの右手がするりと絡みついてきて、慣れた手つきで頭を撫でられる。
 本物の獣でも撫でているかのような手つきもすっかり馴染んでしまった。こうされると体の無駄な力が抜けるものだから恐れ入る。
「——で? 実際どうだったんだよ、十九のおれ」
「あぁ、十九のお前な」
 ついさっきまで腕の中にいた十九のサンジを思い出して、ゾロは下唇を突き出した。
 最初は警戒心丸出しだったくせに、料理が美味いと褒めたら人懐っこく笑って、簡単に距離を縮めることを許す。子どものような顔で笑っていると思ったら、あっという間に夜の顔をして目を潤ませてとろんと蕩けてしまう。
「お前、あんなだったか……?」
「どんなだよ」
「いやおれが年をとったせいか……? あれはダメだぞ、お前」
「だからどんな風に見えてんだよ」
 思い出せば出すほど、この男が心配で仕方ない。よくもまぁあれで色々と無事だったものだ。けれどサンジには伝わっていないようで、そんなに昔は変だったかよ、と意味もなく自分の前髪を撫でては顎髭に触れている。
「うまく言えねェが、……もうちょっと昔のおれが来るのが遅かったら犯してたぞ」
「ッ、ハァ!? 何言ってんだ、てめェ!」
「だからダメだって言っただろうが」
「そう言う意味だとは思わねェだろうが!」
「思えよ」
 湯気が出そうなほど真っ赤な顔で振り返ったサンジの唇に噛みついて、そのまま口腔内へと舌を侵入させる。煙草の味が色濃く残る舌を絡め取って、上顎を舐めてやれば鼻にかかった声が漏れる。おとなしくなったのをいいことに、そうっと指先で耳を撫でた。輪郭を一周して、首筋へと指を這わせていく。
「っ、ん」
 ふるり、と肩が小さく震えて、それでも逃げることなく受け入れる。
(……よく考えてみりゃあ、今も一緒か)
 じわじわと赤く染まっていく頬や耳。気持ちよくなると勝手に滲んでいく涙。
 いつだって、夜まで待てだとか、こんな所はいやだとか。もっともらしい言い訳をするくせに強靭な足はずっとおとなしいままなのだ。
 分かりにくくて、分かりやすい。絆されやすくて、流されやすい。
(死ぬまで危なっかしいんだろうな、コイツは)
 だからこそ目が離せなくて、捕まえておくのに必死になるのだ。
「なぁ、ゾロ」
 くい、と袖を引っ張られ、名残惜しく口を離す。
 口端に残った唾液を舐め取りながら目を合わせれば、少し照れくさそうに目を逸らし、なんだと話を促せば擦り寄って来る。
「お前がさぁ今よりジジィになって、——……もし、もしも、また過去に行くことになって、今のおれに会ったとして」
 そん時もまた誑かしてくれっかなぁ?
「てめェ…………」
 ズキズキと痛み始めた頭を抱える。
「なァにジジィになったおれまで狙ってんだ! 一発ヤろうとか思ってんじゃねェだろうな!?」
「う、うう、うるせぇよ! べ、別に狙ってなんかねェよ、ばーかばーか! ただお前が十九のおれにあんなことすっから、その、っ、年上のてめェにちょっと興味あるだけだっ!」
「興味あんじゃねェか! ふざけんなよエロコック!」
 言っとくがジジィのおれとヤッたら浮気認定するからな、と宣言すればあからさまにサンジがショックを受けていて、ゾロの頭はいっそう痛くなった。
(おれか!? おれが悪いのか!?)
 十九の頃のサンジからすれば二十一の自分は、そんなに刺激的だったのだろうか。ちょっと昔の自分の尻を叩こうと調子に乗ってしまった自覚はあるが、この男の性癖を歪めるほどのことをした覚えはない。
「ちなみに聞くが、お前のジジィの範囲はどれくらいだ」
「……」
「言え」
「…………ろ、ろくじゅう、とか……?」
「ろ……っ!?」
 想像よりも遥か上の年齢にひっくり返りそうになる。
「たっ、例えばの話だからな……!?」
「……おまえ…………」
 今までは同世代を勝手にライバル認定して、サンジに手を出さないように目を光らせていたが。どうやらそれでは足りないみたいだ。いつか全人類を相手にしなくてはいけなくなるような、そんな予感がした。
 あぁもう、ただでさえこの男は無駄に野郎に気に入られやすいというのに。
 フーッ、と腹の底から息を吐いて気合いを入れる。
「よし。てめェに若さの良さっつうもんを叩き込んでやる」
「……ん?」
 抵抗される前にさっさとサンジの体を肩に担ぎながら立ち上がり、目指すは展望室。もう深夜と呼ばれる時間帯に突入しているので無茶はできないが、ちょっと分からせるくらいならちょうどいいだろう。
「お、おい! 待て! どこに連れていくつもりだ!」
「上だ。六十のジジィには出来そうにないことをすんだよ、アホ」
 顔のすぐ近くにある尻をぺしりと軽く叩いて、ぎゃあっと叫ぶサンジを連れていく。
「アホのてめェにゃおれで充分だ」


 まったくもって手間のかかるこの男を、それでもいくつになっても躍起になって捕まえようとするんだろうなと。
 そんな騒がしい未来を想像しては、ゾロは鼻を鳴らして笑った。


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