「私の個性は最長十二時間程度で勝手に解除されるものなので、そんなに問題ないと思いますよ」
ちょっと、好きな人への感情が増大するだけで。
転びそうになっていた女生徒に手を差し伸べた結果、うっかりかけられてしまった個性に爆豪は項垂れる他ない。なんでよりにもよってそんな個性持っているんだ。
「……あれ、もしかして好きな人いるんですか? 同じクラス、とか? え、意外……」
どうやらこの女生徒は体育祭などを通して自分のことを知っているらしい。心底意外そうに、そしてほんのりと小馬鹿にしたような顔で言われる。
「っ、いるわけねぇだろうが! なんも問題ねぇわ! 今度から気ィつけろや!」
だから思わずそう怒鳴ってしまったが咄嗟に吐いた嘘である。好きな人はいるし、問題しかない。気を付けろという言葉だけが唯一の本心だ。
爆豪は女生徒からのお礼を背中で聞いて、早々に立ち去って教室へと向かう。
きっとこれが中学時代や、入学直後だったなら嘘ではなく本当に問題はなかっただろう。でも今は、好きな人がいる今は、爆豪にとってなによりも厄介な個性である。
(ンでこんな時に限って日直なんだよ…!)
下駄箱で靴を履き替えて、まだ静かな廊下を歩く。すっかり通い慣れた教室はすぐそこだ。天井まで続く戸を開けて、一番乗りの教室でひとつ溜め息。
(絶対ェ先生には知られねぇように気を付けねぇと)
もう何か月もひっそりと恋焦がれている男を思い浮かべて、気合を入れるために両頬を叩く。
こんな想いが相澤にバレてしまった日には完膚なきまでにフラれて再起不能になるか、下手したら除籍だなんだ言われるかもしれない。それは絶対に嫌だ。ヒーローへの道が絶たれるのは何よりも耐え難い。そして相澤の、無関心に見えて底抜けに優しい視線をもう向けてもらえなくなるのも辛い。
(最長十二時間っつうことは、放課後までは気が抜けねぇ。でも寮に帰ってさえしまえば俺の勝ちだ)
鞄から取り出した教科書などは机の中にしまい、まず初めに黒板を綺麗に拭き始める。
そうしていれば戸が開いたので、爆豪はもう一人の日直、耳郎だろうと思って振り向きざまに声を掛ける。
「おっせぇんだよ」
「そういうお前は早いな、爆豪。おはよう」
しかし、目に入った人物に全身が固まった。おはようございます、とも返せなかった。
今日だけは会いたくないと思っていた相澤がそこに居た。朝のホームルームが始まるまで教室に顔を出さないはずの相澤が。
しかも何の悪戯か、普段何重にも首に巻かれている捕縛布がない。見ているだけで鬱陶しいほどに長ったらしい髪の毛は一つに結われている。
「………は、」
なんとも間抜けな声が出た。
滅多とお目にかかれない相澤の太い首が、喋ったら動く喉仏が、顎から耳にかけてのラインが、コスチュームから見え隠れする鎖骨が、眩しいくらいに魅力的に見えて。
「〜〜〜〜〜っ!?」
ドッ、と音を立てて心臓が深く深くポンプしたと思ったら崩れ落ちていた。
「え、ば、爆豪!?」
腰が抜けたように情けなく蹲って痛いくらいに高鳴って止まない心臓を制服の上から鷲掴みにする。皺になろうと、破れようと関係ない。だが珍しく目に見えて焦っている相澤がさっと駆け寄ってきて顔を覗き込み、背中に手を添えるものだから体温が急上昇。ただでさえ詰まり気味だった呼吸は止まりそうになる。
心の奥底に縛り付けていた恋心が馬鹿みたいに大暴れして鎖を引き千切っていく。制御が効かない。想いが溢れる。口から零れそうになる。
「おい、どうした、気分が悪いのか? 返事は出来るか?」
相澤に触れられている背中が解け落ちそうなほどに熱い。脳幹がブレて思考回路が纏まらない。距離が近いせいで相澤自身の匂いが、声が、体の中へと浸透してきて泣きそうになる。
(すき、せんせいすき、くび、すげぇふといし、おとこらしくて、てもおおきい、さこつ、みえる、どうしようさわりたい)
純度百パーセントの欲望が頭の中で渦巻く。
そして、とうとう相澤に向かって手を伸ばしたところで、
「保健室に行くぞ」
と言われてしまって、ハッと我に返る。
リカバリーガールに診られてしまっては個性事故のことが発覚してしまう。それは駄目だ。
爆豪は伸ばした手で相澤の手を振り払い、言うことを聞いてくれない腰を叱咤してどうにか立ち上がる。深く呼吸して酸素を取り入れる。落ち着け、冷静に、対処を誤るな。
「ちょ、ちょっと、立ち眩みがしただけだ、問題ねぇ」
「……しかし顔が赤いぞ。目も潤んでる。熱があるかもしれない」
「ない。大丈夫だ。顔が赤いのは、あれだ、朝走って学校に来たから」
「でも」
「本当に体調が悪かったら、先にちゃんと保健室に行ってる。ただの立ち眩みだ」
苦しい言い訳かと思ったが、徐々に落ち着いてきている爆豪の様子に相澤もどうにか納得してくれたらしい。
「確かに、お前は自己管理をきちんとしているからな。今はお前の言葉を信じるよ。でも本当に体調が悪化して来たら、その時は保健室に行きなさい」
「わぁった」
頷きながらも、相澤が自分のことを認めてくれている発言をしたことで気も漫ろ。すき、すき、と言ってしまいそうになる唇で咳払い。
そのタイミングで何も知らない耳郎が教室にやって来て、朝の挨拶のあとで「あれ、先生捕縛布してないんですか?」なんて話し始めた。
「今日は早朝パトロールが当たっていてな。その時に空き巣と追いかけっこしたら頭から水を被った」
「本当だ。髪の毛まだちょっと濡れてますよ」
「ホームルームまでには乾くだろ」
湿った前髪を鬱陶しそうに指で弾いて、相澤は自分の用を済ませて教室から出て行った。
「……あー、爆豪? さっきから同じ所ばっかり拭いてるけど、アンタ大丈夫…?」
一方爆豪は、耳郎に声を掛けられるまで「追いかけっこって言い方クソ可愛いな」なんて他所事ばかり考えていた。
***
最初の難関だと思っていた朝のホームルームは窓の外を眺めることでどうにかやり過ごし、それ以外の授業は相澤の受け持ちがなかったので平和に時間が過ぎていく。もしかしたら個性は解除されているかもしれないなんて少しだけ希望を持つ。
しかし昼休みになって切島に食堂に行こうと誘われた時である。出て行こうとした教室に流れる校内放送。
『ヒーロー科一年A組、爆豪勝己。至急職員室、相澤まで』
用件のみの簡潔な校内放送に、クラスメイトの視線がこちらへと向かう。思わず舌打ちで応戦。
「あっ、かっちゃん何かやらかしたぁ?」
「うるっせぇぞアホ面ァ! テメーと一緒にすんな!」
「ひっでぇ!」
どうやら今日は、平穏無事なまま終わらせてくれるわけではないらしい。
職員室に行って相澤を呼べば、今度授業で使うプリントを綴じるのを手伝ってほしいと言われた。
「…なんで俺」
「日直だろう?」
「……アイツは」
「耳郎はマイクに呼ばれてる」
「チッ」
急ぎで使うものではなさそうなのに、なんで今日なんだよと思いながらも空いている準備室へと並んで向かう。隣を歩いているだけでも心拍数が上がって、格好いいなんて見惚れてしまうので、個性もまだまだ解除には程遠そうだ。
いつも以上に膨れ上がった恋心を、いつも以上に崩れやすくなっている理性でどうにか対抗し、狭い準備室で二人で作業をする。
爆豪が順番通りに資料を並べ、ワンセットにして相澤の近くに置いていく。相澤はそれをホッチキスで二か所止めていく。
ただの単純作業なのに、ホッチキスを使う度に腕の筋肉が少し動くところとか、資料を持つ指の動きとか、横顔に毎秒惚れ直していく感覚。手は止めないものの、視線はすっかり相澤のほう。とにかくずっと見ていたい。見惚れていたい。このまま時間が止まればいいのになんて、読んだこともない少女漫画みたいな思考まで浮かんでくる。
しかし。
「……なんか付いてるか?」
相澤が視線だけをこちらに向けてそう言ってくるものだから、トキメキとはまた違った意味で心臓が跳ね上がった。
「今日はえらく熱心に見てくるな、お前」
「や、別に、気のせいだろ」
「そうか?」
「そうだよ」
これ以上見るのは危ないと踏んで手元の資料だけに集中する。それ以上は何も言ってくるなという空気を醸し出せば、準備室にはまた紙が擦れる音と、パチパチとホッチキスの軽い音だけが響く。
元々そんなに膨大な量ではなかったのであっという間に終わった。整頓された資料の部数だけ最後に確認して、相澤にお礼を言われた。そろそろ二人きりという状況にも、主に心臓が耐えられなくなってきていたので、爆豪は適当に返事をして準備室を出て行こうとしたが、相澤に呼び止められた。
「ちょっとここで待ってろ」
言って、相澤が準備室を出て行った。勝手に教室に戻るわけにもいかず、立ったままだった爆豪は椅子に座って頬杖をついて待った。職員室からはそう離れておらず、五分もしない内に相澤は戻ってきて、手に持っていたものを爆豪に渡した。
「……んだよ、これ」
「昼飯まだだろ? 早朝パトロールが当たってたらたまに弁当が貰えるんだよ。用事を手伝ってくれたお礼に食っていいぞ」
俺は昼飯あるからな、なんて相澤はどこからともなくいつものゼリーを取り出す。
「それは飯とは言わねぇ」
「これ以上に合理的な飯はないだろ」
何をしていても食える、なんて相澤が開発したわけでもないのに胸を張って言うものだから、可笑しくて少し笑ってしまった。ついでにそんな仕草も可愛いななんて思ってしまった。
すると相澤は僅かに目を瞠って、口元だけで柔く笑う。うっかり心臓が止まりそうになったから勘弁してほしい。
「ここで食べていきなさい。他の生徒に見られたら面倒だ」
食べ終わるまで相澤もここに居るようだ。少し離れた椅子に座って、ノートパソコンを開けた。昼休みなのに仕事だろうか。
「いただきます」
「はい」
手を合わせて、さっさと食べてしまおうと手と口を動かした。ノートパソコンに向き合う相澤の真剣な眼差しなど、想像しただけで好きだと叫んでしまいそうだったので、出来るだけ無心で食べ進めていく。味もなにも分かったものじゃないが、どうだっていい。
もうそろそろ食べ終わるところで、視線に気付いた。顔を上げれば相澤と目が合う。
「体調は、心配なさそうだな」
そして。
「何かあったなら、ちゃんと言えよ」
優しく目尻が落とされて、声色に心配がうっすらと混じっていた。何も言わないまま、目を見開いている自分に相澤が何を思ったかは考える余裕なんてなかった。
「午後の準備があるから先に行く。お前も遅れるなよ」
ノートパソコンを綴じて脇に抱え、相澤は通りすがりに爆豪の頭をポンと叩くように撫でて準備室から出て行った。
扉が閉まると同時に、ゴンッと頭を机に打ち付けた。顔だけでなく全身が茹って、ぷしゅうなんて音を立てて湯気が出る。心臓が痛い。呼吸が出来ない。鼻血が出そうなほどに痛む鼻根を指で押さえて、撫でられたばかりの頭を触れば、相澤に触れられた気がして恥ずかしくて堪らない。誰も居ないからと言って準備室中をゴロゴロと転げ回ってしまいそうだ。意味のない言葉を叫んでしまいそうだ。
(先生が心配してくれてた、気にかけてくれてた、頭撫でてくれた)
心配をかけてしまったのは朝の自分の不注意のせいで、気にかけてくれているのなんて担任として当たり前のこと。頭を撫でるなんてアクションは、存外誰にでもしているものかもしれない。
それでも、今は、気持ちが高ぶってしまっている今は。
他のことなんて考えられないくらいに嬉しくて、舞い上がってしまって仕方ない。
(うれしい、すき、すきだ、せんせ、すき、そうやって気にかけてくれんの、うれしい)
何の変哲もないお弁当が光輝いて見える。相澤が先ほどまで居た準備室の空気が美味しい。底なし沼に足を踏み入れてしまったかのように、制御が効かない感情の中へと沈んでいく。
(……はよ、このクソ個性が解除されねぇと、黙っていられる自信がねぇ)
午後は、相澤指導の下で行われる演習授業。
本日最大の難関である。
***
朝から溜まり続けたストレスを発散するには個性を使うのが一番手っ取り早い。
タイミングよく今日は各々が好きなようにTDL内で個性を使い、伸ばしていく授業だったので早々に人工の崖を登っていって一人の空間を満喫する。
爆豪は丸々三十分休憩なく標的を爆破させ続けた。勿論無暗に個性を使っているだけではない。ちゃんと新技だって思いついたので試している最中だ。こういうのは一つ思いつけば芋づる式に色んなバージョンのイメージが沸き上がってくるので単純に楽しい。こうしてみよう、ああしてみようがすぐに実践できるこの施設は、自分には本当に打ってつけ。雄英に入学するまでは周りの建物や人に注意を払ってひっそりと練習を重ねていたのが嘘みたいに自由。
天井を知らない向上心と挑戦心、それから高揚感。口角が上がって仕方ない。ストレスフルだった心が軽くなっていく。
だから、すっかり油断していた。
「一回休憩を挟みなさい、爆豪」
というより、すっかり忘れていた。朝の通学路でかけられた厄介な個性のことを。
天井を知らなかった筈の向上心たちが一斉に鳴りを潜めて、爆豪は微動だに出来なくなる。
唐突に後ろから掛けられた声と、掴まれた肩。あとコンマ一秒で爆破を生み出す筈だった手の平はしんと静かになって、個性は抹消されていた。
「グローブ越しでも熱を持っているのが分かる。根を詰めすぎるのは合理的じゃないな」
そのまま後ろから静かになった手を取られて相澤の手が翳された。触れることはなかったものの近過ぎる距離に蹲りそうだ。爆豪は、はくはくと震える唇を動かすだけで、声が出ていない。
「…おい、聞いてるのか。爆豪?」
一向に返事をしない爆豪に相澤は訝しげに眉を顰め、前に回り込んできた。見えていなかった顔が見える。見上げて、うっと胸を詰まらせた。
個性はまだ解除されていない上に、今は神経が昂っている。目の前がグルグル回りそうなほどに好きと言う感情に支配されて何も考えられなくなる。だめだ、しっかりしないと。返事しないと。そう考えているのに声が出ない。
「お前今日おかしいぞ。朝からずっとそんな顔して……」
やっぱり具合が悪いのか、なんて言いながら相澤の手が伸びた。顔色を確認しようとしたのだろう。目元を覆っているマスクに指が触れる。指先が、マスクの下に入り込んで、肌が触れて。
「────ッ!」
たったそれだけなのに体中が痺れ上がるほどの電流が流れた様な感覚に陥った。だから慌ててその手を振り払う。何でもないと叫ぶ余裕もないままに足を動かして後退って距離を取ることに躍起になる。兎に角離れたい。物理的に距離を取らないと、大変なことになる。
しかし。
「爆豪!」
あ、と思った時には、繰り返される爆破ですっかり脆くなっていた足場が崩れて体がぐらりと傾いた。目の前にまっすぐ立っていたはずの相澤の姿も傾いていく。
「爆豪‼」
宙に投げ出された自分に向かって一直線に捕縛布が伸びてきているのが見えた。次の瞬間には体中にそれが巻き付き、落ちるはずだった体が止まる。そして相澤のいる地上へと引っ張り上げられた。
ふわりと浮いた体で地面に着地しようとして、上手くいかなかった。
「大丈夫か!? 怪我はないか!?」
着地したのは相澤の腕の中だったのだ。捕縛布を投げると同時に自らも走ったのだろう。おかげさまで不安定な体勢での着地でも何の衝撃も怪我もない。
——ない、が。
(せんせいに、だきしめられてる)
怪我をするよりもそっちの方が爆豪にとっては重大案件だった。
捕縛布でしっかりと縛られたままで、相澤に抱えられているなんてなにプレイだ。ご褒美よりお仕置きプレイが似合いそうだなこの人。なんて訳の分からない思考が暴走して全身の血液が沸騰していく。
離れようと思った結果が今日一番の距離の近さになってしまい、とうとう心の奥底に縛り付けていた恋心が一気に膨れ上がって破裂した。
残念ながら大きすぎる恋心にキャパオーバー。爆豪はなんとも間抜けな顔を晒したままで失神した。鼻血を吹かなかったのが唯一の良点である。
最大の難関はクリアならず。
***
「──……すまない、もう一度最初から話してくれないか」
目の前の生徒から聞いた言葉に、相澤は頭の中が混乱した。
腕の中で失神した爆豪を抱えた相澤は、緑谷のところで話し込んでいたオールマイトに声をかけて演習場の監督を任せた。そのまま体育館γを飛び出す。
足早に保健室へと向かっている最中、一人の女生徒が驚いた顔でこちらを指差した。
「あ、私が個性かけちゃった子だ」
それを聞いた相澤は爆豪が朝から様子がおかしかった理由が分かるかもしれないと、その女生徒にもついてくるように言った。女生徒は相澤が受け持ったこともない、普通科の三年生だった。
リカバリーガールに診てもらった結果、爆豪自身は特に外傷はなく、ただ意識を失っているだけだと診断されたのでベッドに寝かせてカーテンを閉めた。
それで何があったんだ、と話を促す。
女生徒は包み隠さず事の始まりを相澤に説明した。謝罪の言葉も交えながら、しかししっかりとした口調で自分の個性のことを話す。
きっと頭の賢い子なのだろう。渡される情報はどれも分かりやすく、そして話も纏まっている。
でも、だからこそ、相澤の頭の中が混乱した。混乱どころか恐慌状態。そして冒頭の台詞に戻る。
「だから、今朝通学中に転びそうになった私をあの子が助けてくれて、その時にうっかり個性を使っちゃったんです」
「うん」
「私の個性、好きな人への想いを増大させちゃうんです」
「…う、うん」
「元々あの子の中にあった恋心が比較的大きかったんだろうとは思うんですけど、私が更にそれを増大させちゃったから、ちょっとの接触とかでも過剰に反応してパニックになって失神しちゃったんだと思います。…だってあの子怪我とかして倒れたわけじゃないんですよね?」
「……はい」
「好きな人に何かされたか、言われたか……キュンとするポイントなんて人それぞれなので流石に私も何があったかまでは分かりませんけど」
「きゅん」
「はい。胸キュンってやつです」
「……むねきゅん」
「キュンキュンしたんでしょうね」
「きゅんきゅん……」
「好き過ぎて倒れるくらいですから」
本気の本気で好きなんでしょうね。
なんて何も知らない女生徒が言うものだから、相澤は唸るしかない。
「例えば、倒れる以外にどんな反応をすることがあるのかな?」
「私が知る限りでは、顔が赤らんでうっとりしたりとか、心臓が壊れるんじゃないかってくらい高鳴ったりとか。腰が抜ける子もいたし、鼻血噴く子もいましたね。分かりやすく欲情してる子もいました」
「………」
「でもそれは無理矢理私の個性で作り上げた嘘の反応じゃなくて、その子の本心には変わりないんです。ちょっとオーバーリアクションになってるだけで」
聞きながら、爆豪の様子を思い返してみる。
確かにずっと顔は赤らんでいた。目も潤んでいて、だから自分はすぐに風邪と発熱を疑った。教室で倒れ込んだ時も、本人は立ち眩みだと言っていたが違和感があって。そうかあれは腰が抜けていたのか。
ホームルームの間も落ち着きがなかったから半日気にかけて観察して、落ち着いているようだったから昼休みに呼び出した。また発熱のような症状が出るようであれば午後の授業は見学にしようと思ったのだ。随分と熱っぽい視線は感じたが、食欲はあったから、大丈夫だろうと判断した。
が、気にかけるべきはそこではなかったのだ。こういう理由があるのなら接触を控えるべきだった。
(……いや待て。誰もそんな理由があるなんて思わんだろう)
例え、半日観察した結果なぜか爆豪の様子がおかしくなるのは自分の前だけであったとしても、相澤は個性事故のこと自体を知らなかったのだから。
それに普段は全くそんな素振りを見せない。近寄れば睨み付けてくるし、さっさと離れていく。話すときは用件のみ。冗談も戯れも笑顔もない。
嫌われてはいなさそうだけど、好かれてもいない。可もなく不可もなく。ただ害がないから先生と呼んでくれているだけ。その程度の評価だろうと思っていた。
だけど。もしもそれが全部、好きと言う気持ちを隠している行動だとすれば──……。
(かわいいな、くそ)
恋愛なんて全然興味ありません、みたいなクールな顔をしているくせに。可愛い女の子にも、色気のある女性にも目もくれないくせに。相澤が救助の一環として引き寄せただけで失神してしまうくらい、好きだと思っている心があるのが事実。嘘偽りのない恋心。自分で言うのもなんだが小汚いただのおっさんだぞ、なんて苦笑い。
それでも何故か、悪い気はしなかった自分に首を傾げる。
生徒からの恋愛感情なんて煩わしいだけなのに、僅かとは言え喜んでいるのは何故だろう。他の誰にも変わった様子を見せなかったのに、自分の前では動揺して紅潮してくれていたことが嬉しいのは何故だろう。
(────……あれだ、懐かなかった野良猫が初めて猫缶食ってくれた時の、あの感じだ)
触発されて沸き上がりそうになったその感情を必死に猫を思い浮かべることで誤魔化して、ひとつ咳払い。
「個性を解除する条件は?」
「時間経過です。遅くても夜の八時までには解けると思います」
「そうか」
その言葉に深く安心した。明日の朝にはいつも通りの爆豪になっているのならば、これ以上授業に差し支えることはない。
女生徒には、今後個性事故があったときにはすぐに報告するようにと懇々と釘を刺して、授業に戻るように言った。爆豪がいつ目を覚ますかもわからないから、謝罪の場は後日設けるとしよう。
深々と頭を下げる女生徒が出て行くのを見送って、リカバリーガールに自分も授業に戻ると声を掛けた。しかしリカバリーガールは表情を変えないまま首を振った。
「別のクラスからも呼び出しがかかっててね。ちょっと席を外すからその間ここにいてやってくれないかい?」
「は?」
「誰かが居てやらないと、あの子が起きた時に状況が分かんないだろう」
「いやそれはそうですが、俺も授業が……」
「こういう時の副担任だよ。オールマイトに任せな」
そういうわけにはいかない、と口を開けばチョコレートを放り込まれた。そのまま脇を抜けてリカバリーガールは保健室から出て行ってしまう。
一緒に話を聞いていたから状況を分かっているくせに、と奥歯でチョコレートを噛み砕く。久しぶりに食べた糖分はゆっくりと脳へと運ばれて、そういえばリカバリーガールにも、崖から足を滑らせて落ちかけたことは説明しても、自分が抱きかかえたことで失神したとは説明していなかったなと思い出す。
(…まぁあの顔は色々と察しているのだろうがな)
出て行く間際にニヤリと笑ったのはきっと見間違いではないだろう。
さてどうしたものかと思案する。
知る予定ではなかった恋心を、爆豪からすれば知られる予定ではなかった恋心を、知ってしまった自分はどう動くのが正解なのだろうか。
後日あの女生徒が正式に謝罪する場を設ける手前、何も知らないふりはもう出来ない。かと言って俺のこと好きなのかなんて聞けるわけもない。好きだと言われてどうすることだって出来ない。
「……っ、ん……」
答えが出る前に真っ白のカーテンの向こう側で衣擦れの音。それから寝起きで、鼻にかかった爆豪の吐息交じりの声。あぁもう起きてしまったのかと焦る。個性はまだ解除されていないのだろうか。会ってみないと分からない。
(……どうする)
会って、個性が解除されてなかったら。
(また、あの顔を見るのか)
内なる気持ちを知ってしまった今、あの顔をした爆豪相手に冷静でいられることが出来るだろうか。そう考えて朝から水に濡れたせいでいつもよりゴワゴワしている頭を乱暴に掻いた。
(ンな風に考えてる時点で冷静じゃねえだろ)
出来るだろうか、ではなく、冷静でいなくてはならない。自分は教師で、あの子の担任なのだから。
生徒からの恋心ひとつで動揺なんてしている場合ではない。例え好きと言われても、今まで告白してきた生徒同様に冷たく断ってしまえばいいだけだ。
(でも)
何故か、この子を泣かしてしまうのは嫌だなと、心底思ってしまった。
だからどうか個性が解除されていますようにと。
そして、お願いだから今はまだ告白なんてしないでくれよと願いながら、真っ白なカーテンに手を掛けた。