おいで

※ダンボールに詰め込まれたかっちゃんのアレ

(やっぱり殺す)
 ポツポツと降ってきた雨を睨み付けると、心の中で渦巻いていた感情を確固たるものにした。酔っ払いの所業だとしても、高校時代からの旧友だとしても、許せないことはある。
(殺す、ぶっ殺す。アイツら全員覚えとけ!)
 記憶の中でこちらを指差しながら涙を流して大笑いする瀬呂と上鳴は、このクソ個性から解放された瞬間に爆破しよう。
 本格的に降り始めた雨は容赦なく髪も服も、それから自分が入っている段ボールまでも濡らしていく。捨てばくごう、なんて上鳴がお遊びで書いた字も滲む。
 まるで捨て猫のように、個性事故で段ボールに閉じ込められて早三十分。うっかりと個性を掛けてしまった通行人が言うには、一時間もあれば個性は解除されて自由の身になれるらしい。折り返し地点までどうにか耐えたが、この雨に打たれ続けるのは流石に気が滅入る。風邪をひいて、熱が出てしまうのは確定事項だろう。あぁ、腹が立つ。
 最早何回目かも分からない舌打ちと、ぶっ殺すと言う物騒な言葉を吐き続けていれば、よく知った顔を遠くに見つけた。夜も遅いのでほんのりと照らしている街灯の灯りだけが頼りだが、あれを見間違えるわけがない。良かった、これで解放されると胸を撫で下ろす。
 透明のビニール傘を差して、のそのそと歩いてこちらにやってくるその男は爆豪を見つけて一瞬足を止めた。次いで驚くべき速さで目の前にやって来た。地面が濡れているにも関わらずに膝をつき、さっと傘を差しだしてくる。いつもは重い瞼に殆どを覆われている目は、驚きからか全部持ち上がっていた。
「なっ、なにをやってるんだ、お前!」
「おかえり、先生。さっさとこのクソ個性解除すんの手伝えや。俺ァ今すぐにアホ面としょうゆ顔をぶっ殺してぇ」
「は? なに、上鳴と瀬呂? いやこれ、え、捨てばくごう?」
「三人で飯食った帰りにクソ個性事故に巻き込まれたんだよ。で、アイツらが面白がってこんなん書いて此処に放置しやがった。だからぶっ殺してぇ」
 此処、とは相澤と爆豪が一緒に住んでいるマンションのエントランス前である。せめて中まで運べと言ったが「こっちのほうが先生すぐに見つけてくれんじゃん? それに猫っぽいから喜ぶって!」という酔っ払いの上鳴による訳の分からない提案でそれは叶わなかったのだ。相澤以外に見られなかっただけマシだが、許すことは出来ない。
「何の個性なんだ、これ」
「あー、一時間段ボールに閉じ込められるだけだって。もしくはキーワードを誰かに言ってもらえればすぐに出られるらしいぜ」
「キーワード? なんだ、それは」
「   」
「ん?」
「   」
「……成程。キーワードは自分では言えなくなってるのか」
「そう」
 でもアンタなら口を読んだだろう、と聞く。
 キーワードはたったの三文字だから難易度は低い。だから早く今のキーワードを言ってここから出せと急かす。しかし相澤は自身のコスチュームの袖で爆豪の濡れた顔を拭いながら、ジーッとこちらを見てくるだけだ。そして上から下まで眺めて、ふむと頷く。わざとらしく、うーんとも唸る。
「何を遊んどんだ、アンタ」
「困ったなぁ」
「アン?」
 唸って、眉を寄せるほど困ることはあるまい。いいからさっさとしろと舌打ち。
「出してあげたいのは山々なんだが、キーワードが分からんな」
「ハァ!? ぶっ飛ばされてぇんか!」
「残念だな。さっきので分かってやれれば良かったんだが……」
「おいこらおっさん。下手な演技してんじゃねぇぞ。台詞が全部棒読みなんだよ」
「うんうん。困った。これは、あれだ、片っ端から試していくしかないなぁ」
「……よし、分かった。ここから出たらまずアンタを爆破する。その次があの二人だ。覚えとけ」
ガルルル、と威嚇したところで何処吹く風。今の自分はどうしたって此処から出られないのだ。それをちゃんと理解している相澤の顔は随分と楽しそうだ。
そして。
「今日のお弁当も美味しかったよ」
「いつもありがとうね」
「昨日は洗濯物の畳み方が雑になってしまって、悪かった」
「朝、寝惚けてくっ付いてくれるのは嬉しいけど襲いたくなるから程々に」
「あ、今週末の休みはゆっくり出来そうだから、今度こそ買い物に行こうか」
それから、それから。
今までに言われたことがないような言葉の羅列に怒りで満たされていた脳内が緊急停止。今度はこちらが目をまん丸にする番だった。
そして、とうとう。
「好きだよ」
 と言われてしまって、誰を爆破するよりも前に自分自分が爆発した。ボンッと音を立てて顔が赤くなる。
「はっ!? なっ、なに、なっ、てめ、…っ……!!」
 長い間一緒に居るけれど、そんな言葉を貰ったのは付き合うと決めたあの日以来だ。
 と言うよりも、言われる前にいつも爆豪が逃げていた。だって長年片想いをしていた男に真正面から好きだと言われてみろ。嬉し過ぎて、恥ずかし過ぎて爆発しない方がおかしい。
「…………ウン。久しぶりに言うと、アレだな、照れるな」
 こっちは照れるとか、そういう次元じゃない。顔だけではなく全身隈なく真っ赤に染まっている自信がある。ふざけんなよ、このやろう。散り散りになってしまった怒りを掻き集めてキッと睨んでみるけれど、その目も潤んでしまっているのだろう。相澤にはダメージが無さそうだ。
「でもまぁ偶にはいいだろう? いつもお前はすぐにどっか行ってしまうからな。こういう時に、逃げられないときに言うが勝ちだ」
「ふっざけんじゃねぇ! クソッ! クソッ! クソがァッ!!」
「照れるな照れるな」
 頭が上手く回転せずに語彙が乏しくなっているのもお見通しなのだろう。相澤は呑気に笑って、それからようやっと立ち上がった。傘は爆豪の肩に立てかけられている。
「さ、そろそろ帰るぞ。風邪ひいちまう。先に風呂だな、一緒に入るか?」
「誰が入るか! いいからはよ、此処から出せや!」
「はいはい」
 相澤は水が滴るくらいに濡れてしまった髪の毛を適当に掻きあげて、未だ段ボールの中で座り込んでいる爆豪に向かって手を伸ばした。
「おいで」
 途端に体が軽くなる。金縛りが解けたような、そんな心地。
 爆豪は伸ばされた手を掴むことなく、勢いをつけて跳ね上がるように立ち上がる。相澤の顔面目掛けて極々小規模な爆破を繰り出したが、当然のように避けられる。躱した体勢そのままに、するりと脇を抜けていってしまった。
「待て!」
「待たないよ。早く行くぞ、寒い」
「〜〜〜〜ッ、温め殺したるわッ!」
「おっ、珍しい。一緒に入ってくれるのか」
「今日だけだわ! 調子に乗るなよ、おっさん」
「えええ……」
 さっさとエレベーターのほうへと向かう相澤に釘をさしながら、爆豪は自身が入っていた段ボールを潰して抱え、傘に付いた水滴を払って畳む。
「今日だけなら手出してもいいか? 明日はちょっとゆっくりなんだ」
「俺ァ早番だから駄目に決まってんだろ!」
 エレベーターに入り込んで待ってくれている相澤に追いついて、すぐに荷物を押し付けた。俺は怒ってるんだとアピールしたところで届いていない相澤は、捨てばくごうの文字を見ては笑っている。
「あんだよ」
 静かに動き出したエレベーターは二人の部屋まで連れていく。
「いや、捨て猫みたいに捨てばくごうがその辺にいれば、全部拾ってしまいそうだなって」
「バカかよ」
 鼻で笑いながら小馬鹿にして、それでも心の中でそれも悪くないと想像した。
 さっきのように、相澤の大きな手に迎え入れられるのは悪くない。寧ろ、好きだ。恥ずかしさと怒りの感情が邪魔しなかったら、きっと嬉々として飛び込んでいたことだろう。
 二人は止まったエレベーターから出て、同じ部屋へと帰る。
 そして。
「……やっぱり、手ぇ、出しても、」
 それ以上は続けられなかったけれど、まだ少しだけ背の高い相澤の唇が笑った気がしたから伝わったのだろう。
「おいで」
 荷物を置いた相澤に手を取られて早々に風呂場へと向かった。

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