ラブ・ショコラ

※デクくん、ショートくん他いろいろ出ます
※ふわっと読んでください


人が行き交う巨大な街の真ん中に、重いギターの音が流れ込んでくる。次いで、追いかけるようにベースとドラムの音が混じり合う。胸が弾む高音と低音。走り出したくなるようなアップテンポなイントロ。そして音に溶け込むような、それでいて全ての音の魅力を最大限まで引き上げて拡散するような女の子の歌声。ガールズバンドが歌うは可愛らしい恋の歌。
 スマートフォンを見ていた学生も、足早に通り過ぎていく会社員も。パトロールをしていたヒーローも、母親に手をひかれる子どもも。何気なく音の出所へと顔を上げた。視線の先には背の高いビルに備え付けられた巨大モニター。
有名な菓子メーカーの新しいCMらしい。真っ白でシンプルなキッチンに企業のイメージカラーである赤を至る所に散りばめている。
モニターの真ん中に現れたのは、一人の青年。
「あ、デクだ!」
子どもたちが嬉しそうにその名を呼ぶ。雄英高校時代から何かと有名人だったヒーロー・デクは、今や広い世代から支持をされている立派なプロヒーローである。
しかし今日はいつものコスチュームに身を包んでいない。キッチンと同じ白の厚手のセーターに赤いエプロンを着ている。胸元にはデクの拳を表しているワンポイントと掛け声が刺繍されていた。
キッチンへとやって来たデクは、予め用意されていたチョコレートの赤い箱を開けていく。人々を守る大きな、少し歪んだ右手で箱を幾つか開けて、包丁を取り出して砕いていく。いつもの調子で笑っていたのは最初だけで、包丁を握りしめる顔はあまりにも必死。料理はしない派のようだ。
ようやっと砕いたと思えば今度は湯煎。手元がアップになって、砕かれたチョコが透明のボウルの中で液体になっていく様子が見える。シリコン素材のヘラで丁寧に混ぜて持ち上げると、いい具合に蕩けたチョコがボウルへと落ちていった。悪戯な顔をして、味見しようかと指を伸ばしたところで首を振って止めた。
デクは湯煎が出来上がったチョコレート入りのボウルを持って、ひとつ笑顔を残して画面の外へと歩いていく。

後ろで流れているガールズバントの曲はまだ続いている。

次に画面に現れたのはショートである。きゃあ、と制服姿の女の子が喜ぶのも無理はない。端正な顔立ちと、炎と氷を巧みに操りながら闘う姿に初恋を奪われたという子が多いのだ。デクは全世代から均等に支持を得ているのに比べ、ショートは若い世代からの支持が圧倒的。とは言え、つい先日の籠城事件での活躍を機に支持層が広がっているというデータも出ている。これから彼の活躍ひとつで支持層などいくらでも広がり、増えていくだろう。
 そんなショートがモニターの中で、難しい顔をして格闘しているのはハンドミキサーだ。透明のボウルに入れられた卵白をハンドミキサーで泡立てていく。ハイネックの白のセーターの下では、やたらと腕に力が入っていそうだ。こちらも料理はしない派らしい。角が立つまで無事に泡立てる事が出来て、心底安堵している。
 今度はそこに薄力粉を入れて混ぜていく。薄力粉が入ったボウルを手に取って勢いよく卵白の上へと入れた。当然細かな白い粉がぼふりと舞い、折角炎と氷のワンポイントが刺繍されている赤のエプロンが白く染まってしまった。顔にまで舞い上がってきたのだろうか、水を弾き飛ばす犬のように顔を左右に振っている。無言で眉を下げている姿に、制服姿の女の子がいっそう盛り上がる。
 気を取り直して今度はシリコン素材のヘラでさっくりと混ぜていく。途中で溶かしたバターも加えて、更に混ぜていく。
そのタイミングで画面の外からデクがやって来た。手に持っているのは先程湯煎が終わったチョコレートである。二人は高校時代から仲が良かっただけあって、にこやかに会話を繰り広げながら作業を進めていく。タイミングを合わせてデクが少しずつチョコレートを流し込んで、ショートはそれを大きく混ぜ合わせる。二つの色が混じって柔らかな色になる。
 生地が混ざり合ったら今度は丸い型に流し込んで、空気を抜いて。それからショートがオーブンへと入れた。使い方が分かっていなさそうなショートの代わりにデクがタイマーをセットしてスタートボタンを押した。
 ふんわりとした灯りに包まれて焼けていく生地を見守って、二人は顔を見合わせて「楽しみだね」とでも言うように笑う。それから画面の外へと歩いていった。

 曲はとうとう最後のサビへと向けて音の密度を上げていく。

序盤よりも激しさを増したギターの音に合わせるように最後のヒーローが現れた。ヒーロー名や個性を体現しているかのようなツンツンと尖った髪型と、キッと吊り上がった瞳。例え支持していなくても名前や経歴は知っているという人が多い爆心地である。
一度敵と対峙すれば敵顔負けの顔で強気な言葉を吐き続けるのだが、そうでないときは存外静かな顔をしているのだと世間に認知されるようになったのはここ最近の話。
 首回りがざっくりと開いた薄手の白のセーターを着ている爆心地も先の二人と同じように赤いエプロンを着けていた。胸元には彼のコスチュームの篭手を連想させる爆弾のマークがひとつ。
 赤と白のチェック柄のミトンを両手に着けて、オーブンから焼けたチョコレート味のスポンジを取り出した。丸いケーキクーラーの上へとスポンジを移す。
 ミトンを外し、大きなケーキナイフでスポンジを切っていく。デクやショートと比べて手慣れている様子で淡々と作業が進み、あっと言う間にチョコクリームも塗りたくられ、二層のスポンジの間には苺が飾られていく。
綺麗にコーティングされたケーキのデコレーションを完成させようとしていれば、デクとショートがやって来た。爆心地はあからさまに嫌な顔をしたが、二人は慣れているのだろう。勝手に各々が好きなように苺やベリーを飾り付け始めた。合間を縫うように爆心地がクリームを絞り、それからチョコ細工を乗せる。ショートが仕上げに粉糖をかけようとしたが、爆心地が取り上げてノーを示している。薄力粉の前科があるからだろうか、デクも難色を示して、結局仕上げは爆心地頼みである。そして、三人が作り上げたチョコレートケーキが完成。曲がゆっくりと終わっていき、最後にデクの声でナレーションが流れた。
『――なんでもない一日を、記念日にしよう』
同時に流れるのは沢山の写真。三人ともが誰かと一緒にチョコレートケーキを食べている。
『ウェブ限定スペシャルムービーが公開中です。是非、公式サイトをチェックしてみてください。それではみなさん、よい一日を』
年齢を重ねてもどこか可愛らしい声をしているデクの声で映像は終わり、いつもと変わり映えしない広告が流れる。僅かに止まっていた通行人の時間は元通り流れ、ヒーローに守られる巨大な街は平和な一日を刻んでいく。


***


 スペシャルムービーというのは三通り用意されていた。一人ひとつのストーリーだ。ガールズバンドが歌う歌一曲分の動画は瞬く間に再生されて、SNSのトレンドを関連ワードで埋めていく。
『なんでもない一日を、記念日にしよう』と、巨大モニターではデクの声で流れていた言葉もスペシャルムービーではそれぞれの声に変わっていた。しかしそれ以降の音声はない。
 まず、出来上がったチョコレートケーキを持ってデクが訪れたアイボリーを基調とした部屋。そこにはアンティーク調の、歴史と重みを感じるような家具が配置されている。部屋には先客が一人。顔は映らないようにされているが元平和の象徴・オールマイトであろうことは誰もが気付いた。
 メインに映っているデクは嬉しそうに興奮気味にケーキの説明をして、食べてくれますかと照れたように笑い、赤いケーキフォークを差し出した。受け取ったオールマイトがケーキを一口。表情は見えないが美味しいと言ってもらえたのだろう。デクの顔がいっそう輝いて、それから二人で一つのケーキを分け合った。
『大切な人が笑ってくれる。それだけでなんと幸せな一日だろう』
画面の中央に文字が表示され、最後にとびきりの笑顔が映し出された。
続いてショートが向かった部屋もアイボリーを基調としているが、しかしチェストやテーブルはガーリーなものが多い。飾られているぬいぐるみの一つはショートを模していて、その左右にも幾つかぬいぐるみが並んでいる。男の子の顔をしたものや女の子の顔をしたもの。少し怖い顔をしているものもある。テーブルには花も飾られている。
部屋に入ってきたショートを待っていたのは女性だった。デクの時と同じく顔は見えないが、肩にかかる髪の毛はショートのものとよく似た色をしている。お互いテーブルを挟んで向かい合わせに臙脂色のソファーに座る。
ぽつぽつと静かなトーンで話をして、それからショートがケーキを勧めた。照れる様子は見せず、真っ直ぐに食べてほしいと訴えているようだ。次いで、しっかりと目を合わせたまま何かを口にした。長く続いた言葉を受け取った女性は嬉しそうに口元を綻ばせて、ケーキを口にした。
『感謝の気持ちを伝えてみよう』
 文字の奥で、嬉しそうに女性が何かを話すとショートは子どものように無邪気に笑った。
 そして、短時間で驚異の再生数を叩き出したのが爆心地である。
作業していたキッチンで、三人で作り上げたケーキとはまた違うチョコレートケーキを作っている。いや、ケーキと言うには少しばかり小さいサイズのスポンジである。マフィンほどの大きさのスポンジをスライスしていき今回は生クリームをサンドする。それを二つ作る。
お皿に並べ、小さく切った苺も飾り付け、猫の形をしたチョコを器用に乗せる。崩さないようにチャービルを添えて、お皿も粉糖やチョコレートソースで飾りつけしていく。デクやショートとは違う明らかな特別仕様。
用意を終えた爆心地はエプロンを外し、ケーキを持って移動する。画面の外に消えたと思えば場面が切り替わる。目が覚めそうな赤い椅子に座っているのは一人の男性。黒の長い髪は後ろで一纏めにしているので、首回りや肩の筋肉が良く目立つ。その男性に後ろから声を掛けながら、彼の目の前にケーキを置いた。爆心地は正面に座る。
男性の顔が映らないようにカメラのアングルを下げているので、二人の表情は伺えないが、爆心地が食べていいよと言うように手を差し出した。武骨で大きな手が細く紅いケーキフォークを取り、ゆっくりとケーキを口へと運んでいく。
どうやらく口に合ったようだ。二口、三口と進んでいく。見ているだけの爆心地はテーブルに肘を付いて、自分の手の平に頬を預けている。姿勢が変わったので口元だけがほんの僅かに見えた。普段のヒーロー活動中では拝む事が出来ないくらい、柔らかな口元。それがゆっくりと動く。同時に、爆心地の右手がテーブルを這うようにして男性の左手へと伸びた。悪戯でもするように、するりと手の甲や指の付け根を撫でて離れていく。
――何もなかったはずのそこに、銀色の指輪が現れた。
『胸に仕舞った気持ちを口にする』
 爆心地の口元が再び動くと、左手の薬指に小さく光が灯る。
魔法にでもかかったかのような特別な煌きは、爆心地の左手にも。
『どこへ行こうと、帰る場所はここなのだと』
 ナレーションはなく、二人の間に文字が流れていくだけ。なのに、爆心地の穏やかな声が聞こえる気がしてしまう。
 穏やかな時間が流れてBGMが大きくなり、画面が変わって商品紹介と企業のロゴが映し出される。そうしてスペシャルムービーは幕を閉じた。


 ヒーローとしてストイックなほどに鍛錬して自分を高めていることで有名な爆心地に、今まで浮ついた話と言うのは一切なく、このスペシャルムービーは波乱を呼んだ。
これはただの演出なのか、それとも実際に同性のパートナーがいるのか。
デクがオールマイト、ショートが実の母親と奇跡の共演を果たしたことから、あの男性は実際の爆心地のパートナーであるという線が一番濃厚だと思われたが、爆心地の事務所も菓子メーカーも詳しく説明をすることはなかった。説明がないからこそいっそうネット上で熱く議論され、爆心地の熱狂的ファンは毎日様々な悲鳴を上げた。
ただ今まで爆心地を顔や態度が怖いからと言う理由で嫌煙していた人たちが少しずつではあるが支持を表明し始めたらしい。世論と言うのは本当に些細なことであっという間に風向きを変える。

しかし良くも悪くも世間の声を気にしない爆心地は今日も怒号と爆破音を轟かせ、空を駆け回る。
苛烈な爆破を繰り返すグローブのその下に、本当に銀色の指輪が嵌っているのかどうか知ろうとメディア関係者が躍起になっているのを鼻で笑い、助けを求める声に向かって一直線である。

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