ふがいないや

「消太さん、アンタいつまでやっとんだ」
「んー……もう少しで終わるから」
「何回目だよ、それ」
二人で住んでいるマンションの相澤専用の仕事部屋。開けっ放しにされている扉に凭れ掛かった爆豪の声はすっかり呆れ返ってしまっている。それでも相澤は手を止めずにノートパソコンと向き合ったままで業務メールを打ち続けて、また「もう少し」と言う。
「聞き飽きたっつうの」
突っかかってくる爆豪の態度に若干の苛つきを覚えつつも何も言わずにスルーする。口を開けば余計なことを言ってしまいそうだからだ。
「すまん」
謝罪の言葉が口先だけだということも分かっているのだろう。空気が柔和になることはない。
久しぶりに休みが同じになったからショッピングモールに行こうぜと、爆豪に二日前には言われていた。準備が出来たら午前中に家を出て昼は向こうで食べようと、昨夜言われていた。朝起きた時には嬉しそうに相澤のコーディネートまで考えて、鼻歌まで歌っていたのは知っている。
けれど。
「仕方ないだろ、急ぎなんだから」
顔を洗ってご飯を食べて、爆豪が用意してくれた服に腕を通したと同時に鳴ったスマートフォン。緊急招集ではなかったものの、学校関係の急ぎの連絡だった。断りを入れてから電話をして、仕事部屋のノートパソコンを立ち上げて、――いったい何時間経っただろうか。碌に出かけない相澤でも、もうランチタイムが終わっていることくらいは分かる。申し訳ないとは思うけれど、仕事は仕事。決して遊んでいるわけではないのだ。
それを言葉の端々に含ませて返事をすれば、
「急ぎじゃねぇ仕事もやってるくせに」
と、痛い言葉が返ってくる。
「折角パソコン立ち上げたんだから、待ってる間に他の用も済ませておいた方が合理的だろ」
「他の用にまで手ぇ出さなきゃ出発できただろうが」
「本命の連絡がいつ来るか分からん」
「スマホにも同じメールを送ってもらえばいいだろ。つうか待ってる間に行って帰って来れたわ」
「それは結果論だ」
口を開いてしまえば、やっぱり売り言葉に買い言葉。
お互いの声の温度が少しずつ下がっていって、これでは喧嘩になってしまうと分かっていても口は止まらない。
先に言い訳をしておけば、ここ数週間抱えている案件に色々と動きがあって忙しなかったのだ。それに加えて教師としての通常業務にインターン関連の業務。テスト作成に補習。警察から連絡が来る度に休みは遥か彼方に飛んで行ったし、校長から呼び出される度に休憩時間すら無くなった。だから、爆豪の溜め息ひとつで不機嫌に拍車がかかるほどには心に余裕がなく、荒んでいた。
相澤はノートパソコンに向き合っていた体を捻って爆豪に向けた。
「俺はヒーローだけをやってるわけじゃないんだよ」
爆豪のことを蔑ろにいるわけじゃない。約束を破ってやろうと思っているわけでもない。
「そもそも買い物だけなら一人でも行けるだろ。わざわざ二人で行く必要なんてない。ただ待ってるだけなんて、それこそ合理的じゃない」
ただ、休みが何度も無くなっているのも、寝ていないのも、疲れているのも。全部知っているのだから少しくらい考慮してくれればいいじゃないかと思っているだけで。
「それに俺は人の多いところに出かけるのは好きじゃない。知ってるだろ? 折角の休みなんだから勘弁してくれ」
何も言わない爆豪に再び背中を向けて、そのタイミングで届いた本命の連絡にカーソルを合わせてクリックした。
「……あっそ。わぁった。アンタはそこで好きなだけ休みを謳歌してろ」
相澤の脳は既に仕事モードへと切り替わり、爆豪が声を掛けたことにも、静かに家を出て行ったことにも気付かなかった。


集中力が途切れるまで仕事して、ふと気付いた時にはカーテンの向こうはすっかり夜に染まっていて、家の中は物音ひとつしない。二人で住んでいるこの部屋は、たった一人いないだけでこんなにも暗く静かなものだっただろうかと、思わず腕を摩った。
「……かつき?」
恐る恐る呼んだところで返事はなく、ただ宙に消えていく。代わりにスマートフォンがメッセージの受信を知らせてくれた。送信主はプレゼント・マイクこと山田ひざし。
『時間あるなら飲みに行こうぜ!』
そのお誘いに相澤は珍しく二つ返事で家を出た。
爆豪からのメッセージは一通も届いていなかったけれど、自分からもどう連絡すればいいか分からず、こういうのは言葉のプロに相談するのが一番だと思ったのだ。

――……決して逃げたわけではないと、思いたい。


***


「ウン。それはお前がサイテーだわ」
馴染みの居酒屋で待ち合わせてマイクに話を聞いてもらえば、生ビール片手に心底呆れられてしまった。シンプルな色なし眼鏡の奥にあるアップルグリーンにうっすらと怒りが混じっているのも分かる。相談相手を間違えたかもしれないと思った時には既に遅し。
「ショータ」
在学中こそ接点が少ないマイクと爆豪だったが、相澤と恋人関係になってからは随分と仲が良くなった。三人でご飯を食べることはすっかり慣れてしまったし、泊まることも多いので相澤と爆豪の家にはマイク専用の歯ブラシまである。
お互いに恋愛感情を持つことはないが、一人っ子の爆豪からすれば年の離れた兄が出来たような感覚なのだろう。相澤には言えない悩み事をマイクにこっそりと打ち明けているということは今までに何度かあった。そしてこの関係性をマイクは心底喜んでいる。だからマイクは爆豪の味方になることが圧倒的に多いのだ。
「い、いや、ちょっと待てマイク」
今にも始まりそうなお説教タイムをどうにか回避したく、言い訳しようと口を開いた瞬間に、ビシリと口元を指で指された。
声を出さぬままマイクを見れば、
「Be quiet」
相澤に向かっていた指は、言いながらマイクの口元に。
お静かに、なんて怒りの篭った低い声で言われてしまっては無言でハンズアップするしかない。お説教タイムは回避できなかったので、大人しくビールグラスは机に置いて、正座。
「まず一つ。爆豪は昔っからトップヒーローになるために鍛錬して、雄英に入って、卒業してからもずっと第一線で頑張って今のランキングまで上り詰めてんの。それはお前もよぉぉく知ってんだろ? 純粋に夢追って勤しんでんのに、ヒーローだけやってるお前と教師と両立してる俺は違うって言ったのマイナス百点」
そんな風には言ってない、と言いたかったけれど言えば三倍返しを食らうのが目に見えているので黙っておく。言葉のプロに敵うわけがないのだ。
「次。雄英で教師やるって決めたのはお前なんだから、同じ土俵で比べるのもマイナス百点」
「……二重採点」
「ハァーン!?」
「イエ、ナンデモ」
続きをどうぞと手を差し出す。
「じゃあ、次。朝早くからテーマパークに行きたいとか、泊りの旅行に行きたいとか、そんな無茶を言ってるわけじゃないのに買い物すら付き合わないっつうのがマイナス百点。隣町のショッピングモールだろ? 往復三十分だぜ?」
「仕事の連絡が」
「電話してもらうとか、スマホにもデータ送ってもらうとか、時間指定するとか、いくらだって手はあったはずだ」
そうやって待ってる間にも他の仕事しちまうから普段からも自分で自分のの首絞めてんだよ、と言われてしまってはぐうの音も出ない。
「あと爆豪の気遣いにも気付かずに休みの日に外行きたくないとか駄々捏ねてんのはマイナス二百点の大減点! 赤点どころかお前お得意の除籍だなァ、問題児のイレイザーヘッド!」
HAHAHA! と笑うマイクに問題児じゃねぇと突っ込んで、こっそりビールを一口。
「気遣いってなんだよ。アイツ何にも言ってなかったぞ」
「ノーノー! 何にも言ってなかった、じゃなくて、お前が何にも聞かなかったの」
「ハァ?」
一頻り採点して勝手に人を除籍処分にすれば溜飲が下がったのか、マイクは機嫌を直してグイッと生ビールを煽って店員におかわりを頼む。相澤は自分の割り箸を取って鶏の唐揚げを口に放り込んだ。味はよく染み込んでいて美味しいし、酒にも合うが、揚げ方が今一つ気に入らない。爆豪が作ってくれたものの方が何十倍だって美味しいし、食感が良い。食べているのに満たされないのがもどかしい。
「いつもは近場のスーパーで買い物を済ませてるっていうのに、わざわざ隣町まで行こうって言い出した時点で察しろよ、鈍感ボーイ」
「ボーイっていう歳じゃないだろ。もう四十過ぎてんだぞ」
「中身のことに決まってんだろ」
当たり前のようにそう返されて、あしらわれて。少しばかりムッとしていれば店員がおかわりの生ビールを持って来る。マイクは冷えた生ビールを堪能しながらスマートフォンを手渡してくる。
「なんだよ、これ」
渡されたスマートフォンの画面には色んな種類の猫が所狭しと表示されていた。学校や道端で合う野良猫とはまた違った、洗練された可愛さに思わず拡大して隅々まで見ていく。
「それ、爆豪が行こうって言ってたショッピングモールで今日限定でやってた動物ふれあいイベント。映画やドラマに出てる動物の管理会社が主催してる」
勿論猫だけじゃなく犬などの他の動物もいる。離れたブースには魚類も展示されていたらしい。
「むかーし、ラジオでその会社のことを宣伝してた時期があってさぁ。その縁で今回のイベントの優待券もらったんだよ、俺が」
「……ん?」
「で、爆豪にあげちゃった」
「…………じゃあ、おまえ」
「イエース! 爆豪から連絡もらって全部知ってたに決まってんだろ。仕事が終わりそうな時間帯見計らってお前に連絡したんだよ」
「最初にちゃんと言えよ……」
しかし、そう言われて、そりゃそうかと納得する。兄弟のように仲が良いのだから、相澤と喧嘩したことを爆豪がマイクに相談しないわけがない。優待券を貰ったのなら尚更。申し訳なさそうに謝罪したに違いない。
「確かに俺もこの数週間忙しかったし、ショータの気持ちに余裕がないことも、休みの日くらいって言いたくなる気持ちも分かるけど。爆豪は聞いてほしかったんだと思うぜ? ショッピングモールに行きたいなんて珍しいな、何かあるのかって」

――忙しいのは分かってる。疲れてるのも分かってる。だから、休みの日くらいアンタが好きな猫をゆっくり見られたら気分転換になるんじゃないかって思ったんだけど、行かねぇ?

マイクの言葉を聞いて想像したのは、そう言いながら優待券を渡してくる爆豪の姿だった。
「最近あんまり顔も合わせてなかったんだろ? 挨拶すらまともに出来ねぇときあるって聞いた」
ショッピングモールに誘われた時、自分はどんな返事をしたんだろう。あぁとか、うんとか、それしか言ってなかったような気がする。それも忙しなく鳴るスマートフォンをチェックしながら。だってあの時の爆豪の顔がこれっぽっちも思い出せない。
自分を見てくれない目と横顔に爆豪は何を思って、どんな風に言いたかったことを押し殺したのだろう。考えれば考えるほどに、相澤は自己嫌悪の渦の中へと己の身を投じる他ない。今すぐにでもあの日に戻って自分を殴って蹴って縛り上げてやりたい。
「別に疲れてるショータを連れ回したいとか、遊んで自分の欲求を満たしたいとか、そんなことは考えてないんだって。ただ一緒に居て、話がしたかったんだよ」
俺そういういじらしいの泣いちゃう、とマイクはわざとらしくお手拭きで目尻を拭う。相澤は、泣きそうなのはこっちの方だと心の中で零しながら机に突っ伏した。
四十を過ぎた大の大人が自己管理も出来ずに仕事に忙殺されて余裕を無くし、十五も年下の恋人に気遣われて。しかもそれにも気付かずに当たって、酷いことを言ってしまった。踏み躙ってしまった。ごめんなさいという口を持たずに旧友と酒に頼るように居酒屋にやって来て、電話の一本だってしていない。
「……言ってくれないと分からん。恋愛は得意じゃねぇんだ。回りくどいのは合理的じゃねぇ」
「ま。得手不得手は別として、恋愛なんて始まった瞬間から非合理的な感情の連続だって。くだらないことで一喜一憂して、相手のことを慮ってばかりで面倒で鬱陶しくて煩わしくて、報われないことが多くて」
でも。
「全部ひっくるめてでも一緒に居たくて話したくて、心配で、好きで仕方ないんだろ、爆豪は」
「面倒で鬱陶しくて煩わしいのは俺か」
「マイナス五百点の問題児だからな」
「そうか。……まぁ、そうだな」
「冷静になったかよ」
「あぁ」
体を起こして残っていたビールを飲み干した。グラスから口を離せばマイクに出汁巻き卵を口の中へと放り込まれて、咀嚼しながら何だよと目で訴える。
「美味い?」
「勝己が作った方が美味い」
「そういう事をちゃんと伝えろよ、問題児」
「そうする」
頷いて、爆豪に連絡を取ろうとスマートフォンを取り出した。頭の中の整理が出来れば会いたくて仕方ない。やっぱりメッセージの一通だって来てないし、もう呆れられて、捨てられているのかもしれないけれど、それでも目を見てちゃんと謝りたい。
「なぁマイク、俺そろそろ」
メッセージを打ちながらそろそろ帰るよと言おうとすれば、
「あ、そう言えば」
と、間延びした声に話の腰を折られてしまう。次の言葉をじっと待っていれば、勿体ぶるように生ビールを一口飲むので相澤が急かす。
すると。
「ちょっと前から爆豪が外で待ってるぜ。俺が連絡しておいた」
「だからそういうことはちゃんと言え!」
わっと叫んで慌てて帰る準備をし始めた相澤を見てマイクが上機嫌に笑う。どうやらここまでが相澤に対する処罰のワンセットだったらしい。キーケースなどの少ない荷物をポケットに強引に捩じ込んで、財布から取り出した紙幣を机の上に置く。今夜は相澤の奢りである。
「ひざし」
立ち上がって、一歩踏み出す前に旧友の名を呼んだ。
「今日は悪かったな。それから、」
ありがとう、と呟いた声は随分と小さく、周りの酔っ払いの喧噪にすぐに掻き消されてしまった。
それでもちゃんと届いたのだろう。マイクが揶揄うように小さく口笛を吹く。
「ちゃんと大事にしろよ」
「わかってる」
その言葉を最後に相澤は大きく一歩踏み出した。


***


外に出れば道路の向こうに爆豪の背中が見えた。まだこちらには気付いていないようなので、相澤は足早に近くの横断歩道を渡って距離を縮めたが、どうにもあと少しが縮める事が出来ずに足が止まってしまった。
「勝己」
助けを乞うかのように名前を呼べば遠くを見ていた石榴色の瞳がゆっくりと相澤を捉えて、それからフッと眦を眇めた。
「情けねぇ顔だなァ」
まるで朝の喧嘩などなかったかのような声色と表情。高校生の時を思い出すような笑い方。あぁ、この顔を見るのは随分と久しぶりだなと、思ってしまったら止まらなかった。
相澤は躊躇していたあと一歩を一気に詰めて爆豪の腕を取った。家から近い居酒屋を選んでいて良かったと頭の隅で考えながら、そのままズンズンと進んでいく。夏と秋の虫の声が入り混じった道を抜けて、後ろから声を掛けてくる爆豪の腕は必死に掴んだまま。そのうち爆豪の声は聞こえなくなって無言で歩を進めていく。
二人で選んだマンションに帰ってきて、ポケットに捩じ込んだキーケースを取り出した。その拍子にスマートフォンが落ちたけれど、もうどうだっていい気がしてドアを開けていれば爆豪がそれを拾う。何やってんだよと言われても碌に返事も出来なくて、兎に角爆豪を家の中へと押し込んで、靴を脱ぐ時間すら勿体なく思ってそのまま勢いよく抱き締めた。
「うわ、こら……っ!」
狭い玄関で加減もなく相澤が抱き付いたせいで爆豪が倒れるように尻もちをつく。追い掛けるように一緒にしゃがみ込んで、下敷きになった自分の靴が押し潰されて形が変わろうと、服が汚れようと構わずに真正面から抱き締めた。
うっすらと汗をかいている首筋に唇を擦り寄せて、綺麗に筋肉がついた上半身を腕の中で堪能する。皮の厚い手の平で背中をあやすように叩かれて、名前を呼ばれた。
たったこれだけのことで、余裕がなく荒んでいた心が潤っていく。
(俺は何をやってんだ)
マイナス五百点では、除籍程度では足りないかもしれない。みっともない。情けない。
この子にいなくなられると全てが駄目になってしまうくせに、いなくなられてもおかしくないような事をして。
「かつき」
未だ暗く静かな部屋に響くのは震えている自分の声。
「……ごめん、なさい」
こんな情けない声は聞かれたくないのに、どうにも力が入らない。
せり上がってくる感情と、鼻の奥がツンとする痛みはどうにか飲み込んで謝罪を繰り返す。どれだけ情けなくとも、泣いて謝るのだけは避けたかった。泣きたいのはきっと理不尽に傷つけられた爆豪のほうだから。
しかし。
「今まで見た中で、一番情けない顔してんな」
爆豪の声には、悲しさも寂しさも滲んでいない。寧ろ、どこか嬉しそう。
背中に回っていた爆豪の両手が相澤の頬へと移動し、包み込まれて、真っ直ぐに向き合う。開けっ放しのカーテンから月の光差し込んでくる。暗かった部屋に明かりが灯る。その灯りは石榴色に乱反射して二人の間に細かな星が散っているよう。
「怒ってねぇよ。別れるつもりもないし、出て行かない」
ただ。
「ちょっと反省してただけだ」
言われて相澤は眉を顰める。反省するのは自分であって、爆豪ではない。
「最近ずっと話も出来てなかったからって、回りくどいやり方を選ぶべきじゃなかった。最初から全部アンタに言えば良かったんだ。マイクがチケットくれたから猫を見に行こうって。そうすればアンタが機嫌を損ねることもなかったし、きっといい休日に出来た」
「っ、それは違う、かつき、お前は何も悪くない」
「俺も悪い。そんでアンタも悪い。いくら恋人でも言って良い事と悪い事があんだろ。だから、」
ちゃんと仲直りしようぜ。
長い前髪越しに額を擦り合わせて、ゆっくりと爆豪の唇が弧を描く。ついさっきまで懐かしい笑顔を浮かべていたのに、一瞬で大人の顔になる。
出会ってから約十年。
もう高校生ではないのだと頭では分かっているけれど、こういった表情を見るたびに寂しい時がある。両腕に抱えきれないほどの感情を持て余していたあの頃の子どもは、もう何処にもいないのだと思い知らされる。
――思い知らされて、不安になる。
この子が大人になってしまった今、自分はどう映っているのだろうと。十五の子どもから見れば立派な大人に思えても、二十五の青年からすればどうなのだろうと。
「……大人になったな、お前は」
ポツリと、意図せず言葉が零れ落ちてしまった。しまったと焦るももう遅い。
「あ? 当たり前だろうが」
「うん、そうなんだけど。もう二十五になったしな、大人にもなるよな」
「や、そうじゃなくて」
首を振る爆豪に、首を傾げることで返事をすれば、
「消太さんが一緒に居てくれるから、大人になれてんだろうが」
辛い時には傍に居て、余計なことは言わずに見守ってくれる。成長を喜んでくれて、間違いを指摘してくれる。冷たいようで、誰よりも優しかった大人。
「アンタみたいな大人になりたくて、だから、」
それ以上言葉は続かなかったけれど、それで良かったと相澤は心底思う。また「今まで見た中で一番情けない顔」の記録を更新してしまうところだった。相澤は顔を隠すように爆豪を抱き締めて、肺腑が空になるまで息を吐き出した。
「……難しいんだって実感した。アンタがしてくれたような事をしようとするのは」
だから反省と言っていたのかと合点がいく。相澤がゆっくりと首を降れば、長い髪が擽ったかったのか小さく肩が跳ねた。
「十分だよ。十分嬉しい」
「喧嘩しちまったら意味ねぇだろうが。猫も見られなかったし」
「いいんだよ。自分を省みるいい一日になった」
それに今日知らなければ一生知らないままでいたかもしれない爆豪の想いも気遣いも知れた。内心穏やかではなかったけれど、終わってみれば実りの多い一日だった。
だが、二度目を経験するのは御免である。二度目が来ないように、傾向と対策を練らなくてはいけない。まだ二人の休日は終わらないのだからゆっくりと話し合おう。
「今度お前に合わせて休みを取るよ。その時に今日の埋め合わせをさせてくれ」
「……休めるんか?」
「…………まぁ、たぶん、どうにか……」
「そうかよ」
自信を持って休めるとは言い切れない相澤に爆豪はクツクツと笑って、酒を飲んだせいでいつもより熱い耳元にキスをしてくる。
「今度はちゃんと俺が消太さんを支えるからな」
覚悟しろやと、自信満々に言ってくる爆豪に素直に頷く。
「うん、覚悟してるよ」
だからどうか、捨てないで。
まだ素直に伝えきれない弱い言葉はキスの中に織り交ぜた。

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