スモールワールド

「ということで、今夜爆豪が小さくなる。明日は手が空いてる奴で面倒みるように。以上、解散」
 あまりにもざっくりとした説明に困惑するA組メンバーを置き去りに、相澤は捕縛布でグルグル巻きにした爆豪を肩に抱えて生徒寮内に設置されたエレベーターへとさっさと向かう。獣のような唸り声が聞こえるのは、間違いなく爆豪が発信源だろう。唯一確認できる目は体育祭を彷彿させるほどにつり上がっている。
「今夜は俺が爆豪の監視に付くから、お前ら他に面倒事起こすなよ」
 そんな唸り声には耳も貸さず、相澤はエレベーターに乗り込み爆豪の部屋がある階のボタンを押した。


 部屋に到着した相澤は肩に担いでいた体をベッドに下ろし、捕縛布を解いた。
「いってぇんだよ! 加減なく捕縛してんじゃねぇ!」
「こうでもしないと暴れるだろうが。いいからさっさと寝ろ。寝て小さくなってさっさと戻れ」
 丁寧に畳まれていた布団をがしりと掴んで文句を言う爆豪の頭から被せる。
「一旦仕事道具取ってくるから、戻ってくるまでに寝てろ」
「ンなすぐに寝られるか! ガキじゃねぇんだわ、ふざけんな!」
「大丈夫だ、お前なら眠れる、出来る」
「訳わかんねぇ自信押し付けんな!」
 相澤は、いいから寝ろともう一度布団を被せて、入ったばかりの部屋を出て行った。扉越しに聞こえる「クソが!!」という爆豪の怒鳴り声に、やれやれと頭を掻いて教員寮へと向かう。
 ノートパソコンと、必要最低限の資料。それだけ脇に抱えて、言いつけ通り大人しく静かな共有スペースを通り過ぎて爆豪の部屋へ。ノックをしても返事はない。寝ろとは言ったが、まさか脱走ていないだろうな。そうっと扉を開けて、詰まっていた息を吐いた。
「……寝てんじゃねぇか、ガキ」
 まだ二十一時だぞ。呆れたように笑って、寝顔を真上から覗いた。
普段の寝顔を知らないが、今日はとても不機嫌そうだ。眉間に皺を寄せて、口はへの字に歪んでいる。よっぽど個性事故に遭ってしまったのが腹立たしいのだろう。
しかもきちんとした解除方法が定まっている個性でもない。“欲求が満たされるまで体が小さくなる個性”なんて、下手をすれば何日も何年もかかる場合だってあるだろう。
(欲求が分かればすぐに解除できるんだが……)
 聞いたところで知らぬ存ぜぬを押し通していた。
(ヒーローに関することでもないみたいだしな)
きっと他に思い当たる節があるのだろう。相澤には、大人には言えない、何か大事で隠しておきたくて厄介な欲求が。
 考えたところでヒントもない難問は解けそうにないので、暫く様子を見てみるかと息を吐いて、勉強机を借りて仕事をすることにした。


***


 早朝。音もなく縮み始めた爆豪は、あっと言う間に相澤の両手の平の上に乗るまでのサイズ感になってしまった。
予想より遥かに小さくなってしまったので、用意していた服などは役に立たず、朝早くから八百万に服を創造してもらい、ランチラッシュにミニサイズのご飯を何食分か作ってもらった。どうやら個性も言葉も使えないらしい。呼びかけても「にゃあ」とか「みゅう」とか動物の鳴き声のような音しか出ない。
「わー! 爆豪ちっちゃい! かわいい!」
「みゃーあ」
 表情も随分と変わってしまっている。普段の表情が嘘のようによく笑い、今は芦戸のピンク色の手の中でじゃれている。頬を突かれても、頭を撫でられても怒ることはない。続々と共有スペースへと集まってくる生徒は皆驚き、しかしすぐに小さな生き物に癒されて頬を緩めて手の平の上へと乗せたがる。
「お前ら、間違っても潰すなよ」
 和気藹々としている空気に釘を刺して、相澤は堅苦しいスーツのジャケットと鞄を持った。
 残念ながら生徒が休日でも先生は休みではない。本日は行きたくもない出張である。
「飯田、八百万、返信は出来ないと思うが定期的に爆豪の様子を送ってくれ。あと俺が帰ってくるまではマイクとミッドナイトさん、それからブラドも様子を見に来てくれることになってるから、何かあればそっちにすぐ連絡しろ」
 委員長と副委員長、手の空いた教師にあとは任せることにして相澤は寮を出ようとする。わざわざお見送りに来てくれる生徒たちに「くれぐれも怪我には気を付けるように」と念を押して、それから小さくなった爆豪を見た。
八百万の手の上から相澤を必死に見上げている目は何かを訴えているように見えたが、何を訴えられているのかが分からない。
「今日はお前が思うように、したいように、一日を過ごしなさい。すまんが今日一日付き合ってやってくれ」
 後半は爆豪以外に頼み込むようにして言って、相澤は寮を出た。
「……あら?」
 パタン、と扉が閉まったと同時に八百万が声を上げて、爆豪の服を摘まむ。創造した時には確かにピッタリとしたサイズに調整したはずなのに、服が少しだけ大きく思えた。
「どうかした?」
「いえ、なんでもありませんわ」
 耳郎に顔を覗き込まれて八百万は慌てて首を振った。きっと気のせいだろうと結論付けて、耳郎とともに爆豪と遊ぶことにした。


(様子を知らせてくれ、とは言ったが……)
 一向に鳴りやむ気配のないメッセージの嵐に相澤は下唇を突き出して、一件一件確認していく。もしも緊急連絡が合間に混じっていたら大変だ。会議の合間や移動の隙間を縫って写真データを開いていく。
いつの間にか送信元は飯田と八百万だけではなく、麗日や上鳴、切島や緑谷などの名前が入り込んでいる。情報としてメッセージを読んでいくには、飯田と緑谷のものが分かりやすい。
どうやら言いつけ通りA組メンバー総出で爆豪の世話に当たっているらしい。
 世話と言っても、殆どが一緒に遊んでいるようなものだ。尾白の尻尾にじゃれついて走り回ったり、硬化した切島の腕を引っ掻いたり噛み付いたり、轟には勝負を挑むように煽ったり。上鳴には鼻にコンセントを差せと差し出してくるらしい。あまりにも何度も差し出してくるので言う通りにすれば大笑いして、暫く上鳴はその状態で過ごしたらしい。
言葉や個性は使えず、見た目も表情も普段からかけ離れているけれど、要所要所で覚えていることもあるようだ。
スマートフォンを眺めていれば、ちょうどメッセージが来た。送信元は麗日。
『本日三回目のお昼寝タイムです。今のところ問題はないです! 可愛いです!』
 添付されていた写真は四枚。障子の複製腕によじ登っている後ろ姿と、常闇のダークシャドウに驚いてる姿。蛙吹の大きな手の平の上で眠っている姿と、あともう一枚は爆豪以外何も映っていないがきっと葉隠がいるのだろう。裸で爆豪と遊ぶんじゃない、と眉を寄せた。
『予定通り、夕方には帰れそうだ。あと少し頼んだ』
 そう返信して、始まったばかりの会議に早く終われと念を送った。


念を送ったところで会議は早く終わることはなく、寧ろ予定より一時間も遅れて帰宅した。相澤は生徒からのメッセージを確認しながら足早に生徒寮へと向かう。
「すまない、遅くなった。爆豪の様子はどうだ?」
「先生おかえりなさい。今ご飯食べてます」
 用が無くなった鞄は適当にソファに投げるように置いて、ネクタイを緩めながら爆豪のもとへと急ぐ。麗日が言う通り口いっぱいにおにぎりを頬張っている爆豪がテーブルの上にいた。
遊んでいて汚したのか、朝とは服が違っていて、傍らにはミニサイズの虫取り網や籠が転がっていた。よく見ればサッカーボールもトランプもある。
「あぁ、よかった。とりあえずは元気そうだな」
 爆豪はおにぎりを食べていた手を止めて、座り込んだまま相澤を見上げてくる。身長が随分と違うから首が痛いだろうと床に膝をついた。そして真正面から「今日は楽しかったか?」と聞く。
 すると。
「にゃあ」
 一言鳴いて、それから大きな目に涙をいっぱい溜め込んでわあわあと泣き始めた。相澤はその様子に心底驚いたが、もっと驚いているのはA組メンバーだった。
曰く、今日泣いたのはこれが初めてだと。
慌てふためく周囲に構うことなく爆豪は泣きながら両手を相澤へと伸ばした。相澤は何を考えるよりも先にその手を取って自身の両手の平へと迎え入れた。
「に、ぁ、っ、ひっく」
 ぐずぐずと泣きながら手の平に擦り寄ってくるのが爆豪だということが信じられない。だが、いつまでも泣かせたままでは可哀想だからと一生懸命頭を撫でて、背中を擦る。そのうち大人しくなったと思ったら眠ってしまっていた。
「……爆豪ちゃん、先生に会いたかったのかしら」
 けろけろ、と優しく笑う蛙吹の顔はお姉ちゃんのような顔。
「コイツがそんな風に思うとは思えないが」
「でも先生だったらすぐに寝ましたね」
 ひょこり、と手元を覗き込んできたのは轟である。
「他の奴の手の上でも寝てたんだろ?」
「寝たけど結構時間かかったわ。こんなに早く寝たのは先生が初めてね、ケロケロ」
「心なしかかっちゃんの顔も穏やかに見えます」
「……気のせいだろ」
 誰よりも長い時間一緒に居る緑谷にまで言われてしまっては気恥ずかしい。
相澤はこの話題を遮るように、
「ところでお前ら、ちゃんと課題も終わってるんだろうな?」
 と聞けば、蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
そうじゃないかは思っていたが、やはり全員課題よりも爆豪と遊ぶことを優先していたらしい。一気に静かになった共有スペースで溜め息を吐いて、手の平の上の爆豪ごと教員寮へと向かった。


***


 爆豪が起きる様子がないので軽くシャワーを浴びてスウェットに着替えた。それかランチラッシュに頼んでいた夕飯のお弁当を食べていれば、ベッドの上で寝ていた爆豪が起きた。目が覚めた途端に慌ただしく鳴くので迎えに行って、お弁当の隣に下ろす。
「お前も何か食うか?」
と聞けば頷く。
相澤は白米を箸で口元へ。しかし爆豪からすれば箸が太くてうまく食べられない。仕方ないので指先に白米を置いてもう一度口元へ持っていく。はくはく、とそれを食べる爆豪の前歯が当たる度、いけないことをしているような気分がして何とも言えない。
二人の腹が満たされるまでそうやって食べて、片付けまで終わればまた手の平に乗りたがる。
「もう少しだけ仕事が残ってるからな。こっちの手だけだぞ」
パソコンを立ち上げて左手だけ明け渡した。右手だけで器用にキーボードを叩きながら、じいっとこっちを見上げてくる爆豪の頬を人差し指で突いて、目だけでそっちを見て笑う。怪我をしない程度に意地悪をしながら遊んで、仕事をして、パソコンを触ろうとする爆豪でまた遊ぶ。
あまりにも機嫌よく笑うので、
「お前もしかして甘えてんのか」
なんて、思ったままを零した。
当の本人は分かっているのかいないのか、一つ大きく鳴いて、肯定するような返事をした。
普段とは全く違う態度と見た目と行動に、なんだか猫を愛でている時のような気持ちが湧き出てくる。
可愛い。悪くない。癒される。撫でたい。
「ばくごう」
思ったよりも楽しそうな声が出た。
両手で掬うように拾い上げて、後ろに倒れるようにして寝転がる。爆豪は落とさないように胸の上に下ろした。爆豪からすれば大きくて広い胸の上。そこにうつ伏せで寝転がる。草臥れたスウェットに鼻をすり寄せて、それから肘をつく。
「にゃーあ」
先生、と呼ばれた気がした。大きな目はどこまでも真っ直ぐにこちらを見てくる。
「なぁに」
近くにあったクッションを掴んで自分の頭の下に敷いて、角度をつけて視線を合わせる。
「みぃ」
「はい」
「にゃーあ」
「はいはい」
会話にならなくても呼ばれるたびに返事をする。全身でくっついてくる爆豪を甘やかす。
どれだけ強くて一人でなんでも出来て大人びていても、所詮はまだ十六の子ども。もしも寮生活というのも相まって誰にも甘えられない心があるのなら今満たされればいい。
教師として尤ものように考えながら、癒されているのはこっち。小さな爆豪が素直に笑う度に、ほわほわと胸が温かい。
そのうち爆豪の声が小さくなっていって、鳴き声の間隔が空いていく。体が小さい分体力の消費量が激しいのだろう。寝られるのならゆっくりすればいい。
「おやすみ、また明日」
小さな体を潰さないようにとんとんと叩いて、眠った体を撫でた。
いつもより少し早いけれど、このまま一緒に寝てしまおうかと落とさないように手を添えて起き上がり、今度はベッドに寝転がる。
少しずつ寒くなってきたのできちんと布団をかければ、寝言で「みゃあ」と鳴いている。スウェットを掴んでくる手に力が入る。
「いるよ。一緒に寝ような。どこにも行かないからな」
安心しなさい。
言えば一段と眠りが深くなったようで、そっと手が離れていった。


朝起きれば胸の上に凭れかかっている爆豪は通常サイズに戻っていて、重さでそれを察していた相澤は驚くこともなく肩を叩いて起こした。
「……おい、起きろ、爆豪」
触れて分かったがどうやら縮んだ時と同様に裸らしい。流石にそれは気まずい。
「ん、せんせぇ……?」
昨日の名残なのか、ひどく甘えた声で相澤を呼び、起きたばかりの眠そうな目を擦りながら顔を上げた。
(…………これは、)
ヤバイなと声を出しそうになって慌てて飲み込んだ。
裸で、微睡んだ瞳で、甘えた声。まるで情事の後のようだと起きたばかりの脳で考えてしまった自分の頬を叩く。
それに驚いた爆豪は一気に目を覚まして、それから自分が裸で先生に擦り寄っていたことに気付いて全身を真っ赤に染めた。
「ハァッ!? ンだよ、これ!」
叫んで布団に包まった。相澤はその隙にベッドから降りてクローゼットへ。服と新しい下着を取り出して爆豪へと投げた。
「俺は顔洗ってくるから、着替えなさい。説明はあとだ」
それだけ言って洗面所へ。普段は開けっぱなしの戸もきっちりと閉めて、これ以上変なことを考えるなよと自らを叱咤。こほん、と一つ咳払い。
(兎に角、何がきっかけかは分からんが一日で戻れたならそれでよかった)
相澤は電動歯ブラシで比較的ゆっくりと歯を磨き、戸の向こうから「一回自分の部屋に帰る」と声を掛けてきた爆豪には籠った声で「あとで職員室に来なさい」とだけ言った。
返事はなかったけれど根は真面目なのできっちりと来るだろうと信頼して、口の中の泡を濯ぐ。雑に顔を洗ってタオルで拭いて静かになった部屋に戻り、小さな爆豪の匂いが染みついたスウェットを脱いだ。
(……そういえば)
やたらと鳴き声や仕草が猫のようだったけれど、猫になりたいだなんて願望でもあったのだろうか。

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