ナンバーワン

応接室の扉を開けたと同時に目に入った男の姿に、爆豪は目を丸くして足を止めた。それに構うことなく一歩先を行くエンデヴァーが「待たせた」と一言。扉の音と同時に立ち上がっていた男は頭を下げてエンデヴァーを真っ直ぐ見、その後で爆豪にも視線を遣った。
「いえ、来たばかりなので。それよりも、こちらの不手際でインターンに支障をきたしてしまい申し訳ありませんでした」
「構わん。文句ならそちらの副担任に存分に言わせてもらった」
「今日も八木がこちらにと来るはずだったのですが、急遽都合がつかなくなってしまいまして」
「その連絡も貰った。塚内に呼び出されたのだろう」
男の横を通って空いた向かいのソファへ。揺らめいていた炎は消え、轟炎司としての顔になる。
「焦凍がいつも世話になっている」
イレイザーヘッド、と男のヒーロー名を口にすれば、彼もまた一担任としての顔で応じた。そして挨拶が一段落ついたところでエンデヴァーが固まったままの爆豪に声を掛ける。
「そんなところでずっと突っ立っている気か」
呆れられ、強張った足が動く。後ろ手で音がしないようにゆっくりと扉を閉めた。相澤をじとりと睨むように見据える。
「……なんで」
「お前の予備のサポートアイテムを持ってきたんだ」
「それはここに送ってくれるって」
「そのはずだったんだけど、オールマイトさんが送付先を間違えてしまったから、俺が回収に行ってそのままここに」
じわじわとソファへと近付けば、エンデヴァーが座れと言う。瞬時に相澤の隣に座るべきか、エンデヴァーの隣に座るべきか迷う。それが顔に出ていたのだろう。相澤が隣に座りやすいようにと一歩端に寄ってくれたのでそこに大人しく収まった。
「壊れた篭手はこちらで出来る限り処理して密封してある」
「助かりました。ありがとうございます」
「ただの装飾ならば壊れても問題はないが、爆豪の個性上あれは危険物以外の何物でもないからな。サポート会社に強度をより高めるよう進言することを薦める」
「それに関しては既にお願いしてあります。今は一先ず予備で様子を見てもらえれば」
本人を置き去りにしたまま大人二人で勝手に進んでいく会話を適当に聞き流す。
エンデヴァーが言った通り、ここ数日みっちりと酷使したせいで亀裂が入ってしまった籠手は今外されている。篭手がないだけで随分とスッキリしている腕回りが急に落ち着かなくなって、退屈な右手でアイマスクを上へとずり上げた。必然的に前髪が押し上げられるように持ち上がって、丸い額が露わになる。
同時に会話がふと途切れて、覗き込んでくるような視線が隣から送られてきた。目だけを動かして相澤を見れば、穴が開くのではないかと思えるくらいにまじまじと見返されて居心地が悪い。
「なんだよ」
苛立った声を出して問う。二人の間にあるアタッシュケースを通り越して相澤の両手がこちらへと伸びてきた。なにを、と思う間もなく顔を掴まれて強制的に真正面から目が合うように首を捻られてしまった。思わず、痛ぇ! と訴えたところでスルーされてしまう。テーブルの向こう側に居るエンデヴァーは何も言わず、腕を組んでいるだけだ。
「っ、な、なん、せんせ……ッ! やめろや!」
顔を掴んだ両手は頬の柔らかさを堪能するよう、揉みしだくように動いて。上へとずり上げたアイマスクがすっぽ抜けそうだ。相澤の両腕を掴んだところでビクともしないのがまた腹が立つ。
入学して出会ってからこちら、こんな風に触れられたことなど一度もなかったので唐突なスキンシップに心臓がついて行かず、ドッと音を立てて深く脈打つ。武骨な指の痛いくらいの感触がよく怒鳴る口元まで好き放題に弄ぶ。
そうしてきっちり三十秒ほど顔面を弄られて、動きが止まったと思ったら相澤がにんまりと意地が悪い顔で笑うのだ。
「流石に疲れた顔しているな」
「〜〜〜っ、疲れてねぇわ! なめんな!」
「昨日より二分起きるのが遅かったとバーニンが言っていたな」
「小姑か! ンな小っせぇ報告まで受けてんじゃねぇわ! 明日は一番に起きてやらァ‼」
わっと怒鳴ったところで相澤の両手に顔を左右から押し潰されて、んぐ、と不細工な声が出た。年長者に対する言葉遣いの教育的指導なのだろう。理解した爆豪は一旦口を閉ざして、言葉にならない声でグルグルと唸ってみせた。
「そう言えば残りの二人は今何処に?」
「パトロールに出ているサイドキックと行動を共にしている。俺はこのあともう一人面会があるので一旦預けた。爆豪にはその面会に同席してもらうつもりだったから連れて帰ってきた」
「アァ!? 装備が来たなら俺も外に、」
「駄目だ」
ぴしゃりと撥ねつけられて怒りのボルテージが急上昇しそうになったところで、再び顔を押し潰された。
「早々に独立するつもりがあるなら、大人同士の話し合いも耳に馴染ませておけ。損にはならん」
こういうのは学校では出来ないだろう、とエンデヴァーの瞳が爆豪から相澤へとスライドする。相澤もエンデヴァーの意見に全面的に同意のようだ。
「俺も最初は色々と困りました。見たこともない、聞いたこともない書類も山のようにありますし」
「昔と比べて幾分か書類は減ったが、それでもどうしても協会への提出物は多い」
「協会に聞いたところでたらい回しにされることも珍しくない」
そこでようやっと相澤の手が離れて、温もりを失った頬がやけに寒く感じた。誤魔化すように自分の手の平で何度か擦り、それから「……なんで俺だけ」とどちらに聞くわけでもなくポツリと零す。拾ったのはエンデヴァーである。
「貴様らと会話していれば将来の方向性など容易に想像がつく。今までどれだけのヒーローを見てきたと思っている」
なめるな、とでも言いたそうに鼻息を荒くしたエンデヴァーには下唇を突き出して不服そうにケッと吐き出した。
「機密事項もあるから全部は見せてやれないが、……そうだな、青い印がついたファイルなら空いた時間に目を通してもいい。勿論、時間が空くかどうかは貴様次第だが」
「インターン終わるまでに全部目ェ通してやる!」
「寝坊するなよ」
「しねぇわ!」
良くも悪くも物怖じせずにナンバーワンヒーローに食って掛かっていく爆豪に相澤は苦く笑って頭を掻き、すみませんと軽く頭を下げた。相澤の姿に爆豪はまた唸ってはケッと吐き出して終わらせた。態度が悪いからインターン打ち切りなんて言われるのは御免である。
「では、そろそろ」
相澤が立ち上がったので続いてエンデヴァーと爆豪も腰を上げる。
「ここで大丈夫です。壊れた篭手は貰って帰ります」
これ以上の見送りは手で制して、アタッシュケースを爆豪に渡した。
そして空になった手で爆豪の頭を撫でた。頑張れとも無理をするなとも言わずに、くしゃくしゃと乱暴に掻き混ぜるように撫でて、それからエンデヴァーに向かって今日一番深く頭を下げた。
「引き続き、宜しくお願いします」
イレイザーヘッドとしてではなく、学校でよく聞く担任教師としての声だった。そんなに長く学校を離れているわけではないのに、どこか懐かしく、意味もなく先生と呼びたくなった。離れていく捕縛布を掴みたくなった。
どうにかアタッシュケースの取っ手を握りしめることでぐっと堪えて、応接室を出て行く相澤の背中を最後まで見送る。
「……」
扉が閉まる。ふ、と息を吐き出す。ずっと会えないのは寂しくもなんともないのに、中途半端に顔を見て話しをしてしまうのが一番寂しい。
「――貴様は、」
閉じられた扉の向こうには行けない寂しさにうっかり浸ってしまって、エンデヴァーの低い声に僅かに肩が跳ねた。返事もせず、振り返りもしないのにエンデヴァーは勝手に言葉を続けていく。
「他人に触れられるのが嫌いなのだと思っていた」
「……」
「よく言っているだろう。距離を取れだなんだと」
否が応にも思い浮かんだ幼馴染を振り払うように頭を横に振った。
「しかし、そうでもないんだな」
「そうでもねぇことねぇわ」
ボウ、と音を立ててエンデヴァーが炎を纏う。
「今まで見た中で一番締まりのない顔をしていたぞ」
「老眼」
「こういう目はまだ衰えとらん。言っただろう。会話をしていれば容易に想像がつく。担任には懐いているようだな」
「勝手に想像すんな」
「焦凍も懐いているのか?」
「知るかよ」
相澤が持ってきてくれたアタッシュケースから見慣れた篭手を瞬時に組み立てて、落ち着かなかった腕周りに装着すればスイッチが入った気分だ。そのタイミングで応接室の扉がノックされる。声を掛けてきたのはサイドキックの内の一人。どうやらもう一人の客が到着したらしい。
「通してくれ」
サイドキックにそう伝え、爆豪には自分の後ろにいるようにと指示を出した。
「また頭でも撫でてほしいなら精々頑張ることだ」
「ハッ、撫でられるために頑張ってんじゃねぇんだわ」
それに、そういうのはあの人が一番嫌がることなんだよ。分かってねぇな。
言われた通りに移動した爆豪は足元にアタッシュケースを置いて、エンデヴァー越しに徐々に開いていく扉を眺める。
「これに関しては俺のが上だ、ナンバーワン」

>> list <<