意識が明瞭であることと、校外とは言えすぐ近くだったこともあり、病院ではなく保健室に運ばれることとなった。しかし、保健室にやって来た相澤の額はぱっくりと割れ、顔の左側は血で染まっていた。軽傷とは言い難い。それ以外にも刃物で切られたような裂傷は全部で五箇所。小さな擦傷や打撲、突き指などは二十箇所近くなる。体が冷えているのは、決して真冬の寒さのせいだけではないだろう。
「あらまぁ。派手にやったね」
今年一番の怪我と言えばやはりUSJ事件のときのものなので、それと比べると被害は小さいが、相澤にしては怪我が多すぎる。早々に個性を使って大きな怪我を治癒し、体力の残量に気を付けながら小さな怪我もある程度は治していく。残りは自然治癒で問題ないだろうと唇を離した。
コスチュームを全て脱がされ、アンダーシャツでベッドに横たわっている相澤は今にも眠ってしまいそうなほどに疲れている。顔色も悪い。
「そんなに強い相手だったかい?」
リカバリーガールは一欠けらの焦りも見せずに、残りの怪我に処置を施していく。怪我をした相澤の回収と保健室までの送迎担当だったプレゼント・マイクを、有無を言わせずアシスタントに使っている。傷に触れても相澤は痛いなんて言葉はひとつも口に出さず、血が拭われ、消毒されていくのを渋い顔でただ耐えている。
「それとも、自分の体が上手く使いこなせなかったかい? アンタも厄介ごとに巻き込まれやすい性質だねぇ。教え子のこと言えないよ」
助けた相手に十五年前の体にされるなんて。
そこまで言えば、剥き出しになった相澤の発展途上の細い腕やら足やらに包帯を巻いていたマイクが堪えきれないと笑った。相澤の顔がいっそう渋くなって奥歯がギリギリと鳴っている。
「マイク」
唸るように、威嚇するように声を絞り出したが高く幼い。睨んでくる眼光は弱く、充血は少ない。乱れた髪の毛は随分と短い。
「ソーリー。これでもちゃんと心配してるんだぜ? 連絡貰った時は肝が冷えたし、お前の姿見て俺の方がぶっ倒れるかと思ったし。でもよぉ、あんまりにも懐かしい顔だからつい」
「ついじゃねぇ! っ、い……ッ!」
「ほらほら口の中も切れてんだから大声出すんじゃないよ。はい、ペッツ食べな、ペッツ」
「もっと柔らかいやつください」
「じゃあチョコ食べな」
問答無用で放り込まれて相澤は黙る他ない。二つ、三つと連続して口へと放り込まれ、口の中が甘さで満たされればそろそろ体力の限界が来る。
何度も意識を手放してしまいそうになるほどに瞼が重くて、それでもどうにか起きていようとすれば、マイクの大きな手が目を覆ってきた。
「グンナイ、十五歳のショータくん」
「……ほーむ、るーむ……」
「ドントウォーリー。あとは任せとけって」
強制的に視界が暗くなってしまうと、もう瞼を持ち上げることは出来なかった。そのまま手が頭の方へと移動し、労わるように撫でられてしまえば、あとは夢の中へとまっしぐら。
***
目が覚めた時には昼を過ぎていた。午前の最後の授業が終わるチャイムが聞こえ、昼休みが始まるところだ。
壁に掛けられた時計を確認した相澤は起き上がろうとして、しかし上手くいかなくて再び寝転がる。ゆっくりと寝返りを打てば枕元にはスマートフォンとメモが一枚。静かと思ったら、どうやらリカバリーガールは不在にしているようだ。帰って来次第診察をしてくれるらしい。
それから、かけられた個性についても簡単に説明書きがあった。どうやら外見だけでなく精神退行もしたこともあるらしい。記憶を操作するほどの効力はないが、何か不可解な点があればすぐに連絡するようにと書かれている。
解除方法は時間経過で、時間が来ればマイクが連絡をくれるようだ。それまでは大人しく待機。今日は仕事にならないかもな、と溜め息をひとつ。
破れたコスチュームやアンダーシャツは回収されていて、素肌の上に着せられていたのは雄英高校指定のジャージだった。十五歳から三十歳に戻ってもいいようにオーバーサイズのもので裾は何度も折り返されている。毎日見ているが着るのは随分と久しぶりだ。
それにしても。
(この時の俺、こんなに筋肉なかったのか……)
それなりに頑張って鍛えていたつもりでいたけれど、ショックである。そりゃあ何度も敵にぶっ飛ばされるわけだ。
そんなことを考えていれば、誰かが保健室の扉を開けた。カラカラと控えめな音を立てて、しかし声は聞こえない。リカバリーガールが不在にしている時は、その旨を書いたプレートが吊るされているはずなのだが見ていなかったのだろうか。
兎に角誰にも会わず、姿を見られたくない相澤は息を潜めて、眠っているふりをする。
すると。
「せんせー。いんのか?」
「……爆豪?」
聞こえてきた声は受け持っている生徒の一人、爆豪勝己だった。
相澤は思ってもいなかった人物に驚いて目を丸くしながら、思わずいつもより高い声で返事をしてしまい、シャッと音を立てて容赦なく白いカーテンが開けられてしまった。
しまった、と思うより先に爆豪と目が合う。今の爆豪と背が変わらず、筋肉が殆どついていない未熟で未発達な幼く恥ずかしい体を見られてしまった。思わず体が強張る。
だが、相澤の心配を他所に爆豪は表情一つ変えることなく近寄って、ベッドの空いた隙間に腰を掛ける。
「寝てなくていいんか」
「あ、あぁ、……うん、大丈夫。寝てたのは、リカバリーガールに治癒してもらったからで、あとは心配ないよ。小さい傷ばかりだから」
「あ、そ」
「爆豪はどうしたんだ? 怪我でもしたか?」
一先ず反応がなかったのを良いことに、相澤は何でもない顔で起き上がろうとして、目の前がクラリと眩んで体が崩れた。パッと受け止めてくれたのは爆豪である。謝れば、起きてぇのかと聞かれたので頷いた。爆豪の右腕は離れることなく相澤を支えている。
「ミッドナイトに起きてるか見てきてほしいって頼まれた。本当はあの人が来ようとしてたけど普通科の奴らが喧嘩してるとかで呼び出されちまって、代わりが俺。日直だからな」
「そっか」
リカバリーガールが不在なのもその騒動のせいかもしれないなと考えて、頷いた。
「飯は? 何か食えんの?」
「買ってきてくれるのか?」
「世話役になっちまったからな」
「そっか。……でも、食べたいものか……」
ううん、と悩んだところで今一つ食欲がないから思い浮かばない。
こうなったら職員室に常備しているゼリーでも取って来てもらおうか、と思っていれば爆豪の左手が自身のスラックスのポケットへと伸びる。
中から出てきたのは、今朝リカバリーガールがくれたものと同じ、一口サイズのチョコである。
「食うか?」
聞きながらチョコの袋の端を噛み、左手で破って開けた。聞いたわりに選択肢がないことを少しだけ笑いながら、相澤は頷いて差し出されるチョコに顔を寄せた。前歯で噛んで、一口で食べる。
爆豪の体温で溶けていたのか、個性柄手の平の温度が高いのか、リカバリーガールに貰ったものより柔らかく、すぐに飲み込めそうなほど。
柔らかいチョコは口の中がベタベタするなぁ、と甘い舌で唇を舐めていれば、
「ふ、」
爆豪が笑った。なんとも居心地の悪い笑い方。
「なんだよ」
「いや、……手で取ると思っただけだわ」
言われて、カッと顔が熱くなったのが嫌でも分かった。
思考の鈍った頭は深く考える事をとうに放棄していたから、思わず目の前のものに食いついてしまったのだ。やってしまった。あまりにも行動や思考が浅はかで、まるで自分のものではないみたいだ。これも個性の効力なんだろうかと顔を俯かせた。
そして、どうやら爆豪も相澤の違和感を感じ取っているらしい。
「アンタにしちゃあ隙だらけだな」
空になったチョコの袋はポケットに仕舞われて、爆豪の左手が相澤の頬に触れた。ビクリと肩を震わせたところでもう遅い。強制的に顔を上げさせられる。
見えた顔は怪我をした担任の先生の様子を見に来た生徒の顔ではない。意地悪で楽しそうで、男くさい顔をしている。爆豪がそんな風な顔をする意味を十二分に理解しているので慌てた。
――爆豪には何度か告白されているのだ。そしてそれを嬉しいと思ってしまった自分がいる。
つい先日もされたばかりの告白を思い出してしまって、ドクドクと心臓が過剰に働き始める。感情が乱れて、思考が纏まらなくてどうしようもない。容赦なく距離を詰められて逃げたいのに、爆豪の右手に掴まれたままの体は言うことを聞かなくて歯痒い。
「へぇ。いつもスカした顔してんのに、同い年だとそんな顔すんのか」
「……うるさいよ」
相澤が逃げないのを良いことに顔に触れてくる手の平は自由に頬を撫で、眦に触れて口元へ。
「チョコ、ついてんぞ」
「っ、じ、自分で、」
自分で取るから、と言おうとすれば、うっすらと唇が開けたその顔が近寄ってきた。何をされるかを察した相澤は流石にその唇を両手で塞いで押さえる。
「……あにすんだよ」
「それはこっちの台詞だ! 悪ふざけもいい加減にしろよ!」
判断が鈍る思考回路に流されてしまわないように、自分自身も牽制する意味を籠めて声を荒げてみても、いつもより幼い声では威厳も何もなく、誰の感情のストッパーにもならない。
唇を塞いでいる両手首を爆豪に掴まれた。
同じように両手で掴んできているけれど、きっと片手でも事足りてしまうだろう。それ程に大きさも厚みも違う。同世代の体になっていっそう、爆豪が普段からどれだけ自分の体を鍛えているか、また今までの人生をストイックに過ごしてきたかが分かる。
単純に力負けしているのだ、今の爆豪に。差があり過ぎて悔しがる余地もないほど。
相澤の抵抗虚しく手は簡単に下げられてしまって、尚且つ逃げることも、これ以上の抵抗を示すことも難しい。
「アンタに悪ふざけしたことなんてあったかよ」
「っ、ばく」
「なぁ。あったかって、聞いてんだよ」
「……」
唇が触れることがなくても、至近距離で爆豪の息遣いを感じてしまう。それだけで若い体はあっという間に火を点ける。腹の底が熱くなって、腰が震えて重たくなる。
(クソッ! そんなこと、)
聞かれたところで「ない」と答える他ないのだ。
爆豪が悪ふざけで相澤との距離を詰めてきたことなど、ただの一度もない。いつだって周りを見て、隙を窺って、相澤に極力迷惑が掛からないように小さな小さな声で胸に秘めた感情を真摯に伝えてくる。回数こそ少ないが、最初からずっと真剣で、本気だった。
それが分かっていたから相澤も「今は応えるつもりはないよ」と早々に敗北宣言をしたのだ。
先生と生徒と言う関係性の間は応えない。何もしない。明言しない。距離は縮めない。
でも、この関係性に終わりが来たら、それでもまだ好きでいてくれるのならば、その時は二人で話そう。自らの希望さえも詰め込んだ敗北宣言だった。
「……もう抵抗しねぇの、せんせ」
距離が近過ぎて、ぼんやりとしてしまっている石榴色は相澤から視線を離さない。
「……」
手首は未だに掴まれているけれど、もう力が入っていない。簡単に抜け出せる。すぐ側には捕縛布だって置かれていて、それさえ掴めば相澤の勝ちだ。
でも。
「――……い、まは、先生じゃ、ない」
外見を十五歳に戻されて。精神退行の効果もあるからか思考回路がままならなくて。治癒してもらったから体力がまだ戻ってないので動けなくて。
こんな状態じゃあ「先生」だなんて言えない。ただの高校一年生。爆豪と同じ十五歳だ。
ボソボソと小さな声で言い訳にもならないような言い訳を重ねていけば、音すら立たない触れるだけの軽いキスがひとつ。様子を伺ってくるような石榴色と目が合って、相澤が抵抗しないのを確認して口端へと舌を伸ばす。そのまま下唇も舐められて、今度は相澤からキスをした。
「ま、まだチョコついてんのか」
「ついてる」
もう付いていないのは分かっているくせに聞いて、何度だってキスをする。角度を変えて、軽い水音を響かせて、そのうち爆豪は手の平で相澤の顔を包んでくる。巻き込まれた短い髪の毛がチクチクと頬に刺さる。
負けじと相澤も爆豪に手を伸ばす。釦をきちんと締めていないシャツやブレザーを握りしめて、離れていかないように力を籠める。
唇の感覚も舌の感触も分からなくなるくらいに夢中になってしまって、うまく呼吸が出来ていない爆豪の頬が赤らんでいた。それでも必死に求めてくるものだから可愛くて仕方がない。昂った声で「せんせぇ」と呼ばれて、キスをしたまま首を振る。
声は出さずに、口の動きだけで「なまえ」と伝えた。
「しょう、た、さん……?」
おずおずと爆豪が口にした名前では物足りない。
「同い年だろ、勝己」
促すように、先に特別な呼び方をすればいっそう頬の色味が増した。どうやら気に入ってくれたらしい。可愛い、可愛いと鼻の奥が痛くなるほどに興奮する。
「消太、くん」
「それはちょっと響きがヤバい」
「……じゃあ、消太」
「うん」
嬉しそうに自分の名前を口にする目の前の生き物が愛おし過ぎて脳が蕩けてきそうだ。思わず上機嫌な声が出た。
三十歳と比べて、十五歳の時は表情筋がまだ死んでいなかったらしい。口元が緩んでしまって、笑ってしまうのが堪えきれない。嬉しいと溢れ出る感情が止まらない。もう一回キスがしたい。
「っ、しょうた……っ」
その顔に爆豪のスイッチが入った。カチリ、とどこかで音が聞こえたと思ったらあっという間にベッドに押し倒されてしまった。固いベッドはギシリと嫌な音を立てて、しかしそんなものを気にする暇などなく、唇をがぶりと食べられた。
普段の姿からは想像が出来ないくらいに可愛らしいハートを幾つも飛ばして、分からないなりに舌を挿し込んでくる。それに応えるように絡めてやる。
外見や思考回路が幼くなろうと、培った経験値というのが無くならないのは戦闘の時に確認した。だから爆豪に逃げられないように頭を押さえて、口腔内を好き勝手に蹂躙していく。自分のものより随分と甘い唾液は全部飲み込んで、舐めていない所などないくらいに。
耳を擽ればいい声が聞けた。いっそう腰が重くなる。
そのうち、上に乗っかってきていた爆豪の体から力が抜けてへたり込んできたので形勢逆転。筋力が落ちようとコツさえ掴めば体勢をひっくり返すくらいは造作もない。
「しょうた、しょうた、もっかい、はよ……っ」
「ん、勝己もっと口開けて」
「ん、んっ」
「そう。上手。舌食べさせて」
相澤が言えば素直に口を開いてくれる。舌を外へと放り出している当たりよく分かっている。この短時間で相澤が好きなことを吸収しているのだろう。
誘惑されるままに舌に食いついて、じゅるじゅるとはしたない音を立てて味わっていく。お互いとっくに欲が膨らんでいるのも分かっていたので下肢も擦り寄せて、腰を揺する。こんなところを誰かに見られてしまったら、個性事故に遭ったからと言い訳したところで無駄だろう。
でも、若い欲は抑えきれない。唇が腫れようとキスをして、熱い息を混じり合わせて、蕩けた目を合わせたままでどうしようもない欲を押し付け合う。
「かつき、かつき……ッ!」
みっともなく、余裕のない声だ。それでも爆豪はうっとりと目尻を落として、更に唇にしゃぶりついてくる。
「はっ、可愛い声出せんじゃねぇかよ、しょーた」
「お前だって一緒のくせに」
「うるせ。つうか、あー……くそ、このまま食ってやりてぇ……ッ! 今のアンタなら絶対ェ童貞なのに」
食いたい、食いたいと何度も訴えてくる爆豪は相澤の腰に足を絡ませて、わざとらしく腰を揺らめかす。流石にこれ以上の行為は駄目だからと断腸の思いで我慢してるのに、ひどく誘惑されてしまって、すっかり眉を下げて涙目である。
「なんだよ、我慢し過ぎて辛ェんか? ンな顔すんなって、可愛いからマジで食っちまいたくなる」
「だからそれ言うのやめろって……っ」
「消太の童貞ほしい。ちょーだい。挿れて」
「〜〜〜っお前な!」
「ふはっ」
わっと泣き叫ぶようにして訴えれば、上機嫌な爆豪は今にも泣きそうな相澤の頭を撫でては全身で抱き締めてくる。そのくせ「……でも、童貞欲しかったのは本当だかんな」と切なそうに言ってくるあたり、無意識で小悪魔なのかもしれない。
これは正式にお付き合いすることになっても振り回されそうだ。頭の血管が切れそうなほどに奥歯を噛み締めて、獰猛な息を歯列の隙間から吐き出して、暴走したくなるのをどうにか堪える。
ちょうどそのタイミングで枕元に置いたままにしていたスマートフォンがメッセージを受信した。マイクからの時間切れの合図だ。
「個性解けるんか?」
「あぁ、そうみたいだ。……あと二、三分ってところだな」
「そうかよ」
しゅうん、と爆豪の体が落ち込んで小さくなった気がした。顔は見えないけれど、必死に抱き付いてきて離れようとしない。こちらとしても、どうにも離れ難くて擦り寄っていく。自分よりもしっかりとしている体を懸命に抱き締めて、ツンツンと尖った髪の毛にキスをする。
名残惜しい。もっと触れ合っていたいのに、大人に戻ればまたあの一定の距離のままで過ごさなければいけない。それが自分の決めた仕事であり、それがこの子のためであり、未来のためであるというのに。今口を開けば我儘しか言えそうにない。
(大人だと平気なのにな。……そうか、爆豪はいつもこんな気持ちなのか)
こんな悲しい気持ちになるならいっそ触れないままでいたほうが良かったと後悔し始めた相澤に気付いたのだろうか、爆豪が相澤の胸を押し返してきた。意志の強い石榴色の双眸には一ミリだって後悔の色はない。
そして。
「アンタの気持ちがちゃんと分かったから嬉しかった」
そうやって嘘偽りなく真剣に向き合ってくれるから、それだけで泣きそうなほどに心が救われるのだ。だから、相澤は後悔など拭い捨てる。誓うようにキスをして、それから。
「勝己が卒業したら、その時は俺から——ッ!」
告白するから、と続くはずだった言葉はスマートフォンの着信音に邪魔をされる。
再びマイクからだ。どうやらあと一分らしい。そんなカウントダウンはいらなかった。
出鼻を挫かれた相澤は口を開けたまま固まって黙りこくってしまって、じわじわと顔が赤くなっていく。それを真正面から見ていた爆豪は耐えきれないというように吹き出して笑った。
「……そんなに笑うなよ……」
やっぱり同い年だと格好がつかない。歳の差があるくらいでちょうどいいようだ。
一頻り笑った爆豪は、眦に滲んだ涙を指先で拭ってから、名前を呼んできた。
「消太」
それから手が伸びてきて、無精髭など一切ない滑らかな頬を包み込んでくる。顔が近付いてこつりと額が合わさった。
「今日のは俺たちだけの秘密な」
悪い事をした子どもがそれを隠すような微笑み。相澤もそれに倣う。
「うん。俺たちだけの秘密だ」
勝己、と。
暫く呼べない名前に想いを籠めて、それから最後に子ども同士の秘密のキスをした。
「じゃあな」
唇が離れれば、爆豪はあっさりとベッドから下りて保健室を出て行く。戸が閉まったと同時に相澤はベッドに倒れ込み、個性をかけられた時と同じように、腹の底から込み上げてくる不快感に身を委ねて少しずつ歳を取っていく。
三十歳に辿り着く一秒手前で、どうしても未練がましく一回だけ名前を呼んでしまった。
卒業まで、まだ遥か遠い。