ブレイクタイム

雄英高校を卒業してすぐに、二人で契約したマンションには相澤専用の仕事部屋がある。いくら恋人と言え、大事な生徒の個人情報を見られるようなことがあってはならない、という相澤の意志を尊重したのだ。
とは言え、滅多とそこを使うことはないし、仕事は基本的に家に持ち込まない。多忙だからこそ、メリハリをきっちりとつけているのだろう。殆どがお飾りの部屋としてそこにあるだけだ。

――ただ、毎日仕事をしているとどうしても上手くいかない日だってある。
予定外の出動と想定外の事件。待ってくれない締め切りと、追加で増えていく仕事。そうなってしまうと時間内には終わらせられない。
その日、相澤はすまなそうな顔をして帰宅したと思ったら、両手に持った鞄いっぱいのファイルをこちらに見せて「しばらく仕事する」と言った。明日は日曜日で学校は休み。爆豪も非番だったので買い物くらい一緒に行きたいと思っていたところだったが、これはそうもいかないようだ。
爆豪は残念な気持ちはひた隠して頷き、一先ず風呂に入れと相澤を浴室に押し込んでから夜食の準備を始めることにした。


***


二人で眠ることにすっかり慣れてしまっていて、朝起きると、相澤がいつも寝ている部分のシーツが冷たいことに何とも言い得ぬ違和感があった。休みの日だからといつまでも眠るつもりはないけれど、それでも予定より三十分も早く目が覚めてしまう。
爆豪は、ふあと欠伸をしながら歯を磨き、それからリビングへ。
「……まだ起きとったんか」
すっかり冷えるようになった朝。体を冷やさないようにと部屋着の上からカーディガンを羽織りながら、パソコンと格闘している相澤に声をかけた。
「おはよう。……あぁ、もうこんな時間か」
「はよ。何か食う? 飲む?」
「コーヒー。ブラックで」
電子ケトルでお湯を沸かしてリクエスト通りのブラックコーヒーを淹れて相澤の元へ。
「悪い。ちょっと気分を変えたくてこっちで仕事してたんだ。部屋に戻るよ」
「手伝う」
「ありがとね」
仕事内容は見ないように書類やファイルは相澤に任せて、爆豪はブラックコーヒーを片手に折りたたまれたノートパソコンを持って仕事部屋へと向かった。もうしばらく部屋に篭るけどお前は好きなように過ごしなさいと言われて素直に頷いた。だが、内心は昨日から休息モードに入っていない相澤が気がかりで仕方ない。
心配したところで手伝ってはやれないので、出来るだけ邪魔をしないように静かに家事を済ませていく。洗い物や洗濯を終わらせたら、軽食を作って相澤にメッセージだけ送った。
少しのんびりとネットニュースを眺めて、敵情報を確認して。それから買い物へ。両手いっぱいに荷物を抱えて帰ってきた頃には日が暮れそうになっていた。
(いい加減仕事も終わってんだろ)
そう思いながらも静かに帰ってきて、リビングを覗き込んだところで相澤の姿はない。
爆豪は眉を寄せてキッチンへ。冷蔵庫の中には軽食が手をつけられていない状態で残っていた。そのまま忍び足で相澤の仕事部屋の前まで行く。耳を澄ませばキーボードを叩く音が聞こえる。きっと爆豪が帰ってきたことにも気付いているはずなのに、扉は頑として開かない。
ふむ、と難しい顔で腕を組んで相澤の連続労働時間を計算していく。何度計算したところで労働基準法違反。働き過ぎである。
(休めつっても素直に休むとは思えねぇな)
頭の中が仕事モードのままで神経が昂っていて、食事も碌に取らずに睡眠不足で大量のカフェイン摂取。下手をすれば声を掛けただけで機嫌が急降下。
相澤の、意外と大人じゃない部分が多いことを知っている爆豪は、色んなパターンを弾き出しては苦笑い。折角の揃いの休みに喧嘩がしたいわけじゃない。
(……となると、やっぱり奥の手を出すしかねぇか)
ヒーローたる者、常に最悪のパターンを想定しながら何事にも取り組まなければならない。こう言うこともあろうかとスーパーで余分に食材を買い込んできたのである。
爆豪は足音を出さずにキッチンまで戻り、冷蔵庫を開けて食材を取り出していく。
お米を研いで土鍋に入れて水に浸す。サラダはしゃきしゃきとした水菜と瑞々しい大根。それから海藻類も横に添えるとしよう。グリーンリーフも忘れずに。スープは鶏ガラベースで優しい味にして、他の料理が出来上がるタイミングで玉子を投入するのだ。
メイン料理は餃子である。
豚や牛は使わずに、あっさりとした鶏の挽肉を選んだ。色味のいい鶏の挽肉やみじん切りにしたニラと白菜をボウルに入れて、生姜をたっぷり加える。明日は仕事だからニンニクは気持ち少なめ。カフェイン塗れの胃に優しくするために爆豪が好きな辛みは使用せずに出汁醤油で味付け。
それを市販の皮に器用に包んで、この家にある一番大きなフライパンにこれでもかときっちりと詰めていく。強火にかければ次第にいい音がし始めた。タイミングを見て片栗粉を溶かした水を流し込んで蓋をする。
水に浸していたお米も炊いていく。ゆっくりゆっくりとお米の甘い匂いが広がって、文句なし。
換気扇はわざとつけなかった。窓だって開けていない。その代りリビングの扉は開けっぱなしで、そろそろ相澤の仕事部屋まで届くだろう。
ダメ押しに香りづけの胡麻油を焼けた餃子に少量垂らして更に匂いの密度を上げていく。
皿に移せばきつね色よりもほんの少し濃い色が食欲をそそる。いい具合の焦げ目。羽も上手くいった。ついつい鼻歌を歌ってしまうのくらい許してほしい。
しかし、まだこれは第一弾である。
第二弾の餃子もフライパンにぎゅうぎゅうに並べて焼いていく。隣のガスコンロで炊けたご飯は蒸らしていく。こちらもいい具合だ。炊飯器で炊くよりも艶々としていて、きっと歯触りもいいだろう。想像するだけで腹が鳴る。
(……そろそろだろうな)
緩む口元は隠さずにスープを仕上げて、サラダを盛り付けて。それからフライパンの中で焼けた第二弾の餃子に胡麻油を垂らしたところで、遠くで扉が開く音がした。
部屋から出て、やって来たのは当然ワーカホリックの我が恋人。
朝見たときよりも随分と顔色は悪く隈が濃くなっていた。不精髭と乱れた髪の毛も相まって、教職者ともヒーローとも思えない容貌だ。ちゃんと身なりを整えればいい男なのに勿体ねぇなぁ、なんて思いながらも、こっちはこっちで甘やかしたくなってしまうから、どうしようもない。
背中を丸めて、瀕死の顔でだらだらと歩きながら料理している爆豪を後ろから抱き締めてくる。
「かつき」
切羽詰まった助けを求めるような声色の後ろで、盛大に相澤の腹の虫が鳴る。ぐううう、とそれはもう立派な音だった。
(ハッ! 勝った‼)
その音に爆豪は鼻高々である。
ざまぁみろと心の中で仕事に中指を立てて、甘えてくる相澤に応えるように頬を擦り寄せた。不精髭がいつも以上に痛かったけれど今日くらいは許してやろう。
何だったら一緒にお風呂に入って、全部の世話をしてやってもいいと思っている、――のだがこれはまだ内緒にしておこう。
ここで相澤が調子に乗ってベッドルームに雪崩れ込んでしまったら元も子もない。
「メシ食って一回寝ろ。効率の悪ィ仕事の仕方してんじゃねぇよ」
「うん、わかった、結婚しよう」
「言われんでも結婚したも同然の覚悟でアンタと一緒に住んでんだよ。なめんな」
「すきだ」
「俺ァ愛してるぜ。ざまぁみやがれ」
愛を囁くにしては喧嘩腰に、しかし作業を中断して相澤の頭を撫でる手は何よりも甘ったるく。情けない顔には何度だってキスをする。
「あいしてる、結婚しよう」
爆豪はプロポーズの間も鳴いている腹の虫に吹き出すように笑って、
「さぁ、メシにしようぜ」
熱々で、ご自慢の餃子を差し出した。

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