わるいおとな

他県の事務所も含めたチームアップは随分と久しぶりで、それなりに大暴れしたあとの片付け作業と言うのは骨が折れるものである。順番に警察に呼ばれて現場検証しながら、すっかり瓦礫と化してしまった建物に、これ以上の倒壊の恐れがないか見て回る。
デクは、敵と交戦した時に少しだけ傷めた背中をぐうと伸ばしながら、現場内を歩いていく。
今現場検証を行っているのはウラビティだ。自分が呼ばれるのはあとどれくらいだろうか。本格的に痛くなる前に診てもらいたいな、と考えていれば前方から爆心地がやって来た。彼も現場検証がまだなのだろう。コスチュームも、煤や埃で汚れた顔もそのままに歩き回っていた。アイマスクだけは邪魔だったのだろうか。前髪を上げるような形で上へとズラしている。
「かっちゃん!」
何かを探しているようにも見えたが、そう考えるより前に声を掛けてしまっていた。
しかもヒーロー名ではなく、すっかり口に馴染んだ昔からの呼び名だ。当然、爆心地は最大限に嫌な顔をした上に「爆心地だっつってんだろうが!」と怒鳴ってきた。
「あ、ごめん、つい。それよりどうしたの、何か探してる? 落とし物? あ、そうだ、かっちゃん最後の合わせ技凄かったね! 凄いギリギリだったけど、だからこそ敵の真正面に決まったって言うか。あれいつ打ち合わせしたの?」
「近ぇ! うるせぇ!」
「だって全然打合せしてる時間なんてなかったよね? しかもかっちゃん新技でしょ? どうやってるか後で教えてよ。ハウザーインパクトの応用にも見えたけど、前に見た時より火力が上がった? また爆破の精度が上がってるの本当に凄いよ、かっちゃん。いやでもそれより、あの技を初見で合わせて避けたっていうのも凄いし、かっちゃん途中でインカム壊れたって報告もあったから気になっちゃって。持ち場も違うよね?」
「あー、もう、うるせぇ!!」
腹の底から捻り出すような唸り声で怒鳴られようと、全身全霊で拒否されようと慣れたものである。爆心地の咆哮をひょいと躱したデクは、更に一歩距離を詰めて「教えて」と言う。ここが戦闘終了直後の現場ではなかったらノートを取り出していたところだ。持っていないことを悔やんだ。
デクの要望には一切応じようとしない爆心地は、一歩先をずんずんと進んでいく。デクはそれを追いかけて、しかし不意に反対側から現れた影に爆心地を奪われてしまった。
「よぉ。さっきは随分と無茶してくれたじゃねぇか、お前」
デクから距離を取るように爆心地を引き寄せたのは、雄英高校時代の恩師、イレイザーヘッドである。そしてデクが先程から気になっている、爆心地の新技に打ち合わせ無しの初見で息を合わせてみせた張本人である。
まさか聞きたかったことに関係のある二人が、揃ってくれるとは思っていなかったデクのテンションは更に上がってしまって、お疲れ様です! と大きな声が出たが、イレイザーはチラリと視線を寄越して「あぁ」と言っただけでひどく冷静だ。
(いや、冷静と言うより、なんか、冷たい……? 機嫌が悪い……?)
今回の現場は比較的長丁場だった。持ち場が離れていたため詳しくは知らないがイレイザーも多対一で交戦していたと聞いた。そのせいで疲れているんだろうかと頭の片隅で考えていれば、自分に対しては怒鳴り散らしていた爆心地が機嫌良さそうに口角を上げた。
「さっきはよくできました」
肩を組んでいるので密着しているイレイザーを拒否することなく、それどころか体を預けている。
おや? とデクは首を傾げた。
「一秒でも遅れたら大惨事だったぞ、俺が」
「でもアンタなら合わせられると思ってたし、限界まで消して欲しかったんだよ」
「それは分かるが、……次からはせめてノールックは止めろよ」
「お。なんだよ、自信ねぇんか、おっさん。ダッセェな」
「言ったな、クソガキ。今度お前にも仕掛けるからな。覚悟しろ」
「ハッ! アンタのやりてぇことくらい瞬殺で合わせてやらァ。余裕だわ」
卒業以来、初めて二人で話しているところを見たが、二人はこんな距離感だっただろうか。
目の前の光景に違和感しかなく、しかもそれは段々と濃く大きくなっていく。
「あ、アンタここ焦げてんのかよ」
「どこだ」
「ここの髪の毛。いい加減切れっつうことだな」
「髪を切るタイミングくらい個性で燃やす前に口で言ってくれないか」
「言われる前に切れや」
とうとう、爆心地が篭手もグローブも装着したままの左手をイレイザーへと伸ばして、無造作に伸ばされたままの長い髪に触れて撫でているものだから、口をあんぐりと開けてしまった。
しかし、すっかり二人の世界に入っている爆心地とイレイザーはデクの反応など気にも留めず、お互いしか見ていない。
「さっきの話の続きだけどな、イレイザー。もし万が一にも失敗して上手くいかねぇなんてことがあったら、――……その時は何でもしてやるよ」
爆心地はうっすらと唇を開いて、わざとらしく赤い舌でゆうっくりと舐めた。
アイマスクのない、剥き出しの石榴色の瞳がイレイザーを見上げて艶っぽく煌いたのを、デクは見逃さなかった。思わずこちらが赤面してしまうほどの表情だった。頬に付いた煤すら、爆心地を引き立てているように見える。
傍から見ているだけでも、大ダメージを食らうほどの威力である。真正面から受け取ったイレイザーは、それはもう悪い顔をしていた。ニィ、と口角を上げている顔は到底ヒーローとも教師とも思えない。ホームルームのときに寝袋の中に入って呑気に眠っている相澤と同じだと信じられない。
(これは、まさか、いや、でも)
どう考えても、恩師と元教え子の距離感でも視線でもない。
(あの相澤先生だし、あのかっちゃんだし、まさかそんな、……いやでも、これは)
考えが一切纏まらず大パニック。恐慌状態。どこからどう考えていいかも分からないレベルだ。
だが、目の前の現実はどう見繕っても一線を超えている雰囲気で、口を出す隙間など髪の毛一本分もない。
そうして、イレイザーが何かを言おうと口を開けた瞬間、それを掻き消すように塚内がイレイザーを呼んだ。どうやら彼の現場検証の順番が来たらしい。
「……今行きます」
じっと爆心地を見ていたイレイザーは一拍置いてから返事をし、爆心地から離れていく。最後に名残惜しそうに肩に回した手で爆心地の頬を撫でて、アイマスクを下げてから。
結局イレイザーと目が合ったのは最初の一回だけ。会話なんて出来る空気じゃなかった。微動だに出来ないでいるデクに、一人になった爆豪がニヤニヤと笑う。
「聞きたかったことは解決したかよ、クソナードくん」
確信犯が楽しんでいる笑い方。しかも弄ぶように言葉尻に色を残しているものだから、うっかりと顔が赤くなって心臓が痛くなった。あぁこれはどうやら自分が感じ取ったままが、そのまま正解らしい。
「……か、隠すとか、しようよ…………」
「わざとやってんだよ、そんぐらい分かれや童貞」
「どっ! ……ど、うてい、じゃ、ないかもしれないだろっ」
「あ? 違ぇんかよ」
「…………」
「ダッセェ」
イレイザーの姿が見えなくなってすっかり昔からの幼馴染の顔に戻った爆心地は心底馬鹿にしたように、右の口角をつり上げて笑う。デクは、それに関してはなんとも言い返せずに気まずそうに頬を掻いて、肩を落とした。
「ひどいや。新技のことが聞きたかっただけなのに」
「しゃーねぇだろ。あの人テメーが関わると心が異様に狭くなっからな。見てて面白ぇけど」
「……なんで⁉ 僕何かした⁉」
「さァな。知ってても教えねぇわ」
思いもよらない言葉にぶわりと嫌な汗が滲んで、爆心地に縋り付こうとするもさらりと躱されてしまった。再び歩き出した爆心地はもうキョロキョロしておらず、探していたのはイレイザーだったんだなと直感。自分と爆心地の間にイレイザーがやって来たのではなく、どうやら自分が一番のお邪魔虫だったらしい。
はぁ……、と更に肩を落とせば、爆心地が小さく鼻を鳴らす。
「しゃーねぇから一個だけ教えてやるよ」
ノールックで合わせた方法について。
そう続いた言葉に気分が急上昇。デクは一瞬で食いついた。
ノートがない分しっかりと聞いて忘れないようにしなくてはと真剣に距離を詰めて爆心地の言葉を待てば、石榴色の瞳がキラリと光った。イレイザーに向けたような艶っぽいものじゃない。
(これは……!)
長年一緒にいた幼馴染としての勘が「聞くべきではない」と判断するも、遅かった。
「あの人は何も言わなくたって俺のイイトコロ分かってんだよ」
だから打ち合わせも必要ねぇし、初見だろうとノールックだろうと関係ねぇ。以上。
「…………ねぇ待ってかっちゃんそれはさっきの合わせ技のことだよね⁉ そうだよね⁉ その話をしてるんだよね⁉」
「じゃあな。テメーにこれ以上構ってられるほど暇じゃねぇんだわ」
「待って! ねぇ待ってよかっちゃん!!」
「うっるせぇ! 近ぇっつってんだろうが!!」

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