恋愛感情を持って好かれるのは、告白されるのは、ただただ面倒である。
告白されるために時間を割くのも、断る理由を述べるのも、泣かれるもの面倒以外の言葉があるというのならば教えてほしいほど。加えて、お前は何のために雄英に入学してきたんだと問い質したくなる。
しかし若さというのは、純粋さというのは素晴らしい。
どんなに苦い顔をしようと、冷たく足蹴にしようと、にべもなく断ろうと、それでも食い下がってくる。話を聞いてくださいと縋ってくる。まだ幼い顔を真っ赤にして、目を潤ませて、どうしても好きだと全身で訴えてくる。
更に。
『相澤先生、もしも、もしも私が次のテストで一番になったら――……』
などと、生徒側の都合で勝手に条件を突き出してくるから性質が悪い。
テストで一番になったら。インターン先でいい成績を残せたら。体育祭で優勝したら。実技試験で合格できたら。そんなものはこの告白となんの関係もない。寧ろ恋愛感情などなくても血反吐を吐くほど必死になってやれと呆れるだけだ。
一番になっても、優勝しても、合格しても、付き合わないし好きにもならない。教師として「次も頑張れよ」と言って、反省点を打ち出して終わりである。学生の本分に己の身勝手な感情を混ぜ込んだこの言葉は大嫌いなのに、告白してきた生徒は口を揃えてそう言う。そういう台本でも売っているのかと舌打ちしたくなる。
――だから、意外だった。
「アンタが好きだ。卒業したら覚悟しやがれ」
いつものように、生徒に隠れてひっそりと裏庭で猫に餌をやっていたら受け持っている生徒の一人、爆豪勝己が隣に腰を下ろして早々にそう言った。日頃の態度や口の悪さからは想像も出来ないくらいに利口な頭をしている子どもは、相澤が返事をする前に手を出して制する。
「返事は分かってるからいらねぇし、今は興味ねぇ」
しっかりと真っ直ぐに見つめてくる目の中に悲壮感はない。
「ただ先に言っておいたほうがアンタも対応しやすいだろうと思っただけだ。聞き流す程度でいい」
「……そうか」
「その代わりに卒業したら覚悟してろよ。俺ァこうと決めたら曲げねぇからな」
「曲げてもいいんだぞ」
「それは俺が決めんだよ。アンタは口出すな」
「……いや俺の意思も関係あるだろ、一応」
「ねぇよ」
「お前ね……」
卒業した後に何をされるかは知らないけれど、あまりにも一方的すぎる言葉に思わず笑ってしまった。だってこんな告白は相澤にとって初めてだったのだ。大抵の生徒は答えを欲してじっと待っているし、もしくは交換条件を出してくる。今は返事はいらない。興味がない。でも卒業したら覚悟しておけ、なんてあまりに潔過ぎている。
爆豪は断られることは想像していても、笑われることは予測できなかったらしい。爆豪の目が僅かに大きくなって、石榴色の奥底の恋の色が見え隠れした。
(綺麗な色だ)
純粋にそう思う。好きなものを好きだと言える、淡くて深くてしっとりとした甘い匂いを含んだ色。それは嫌いじゃない。羨ましいと思えるほどに美しい。
この子を大人にするのは勿体無いなと思ってしまうくらいに、そのままでいてほしい。在るが儘に、自分が思い描くヒーローになってくれたらと思う。
相澤は思わず見入っていた色から視線を逸らして、足元に纏わりついてくる猫へと手を伸ばした。餌はもう無いんだと言えばあっさりと尻尾を揺らして茂みへと戻っていく。冷たいやつだ。
「……じゃ、そんだけ」
猫に倣うように爆豪も相澤から離れていく。言うだけ言えば用件は終わったらしい。
相変わらず腰までずり下げられたスラックスのポケットに両手を突っ込んで歩き出していく。拍子抜けするほどにあっさりとした告白に相澤は思わず名前を呼んだ。爆豪の足が止まって、ゆっくりと振り返る。恋の色はもう見えない。完璧なまでにただの「生徒」である。
「お前は言わないんだな」
「なにを」
「ほら、ドラマとかでもよくあるだろ? 教師に告白して、次のテストで頑張ったら連絡先教えてほしいとか、実技で合格したら付き合ってほしいとか、そういうやつ」
「……あぁ」
相澤の言いたいことを汲み取って納得したと思ったら、フッと左の口角が上がる。眦を眇めて、告白してきたとは思えないほどに挑発してくるような顔つき。このまま戦闘が始まってもおかしくないような空気感。あぁこれも初めてだ。
「ハッ! テストも演習も俺ァナンバーワンヒーローになるために、俺は俺のためにやってんだ。いくら好きだっつってもそこにアンタは一ミリだっていねぇわ」
そして。
「自惚れんな。アンタのことは卒業してから落としてやるから大人しく待ってろ」
パチリ、と瞠目。自分は今本当にこの少年に告白されたのかと疑問を持ってしまうほどの言葉の数々。
確かに好きだと告白してきたはずなのに、それすら忘れてしまうほどに一線引かれている。
これではまるで。
(……まるで、俺のほうが縋り付いてるみたいじゃねぇか)
勘弁してくれ、と頭を抱えたくなる一方で、うずうずと心臓が今にも跳ねまわりたそうにしているのが分かる。
好きだと言ったくせに返事には興味がないと言い、学生としての本分を心得ていて。媚びてくるどころか、自惚れるなとこちらが叱られてしまった。初めての事態に相澤は一歩も動けないでいるのに、爆豪はさっさと校舎へと向かっている。その背中は相澤の心臓の動きを感知したかのように上機嫌。
「……あー……」
これは多分こちらの心情を分かられてしまっている。有り体に言えば、グッときてしまった。卒業したあとに迫られたら拒否できる自信がないほどに、心臓を掴まれた。顔が赤い自覚がある。
「覚悟か」
あれは付きまとってやるから覚悟しろ、というのではなく、卒業したら恋人になるのだから腹を決めろということなのだろう。
「成程、今の俺の返事は興味がないか」
今聞いたところで答えは分かり切っている。「ノー」以外の何物でもない。
だけど卒業したあとと言われれば、ほんの僅かに迷いが生じる。
「最近のガキは末恐ろしいな」
最近のガキ、と言ってもそれはきっと爆豪限定だ。これからも続く教師人生でこんな告白をしてくるのはきっとあの少年だけ。自信がある。
猫も爆豪もいなくなった中庭で相澤は吹き出すように笑って立ち上がり、ぐうと上へと伸びた。
教師の頭へと切り替わる一歩手前、ひっそりと唇を動かした。
「大人をナメんじゃねぇぞ、ガキ」